248. 旧知の仲の間にて
「うん、大体わかったよ。ありがとう……仲良いんだな、二人は」
向かい合っての臨戦態勢に入りかけたティオとフェレシーラに、俺は膝の上で寝息を立て始めたホムラをぽふぽふしつつ礼を述べた。
「……まあ、そうね」
「たしかにね」
そんなこちらを見て毒気を抜かれたのか、双方とも構えを解いてきた。
「腐れ縁って奴ではあるけど、不仲とかではないかも。お世話になって部分もあるにはあるし。そういう意味では、練習試合にしてもそうね。先生は多忙で外してることも多かったし。道場も途中からは、半分二人で面倒みているようなところがあったかな」
「そうそう。アレみてよく知らない連中はすーぐライバル扱いしてきてたけど、それもちょっと違うんだよね。単純にレベルが合う相手が都合よく近くにいない、ってだけでさ。まー、先生のお眼鏡に叶うヤツなんて、そんな簡単にゴロゴロしてるわけもないんだけど」
言葉の端々に懐かしむ様子を響かせながら、どちらからともなく着座が行われる。
青と金、二人の少女の瞳が一旦は宙を泳ぎ、そこから鏡合わせのようにしてテーブルの上へと片肘がつかれる。
「元気そうじゃん。『隠者の森』で霊銀盗掘の疑いアリ、ってことで調査に出向いた時には影も形もなくて、どこほっつき歩いてるのかって心配してたけど。あ、言っとくけど教会に出された待機要請には、ボクは絡んでないからね。アレは本部の都合だから」
「そこは別に疑ってないし。貴女こそ、変わってないようね。流石に青蛇に就任していたのは驚いたけど……どうせ暗部からの誘い自体は前から来ていて、私が毛嫌いしてたから蹴ってただけなんでしょ」
「さあね」
どうやら互いに気になっていたことを口にして、気持ちの収まりがついたらしい。
ティオもフェレシーラも、共に落ち着く気配をみせてきていた。
正直、めっちゃ助かります。
こっちは位置的に挟まれる形だったもんで、ぶっちゃけちょっと――いや、かなりビビってました。
まあ何はともあれ、俺からの質問なんてこんなモンでいいだろう。
というか、コレはアレだな。
査察組に対してティオが権限を持っているのなら、ここは少し時間を割いてでもフェレシーラと話をさせておいた方が得策、ってのはあるだろう。
場合によっては、俺が狙っていたようにジングに関する情報を一部開示した方が、結果的には事を穏便に済ませられる可能性もあるかもしれない。
勿論、皆の確認をとった上ではあるし、ティオの思惑や人柄を把握してからという前提は加わるが……
はっきりいって、俺はコイツを敵に回したくない。
変に遜った態度をとったり、阿るつもりもないが、フェレシーラと旧知の間柄とあれば、望んで敵対しようとも思わない。
それになんとなくではあるが、コイツはなんかそういうの嫌いそう、って感じがしてならない。
初めて顔を合わせたときの殺気に関しては、正直まだ警戒もしているし、演技だったとは思えない節もある。
でも、なんと言えばいいのだろうか。
……多分なんだけど、コイツを『敵に回したくない』の部分に、二つの意味がある気がする。
一つは純粋に、脅威となるので敵に回したくないという意味。
これもう、たった一度の手合わせではあるが骨身に沁みた感がある。
ティオ自身も口にしていたが、彼女の戦闘スタイルは術法メインの万能型だ。
攻撃主体のフェレシーラに比べて決め手には欠けるかもしれないが、その分攻防に渡りそつなく隙もなく、という印象がある。
おそらくだが、扱う技術全般に関してそうなのだろう。
一度見ただけではあるが、『防壁』の神術一つとっても、アトマの制御力と術法式の緻密さは、若くして達人の域にあることが感じ取れた。
そうした術法と咎人の鎖を組合わせての個人連携ともいうべき立ち回り、引き出しの多さは相当なものだと予想できる。
正直いって、術具を利用して戦う者としては手本にしたいぐらいだ。
そういう意味でも、ティオは敵に回すより味方につけたい、と素直に思う。
「フェレシーラ」
それを自覚しつつその名を呼ぶと、チラリとした仕草ではあったが、彼女がこちらに視線を定めてきた。
「ん。なに」
「ああ。良ければティオに、俺のことを紹介してくれないか」
「……ふむ」
俺からの願い出に、フェレシーラが居ずまいを正してきた。
どうやらこちらの意図を察してくれた感じはするが……
「そういう事なら……ティオ。貴女、先に彼に謝りなさい」
その言葉に、片肘を突いていたままのティオが「えー」と洩らしてから、億劫そうに口を開いてきた。
「なんでボクが謝るのさ。ここにくるまでのアレは、単に査察団の一員として部外者の関与を見咎めてのことだよ。謝罪する必要はないと思うんだけど?」
「それはその通りね。でも貴女、こうも言ってたもの。わざわざ司祭長に頭をさげて、仲良くなりにきた……あれ、本心でしょ。そうでなければ貴女がリファに頭を下げてまで出向いて来るだなんて、ちょっと信じられないし」
しれっとして放たれたフェレシーラの受け返しに、ティオの表情が苦味走ったものとなる。
「だってさぁ。あの石頭のお姫様、ボクとフェレスのことやっかんでるんだもん」
口をへの字に曲げて、彼女は続けた。
「今度の『聖伐祭』だって、キミは先生の弟子ってことで招致する予定だったのに、同門のボクは蚊帳の外だったんだよ? ないでしょ。公私混同、職権乱用もいいとこだよ」
「え……まさかそれで私が『聖伐祭』に出ないで済むように、とか言って『隠者の森』の……ええと」
「シュクサ村」
「そう。シュクサ村。そのシュクサ村からの依頼を……私が招致されないように、回してきたってこと!?」
「……まあね」
こちらが横から村の名前をアシストしたところで、ティオが俺にジト目を差し向けつつ、フェレシーラの指摘を認めてきた。
うん、話の途中に割り込んで申し訳ない。
けどこの人、いつまで経ってもあの村の名前覚えないんで……!
「呆れた。貴女のやることには毎度呆れてばかりだけど……今回は本当に呆れたわ。ティオ、貴女、自分が何を仕出かしたたのかわかってるの? 司祭長に対する妨害行為よ?」
「そう目くじら立てないで欲しいなぁ。あっちだって私情が入りまくった人選だってはわかってて、こっちの横槍を受け入れたんだからさ」
話に聞き入りながらもこちらが心の中で軽く詫びを入れていたところに、青蛇の少女が肩をヒョイと竦めてきた。
「それにキミ、どう見ても働きすぎだったし。そんな状態で公都まで急行させて式典の場で突っ立たせてるのと、ド田舎の村でのんびり依頼をやらせてるのと……どっちが骨休めになると思う? って聞いたらダンマリだったよ、アイツ」
「アイツとか言わない。何処かで誰が聞き耳を立てているどころか、覗き見までしてきていてるか……わかったもんじゃないんだから」
「へえ? このボクを相手にそんな真似出来るヤツ、教団にいたっけ?」
こちらが初めて聞く名前も交えつつフェレシーラがティオに釘を刺すも、当の彼女はむしろ挑発的な笑みを浮かべて聞く耳持たず、といった調子だ。
しかしながら大変言いにくいというか、言えないんだけど。
多分それ、ジングのことですね。
もうフェレシーラとの間で覗き見といえば、イコールあのアホワシカブトモドキのことなんで!
尚、ホムラは可愛いので除外とします。
まあコイツの場合、覗いてるわけじゃないしな。