251. 切磋琢磨の姉妹弟子
ここに至るまで、多少遠回りをした感はあったが……
「さてと……それじゃごめんなさいも済んだことだし。この子のこと、フラムに紹介させてもらおうかな」
ティオからの俺に向けた謝罪を見届け終えたフェレシーラが、約束通りを果たしにきた。
フェレシーラの口からティオのことを紹介してもらう。
それが俺の要求であり、意思表示だった。
突如として査察の場に姿を現したティオ。
幾らこうして、穏やかにフェレシーラとの昔話に興じる姿を目にしたとはいえ……
いや、それをしっかりと見届けたからこそ。
俺はこちらに向けて、刺すような殺気を放ってきた彼女の人となりを知る必要があった。
「ありがとう、フェレシーラ。それじゃ頼むよ。そろそろホムラが起きちゃいそうだしな。そうなったら暫くは話すどころじゃないかもだ」
「そうね。最近寝ては起きて、遊んでは寝て、の繰り返しだし。ちょっとパパッといっちゃいましょうか。どうせこの子のことなんて、大して話せる話題もないし」
「ほほぅ? いってくれるじゃん。それ言ったらフェレスだって、任務をこなす以外は」
「ティオ・マーカス・フェテスカッツ。レゼノーヴァ公国公都アレイザ、『聖伐の大教殿』所属の一級神官――いまは青蛇の称号を拝命されたようだけど」
ティオの横槍をサラッとスルーしての、紹介が始まる。
まあここまでは、俺も知っている内容だ。
大事なのはここから先だ。
「ちょっと、フェレス?」
「遷神暦144年生まれ。現在16歳。身長は……153㎝から、伸びてなさそうね」
「いや、たしかに変わってないけどさ。あのさ。フェレシーラさーん? ちょっと人の」
「変化はなし、と。なら、スリーサイズは上からはちじゅ」
「はなしをヴぁッ!?」
話の途中、突然ティオが盛大に吹いた。
というか吹きながら椅子を跳ね飛ばして、フェレシーラにつっかかっていった。
流石は青蛇の称号持ち。
案外、咎人の鎖なしでも素早く動けるんだな。
「ちょ――キミ、いきなりなにふざけたこと口走ってくれてんのかな!?」
「なにって。貴女のこと、紹介してるに決まってるじゃない」
「おま……ちょっとからかわれたからって、根に持って仕返しに来てるんじゃないよ!」
「やぁねぇ。冗談が通じなくなったなんて言ってきたのは貴女のほうじゃない。これぐらいのこと、笑って流しなさいな」
「冗談にも踏み込んでいいレベルってもんがあるでしょ!? それに普通、紹介っていったら、こう、なんていうかさ……おい、フラム! キミもなんか言ってやれよ、この性悪聖女サマに! キミが聞きたいのって、そういうんじゃないでしょ!?」
フェレシーラにとの会話の最中、突如ティオがこちらに助け船を求めてきた。
なるほど、一理どころか二理も三理もある。
久しぶりに親友と絡めて嬉しいのはなんとなくわかるが、それでいつまでも時間を食い過ぎるわけにもいかない。
あまりふざけて話が進まないのは困るし、なにより説明の方向性が間違っている。
「そうだぞ、フェレシーラ。ティオのいう通りだ」
そう思い、ティオに肩を掴まれ揺さぶられながらも平然としていたフェレシーラへと、俺は苦言を呈した。
「話が終わったら、セレンさんとパトリースの後を追いかけないといけないんだしさ。いつまでもじゃれ合ってないで、ちゃんとした説明をしてくれないと」
「うんうん。そうそう。説明っていうなら、やっぱりね」
「そんなどうでもいい話じゃなくてさ」
「――って、どうでも良くはないよっ!? だいじだよ!? おおごとだよっ!? キミら二人して、滅茶苦茶失礼だな!?」
なんてわけのわからない脱線を、幾度か繰り返しながらも……
「なるほどなぁ。フェレシーラの先生が……ペルゼルート将軍がまだ現役だった頃に、もうティオは正式に弟子入りを済ませて学んでいたのか」
「そういうことね。まあ弟子入りといっても、彼女、余所でかなり鍛錬を積んでいたから。それで先生に勝負を挑み続けた結果なのだけど。たしか10回負けて、これ以上は面倒だから大教殿の兵舎に住み着けって言われたのよね?」
「正確には9敗と時間切れで1引き分けだけどね。それに兵舎に住むように指示してきたのは先生じゃないし。ていうか、この話会うたびにしてない?」
ちょいちょいと本人の抗議の声……もとい注釈を挟みつつも、俺はフェレシーラの口からティオに関する情報を提供してもらっていた。
「なるほどなぁ……それでティオの方が姉弟子ってことだったのか」
ペルゼルート先生の話題も交えつつの説明に、俺は納得の頷きを繰り返すばかりだった。
どうやら二人の話によれば、フェレシーラは幼い頃から先生に連れられて大教殿に度々顔を出して稽古をつけてもらっていたとのことで、正式に参殿して弟子入りを果たしたのは結構後の話だったらしい。
それに対して、ティオはいわゆる道場破りの様な形で、大教殿で教団員の教導にあたっていたペルゼルートに勝負を挑み、結果その技量と粘りを買われてそのまま弟子入り、という運びだったとのことで……
「ま、私としてはぜんっぜん姉弟子って感じはしてないんだけどね。戦績もこっちが勝ち越してるし」
「よく言うよ。ボクとやる時は常にアトマ視も使いっぱなしで、終わるたびにぶっ倒れてたクセしてさ。それで結局、何度試合をすっぽかしたのやら。不戦勝含めたらこっちの圧勝だよ?」
「それは毎度毎度、貴女が長期戦に持ち込んでくるからでしょ。あ……ねえねえフラム、聞いて聞いて! この子ったら前に短期決戦狙いでラッシュしかけてきてね。それで結局私に凌がれて、急性アトマ欠乏症で倒れちゃったことあるのよ。貴方も考えなしにアトマを放出するところがあるから、気をつけないとよ?」
「あ、うん。それはたしかに、気をつけておきたいけど。フェレシーラを相手に毎回長期戦を選択するって、ちょっとなに言ってるかわかんないですね……!」
そこから先は、この通り。
ほとんどフェレシーラとティオの修行時代、二人それぞれ神殿従士と神官の資格を得るまでの、あり得ないほどのライバル生活に関する事柄が、話の殆どを占めていた。
ていうか、この人たちどんだけ日常的にバトってたの。
なんか青春そっちのけで闘ってばかりというか、闘いこそが我が青春みたいな口振りなのがほんと恐れ入る。
でもまあ、ライバル関係っていうのは大事なんだろうな。
互いぶつかり競い合っての、切磋琢磨。
一段一段、日々好敵手を越えて共に高みへと昇ってゆく。
大して歳も違わないのに、フェレシーラと自分には何故ここまで差があるのかと思うことは度々あったけど……今日こうして二人に話を聞けて、納得がいった部分もある。
「なんかいいな……そういう関係って」
そうした想いが、思わず漏れ出でてしまったのだろう。
気付けばおれはそんなことを口走り、二人の視線を一身に浴びてしまっていた。