249. 君のほっぺは100万アトマ
つらつらと続いた会議室でのフェレシーラとティオのやり取りで、わかったことが一つ。
それはフェレシーラが俺の故郷である『隠者の森』を訪れた切っ掛けが、どうやらティオの計らいによるものだった、ということだった。
これまでの話によると、フェレシーラはシュクサ村から舞い込んできた影人の討伐依頼を引き受けるまで、レゼノーヴァ公国の南部アグニファ地方を中心に、多くの教団関連の職務をこなす日々を送っていたらしい。
それについてはフェレシーラ本人が望んだことであり、以前から教会に申請された依頼を中心に精力的な活動を行ってはいたらしいのだが……
これがどうにも、ティオを始めとした彼女のことを知る人々からは『やり過ぎ』状態だと見做されていたというのだ。
聖伐教団のエースであり、ただ一人の白羽根神殿従士でもあるフェレシーラは、他の者に代わりが務まるような存在ではない。
純粋な戦闘能力。
果断ともいえる判断力。
困難な状況下であればあるほど輝きを増す、不屈の精神力。
それらを梃子として、高難度と目される依頼をも単独でこなし続けたきた彼女を、使い潰すような真似はしたくない。
そうした見解は教団のみならず、公国のトップ層も抱いていたこともあり、一定の休暇期間を設けた後に活動を再開するように、との話がフェレシーラの元にも届いていたとの話だった。
だがしかし、それをフェレシーラ本人が拒否したというのだ。
「まさかあそこで、キミがお休みの話を蹴るだなんて……とか、アイツらは言ってたけどさ。ボクからすればそんな予感がしてたから、案の定って感じだったよ」
「そんなこと言われてもね」
通達に記されていた休暇の実行は飽くまで教団からの『提案』であり、『指示』ではなかった。
それがフェレシーラの主張だ。
「私には私のペースがあっての判断よ。実際に影人討伐を引き受ける前は少しゆっくりしようと思っていたし。変に間を空けすぎると、勘が狂って調子が悪くなっちゃうんだもの」
「でたよ、でたでた。これだから脳筋聖女サマは困るんだよ」
「む……なにが困るっていうのよ。私が多くの依頼を片付ければ、それだけこの国の皆を助けられるでしょう? それが悪いことだっていうの? それにあっちにこっちに長距離移動させられるよりは、手近な依頼をこなしている方が私の性に合ってるの。休暇だって一々公都まで引き返して大教殿で過ごすように、ってことだったでしょ? そんなの肩がこっちゃって逆に疲れちゃうもの」
どうやら『脳筋聖女サマ』という言葉に不満があったらしく、フェレシーラがテーブルの上で両の頬を抑えながら、若干むくれながらティオに言い返した。
ちょっとつぶれたスライムみたいで可愛いな。
ちなみにここでいうスライムとは、地上に溢れる地水火風といった特定の属性のアトマに強い偏りが生じた際に自然発生する、魂源生命体というカテゴリーに属する魔物の一種を指している。
その体は丸々としたゼリー状の体組織で形成されており、目や口といった器官もなく、なかなかに愛らしい。
そのままでは特に害もなく、むしろ偏った属性力が災害化に至るのを防ぐ役割を持つとの通説が研究者の間で流れているのだが……
このスライムくん、迂闊に手を出すとヤベー存在だったりもする。
それもその筈、魂源力の塊といわれるだけあり、外部から強い衝撃やある種の干渉を受けると、その場で「ボン!」といく性質があるのだ。
とはいえ、生まれたてのスライムは軽く弾ける程度でさしたる実害もなく、河原等で見つかっては子供に棒でつつかれて、ポンポンと弾け飛んでいたりするらしい。
多少成長した個体でもちょっとした被害で済むケースが殆どなのだが、このスライムが発生するのは必然的に大量のアトマが集まる場所でもある。
多くの場合、それは術法の研究が行われる施設の傍だったりで、そうした際は発見され次第、術法で分解消去されてアトマとして回収再利用されるか、または物的に処理されて爆発四散、という結末を迎えるのが通例だ。
なので問題とされるのは、これが人の寄り付かないアトマの集積地――所謂、秘境と呼ばれたりもする場所で放置されていた場合となる。
こうしたケースでは魔物か何かの外的要因がスライムを刺激しない限り、初めは掌サイズであったそれがじわじわとそのサイズを増してゆき、最終的には幅10m、体高5mを超えるオバケサイズにまで巨大化するのだとか。
これらの知識は、以前『隠者の塔』に保管されていた蔵書を読み漁り覚えたものなのだが……
こうした巨大スライムが人の寄り付かなくなったダンジョンに発生し、その巻き添えを恐れてか棲家としていた魔物の類が退去したその結果。
これ幸いとお宝目当てで踏み込んだ魔物の知識のない人間が、ダンジョンを塞いだスライムを排除しようと試みて、というパターンは案外多いらしい。
そんな蛮行により命を落とすのは当事者に留まらず、ダンジョン内の環境の激化や、最悪の崩壊を招き……
そこに眠るもっとダンジョンの主だとか、神代の時の遺産といった、ヤバイ代物を連鎖的に引き起こしてしまうことも、稀によくあるのだとか。
そんなスライムだが、能動的に被害をもたらすこともなく、術法による適正な処置を時間をかけて施せば、例え巨大化した個体であっても安全に処理することは可能。
その上特殊な加工を施せば、様々な素材に転用できる、らしい……けど――
「え? な、なんだよ二人して、こっちのこと見てきて」
ふと気がつくと、フェレシーラとティオがこちらをじっと眺めにかかってきていた。
「あ、ううん。とくに、何っていうわけではないのだけど……その、ちょっと視線がね」
「だねぇ。さっきから、ずっとフェレスの顔ばっか見てるんだもん。穴が開くんじゃないかってくらいに、じーっとさ」
「ああ」
交互にやってきたそんな指摘に、俺は思わず安堵の息を洩らしてしまう。
いやびっくりした。
今までずっと二人で色々話していたのに、急に黙って見つめてきていたから驚いてしまった。
「なんだよ、そんなことか……何かやらかしたのかと思って、あせったぞ」
「それはこっちの台詞よ。頬杖ついていたのが変にみえたのかと思って、慌ててやめちゃったじゃない」
「いやいや。変に見えるとかないからな。スライムみたいで可愛かったし」
「ス、スラ……!? ちょ、あのねフラム、貴方! どうりで、人のほっぺたばかり見てるとおもったら……あのねぇ!」
「うん? ああ、ごめん。例えが悪かったか。そうだな……お、そうだ!」
「そうだ、じゃないっ!」
「うおっ!? ちょ、おまっ……座ってるとこに、いきなりゲンコツ振り回してくんのはやめろって! ティオと違って、俺そんなに上手く『治癒』出来ないぞっ!?」
「うっさい! 治してあげるから、避けるんじゃありません!」
彼女のほっぺに相応しい例えを探そうとしていたところにやってきた、突然の握り拳。
「……あのさ」
それをなんとか椅子に腰かけた体勢で凌いでいると、横から声が飛んできた。
真剣な表情で放たれた、少女の声。
ティオの声だ。
「一つ、ボクからも聞いていいかな」
「え、あ、はい。どうぞ――っとぉ!?」
「……チッ。なによ、ティオ。こっちはいま忙しいんだけど?」
「ええ、まあ、うん。なんというかさ」
返答を行う最中にも繰り返される攻防を前にポリポリと頬を指で掻きながら、
「キミら、もしかして……マジでそういうカンケーなの?」
なんら具体性を伴わない質問を、彼女はこちらにむけて放ってきたのだった。