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258. 貪竜伝・序 - とある王国の物語 -

「ええと……『貪竜の花嫁と異国の騎士』物語、ですか?」

「そうだね」


 戸惑うこちら対してに、セレンが頷く。

 突然の問いかけに対する明確な答えを、こちらは持ち合わせてはいない。

 

 とはいえ、そうであってもここで知ったかぶりをしたところで意味などないし、それならそれでセレンは快くその物語とやらについて教えてくれるだろう。

 だがしかし――

 

「それって、このミストピアで劇にもなっているヤツですか」

  

 俺はついつい、自身の記憶を頼りにそんな中途半端な反問を口に昇らせてしまっていた。


「ああ。書以外にも絵本や劇、最近はちょっとした酒場の演目だとかにもなっているようだね。もしかして、既にそちらで目にしていたかな?」

「あー……すみません。実はついこの間、『貪竜の角』でそれらしいのをチラっとみただけで。タイトルから連想しただけなんで、全然違う話だったかも……!」

「なるほど。この街の冒険者ギルドにも酒場が併設されているからね。いや、それであっているとおもうよ」

 

 セレンからの確認に対しても、正しく続く言葉までもが中途半端もいいところ。

 単に『貪竜』と『騎士』のというワードが出ていただけで無用な聞き返しをしてしまっていたこちらに、彼女は気を悪くする風でもなく話を継いできた。

 

「いまはある程度、吟遊詩人たちもレゼノーヴァの村落にまで足を伸ばせるぐらいには、治安もよくなったからね。『貪竜の花嫁と異国の騎士』の物語は公国の至る場所に広まり、人気を得ているわけだが……これは飽くまで、本題への前振り。お浚い程度に失礼させてもらうよ」

 

 セレンの断りに、俺は今度こそ口を閉ざして首肯を行う。

 

「あうぅ……なんでよりにもよって、そこから入るんですかぁ……」

「お前は黙っとれと言ったろうが」 

 

 弱弱しい悲鳴をあげるパトリースを窘めるハンサに視線を向けると、不意に右肩に感じていたホムラの重みが消えさった。

 

「ピ!」

 

 ばさりと一度だけ大きく羽根を打ち、赤茶の翼が目指したのは部屋の壁面。

 ただしくは、そこに打ち立てられたアトマの護り、『防壁』の輝き。

 

「ピピピ……キュピ?」


 わずかに煌めく障壁が、きっと先ほどから気になっていたのだろう。

 その光のへりを黄色くぶっとい嘴でツンツンとつつきながら、ホムラが「クイッ、クイッ」と首を小さく傾げた。

 

 物理的な抵抗は一切示さず、しかし強いアトマへの抵抗力を備えた『防壁』に不思議さを覚えたのか、チョンと嘴を伸ばしてはピクッと引っ込めてはまた伸ばしての繰り返し。

 もじもじと身悶えししつも、パトリースの『防壁』がしっかりとその効能を発揮し続けている証だ。

 

 これに加えてセレンの『探知』による警戒も敷かれている。

 雑念を捨てて、俺は話に聞き入ることにした。

 

「私が初めてそれを知ったのは、我が師バーゼルの書庫。編纂されたばかりの真新しい書の中……」

 

 神代の刻より栄えしかの王国に、広大なる湖沼あり。

 湖沼には主あり。

 民草脅かす、嵐と波濤、湖水の主あり。


 名を『ギリシュ』といふ、貪欲なる邪竜あり。

 

 それは御伽話でも、作り話でもない、現実としてこの地に降り注いだ脅威。

 元は小さな水竜であったとされるそいつは、海を渡り何処からともなく現れて、大河を遡り、人目に知れず、この地に辿り着いたのだという。


 貪竜ギリシュ。

 それは御伽話でも、作り話でもない、現実としてこの地に降り注いだ脅威。

 生ける災禍。

 蠢く青き巨影。


 今より時を遡ること、40年以上も昔のこと。 

 当時健在であったラグメレス王国のとある調査官が記した報告書に、初めてギリシュの名が挙がったとされている。

 王都ラグメイアより東の地。

 魔の森、或いは還らずの森へと繋がる大湿原地帯にて見つかったその竜は、発見された直後こそ、恐るべき魔獣だと警戒され、『王国の平穏を乱す前に討伐隊を結成すべし』との声が挙がっていた。

 

 その討伐の為の下準備。

 調査隊として派遣された者たちが目にしたのは、のんびりと泥を喰らい、湖水で喉を潤す子竜の姿だった。

 初めは竜の名を畏れて禄に近づけずにいた調査隊の面々も、只管に食べては寝て、起きては飲んでを繰り返すだけのギリシュを前にして、皆が皆、肩を竦めて苦笑いを浮かべたという。

 

 明らかに無害で、しかもこちらに興味すら示さない。

 

『これでは討伐隊の必要もないのではないか』

『言いたいことはわかるが、流石にそういうわけにもいかないだろう』

『だがあれをみろ。まるで柵で囲われた牛か豚ではないか。あんなものに大軍を差し向けたとあっては、王国軍の名に傷がつくぞ』

『たしかに。日がな一日、泥水をかき喰らうだけの、図体ばかりの大蜥蜴が相手ではな』

『うむ。聞けば近隣の民も、あれが現れてから特に被害らしい被害もない口にしておる』

『それどころか、沼地に現れていた魔物どもがどこかに消え失せたとか。おかげで民の中には守り神だと崇める者までおるらしいではないか』

『ああ、その話なら俺も猟師から聞いたぞ。なんでも捧げ物にした魚にも見向きもせず腐らせたとかで、渋い顔をしていたな』

『なるほど。変わった魔物もいるものだ』


 ギリシュの調査に訪れていた彼らの中で、唯一王都への帰還を果たした青年は、そんな会話があったことを告白したという。

 

 人に危害を及ぼすどころか、小さな生き物にすら手をださない。

 自分達にとっては、明らかに無害としか思えないその小さな竜をみて、一人の男がこう言った。

 

『なぁ……あいつ、俺たちで倒しちまわないか』 

 

 他の者たちは、皆おどろき男をみた。

 

『幾らなんでも、それは不味くないか』

『どう不味いんだよ。動きもとろいし、ツルっとして鱗もねえ。それどころか牙もねえ。尻尾がちょっと長いぐらいで、翼もみあたらねえ。ありゃデカいだけの蛇かなにかだろ。皆でかかればイチコロよ』

『それは……そうだけどよ。そんなことして、王都で待ち構えてる騎士様たちが怒らねえか。手柄をあげるまたとない機会だって、ウチの御主人様も息巻いてたぞ』

『なにいってやがる。その手柄を俺たちのモンにしちまえばいいのよ』


 あがる不安の声に、男は得意げにいった。


『いいか? 俺たちは皆、平民だ。騎士や貴族からしてみれば、所詮使い捨ての道具よ。だがあいつらだって、元は大昔にあった魔人との戦いで手柄をあげた平民が殆どだって言うじゃねえか』


 男の言葉に、皆が聞き入り始めた。


『いいのかよお前ら。このまま都に戻って報告したところで、いいことなんて一つもねえぞ。猟師たちがありがたがってる水蜥蜴を騎士様たちが嬲りものすりゃあ、不満が出るばかりで誰も得なんてしねえ。お前らだって折角静かになった狩場が連中の都合で土足で踏み入られて、めちゃくちゃにされる苦労ぐらい、わかるだろ?』

『それは……そうかもしれん』

『お偉いヤツらの気まぐれで振り回されるのは、たしかに御免だな……』

『だろ?』


 かねてからの不満もあり、皆が同意したところで彼は満足げに頷いた。

 

『だがよぉ……いまここであの竜を退治しても、結局恨まれるのが俺たちになるだけなんじゃねえか?』

『そうだそうだ。それじゃいいことがねえどこか、丸損じゃないか』

『馬鹿だねぇ、お前たちはよ。そんなんだからずっとこんな使いっ走りばっかりさせられてんのよ。いいか、よぅく耳をかっぽじって聞けよ?』


 ニヤリと笑みを深くした男の声に、皆がふたたび耳を傾けた。

 

『俺に、いい考えがある――』



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