250. 『親友』
こちらにじゃれついて来ていたフェレシーラの手が、俺の構えた掌に触れる直前でピタリととまる。
椅子の上では避けにくかったので、それ自体はちょっと助かるが……
うん。
フェレシーラのヤツ、固まってるな。
しかしそれも仕方ない。
いまのはティオが悪い。質問の仕方が悪い。
「あのさ」
握り拳の脅威から解放されたこともあり口を開くと、「なに」とティオが即応してきた。
いや、なにって言いたいのはこっちなんだけど……まあいいか。
聞けば済む話だ。
「いや、そういう仲なの? って聞かれてもさ。どういう意味なのかなって」
「……は?」
「は、じゃなくてさ」
あからさまに「なに言ってんだコイツ」みたいな顔をしてきたティオに、俺は自身の口調がどんどんと馴れ馴れしくなっていていることを自覚しつつも、質問を続行した。
「もっとこう、具体性のある質問でないと返事のしようがなくて、フェレシーラも困ってるだろ? 例えば……そうだな。旅の仲間とか、雇用者と被雇用者とか……あとは、ええと」
「なるほど」
具体性だなんて言葉を用いつつも、すぐに例えに窮してしまった俺に対して、しかしティオは得心がいったとばかりに、ゆっくりとした頷きを見せてきた。
どうやらこちらの言わんとする意味は、ちゃんと伝わってくれたようだ。
これでティオのヤツもしっかりとした質問をしてくれるはず――と、思いきや。
「では、フェレシーラ・シェットフレンさん。貴女に質問です」
こちらが予想していた以上のしっかりとした口調で、ティオがフェレシーラへと問いかけた。
「いまのフラムくんが口にした、具体例について。なにか良い例えはお持ちでしょうか?」
「……黙秘権を行使します」
「ですよね」
何故だか表情を無にして回答を拒否したフェレシーラに対して、これまた何故だか妙にあっさりとティオが引き下がった。
ん?
それでいいのか、君たちは。
なんだか意味不明というか、なにを得るでもないやり取りで終わってしまった感があるが……
まあ、この二人は付き合いも相当長いぽいしな。
こちらの知らない符丁とか、会話のパターン的なものがあるのかもしれない。
なのでここは無駄に口を突っ込むのはやめておこう。
それがマナーというものである。
幾ら世間一般の常識に乏しいところがある俺とはいえ、こういう阿吽の呼吸みたいなのにまで一々質問したりは野暮ってことぐらいわかる。
フェレシーラには真面目すぎるだなんて言われたけど、これぐらいの気遣いは出来るってところも見てちゃんと欲しい。
「ま、なんていうかな。心中お察ししますよ、フェレシーラさん」
「ご配慮、痛み入ります」
なんてことを考えていると、いきなり二人がお辞儀を交わし始めた。
そしてフェレシーラが背凭れつきの椅子へと着座したタイミングで、ティオもまた、椅子に背を凭れさせつつ口を開いてきた。
「元々、いらない苦労を背負い込むタチだとはわかってたけど。これまた特大の苦労を見つけ出したモンだね。まさに天然物じゃんコレ」
「上手いこといったつもりになってるんじゃないわよ。あと、コレっていうのはやめなさい。言いたくなる気持ちはわかるけど」
こちらにビッと人差し指を突きつけてきたティオを、フェレシーラが窘めつつも同意する。
よく分かんないけど、天然物ってなんだよ。
天然物じゃない人間とかいるのか?
ところでティオさん。
人差し指つきつけは、国や文化によっては敵対行為にあたりますよ?
たしか蛮術っていわれる術法系統にも、指で人を撃つ仕草を利用する技術があるんだよな。
まあ、コイツがやると妙に似合ってるし、特に拘りはないんで、そんなこと口に出して文句つけるつもりも更々ないけど。
しかしそれにしても、コイツに対してあれこれ手を打とうとしていた部分に関しては、どうするべきか悩むな。
最初はそれこそめちゃくちゃ敵対的な態度で絡んできていたけど、いつの間にかそんな雰囲気じゃなくなってる気がするし。
俺としてはフェレシーラと親しい人間と事を構えたくはないし、そこまで良いとして、だ。
問題は、ジングを封じた翔玉石の腕輪についてなんだけど……
「とりあえず、詳しいことはまた個別に聞くとしてさ」
この話題は一旦ここまで。
そんな宣言と共にティオがこちらに向き直ると、居ずまいを正してきた。
「まずはフラム。キミに謝罪させてもらうよ。突然喧嘩を売るような……というか、喧嘩を売って済まなかった。そして、買ってくれてありがとう。久々に楽しめたよ。引き摺り倒された分はそのうちお返しするから、覚悟していて欲しいな」
「あ、いやそんな、急に礼儀正しくされて――は、いないなコレ……」
「え、引き摺り倒されたってなによそれ、ティオ。まさか初見でフラムにしてやられたの?」
「まあね」
「まあね、って。なんでそこで貴方がドヤるのよ。ていうか詳しく聞かせなさい、そこのところは!」
「いやー、そこは話すと別に長くはなんないけど、単純に話したくないかな。フフッ」
ティオの謝罪を皮切りに、そこにフェレシーラも混じっての会話が再開される。
「ま、喧嘩を売った理由の半分はアレだよ。こっちに上がってきていた報告の文書から判断するとねぇ。キミらの動きに関しては色々と邪推したくなる部分が多すぎたんだよ。そこはついては身に覚えがあるだろ、二人とも。ここの教会に提出した依頼にしてもさ。アレ、フェレスが作らせたヤツでしょ? 書き方に癖があるから申請書の写しを見て一発でわかったよ」
「う……そ、それはだな」
「こら、そうやってすぐに態度に出さないの。いきなりそんな感じだと、私もシラを切れないじゃない」
「いやー、切れるシラなんてどこにもないっしょ。キミ、いつもは竜種とか巨人種とか、そういう危険度バリバリの依頼がないか大教殿に確認してくるのに、あの森に教団員の派遣を申請してきり音沙汰なかったし。挙句の果てに危険度の低い影人だかの調査依頼一つに掛かりきりで、しかも神殿を使って依頼主の訓練だとかさ。ボクでなくても怪しむよ」
「それは……その」
「おい……! お前こそ態度に出てるじゃねーか……!」
「う、うっさいわね! 一体、誰のせいだと思ってるのよ!?」
立て板に水、といった調子でやってくるティオの指摘に、慌てる俺とフェレシーラ。
言われてみれば、至極ごもっともといった感じの内容だが……
つまり、これはあれか。
フェレシーラのことを良く知るティオからしてみれば、彼女が『隠者の森』を離れて以降の動きは不自然さしか感じられなかった、ってわけか。
「ま、ボクとしてはそもそもフェレスに骨休めして欲しかったわけだからね。難易度の低い依頼一つでのんびりしてくれてる分には、なんの問題もなかったんだけど」
「大教殿のお偉いさんたちは、そうもいかなかった、って話ね。相変わらず、難儀な人揃いで――っと。流石に私がこんなこと言っちゃ、マズいわね……」
「はは。白羽根なんてものをやっているんだ、言いたくなる気持ちはわかるよ。でも、まあ……」
チラリと視線を一瞬こちらに向けて、ティオが続けてきた。
「よかったじゃん。楽しそうで」
「それはどういたしまして。ありがとうね……ティオ」
「いえいえ。お役に立ててなによりさ」
穏やかな礼の言葉には、少々気取った風の笑みが返される。
うん。
ピリピリした感じより、こういう雰囲気の中でホムラをなでなでしていられる方が、俺としてはとても助かるのは確かなんですが。
なんかこの人たち、査察の件も腕輪のことも、完全に忘れちゃっていませんかね……?
まあ久しぶりに親友と再開して、ついつい盛り上がっちゃうってのはあるんでしょうけど!