244. 戦術具について、ちょっとだけ
演習場に設けられた砦の内部は、ざっくりと分けて3つの建造物で構成されていた。
先ず跳ね橋付きの門を過ぎて、一番最初に突き当たるのが試合場。
俺がハンサたちミストピアの神殿従士と模擬戦を行った建物だ。
こちらは今現在、俺がアトマ光波で天井に大穴を開けてしまった所為で補修作業の真っただ中にある。
先ほど通りかかった際も、石工職人の指示の元、材料の運搬と足場を作りを担う役夫が十数名ほど作業に従事していたのを見かけていた。
次に、休憩場。
これは砦の外で演習に励む教団員がその名の通りに休むための場所なのだが、怪我人の治療もここで行われるためか、試合場に併設する形で建てられている。
試合場と同じく縦横15mほどの建物だが、窓の配置からして2階建てであることはわかる。
そして最後に、会議棟。
砦の門からは最も遠く、中庭を挟んで砦の奥側に構えられたそれは、試合場と休憩場を一つに合わせたほどの広さを有していた。
高さに関してもそれは同じで、4階建てという街中では滅多にお目に掛かれない構造となっている。
名前からすると教団の偉い人が集まってウンウン唸っている図を連想してしまうが、どうやらそういうわけでもなく、基本的には演習に参加したメンバーが利用するものらしい。
平地に山地、草野原に荒地。
湖を模した水場に、滝の流れ落ちる断崖までと、様々な戦地を再現した演習場ではそれらをフルに活用して日々異なるシチュエーションで訓練が行われている。
そうした経験から得た感想を皆で出し合い、意見をぶつけ合って改善点を見つけ合う場として、この会議棟は活用されているらしい。
四階建てに分かれているのも、演習条件が異なる者が同室にいると話が混ざってしまい、収集が付かなくなるので増築を繰り返した結果であり、元は平屋であったとのことだ。
模擬戦のために訪れた時は、こんな建物あるとは思いも寄らなかったが……
なにはともあれその会議棟の最上階を目指して、俺たちは階段を昇っている真っ最中だった。
「それにしてもセレン様。結局、さっきのあれって……師匠とあの青蛇さんの戦いって、なんだったんでしょうか?」
「うむ……実はパトリース嬢と同じく、そこが私もわからなくてね。見た感じではわりとあっさり捕まって終わっていたようだが……二人して仲良く気にしていたことだし、部屋に着く前に簡単にでも説明してくれ給え。フラムくん」
「ピ!」
これも足腰を鍛えるための物なのだろうか。
やや傾斜のキツくとられた石段を先頭に立ち進む中、二人と一匹がこちらに声をかけてきた。
「いや、そんな急に言われてもですね。正直、俺もなにがなんだかでこっちが教えて欲しいぐらいで。あ、そういえばジングの『声』については、わざと――って、こら、ホムラ! 階段上がってるときに肩に乗ろうとするのは、めっ! だぞ!」
「ピィ? ピピピ……キュピ?」
「こーらチビ助、危ないでしょ。あんたはこっちよ、こっち。それで師匠……あのビュンビュン飛んでた鎖って、術具だったんですか? なんだか青蛇さん共々、すごい動きしてましたけど」
「あー……うん。あれは所謂、戦術具ってヤツだな。あそこまで複雑な代物は初めてみたけど」
危険行為に及んできたホムラが回収されたのを確認して、パトリースの質問に答えてゆく。
突如こちらに戦いを挑んできた青蛇神官……
ティオ・マーカス・フェテスカッツの思惑は自体はっきりしてはおらずとも、彼女が用いていた術具についてならば、予測を交えて話すことは出来た。
「センジュツグ……ですか?」
「ああ。普通は術具っていうとさ。霊銀盤一つにつき、何らかの術法を一つだけ発動できるって印象だけど。中にはああいう、『道具の動きを制御する』タイプの物もあってさ。その中でも戦いに使われる物……ティオのヤツは『咎人の鎖』って言ってたけど。そういうのを『戦術具』もしくは『戦闘用術具』って呼ぶんだよ」
「なるほど。つまりあの伸び縮みする鎖が、その『咎人の鎖』の術具効果に拠るものなんですね。勉強になります……!」
こちらの掻い摘みまくって説明にも、パトリースはやや興奮気味となって乗ってきてくれた。
いま話した通り、戦術具の効果は固定の術法のみに留まらないわけだが……
「でも、そういう仕組みとなると。動きをコントロールするのはかなり大変そうな感じがしますね。決まり切った術法を自動的に発動させる普通の術具と違って、その都度その都度、術法式を調整して動かす……とかなんでしょうか? でもそれだと、戦闘中にパパっと動かすのは難しそうですけど」
「お。流石、パトリース。いいところに注目するな」
「そ、そうですか? えへへ……」
「うん。そこが普通の術具と戦術具の、一番の差といえる部分だからな」
照れるパトリースに、俺は階段をあがるペースを変えずに答えた。
「これは道具の重量や構造、用意できる霊銀盤の質やサイズも当然関係はしてくるんだけど……道具を動かす、ってだけなら実はそう難しくもなくってさ。例えばティオがやっていたみたいに、鎖を一直線に飛ばす、ってだけの動きなら簡単に式も扱えるし、それを手元に戻したり、巻きついたりとかの動作も同じ感じだ」
複雑な動きでなく、単純な動きであれば式の構築も制御も容易。
それを前提として話を続ける。
「んで、そういう式を小さめの霊銀盤に複数仕込んでおいて。それを順に起動することで色んな動きを実行させる、っていうのが戦術具の扱い方かな。勿論、単純な作業一つのみにリソースを割り振っている物もあるっていうか、むしろそっちが主流だけどね」
「え……今なんか、ものすごーくサラッと言ってましたけど。複数の霊銀盤を次々に動かして、それを組合わせて複雑な動きをさせるって……滅茶苦茶難易度高くありませんか!?」
こちらの説明を受けて、パトリースが若干引き気味な様子となりつつも、質問を続行してくる。
どうやら先ほどの俺とティオとの戦いを見守りつつも、『咎人の鎖』に対して興味が芽生えていたようだ。
「うん、複雑化するほど操作難度は高くなるね。特にさっきの戦いみたいな動かし方だと、自分自身はほぼ動く暇もなくなるんじゃないかな。あいつの場合、それを鎖を使った高速移動でフォローしてたけど……そういうのにも相応の集中と反応速度、アトマも必要になるから。即応できるようにかなり訓練もしてると思う」
「ひえぇー……見た感じ、便利そうだなぁって思いましたけど。それじゃあ神殿従士ばかりいるここで使う人がいないわけですね。神官の人なら使える人もいるのかなぁ」
「うーん、そこはどうだろう。解説書の類を呼んだ限りでは戦術具って接近戦向けの物が多くて、重量とかの問題もあって前衛職で適正のある人が使うみたいだからなぁ」
パトリースの疑問に、俺は推測を交えつつ答えてゆく。
単純に武器の威力向上、防具の耐久性上昇といった所謂『強化系』の術法が組み込まれた術具とは異なる運用法が求められる。
それが『戦術具』と呼ばれる代物だ。
強化系を補助効果として得る武具は『術法武具』とも呼称されているが、こちらは当然ながら術具として運用せずとも、普通に武具として扱える。
それに対して『戦術具』は、術具として扱わないかぎりは役立たずな物も多い。
それこれティオが用いていた『咎人の鎖』などは、そのままでは単なる鎖でしかない。
遠隔操作や形状変化を代表とする、特殊かつ多種多様な機能が盛り込まれた、使い手を選びまくる、正に『戦術を変える武具』。
それが『戦術具』の正体であり、存在価値だ。
話が少し逸れるが、『術法武具』には御伽話に出てくる『なんの力も籠めずとも、永続的に神の如き力を得られる伝説の武具』のような物は存在しない。
充填式の物であれば、予め術効を得る準備が整っていても籠められたアトマには限りがあるし、即発式の物は当然使用時にアトマを必要とする。
要は、術具として作成しただけで永遠に効果を発揮できる物など存在しない、ということだ。
少なくとも俺の知る限りでは、の話ではあるが……ここに関しては、まず間違いはないだろう。
例え神が作り出した物でも限界はある、というのが私的見解だ。
聖伐教団の偉い人とかに言ったら、アーマ神に対する冒涜だと思われるかもなので、理由もなく口にするつもりもないが。
「まあ、戦術具ってさ。基本的に高価で、整備の手間やお金もかかるし。ペアで組んで動く神官――後衛職業の術士だと、あんまり手を出さないかもなぁ。絶無ってことはないだろうけど、使い手は結構レアだとおもう……っと」
そこまで一気に言い終えてから、俺は上へと昇るペースを一旦緩めた。
「どうやら、無駄話はここまでみたいだな」
視線の先には広々とした踊り場があり、そこからカーブを描いた階段が伸びている。
「行こう。フェレシーラが待っている」
その言葉を口に、再び歩調を速める。
会議棟の最上層である4階へと続く道。
それは俺たちに先んじて、ティオが向かっていた場所でもあった。