245. 『同門』
「あ」
広々とした会議室――いや、会議場と呼べるほどの空間に進み出てた俺は、思わず声をあげていた。
会議棟の4階、奥行で優に20mを超える空間には、Cの字を描く巨大な石製のテーブルと数十人が席につけるだけの背凭れ付きの椅子が配されている。
「フェレシーラ」
その椅子の一つに着座した少女の名前を口に昇らせると、自然、歩調が早まっていた。
「フラム」
ガタンと音を立てて、フェレシーラが立ち上がる。
その横では、椅子の上で器用に胡坐をかくティオの姿があった。
他の人間はいない。
ハンサも、ドルメも、護衛の教団員も、姿がみえなかった。
「セレン様……これって」
「うむ。ハンサたちの姿が見当たらないね。まずはフェレシーラ嬢に話を聞くとしよう」
「ピ!」
背後の声からどんどん遠ざかる俺に向けて、フェレシーラが駆け寄ってきた。
愛用の戦槌はテーブルの上、小盾は座っていた椅子に立てかけるようにして置かれている。
「大丈夫? どこか怪我していない?」
「あ、いや。それは平気だけど……ティオに話を聞いたのか?」
「ええ、いま簡単に説明させたところよ。怪我がないなら、良かった……」
フェレシーラの問いかけに答えと質問を返すと、彼女は頷きの後に安堵の溜息をもらしてきた。
「あの、フェレシーラ様」
そこに、堪らずといった様子でパトリースが進み出てきた。
「ハンサのやつ……副従士長の、姿がみえませんが。どちらにおられるのでしょうか」
「彼なら君たちが作った特訓場とやらに向かってるよ。ドルメたちと一緒にね」
堪えて敬語を用いていた感のある見習い従士の問いかけには、ティオが椅子に胡坐を掻いたままの態勢で答えてきた。
「え――ひ、一人でですか!?」
「そ。フェレシーラにはボクから話があるから、ここで待ってるように言ってあったからね。たぶん今頃は、陣術の痕跡調査に乗り出してるんじゃない?」
「そんな……セレン様!」
「ああ。ハンサ一人では荷が重い……というよりは、こちらの仕出かしたことだからね。私たちも向かうとしよう。それでいいかな、フェレシーラ嬢」
「わかりました、そちらはお任せします。私は少し……ここでティオと話があるので。申し訳ありません」
「了解した。フラムくんとホムラくんはここに残れ。いくよ、パトリース嬢」
「はい! すみません、師匠! 私、いってきます!」
素早いやり取りの後、パトリースが一度だけ深々と頭をさげて、セレンの後を追う形で元来た階段へと向けて駆け出してゆく。
突然の班分けを、俺はただ見守ることしか出来ない。
「やってくれたわね……ティオ」
「ふふ。そう怖い顔、しないしない。白羽根の聖女様に相応しくないよ?」
「そう思うのなら、あちこちうろついて引っ掻き回すのはやめて頂戴。まったく、いきなり現れたと思ったら、査察団のリーダーを任されていただなんて……しかもよりにもよって、青蛇? 貴女、私があの連中のこと嫌ってるの知ってたでしょ?」
「ま、そこはボクも思うところってヤツがあってね。それよりも、さ」
フェレシーラからの非難の眼差しもなんのその、涼しい顔でティオがこちらへと向き直ってきた。
「いつまでもそんなところにボケー、っと突っ立ってないでさ。君も座りなよ、フラム」
「……フェレシーラ」
「言うとおりにして、フラム。こうなるとこの子、ちょっと……いえ、かなり面倒だから。それに私からも聞きたいことも多いし」
「そっか。わかった」
ティオの言葉にではなく、フェレシーラの判断を受け入れる形で、俺は椅子を一つ手元に引き寄せて着座を果たす。
はい。
さーせん。
わかったとか言っておいて、正直状況を呑みこむのにちょっと時間がかかってました……!
どうも話の流れからすると、俺がティオと戦っている間にハンサとジョルメたちは、セレンが『大地変成』の陣術で生み出した特訓場の調査に向かっていたらしい。
ていうかこれ、まんまとティオに時間を稼がれた感しかしない。
休憩時間にこっちが集まって話し合いに及んでいたのを利用されてしまっている。
この会議棟にやってきた時にはハンサたちとはすれ違いもしなかったところを見るに、あちらは休憩を切り上げて移動を開始したか……そもそもこちらに伝えてきた休憩時間が、査察団に比べて長く設定されていた可能性もあるな、コレ。
なんにせよ、現状はティオの掌の上、といったところなのだろう。
フェレシーラの口振りからも、当人のこれまでの言動からも、この青蛇の少女が相当な食わせ者であることは推測できた。
「ピ」
「ホムラ……」
またしても、していい様にしてやられてしまった。
今更ながらにそう思い内心で臍を噛んでいると、ホムラが目の前のテーブルの上へと降り立ってきた。
「ピ! ピピ!」
「うん、大丈夫だ。残ってくれてありがとな」
「ピピピピピ……ピィ―♪」
励ますような声に礼の言葉で返すと、ホムラが茶赤の翼をバサッと広げて、その場でくるりんっくるりんっと、一回転、二回転、とポーズを決めてみせてきた。
「へー。その子の話してること、わかるんだ。魔獣使いでもないのに、すごいじゃん」
「別にいってることがわかるわけじゃないよ。なんとなく、そう思っただけの話で」
「なるほどねぇ。あ、それじゃさ」
「ティオ。それとフラムも。いったんお喋りはなしよ」
突如会話を寸断してきたフェレシーラの言葉にこちらが姿勢を正すと、ティオが「はーい」といって椅子の背凭れをギシギシと揺らしてきた。
「折角たのしく話してたのに、仕方ないなぁ。でもそういうことならここはまず、自己紹介から――」
「それも私が説明するから。黙ってなさいっていったわよね?」
再びの釘刺しにティオの両手が開かれて、肩がヒョイと竦められる。
うん。
ぶっちゃけフェレシーラさん、若干キレ気味です。
正直俺がこんな対応をずっとされでもしたら、こっそり泣く自信がある。
それぐらいに圧が強いし、不機嫌な様子だ。
しかしそんなフェレシーラを相手にしても、ティオはどこ吹く風といった感じで飄々としている。
二人が神殿の入口で顔を合わせた際に、知り合いであることはわかっていたが……
なんだかお互いに慣れてるというか、付き合いが長そうな雰囲気が漂っている。
そういやティオにヤツ、さっき『先生』って言葉を口にしていたけど――
「フラム。貴方も考え事はいったんなしにして頂戴」
「あっ、ハイ」
「ピ!」
こちらの集中が余所にいったことを見抜いての一言に、俺はホムラと揃って背筋をシャンと伸ばした。
横でティオが「良く躾けられてるねぇ」などと呟いていたが、そこはスルー。
それでようやく、フェレシーラも席についてきた。
「まずは状況の整理のためにも、彼女の紹介から」
その言葉に、俺は無言で頷く。
何はともあれ情報の共有が必須の状況下。
「この子の名前はティオ・マーカス・フェテスカッツ。私の古くからの友人で……同じ師を持つ、同門の士よ」
彼女が口にしてきた言葉は、やはりというべきか、そんな内容のものだった。