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243. 攻防、明暗を分かつ

 再び迫りくるアトマをまとった鎖撃。

 それも今度は二本、左右ほぼ同時の投擲だ。

 

「また、足狙いか!」

 

 それ以外、特段変わった様子もなく放たれたそれを、俺はバックステップで躱す。


 先に着弾したのは右の鎖。

 錐状の先端が、跳び退いたこちらの爪先ギリギリを掠めて石畳を抉り、れきを撒き散らす。

 遅れてそこに左の鎖が到達するも、結果は変わらない。

 

 隙を抑えるための最小限の動き。

 咎人の鎖(クリミナルハンガー)による連撃を見極めるための行動。

 だが、黄銅色の鎖に注視し続けるも、変化は視られない。

 

 おかしい。

 直感的にそう感じた時には、遅かった。

 

「やあ」


 気づいた時に目の前に見えたのは、艶の無い茶色の髪と大きく見開かれた金色の瞳。

 そして突き出されてきた、左の掌。

 

「んな……!?」


 突然のことに思考が追いつかず、しかし体だけが反射的に動く。

 カウンター。

 徒手空拳の一撃に対する、短剣での応撃。

 狙いは自ずと、間近にあった少女の顔面に定まる。

 

 互い、回避は間に合わない。

 与えるダメージはこちらが上。

 

 入った。とった。

 そう確信した瞬間に、それはきた。

 

「阻みの盾よ!」

 

 朗々たる声と共に視界が輝きに満ちる。 

 蒼刃が阻まれる。

 ティオが展開した『防壁』の術法に、カウンターが不発となる。

 

 発動詞のみでの神術の実行。

 だが、それで不発に終わるのは彼女の繰り出した左掌も同様。

 自身を守るための『防壁』が仇となり、こちらには届かない――はずだった。

 

「残念。今度はそっちが決めつけてたね」

「……へ?」

 

 するりと、まるで蛇が草むらの上を滑り進むようにして伸びてきたティオの掌が、視界を覆い尽くしてくる。

 不味い。

 これは、不味い流れな気が……!

 

咎人の鎖(クリミナルハンガー)!」

 

 自らの創り出した『防壁』を突き抜けてきたかに見えた青蛇の少女の唇より、声があがる。

 左右からは、鋭牙の迫る気配。

 思考を防御に切り替えアトマを操ろうと試みるも、間に合う筈もなかった。

 

「ぐっ!?」

「はい、捕まえた」


 左足、そして右腕。

 鈎爪状に変じていた二条の鎖がそこに食い込む。

 走る痛みと衝撃に、咄嗟にアトマでの防御に及ぶも、拘束を弾くまでには到底至らない。

 

「鎖ばかりに気を取られ過ぎたね。最初に見せてたのになぁ、鎖を使った移動法」

「うぐ……! 持続時間ゼロの『防壁』とか、マジかよ……!」 

「ん? ああ、そこ? まあね。そっちもボクの得意技だからね。ばっちりハマったでしょ? いまのヤツ、結構難しいんだよ? タイミング合わないと防御自体に失敗するからねぇ」

 

 やられた。

 引っ掛けられたとか、予測を外しただとか、そんな次元の話ではなく上を行かれた。

 

 最初にやってきた右の鎖は完全な囮。

 続く地を穿った左のそれは、自身を前方に引き寄せるための、足掛かり。

 

 そこから一気にこちらの懐に跳びこみ、瞬間的に展開した『防壁』でカウンターを阻止。

 あとは掌でこちらの視界を遮り、再起動した咎人の鎖(クリミナルハンガー)を死角から巻きつけて捕縛。

 

 ぶっちゃけ手の内を読み切っていたとしても、準備無しでは対応しきれる気がまったくしない。

 特に持続時間を切っての『防壁』の挟み込み。

 これが厄介すぎた。


 発動詞のみで術法を行使するにあたり、術効を絞って術法式を軽くするという、発想自体はわかる。

 理解できるし、それなりの腕があれば可能だろうとも思う。

 とくに今回はカバー範囲は体の前面のみ、防御力も短剣を弾く程度に抑えていたと予想されるので、尚のこと難易度は低くなる。

 

 しかし問題は、その持続時間、運用法だ。

 幾ら無詠唱に等しい発動を実現するためとはいえ、防御術法の有効時間を発動の瞬間のみに絞るなどという技術は――

 

 いや。

 その発想自体、俺にはないものだ。

 彼女自身も口にはしていたが、結構難しい、などというレベルを遥かに超えている。

 俺が短剣で反射的に繰り出していた、体一つでのカウンターなどとはわけが違う。

 

 複数の機能を持つ戦術具の起動からの、精密性を求められる神術の行使を経ての、戦術具の再起動。

 その瞬間的なオンオフの繰り返しを可能とする技量もさることながら……

 

 アトマの制御に掛かりきりでまとも動かせる筈のない体を、鎖を用いてで高速移動させることにより、不意打ちで接近戦に持ち込めるのも何気にヤバい。

 というか『防壁』展開からの咎人の鎖(クリミナルハンガー)による拘束までの流れが完成されすぎている。


 この連携を、もし手持ちの札で崩すとすれば――

 

「ま、この結果に関してはそこまで気にしないでもいいんじゃない?」


 知らずの内に思考の深みに嵌りかけていたところに、ティオが「ふぅ」と息を吐き、それから肩をヒョイと竦めてきた。

 

「今のはボクの十八番みたいなモンだし。初見で完璧に捌かれたら、それこそこっちが自信なくしちゃうよ。それにもし凌がれていたら……ねえ」


 その時は、更なる奥の手を切っていただけのことだと。

 言外にそう匂わせて、彼女はふたたび不敵な笑みを浮かべてみせてきた。

 

 さて、困った。

 

『おい』

 

 こうなってしまってはもう、こちらの打てる手は――


『おい、つってんだろ、このボケが! 涼しい顔して突っ立ってる場合じゃねぇだるおぉ!?』

『んだよ……人が頭回してるとこに五月蠅いな。なんか文句あんのか?』

『文句がないわけねぇだろうが! なーにが合わせろだよ! 気が付いたらグルグル巻きじゃねえかっ、こぅのうすらトンカチがよぉ!』

『あー……悪い。ちゃんとお前の出番も算段つけてるつもりだったんだけどな。ぶっちゃけ相手が悪すぎた。あんなにスムーズに術具と術法で連携してくるとは思ってもなくってさ。頼む間もなかったってのが正直なところだ。まー次だな、次の機会にでも……な?』 

『な? じゃねぇよ! マジでどーすんだよ、オメェはよ!』 


 うん。

 相変わらず喧しいことこの上ないジングくんだが、今回ばかりはご指摘の通り、完全に俺のミスなので何も言えない。

 

 ていうか、本当はティオとある程度やりあったら、そこで翔玉石の腕輪について一芝居打つつもりだったのだが、なんかそんな気も失せてしまった。

 ある程度やり合えてこそのプランだったので、その点に関しては仕方がないだろう。

 負けて投げやりになるなど子供のすることだとは思うが、気落ちするのはどうしようもない。

 

 とはいえティオにそこを追及されたところで、ストレートに魔人かもしれないジングの魂を封印した物だと明かすわけにもいかないのも確かだ。

 疑わしきものは罰せよとばかりに腕輪を奪われて破壊でもされれば、俺も無事では済まない可能性がある。

 なので、そこはなんとか誤魔化したいところだが……

 

「とりあえずは……今日のところは、仮合格ってことにしておこうかな。じゃ、おつかれ!」 

「――は?」 

『へ?』 

 

 頭の中で次善の策を練っているところに、青蛇の少女が朗らかな笑みと共に労いの言葉をかけてきた。

 続いて咎人の鎖(クリミナルハンガー)による拘束も解除されて、手足が自由となる。

 そのあまりの突然さに、こちらは間の抜けた声しか返せない。

 

「いやー、久しぶりに緊張して肩こったねー。カウンター、ヒヤッとしちゃったなぁ」

 

 そんなこちらを尻目に、ティオは何処かへと向かいスタスタと歩き始めていた。

 

 え、待って。

 マジでどういうこと?



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