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256. 瞑りし瞳、語りし者の為に

『なぁ』

「よし。ここなら声も外に漏れにくいですね」


 プチ神殿――もしかしたら副神殿になるかもしれない――の2階に設けられた第2倉庫。

 縦横5mほどの窓のない部屋にて、俺は皆の姿を確認しつつ話を切り出しにかかっていた。

 

 同行者は、ハンサとパトリース、セレンとホムラ。

 皆、麻袋が並べられた室内で、手頃な木箱の上に腰を下ろしている。


『なぁ』

「一応、術法での盗み聞き対策もしておきたいんだけど……パトリース、話している間『防壁』の維持を頼む。物理防御なしのアトマ防御特化で、出力は5分維持を目途に逆算して無理なくいける範囲で。最悪、査察組の神官の『遠見』で抜かれていい。その時は報告だけする形で」

「おい、フラム。そんな真似をこいつに任せて」

「大丈夫よ、ハンサ。師匠、フェレシーラ様の見よう見まねですがやってみます。途切れそうな時は交代をお願いしますね、セレン様」

『なぁってよ』

「心得たよ、パトリース嬢。では私は一旦、『防壁』の内側ぎりぎりに接触発動型の『探知』を仕掛けておこうか。もし不心得者が現れれば、嬢が『遠見』の術法なりを受けている間に逆探知で術者の居場所を突き止めてみるとしよう」

『なぁってばさ』

「ピ!」

「助かるよ、二人とも。これで副従士長には、お話に専念してもらえます」


 折角ハンサから話を聞くために場所を変えたところで、盗み聞きをされては意味がない。

 その為の布陣。

 

 片開きの扉を後ろ手に閉めると、『防壁』と『探知』の守りが倉庫を覆い尽くした。

 

『なぁですよ』

「なるほどな。どんな経緯があったかはしらんが、見違えたな。驚きだ」

「ですね。彼女、覚えもいいけど捉え方が柔軟なので。学ばされています」

「そちらもだがな……まあ、いまは無駄話をしている暇はない。特訓の成果は、また今度見せてもらうとしよう」

「特訓の、ですか? それは構わないですけど……」


 パトリースを護るような位置取りで石壁に背を預け直したハンサの言葉に、俺は戸惑いながらも了承の返事を返す。

 会話の流れがいまいち掴めなかったが、これで準備は整った。

 あとは――


『なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ』

『うっさいぞ、ジング。ハンサにはお前のことは内緒にしてるんだから、話しかけてくるなって』

『質問なんだけどよ』 


 うっわコイツ、人の話をまったく聞く気がないな。

 仕方がないので片手間に『念話』で返しておくか。

 どうせ大した内容もないだろうし、適当に答えて治まってくれればそれで良し、だ。

 

『オメェ、さっきまで帽子のガキとやり合ってたよな? その後なんかごちゃごちゃ話してたが……もうアイツとはヤんねぇのか?』 

 

 なんて考えているうちに、ジングが再び『声』を飛ばしてきた。

 なるほど、流石アホの鷲兜さんだ。

 話の途中でフェレシーラとティオの先生が、ぺルゼルート元将軍であるとわかった途端に寝入ってたくせに、今頃説明を求めてくるとは恐れ入る。

 

 しかしまあこれで無視したら、それはそれでしつこく絡んでくるのは目にみえている。

 端的かつ、スマートに俺はジングへの回答を行うことにした。

 

『とりま休戦。あとは流れで、って感じだな。ま、ここで話が終わって試合場に戻ったら、本格的にリベンジマッチってことになるかもな』 

『なるほど、んじゃ寝るわ。楽しそうなことになったら起こすことを赦す。てか起こせ』


 完璧すぎる俺の説明を受けて、ジングが寝に入る。

 どんだけ寝るんだよお前は。

 いや騒ぎ続けられるより助かるからいいけど。

 

 ホムラも顔負けの睡眠力、素直に羨ましいぞ。

 以前ほど寝るのが苦手じゃなくなったとはいえ、一人部屋だとやっぱり寝つきが良い、ってほどじゃないし。

 

 ……今日で特訓が終われば、またミストピアの街で宿を取って、といくんだろうか。

 査察の件があるから、ちょっとそこらが不透明なのが気になってしまう。

 

「おい……大丈夫か?」

「へ――」


 不意に声をかけられて、口から間の抜けた音が出た。

 見ればハンサが心配げな眼差しで、こちらの様子を窺っていた。


「あ、すっ、すみません……っ! ちょっと考え事をしていたもので……!」 

「そうか。すまんが、少し説明を急がせてもらうぞ。こいつの負担もあるからな」 

「わかりました。お願いします」

 

 軽く顎をしゃくって傍らのパトリースを示してみせたハンサへと、俺ははっきりとした頷きを返す。

 既にパトリースは『防壁』の発動を終えて、そのまま術効の維持継続に専念している。

 

「ほぅ……この短期間で、そこまでのレベルに到達するかね。さすがにこれは予想外だな」


 見習い神殿従士の少女をみて、呟きを漏らしてきたのはセレンだ。

 ここに来るまではホムラの面倒をみてくれていた(と思う)彼女だが、いまは『探知』の魔術の維持を保つためなのか、それとも他の何事かに気を回しているのか、木箱を椅子代わりにして両手を合わせて印を結んでいる。

 

 対して、パトリースは瞳を閉じた状態で囁くようにして追加の詠唱……増幅詞を唱え続けている。

 発動後に術法式を調整して、無理なく効果時間を延長できるよう試みている証だ。

 

 おそらくは初めて行う『防壁』の運用法であるにも関わらず、「集中はすれども緊張はしていない」という極めて理想的な精神状態に身を置いているのが、こちらにも伝わってきている。

 

 ていうかたぶんこれ、いわゆる『瞑想』モードってヤツだな。

 

 普通であれば術法の使用によりアトマを消耗した際に、睡眠やまとまった休息でその回復に努める補強法として用いられるのが、この『瞑想』という技術なのだが……


 リラックスしつつも精神を研ぎ澄ますという、ある意味で相反したコンディション――トランス状態の領域にまで達した者であれば、これを術法そのものの増強手段として扱うことが可能とされている。

 

 完全に雑念を捨て去ることで、「自己を一つの霊銀盤として見立てる」とも例えられる技法だが、精神の自己の内側のみに傾ける故に、外部からの脅威に無防備という明確な欠点もあり――

 

 って、そうじゃない!

 だーかーらー……! だからいまは駄目だろ、俺!

 ほんと脇道に逸れ続けてないで、いい加減集中しろっての!

 

 いやまあ今のパトリースみたいな芸当が出来たらいいなって思っちゃうのは、術法を扱う人間としては仕方ないんだけどさ。

 セレンが思わず驚嘆の言葉を口にしてきたのも、その有効性と難易度あってこそなわけだし。

 

 なにはともあれ、ここにセレンが後詰めとして控えてくれているのだから、守りはかなりのものとなったのは確かだ。

 そして術者たちの間で交わされるそうした空気を、ハンサも感じ取ったのだろう。

 

「では、始めさせてもらうぞ。副神殿建立とやらの話と絡む内容だが……詳しいことを知っているのは、カーニン従士長とミストピアの教会に神官長。そしてイアンニ、ミグたちを含む数名のみだ」

 

 声のトーンを普段よりも落とすと、彼はそんな前置きに続けて語り始めた。



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