253. 中庭にて、暫し
手入れの行き届いた中庭に、燦々と照りつける初夏の日差し。
そよぐ薫風を葉に受けて咲き誇る草花。
「プピピ……ピ? ピィ……ピッピー♪」
そしてその中を飛び交う羽虫やよくわからない何かを見つけては追いかけ回し、その黄色い嘴でツンツン、パクパクッといっては、また跳ね飛んでを繰り返す、我らがホムラさん。
「うーむ……今の今までぐっスリープしてたとはとても思えないよな、お前って」
「ピ!」
中庭の支配者と化した友人の暴れっぷりに呆れ半分の賛辞の声を送ると、一際大きな鳴き声とバサバサという羽ばたきの音が返されてきた。
パっと見、無慈悲な暴君の如き振る舞いだが、よくよく注視してみると若い草木には手を出さずに、花壇の枠を超えて枝葉が十二分に覆い茂った場所を中心に突撃しまくっているようでもある。
それがホムラなりの分別なのか、単にでっかく育った草木とそこを根城とする「餌」に夢中となっているのか、それともその両方を鑑みての行動なのかはわからない。
わからないが……
「くぁ……ねむ……」
取り敢えずこれといってやることもなかった俺としては、爆走するホムラが中庭を跳ね飛び、そのまま滑翔して周る姿を、ぼけらーっと眺めていることしか出来なかった。
つい先ほどまで、会議棟の最上階にいた俺が何故にこうして一人で中庭に突っ立って日光浴に甘んじているかというと、だ。
「フェレシーラ、遅いな……いったいティオのヤツとなに話してるんだろ。内緒話したいんなら、俺だけ先に査察の現場に向かわせておけばいいのに……なあホムラ、お前もそう思うだろ?」
「ピッ? プピピ……キュピ!」
手持ち無沙汰ここに極まれり、といった風で近くを通りかかったホムラに同意を求めると、首傾げからの三回転ケツ捻りが返されてきた。
まだまだ子供とはいえ、一応キミも女の子なんだから、あまりお転婆すぎる真似はおやめなさい。
無駄に動きがキレッキレなんでついつい拍手の一つも送りたくなるが、そこは幼くともグリフォン。
ゆくゆくはどこに出しても恥ずかしくない、立派な幻獣として――
「いやいや! そうじゃなくて! 幾らなんでも、二人して遅すぎだろ!? 大事な話があるからって言うから大人しくまってれば、どんだけ人を待たせるんだよ!?」
「ピ!?」
最早独り言ではなく立派な抗議の声として解き放った大声に、ホムラが驚き跳ね飛びつつも、猫科のそれを思わせる後ろ足で華麗な着地を決めてきた。
日に日にぶっとくでっかくなるおみ足を褒めさすってあげたいところだが、正直いって今はそれどころではない。
流石にもうこれ以上なにもせずに待ちぼうけとか、苦行以外の何物でもない。
二人だけで話したいことがある。
そう言っていまも会議棟で、フェレシーラとティオは話し込んでいる。
それはいい。
付き合いも長い者同士、しばらくぶりに顔をつき合わせて語りたいこともあるだろう。
聖伐教団という同じ組織に所属するが故に、レゼノーヴァ公国の為に必要な議論を交わす。
そういうしたやり取りもあるのだろう。
だがそれならば先ほども言ったように、俺だけ先にセレンやパトリースの元に向かわせておいて、査察に対応しているハンサと合流させておけば良いのではなかろうか。
勿論、ミストピアの神殿にはまだまだ不慣れで迷子になってしまう可能性も、非常に低い確率であるにはある。
俺が査察の現場に駆け付けたところで何かできるのかといえば、特に力もなれることもないかもしれない。
それでも、ここでこうして無為に時間を浪費するよりはマシではなかろうか。
フェレシーラが待機の指示を出してきたからには、相応の意味があるとは頭ではわかっていても……そう考えてしまうのも仕方がないと思えた。
『カカッ――荒れてんなぁ、小僧。そんなにあの小娘が恋しいかよ』
『……ジングか』
心配げな様子でこちらの足元に駆け寄っていたホムラを抱え上げて、ふさふさの頭を詫びるように優しく撫でつけていると、鷲兜の『声』がやってきた。
人気もないので翔玉石の腕輪を制御して『耳』だけでなく、『目』を解放してやっていたのだが、それでいつの間にかこちらの様子を把握していたらしい。
『そういうことじゃないだろ。お前だって暇してるのはウンザリみたいに言ってただろ』
『ケッ! この程度で暇とかいってんじぇねぇよ。せめて3年は待ってから言い給えよ、チミィ』
『せめてって、お前な……』
妙に偉そうな口振りとなってきたジングに、俺は思わず呆れ返る。
いや3年て。
さすがに人の精神領域で延々引き籠ってたヤツは、言うことが違う。
まあ詳しいことはわからないけど、多分ジングの魂が俺の中に潜り込んだのは、年齢から逆算して公国と魔人との戦いの真っ最中か、その直後ってとこなんだろうけど。
そうなると少なくとも十年以上、コイツは暇してた、ってことになるわけか。
それだけ何もすることがなけれな、もうちょい落ち着いた性格になってそうなものだが、まあジングにそんなことを求めるのも酷な話だ。
『にしても、あの小娘がペルゼルートのヤロウの子飼いだとはな。どうりでだぜ』
『子飼いじゃなくて弟子な。てかお前、ペルゼルートって人のこと知ってるぽいけど。魔人戦争の時に戦って負けたとか、そんな感じか?』
『はぁ? ばっかか、テメェはよ。この俺様が、あんなヤツにやられるわけねーだろぅが! 馬鹿も休み休みいえ、このヴぁーか』
うん。
どう考えても、馬鹿馬鹿言い過ぎなのはそっちだけどな?
なんて下らない事を言い返してみたところで、低レベルな口喧嘩にしかならないのでやめておこう。
今はそれよりも一度会議棟に出向いて、フェレシーラたちにこちらが移動する旨を伝えることが先決だ。
別に俺は、放置されて寂しいとか、ましてや不満があるとかではない。
そんな子供っぽい感情に振り回されて、文句を言っているわけではないのだ。
唐突に『声』をぶつけられたせいで、ジングにはついつい愚痴を言ってしまったが――
「お待たせ、フラム」
「おわっ!?」
「ピピッ!?」
『ぬわっ!?』
いざ会議棟。
そう意気込み踵を返しかけたところに突然声をかけられてしまい、三者三様に驚く二人と一匹。
慌ててその場を振り向くと、やはりというべきか、そこにいたのはフェレシーラだった。
「ちょっと。なにそんなに驚いてるのよ。私が降りてくることぐらい、わかってたでしょ?」
「う――それは、そうだけどさ。少しだけ……ほんの少しだけ待ち長かったから……ごめん」
「うん?」
待機指示という一応の約束を、反故にしかけていた。
その後ろめたさから思わずこちらが謝ると、フェレシーラが小首を傾げてきた。
仕草がホムラとちょっと似てるな、って思ったのは内緒にしておきたい。
「そこは貴方が謝る必要はないっていうか……言われてみればたしかに、ちょっとティオと話し込んじゃっていたものね。謝るのはこっちのほうよ」
「そうそう。案外時間も経っちゃったもんねぇ。ごめんねー、フラムっち」
申し訳なさげに言ってきた彼女の後ろ側、会議棟の階段より姿を現してきたのはティオだ。
てーか、フラムっちってなんだよ、フラムっちって。
エピニオあたりが言い出しそうな呼び方はやめてくれまいか。
フレンドリーになってくれたのは別にいいんだけどさ。
「お……そっちのグリグリも起きたみたいだね」
ぐ、ぐりぐ――い、いや、今はやめておこう。
コイツに一々ツッコんでいたら、それこそ限がない気がする。
なにはともあれ、これでようやく動くことが出来る。
随分と重みを増してきたホムラを走竜の肩当に乗せて、俺は自由区画のある方角へと向き直った。
「フェレシーラ、かなり皆を待たせてる」
「ええ」
彼女の頷きには、こちらもしっかりとした頷きで返して――
「それじゃ、査察の続き! パパッといってみよー!」
「ピピー♪」
何故だかティオが先陣を切って、俺たちの前を行き始めた。
うん。
なんで当たり前みたいな顔して、キミが場を仕切ってるのかな?
いま完全に、俺が号令かけるとこだったよな?
ホムラもホムラで、ちょっと前にあれだけ威嚇しまくってたのに合いの手入れたらいかんでしょ。
『ま、鳥頭っていうし、しゃーねーわな。カカカ』
お前はお前でしょうもないことばっかいってんなよな、この鷲頭!