247. 疑問、藪蛇を突く
「こっちが査察の対応にまわっている間に、そんなことがあったなんてね……びっくりというべきか、貴女らしいというべきか」
先ほど中庭でティオと軽くやりあった経緯とその結果を詳しく伝えると、フェレシーラが「ふぅ」と溜息を溢してきた。
「それじゃあ、話せることはいまここで話しておいて頂戴。その為にわざわざこんな遠回しな真似してきたのはわかってるんだから」
「んー? ボクもそのつもりだったんだけどねぇ。さっき黙ってろって言われちゃったし……どうしよっかなー」
「あのねぇ……ああ、もういいから。条件はなに? 出来る限り聞き入れるから、早く提示して」
「うんうん。そうこなくっちゃね」
諦め半分といったフェレシーラの言葉に、椅子で寛いでいたティオが頭の後ろで組んでいた手を解き、底意地の悪い笑みをみせてきた。
「そうだねぇ……じゃあここはやっぱり折角だし、特別ゲストのキミに決めてもらおっかな」
暫し考えこむ様子を見せてから、ティオが視線を巡らせてきた。
同じく椅子に腰かけて、二人の間で話に聞き入っていたこちらへと向けて。
「……え? 俺?」
「え? じゃないよ。いったいなんの為に、ボクがこの状況に持ち込んだと思ってるんだい?」
「それは……」
ティオの問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。
詰まらせながらも、考えてみる。
今現在、セレンとパトリースは、査察の対応に追われるハンサの元へと向かっている。
逆にそれまでハンサのフォローに回っていたフェレシーラは、ティオの伝言でこの会議棟で足止めされている状態だ。
要はティオによる意図的な面子の入れ替えが行われた結果だが……
それを狙った彼女のいる場に、常時居合わせているのが俺だった。
それと『特別ゲスト』呼ばわりを合わせて考えるなら、ティオからすれば俺という存在は放置、もしくは容認できない、といったところだろう。
細かいことをいえばホムラもだけど、そこは気にしないでおこう。
というかコイツ、マジでぐっすりおやすみモードだな。
まあ寝る子は育つっていうし、全然オッケーだけど。
そんなホムラの頭を撫でつつ、俺は小さな友人を膝の上へと移動させる。
テーブルの上でぐっすりおねむなホムラだが、日陰になった室内で石材の上にずっと寝そべっていてはお腹を冷やしかねない。
万が一それでお腹がピーってなったら、話し合いどころじゃなくなるしな。
「いいのか? フェレシーラ。俺が気になること、好きに聞いてみても」
「任せるわ。ここでもたもたしていても埒が明かないもの」
「お、いいねいいね。話が早くって助かるよ」
フェレシーラと目配せをしあっていたところに、ティオが身を乗り出してきた。
その表情をみるに、如何にもこの状況を楽しんでます、といった様子だ。
出会い頭でこちらに殺気を放ってきた少女とは同一人物とは思えないほどの、ゆっるーい空気を纏ってはいるが……危険な相手であることには変わりないだろう。
特にネーミングセンスの鋭さは油断ならない。
「よぉーし、それじゃドンドン質問いってみよっか! あ、でもスリーサイズは秘密だかんね。フェレスのはもう知ってるかもだけ――どぅおっ!?」
威勢よく声をあげたティオの頭頂部、黒い帽子の真上へとフェレシーラの握り拳が落とされた。
うん、見事なまでのクリーンヒット。
これは痛いどころじゃない。
なんか「ごすっ」て鈍い音してたし。
ていうかフェレシーラのヤツもほぼノンタイムでツッコミ入れたところをみるに、ティオが余計なこと口走るのを完全に読んでたな。
「はいはーい。そういうのナシ。次やったら、これだからね?」
「ぬぐおおぉぉ……」
頭を抑えて椅子の上で器用にのたうち回るティオに向けて、愛用の戦鎚を片手に警告を発するフェレシーラ。
口調こそ軽く、口元は笑みを象っているが……これは完全にアレだ。
目が笑ってない、ってヤツですよコレ。
対するティオは頭部へのダメージに身を捩りつつも、『治癒』の詠唱を終えて自己回復に及んでいる状態だ。
ガチで神術でのケアが必要なツッコミとか初めてみたぞ。
どんだけ力籠めてたんですか、フェレシーラさん。
「あつつ……な、なんかキミ、暫くあわない間に冗談通じなくなってない……?」
「そっちこそ、彼と別行動になって羽目外しすぎなんじゃない? というか、始めるならさっさと始める。フラム、貴方もよ。ぼーっとしてないで気になることがあれば、ちゃちゃっと質問する」
「いや、別にボケっとしてたわけじゃないんだけどさ……でもまあ、お前のいう通りだな」
内心ドン引きしてたことは包み隠しつつ、俺はフェレシーラの指示に従うことにした。
変に逆らって巻き添えを喰うのは勘弁ってのもあるにはあるが、ここで時間を使い過ぎるては良くないのも確かだからだ。
質問に応じるといってきたティオの思惑と信用性はともかくとして……
話を手短に済ませて、フェレシーラと共にハンサの元に向かう。
それが現状の最優先事項であることに変わりはない。
問題はそれを、この喋り大好きの青蛇さんが許してくれるかどうか、という点だろう。
「フェレシーラは同門って言ってたけど。実際のところさ」
ティオとフェレシーラがそうした関係にあると聞き、俺が真っ先に気になっていたこと。
それを口に昇らせたところで、じゃれ合い(強)に及んでいた二人がこちらに視線を寄せてきた。
その反応をみるに、なんとなくで質問の内容を察した感がある。
そこに向けて俺は問いかけた。
「二人が戦ったら、どっちが勝つんだ?」
ティオに対してのみならず、フェレシーラに対しても放たれた質問。
素朴な疑問、というヤツだ。
だだっ広い会議室に、沈黙が訪れる。
こちらをじーっと見つめていた二人の視線が、どちらからともなく横をチラリと覗き見る。
その反応だけで、ある程度の推測はつくが……
「最後に道場でやりあったのって、たしかキミが白羽根に就任した直後だったよね。その時はボクの優勢勝ちだったけど」
「そうね。その前は貴女が一級神官試験にようやく通ったあとだったかしら。あの時は言い訳がみっともなかったわね。戦術具が不調だったとかで、道具のせいにして」
「は? なにそれ。咎人の鎖の起動テストに付き合うって言い出したのそっちだったじゃん。それで苦戦して外套ブッ叩いていきなり壊してくれたクセしてさ……喧嘩売ってんの?」
「そっちこそなに? 裏でコソコソ動き回るような真似してくれちゃって」
互いの戦果を口にしだした途端、牽制状態にあった視線が宙でぶつかり合い、そのまま睨み合いへと発展した。
……ええと。
サーセン、どうもちょっとこれは興味本位で聞いて話ではなかったですね……!
「オッケー、わかりました。二人ともありがとうございました。質問を変えさせてもら」
「大体ねえ」
います、という言葉をこちらが続ける前に、フェレシーラが腕組みと共に口を開いてきた。
え、待って。
いまちょっと僕の質問タイム――
「そもそもさぁ」
なんですけど、と思っていたら、今度はティオがフンと鼻を鳴らして頬杖の体勢へと移行してきた。
いや、その椅子ひじ掛けついてないですよ?
完全エアー頬杖ですよ?
とおもったら、咎人の鎖で支え造ってるとか、戦術具でなにやってんのキミ。
あとフェレシーラさんも、なんでいつまでも戦鎚持ったままなんですか?
話し合いと殴り合いを勘違いしてません?
こんなところでおっぱじめたら、また渾名が増えかねませんよ?
「な、ん、で! 貴女がいきなり出てくるのよ!? お城務めとか楽して高給取りだとか、散々私に自慢してきてたくせに! 先生が推薦してくれた仕事でしょ! まさか飽きてすっぽかしてきたとかじゃないでしょうねっ!」
「そっちこそ! 激務続きでキツそうだったから骨休みになる依頼を回してあげたのに、連絡の一つも寄越さずになんでこんなトコで油売ってるのさ! しかも教団員でもないヤツの為に神殿を訓練施設代わりにしておいて、挙句アトマ欠乏症でブッ倒れてるとか……おかしいだろっ!?」
ついにはまったく同じタイミングでガタンと椅子を鳴らして立ち上がる二人。
はい。
わかりました。
コイツら根っこのところで仲は良いんだな。
互いのやってる事、しっかり把握しあってたみたいだし。
でもちょーっとだけ……出来ればこっちの話も聞いて欲しいかなー、なんて!