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255. 雲行き、水面を埋め尽くし

「いや、中々の出来栄えですな。はっはっは」


 場所は『自由区画フリースペース』、踏み入るは『大地変成』にて生み出したプチ神殿に響く、おっさんの声。


「流石は公都でも音に聞こえた魔幻従士殿の御業。このドルメ・イジッサ、感服いたしましたぞ。はっはっは」


 ……失礼、未だ天井に穴の開いた試合場で朗らかな声をあげていたのは、聖伐教団の本拠『大教殿』より足を運んできた査察団のリーダー、ドルメ助祭その人だった。


「はぁ……それはどうも」

「お褒めに預り恐縮です、ドルメ殿」

「きょ、恐縮です……!」


 正に三者三様。

 姿勢を正しながらも、どこか釈然としない面持ちで首を垂れるハンサ副従士長。

 恐縮といいつつも、微妙なドヤ顔で黒衣をはためかせるセレン。

 そしてカチコチといった形容がまんま当てはまる感じで、敬礼を行うパトリース。

 

 総勢9名の神殿従士と神官に囲まれる形で、彼らは柔和な笑みを浮かべるドルメと相対していた。

 

「遅くなり申し訳ございません。ドルメ助祭」

「おお……これは白羽根殿。なんのなんの、構いませんよ。つい今しがたこの『副神殿候補地』を一通り視察させてもらったところでしたので。ティオ殿とお連れの方も、こちらへ」

「ほいほい。お勤めご苦労様」


 試合場に姿を現したフェレシーラを、ドルメが両手を広げて歓迎の意を露わにしてきて、ティオがそこに進み出る。

 

 視線を横に飛ばしてみると、フェレシーラも同様にこちらを見てきていた。

 明らかに様子がおかしい。

 いや、正しくは言っていることがおかしい、というべきか。

 

「フェレシーラ、ちょっとだけ確認だけど。『副神殿候補地』って、事前になにか聞いてたか?」

「ううん、私はなにも。でもティオは知っていそうね、あの感じだと」 

「ありがとう、了解だ。なら少し様子見か。お前は助祭の方にいくよな? なら、俺は皆に話を聞いておくよ」

「オッケ。そっちが長引きそうなら、こっちはもたせるから」

「サンキュ」


 軽く意思疎通を図り終えて、俺たちもティオの後を追う。

 向かうは試合場の中心、皆が集まる開始円だ。

 

 ドルメが口にしてきた、『副神殿候補地』という言葉。

 そのままの意味で受け取れば、このプチ神殿がそれにあたる、ということなのだろう。

 ただ、何故いきなりそんな話になっているのかが、さっぱりわからない。

 

 ティオがまったく動じた様子も見せないところをみると、任務上話せないといっていた事に絡んできそうではあるが……

 

 その意図が掴めない内に、どうこう悩んでも仕方がない。

 まずは皆に話を聞く。

 それからだった。

 

「ハンサ副従士長、セレンさん、パトリース。遅くなってすみませんでした」

「気にするな。それとハンサでいいと言っているだろう」 

「やあ、お疲れ様、フラムくん。こちらはすこぶる順調だよ」

「セレン様、これをそう受け取るのはちょっとどうかと思いますけど……あ、お疲れ様です。ししょ――じゃないや、フラムさん」

 

 フェレシーラがドルメやティオととやり取りをしている間に、こちらはこちらで情報交換に走る。

 当然、査察に関する話が先決だ。

 妙にノリノリな反応を見せてくるセレンの様子が気になりはしたが、そこは最小限の会話で抑えてゆく。


「それで……どういうことなんですか。助祭は『副神殿候補地』とか言ってましたけど」

「うむ。それに関しては、私から」

「お待ちをば、セレン殿。失礼ながら、貴女が術法周りの話を始めると少々長くなりがちなので。ここは俺に任せてください」

「む……いや、そうだね。この場は副従士長が任されていたのだった。私としたことが、ついつい陣術の成果を褒められた程度のことで……ああ、陣術といえばだね、フラムくん」 

「セレン様、ストップです。はい、チビ助をどうぞ」

「ピピィ……ピ!?」


 助祭の護衛にあたる教団員がフェレシーラに注意に向けた隙に、皆の元へと滑り込む。

 一瞬、ティオがニヤリとして見せてきたあたり、あちらの思惑通りといったところだろう。

 

 しかし今はそれで構わない。

 互い、やるべきことがあるだけだ。

 

 反射的にホムラの身体チェックを開始し始めたセレンを尻目に、俺は続くハンサの言葉を待った。

 

「俺も先ほど聞いたばかりで面食らったが……この自由区画フリースペースが、その副神殿とやらの候補地として推されている、という話らしい」

「です。しかも司祭長リファ・ライドリィズ・アレイザ様たっての指名推薦ということらしくて……あ、司祭長というのは大教殿で教皇聖下に代わり実務を取り仕切っている方のことですね。いわゆる教団のNo.2で、たしか高齢で勇退された先代の司祭長に代わる形で、つい最近になって就任されていた方です」

「なるほど。司祭長からの指名推薦、ですか」


 パトリースからの注釈も加わったその説明に一度は頷き、考える。

 ハンサが『副神殿とやら』、という言い回しをしてきた時点で、これは神殿的にもイレギュラー、前例のない事態なのだろう。

 

 司祭長の名前に関しては、ティオの口からも一度出てはいたが……

 サードネームに公都の名と同じ『アレイザ』の名がつくあたり、公国の中枢にある家柄であることは予想がつく。

 そんな大物からの指名推薦という話であれば、それはもう実質的な命令、決定事項に等しいのだろう、ということも。

 

 しかしそれにしても……妙な話ではある。

 

「なんか……おかしくないですか、その副神殿っていうヤツ。もしそういうのを造るにしても、普通は本殿から離れた場所を選びませんか? それに『大地変成』で建物を構えたばかりの場所にピンポイントで話が舞い込んでくるとか、不自然すぎるような」

「お前の疑問ももっともだが……まあ、聞け」

 

 慣れぬ役割への気疲れからか、溜息混じりでハンサが答えてきた。

 彼がいうには、こうだった。

 

 ミストピアが接岸する貪竜湖には、湖賊という武装勢力が住みついており、その被害は年々増加の一途を辿り続けていた。

 

 その結果を受けて公都の大教殿内では、湖族対策としての防衛線の構築のみならず、「継続的な討伐から弱体を図り、将来的には賊を一掃をするべし」という意見がかねてより持ち上がってたいた。

 

 しかしレゼノーヴァ公国においては、対人戦闘、引いては軍事行動に類するは分野は、公国軍の役目であり、責務なのが現状。

 魔人の討滅を掲げる故に、人外、即ち魔物の類を相手取ることを主な役割とする聖伐教団には、湖賊討伐に関してそこまでの発言権を持ち得ていない。

 

「なるほど。たしかに犯罪者や賊、他国の軍に対してと動くのは公国軍の役目だってことですもんね。それなら湖賊の相手をするのも、兵士がいないと始まらない、と」


 これまでに得た知識を総動員して、なんとかハンサの話についてゆく。

 すると彼は、体の向きを大きく変えて言葉を継いできた。


「ああ。実戦で指揮が執れるものは兵を率いることもあるがな。それで一般の教団員までが派兵されることない。いや、なかったというべきか」 


 遠くを見るような目でハンサが語る。

 その視線が向かうのは、ミストピアの象徴ともいえる貪竜湖。

 いや……おそらくは彼の言う、『湖賊』の根城を見つめているのだろう。

 

「もしかして、なにかあったんですか。軍と教団の管轄に関わることで」


 そんなハンサへと、俺は話の筋を追って質問を投げかける。

 ハンサの傍らにいたパトリースが、そっと彼に身を寄せたのがわかった。

 

「ハンサ。話してあげて」

「……どうやら、そうするしかなさそうだな」 

 

 副従士長と呼べ、とは言わずにハンサが一つ、大きな溜息をついてきた。

 その仕草からなんとなく、彼が覚悟を決めたのが伝わってきた。

 

 迷わず、俺は右手をあげる。

 

「フェレシーラ! 少し副従士長に、個人的な相談がある!」

 

 場所を変えたい。

 ここでは周りに人が多すぎる。

 だがそれで、ハンサから俺に話があると査察団に思われるのは、多分よくない。

 特に根拠のない直感だったが、それに従った。

 

 一応、部外者である俺の話にまで、査察に関わる者がついてまわって聞き耳と立てるのはやりにくかろうという肚積もりもあるにはあったが……

 それをいったら、「キミ部外者だから外してくれる?」とティオあたりが言い出したら洒落にならないので、監視役がついてきたらついてきたときのこと、という程度だ。

 

「わかりました。私はドルメ様とお話がありますので、いってきなさい」

 

 フェレシーラなりの援護、キーマンの縛り付け。

 それに異論を唱える者はいなかった。

 相変わらず、ティオのヤツは楽しそうにしていたが。

 

「よし――」 


 ばさりという音があり、皆がそこに視線を向ける。

 

「それでは行こうか、皆の衆」


 そこにあったのは、黒衣の裾をはためかせて立つ女史の姿。


 うん。

 セレンさん、いきなり場を仕切るのやめてくれません?

 貴女、今の今までホムラを地面に転がしてお腹撫でまくってましたよね?

 

 などと心の中でツッコミをいれていると、『くあぁ……っ』という寝惚けた欠伸が聞こえてきた。

 言わずもがな、ジングである。

 

 アンタら揃いも揃って緊張感をブチ壊しにくるの、やめてもらえないでしょうかね……!



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