242. 投じあう言葉
喪心の気配をみせてきたティオの言葉の内の、その一つ。
「俺を試す、か」
それを口にして、俺は彼女との間合いを詰める。
他にも『司祭長』や『先生』という言葉も聞こえてきたが、そちらに関しては予想は出来る。
試すというのも、こちらの強さを測るという意味合いだろう。
結局はギリギリのところまでやり合うしかない、というわけだ。
この際、査察の目的もその為だったと考えておくのが妥当かもしれない。
何故そんな真似を公都所属の聖伐教団の人間が、と思わないでもないが……
フェレシーラの名前も出てきたあたり、彼女絡みでなにか俺の知らないことがあるのだろうと。
そこまで考えて、俺はふと思い出していた。
「そういえば、ハンサもなにか言ってたっけか。ええと、たしか……」
たしか、そう……「白羽根が伴ってきたからには勇士としての気概を見せろ」と、模擬戦の最中、彼は口にしてきていた。
あの時は心構えを説かれたとばかり思っていたが、もしかしたらハンサの言にもティオと同様の意図があったのかもしれない。
『おい、小僧。いつまでチンタラしてるつもりだ。やるんなら、あっちがボケっとしてる内に仕掛けろってんだ』
『そうしたいのは山々だけどな。お前はそのまま、アイツを見ててくれ。そろそろ気付いてくれる筈だ』
『あァん? 気づくって、オメェいったいなにを――のぅわっ!?』
俺と『声』によるやり取りを交わしていたジングが、突然素っ頓狂な叫び声をあげてきた。
それに対して俺は何事かとは問いかけない。
その代わりに、こちらに訝しむような眼差しを向けてきていた、ティオの様子を窺っていた。
僅かな間の自失から立ち直った青蛇の少女が睨みつけていたのは、他でもない。
『お、おい! あのガキ、いま俺のこと見てた気がするぞ! あ!』
我らがジングくんが住まう、俺が身に付けた翔玉石の腕輪だった。
『や、やっぱ見てやがる! アイツ、思い切り俺様のことジロジロ睨みつけてんぞ!』
『でしょうね』
『でしょうねって、おま、なに平然として――あ、わっ、こ、こっちに来てんぞ!?』
『そりゃくるだろ、戦ってる真っ最中だし。てか、そんなにギョロギョロ目玉出してれば、誰だってそのうち気付くとおもうぞ』
『そういうコトぉ!? お、俺様しーらね! もう目ぇつぶっておくんで、後よろしくなッ!』
いや、よろしくじゃないし。
大事なのはここからだし。
というか、今さらそのキモイおめめを閉じたところで、意味があるわけもないというか――
「目があった」
「……は?」
突然、ティオがその腕をあげてこちらに言い放ってきた。
「だからいま、目があったよね? キミの着けてるその腕輪。でっかい鳥の目みたいなのが、浮き出てた」
「――なんのことだか、わからないな」
人差し指をつきつけての指摘に、俺は努めて平静な声で返す。
「何かの見間違いじゃないか? 腕輪の模様がそれっぽく見えただけでさ」
「ふぅん。やっぱり何かあるんだね、その腕輪」
「いやいや……」
じりじりと間合いを詰めてくる少女から逃れるように、距離をキープしつつの返答。
こちらが見せた、逃げの姿勢。
そこにティオが喰いついてきた。
「一旦はフェレシーラに話を聞くとか、ドルメに任せるとか。ちょっと色々考えたんだけどさ。やっぱりそういうやり方は、ボクの性分ってヤツじゃないんだよね」
「性分じゃないって……つまり、なにが言いたいんだ? わるいけど、俺はまだアンタのことは良く知らないんでね。はっきり言ってくれると助かるよ」
飽くまでもこちらは友好的に、加えていえばやや弱腰に。
どうにか相手に落ち着いて欲しい、見逃して欲しい、という姿勢で対応する。
一旦は挑発に乗ってしまった形だが、冷静になってみればやはり事を荒立てるのは良くない、といった具合だ。
そういうやり口で矛を収めてくれる者も、聖伐教団の中にはいるかもしれないが……
「いや、いいよ。もう決めちゃったからさ」
ティオ・マーカス・フェテスカッツという少女は、そうではなかった。
「さっきのは完全にボクの油断、ミスだ……って言いたいところだけどさ」
再び両手から黄銅色の鎖を垂らしての、戦闘態勢への移行。
それを成しながら、間合いはそれまでよりも半歩ほど遠くにとられている。
「初めてみる戦術具への対応力。アトマによる攻防の補強と、その精度。相手の動きを逆手に取る頭のキレ。どれも報告以上の高水準。しかもまだまだ、手札を残している様子といい。正直言って驚いたよ」
「……ええと」
こちらに対する唐突な分析に、俺は戸惑う。
試すといっていたからには、当然そうした評価が付随して当然ではある。
当然ではあるが……
「いまのって、もしかして俺のこと褒めてくれてるのか? 聞いててちょっとむず痒いものがあるんだけど……」
「別に褒めたつもりはないよ。ただ、感じたままを、事実を口にしただけさ」
「なるほど」
それまでとは打って変わって淡々と語り始めた少女を前にして、得心の言葉を返す。
感情を排しての分析と評価。
そして戦闘行為の再開。
どうやら何を言ったところで、衝突は避けられないらしい。
まあこちらに明確な非があるわけでもなし、恥も外聞も捨てて命乞いでもするか、以前フェレシーラが見せてくれた公国式の謝罪でもすれば見逃してもらえるかもしれない。
が、それは流石に嫌だ。
単純に、やりたくなかった。
「売られた喧嘩は買う、ってほどじゃないが……退いてはくれないんだよな? その感じだと」
一応の確認としてティオに問いかけるも、返事はない。
ただ、瞳を伏せた彼女の全身から、力の高鳴りのようなものは感じ取れた。
術具に拠るアトマ視ではとくに大きな変化は視て取れずとも、彼女の中で密かな闘志が湧きあがりつつあることは、己の肌で感じ取れた。
『かーっ……交渉は決裂、ってヤツかよ。へったくそだなぁ、オメェはよ』
『いいから黙ってみてろって。言っただろ? 俺に合わせてもらうぞってさ』
『合わせろねえ』
『ああ。今回はそこが要だからな』
ジングにはそう返しつつ、己が手の内にあった蒼鉄の刃へと視線を落とす。
まだ俺自身の血以外では汚れたことのない刀身をみつめて、そこに息を吐き下ろす。
普通に考えれば、試しというからにはティオも加減はしてくるだろう。
とはいえ、試されたついでに殺されていた、という事態だけは避けておきたいところではある。
先ほどの攻防から、咎人の鎖の射程……アトマの鎖を伸ばせる範囲はほぼ掴めている。
おそらくはこちらの足を地中より捕らえてきた距離が、実質的な限界。
4mほどがまともに扱える範囲とみておけばいい。
当然予測でしかないので、それ以上延長できる可能性もある。
しかし出来るにしても、それが容易に可能ならば綱引きならぬ鎖引きに及んだ際にやっていただろう。
なのでここは一旦、暫定でその程度と見ておく方がいい。
あまり警戒しすぎてもこちらの動きが鈍るだけ、相手の思う壷、というヤツだ。
それにしてもあの鎖、一体全体、どういう理屈で伸びてるんだろうか。
外套に取り付けられた黄銅色の鎖は、なんらかの金属であることは間違いないだろう。
だがその仕組み、理屈に関しては皆目見当もつかない。
「あのさ。アンタに一つ、お願いがあるんだけどさ」
気づけば自分でも知らないうちに、俺はティオに向けて語りかけていた。
そんなこちらを、青蛇の少女が片目開きで覗き見てくる。
「いきなりなんだい? この戦いをやめてくれ、ってコト以外なら一応聞いておくよ」
「うん。もし暇があればでいいんだけど……その術具、後で詳しく見せてくれないか?」
いきなり湧いて出てきたそんな欲求を耳にして、もう片方の目も開かれる。
そしてそれがまん丸に見開かれてきたかと思うと、
「いいね、それ。ボクもキミのことを、後で色々聞かせてもらおうかな」
彼女もまたそんな言葉を口に、流れるような動きで以て両の鎖を投じてきた。