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246. 騙し合いは続く?

「同じ師を持つって……前にも何度か言ってた『先生』って人のことか?」


 まだフェレシーラの説明は始まったばかり。

 それをわかっていながらも、俺は口を挟んでしまっていた。

 

「あれ? なんだい、フェレス。まだペルゼルート先生のこと言ってなかったんだ」


 そこにティオが意外そうな口振りで加わってくる。


「ちょっと、ティオ。お願いだから少し黙っていてってば。貴方が口を挟んでくると、いつも話がややこしくなるのよ」 

「へーい。んじゃ暫くお口にチャックしておきまーす」

 

 フェレシーラの注意を受けて、ティオがパっと手を開き「降参です」といった風のポーズをとってきた。

 そしてそのまま椅子の背凭れに体を預けると、頭の後ろで手を組んだ状態で瞼を伏して沈黙する。

 

 その様子を、俺は無言で見守っていた。

 いや……正確には何も言えなくなってしまっていた。

 

 フェレス。そしてペルゼルート先生。

 ティオの口から飛び出てきた二つの呼び名。

 

 前者は普通に考えればフェレシーラの愛称なのだろう。

 フェレシーラ自身が同門というからには、ティオが彼女のことを親しみを込めてそう呼ぶのは、なんらおかしいことではないということは、わかる。

 

 だが、それは今の俺にとっては特別な意味と響きを持つ名だ。

 正直そこに関して話を持って行きたい衝動に駆られはしたが……

 今はそれよりも、もう一つの名に関することを優先すべきだと俺は判断した。

 

「フェレシーラ。ペルゼルートって、まさか」

「ええ、そのまさかよ。ごめんなさいね、ちゃんと言ってなくって」

「いや、それは良いんだけど……」


 こちらに向けて謝罪してくるフェレシーラにはそう返しつつも、俺は戸惑いを隠せずにいた。

 とはいえ、それも仕方がないだろうとも思う。

 

赤塵将せきじんしょうペルゼルート・ロウセウス……」 

 

 その名を口に、俺は自らの記憶を手繰り寄せにかかる。

 赤塵将せきじんしょう

 またの異名を、灰燼かいじんのペルゼルート。

 

 ここレゼノーヴァ公国において、『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングと並び称される、もう一人『救国の英雄』。


 嘗て魔人の軍勢に打ち滅ぼされたラグメレス王国軍を再度まとめあげて各地を転戦し続けた人物であり……


 当時王国の一門として抗戦状態にあったレゼノーヴァ家と聖伐教団への合流を成し遂げたことから、彼の手腕なくして、いまの公国は存在しえなかったと称されるほどの傑物だ。

 

 同じく魔人戦争において多大な戦果を挙げたことで、公国三大領主となった者たち……


 東の地を護る『公国の盾』ルガシム・マグナ・メルランザス。

 西の地を祓う『公国の剣』カムイ・ライドゥリズ・エントルザ。

 南の地を拓く『公国の瞳』ウィルマ・パーラ・アグニファ。

 

 公国の『三英傑』とも讃えられる彼らもまた、赤塵将せきじんしょうペルゼルートの指揮の元、魔人の軍勢に果敢に立ち向かい、屍の山を築いたとされている。


 また、伝え聞くところに拠れば、ペルゼルートのみがアレイザに座する公王からの拝領を固辞した結果、現公国領は4つに分かれる形になったのだとも言われていたりもするのだが……

 

 公国の事に関して疎い俺でも、彼についてならこれぐらいは知っている。

 それほどまでに有名……というか、『隠者の塔』にあった本で調べて覚えた時に、「なーんか聞き覚えのある名前だなぁ」と思った記憶がある。

 

 なんにせよ、俺の師匠であったマルゼスさんと同程度か、場所によってはそれ以上の知名度がある人物だという認識で間違いはない。

 そしてフェレシーラの反応をみるに、そのペルゼルートが彼女のいうところの「先生」、即ち師であることも、確実だった。


 まあこの場合、ティオのヤツも同じくペルゼルートの弟子、って話なのだが。

 

「それにしても、あの有名な『赤塵将せきじんしょう』がお前の先生だったなんて……びっくりだ。いや、お前ぐらいになると、それぐらいの人が師匠だっていうのはむしろ納得だけどさ」

「私なんて、あの人と比べたらまだまだよ。今は流石にそろそろいい歳だしってことで、少し前に将軍職は降りていたけど……その分、前より自由に動けるようになったって言ってたわね」

 

 なるほど。

 老いてなお盛ん、って感じの人なのかな。

 

 実際のところどれぐらいの歳なのかはわからないけど、16年前の戦いで将として活躍していたぐらいだから、マルゼスさんより若いってことはまずないだろう。

 ていうかあの人の場合、その2年後、14歳の頃だかに魔人将を撃退してるって話自体、もうなんか色々と規格外すぎておかしいんだけど。

 

 つまりいまの俺ぐらいの頃には――

 

『ケッ。誰かと思えば、あの野郎の話題か。聞きたくもねえ話だな』

『あ? なんだよ、ジング。お前もしかして、赤塵将せきじんしょうのこと知ってるのか?』

『さてね。このまま野郎の話ばっかされてたら、耳が腐っちまいそうだしよ。俺様は引っ込んでるから、起こすんじゃねえぞ』 

『あ、おい――こら、ジング! いきなり好き勝手文句ばっかいって、なんなんだよお前! おい! 起きろって!』


 いやいや……

 ホントなんなんだよ、ジングのヤツ。

 ペルゼルートの話になった途端、不貞寝状態でシカトこいてきやがった。

 

 もしかしてコイツ、魔人戦争で赤塵将せきじんしょうの軍にボコボコにされてたとかじゃないだろうな。

 そうなると気にはなるが、迂闊にこの話題に触れて臍を曲げられたら、面倒なことになりそうでもあるか。

 

「本当に黙っていてごめんなさい……どこかでタイミングをみて、話すつもりではいたのだけど」


 なんてことを考えていると、フェレシーラが頭をさげてきていた。

 どうやらジングとのやり取りで出来た間を、沈黙と勘違いさせてしまっていたらしい。

 慌てて俺は彼女の側に向き直り、その青い瞳に視線をしっかりと合わせた。

 

「いや、大丈夫だよ。お前が切り出してきてなかったことは、今はまだその時じゃないって判断なんだろ? それにこういう時も、フェレシーラは忙しいしさ。物事には順序ってものがあるんだから、俺は気にしてない……っていえば、お前のことだし嘘になるけどさ」 

「……ありがとう、フラム」 

 

 返事の途中、掌を振って「問題なし」とアピールしてみせると、フェレシーラが言葉を礼の言葉を口にしてきた。

 そんなやり取りの最中、一瞬だけ、チラリと視線を横に飛ばす。

 

 テーブルの上では、ホムラが蹲り微かな寝息を立てている。

 査察に付き合わせて神殿内を連れ回してしまったので、疲れてしまったのだろう。

 ティオが櫓の上から殺気を放ってきてた時はあれだけ警戒していたのに、ちょっと呑気だなっておもうが……

 

 そのティオはといえば、変わらず椅子に凭れかかり、目を瞑ったまま不動を保っていた。

 その表情からは何を考えているかはわからず、油断出来ないことは今までと変わりない。

 

 でも……これ、チャンスだな。

 ふと思いつき、俺はフェレシーラだけ見えるように向けてサッと右手を翳してみせた。

 勿論、狙いは例のアレ。 


 不定術を用いて掌に文字を描き、メッセージを送るヤツである。

 これならば、よしんばティオがアトマ操作に気付き目を開いてきても、その内容が即バレしてしまうこともない。

 おそらくはこちらの会話自体には聞き入ってるだろうから……気取られないように、なにか別のことも話しておくべきだろう。

 

 となればここは、フェレシーラへの報告の体でいくのがベターとなる。

 

「そういえばさ、さっきティオと中庭で手合わせしてもらってさ」

「ええ、ティオにも簡単には聞いてるけど――」

 

 俺の言葉にフェレシーラが反応を見せてきたタイミングで、掌へとメッセージを浮かべる。

 内容はこうだ。

 

 ――腕輪には何者かがいることはわざと匂わせてある。

 

「……ちょっと、突然だったし驚いたわ」

「だろ? まあ、少し稽古をつけてもらった程度のものだけどな。で、それでさ――」 

 

 こちらの話にティオの表情に、微かな変化が浮き出ていることを確認しつつ……

 俺は驚きの表情を見せてくるフェレシーラへと、己が開示していくおくべき情報を伝え続けていった。

 

 うん。

 やっぱり、詠唱なしでも術法式の構築も出来る不定術、超便利。

 便利だけど……

 

 何気にコレ、文字浮かべるだけでもめっちゃ集中する必要があるし、案外疲れるな……!



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