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238. 『本質』

「ん? んんんん?」


 不意打ち気味に繰り出された、こちらの謝罪。

 

「ええと……突然、一体なんの真似かな? 頭なんて下げてきてさ」 


 それに出鼻を挫かれたのか、臨戦モードに入っていたティオが言葉を投げかけてきた。

 

「はい。実はさきほどセレン様から、貴女が聖伐教団でどの様な職務に就いているのかを教えていただきました」


 ティオからの指摘に、俺は首を垂れたまま返答を行う。

 嘘は一切、口にしていない。

 聖伐教団において特殊な任を担う始末屋である『青蛇』が、極一部の精鋭、選りすぐりのエリートであることは、セレンからも教えてもらっている。

 

「ああ、なるほどね。つまりキミは……ボクがどんな立場か知らずに反抗的な態度を取ってきたことを、詫びているわけか」 

「はい。今さら謝罪をしたところで――」

「ねえ」


 こちらの用意していた台詞のその途中、興味無さげな声がそれを遮ってきた。

 

「キミ、そんなタマじゃないでしょ」

「は……?」 

「は、じゃないよ。下手な芝居はいらないって言ってるの。キミの言葉を借りるなら、今さらね」

 

 言いながら、黒い外套を纏った神官の少女が半歩だけ進み出てくる。

 たった半歩。

 それだけの動きで、後退りしたくなる。

 逃げ出したくなる。

 

 理屈や憶測から拠るものではない、本能的な直感からくる衝動。

 シンプルな畏れ。

 コイツは危険だから相手にしてはならないという、恐怖。

 

 再びの殺意。

 研ぎ澄まされた、冷たく鋭利な敵意の切っ先。

 その剣呑極まりない気配を隠すことなく、ティオが口を開いてきた。

 

「ここ参殿してきてすぐに、神殿従士三名を降したという話はボクの耳にも入ってきているよ。アレ(・・)をやらかしたのも、キミだろうっていう話も含めてね」


 小さな砦の中心に配された穴あきの試合場に一瞬視線を飛ばして、彼女は続ける。

 

「フェレシーラに鍛えてもらうために、ここに来たって話もさ。まあわかるよ? 彼女、世話焼きなところが昔からあるからね。目の前に困窮している弱者がいれば、簡単には見捨てられない……」


 平静そのもの、といった語りが披露される最中、冷たい敵意が不意に途絶える。

 代わりにやってきたのは小さな溜息、嘆息。

 少女の肩が、「うんざりだ」とばかりにヒョイと竦められる。

 

「正直なところ、悪癖だよね。そんな連中吐いて捨てるほど、ごまんといるってヤツなのにさ。白羽根の名を冠する者の手を煩わせることじゃない。そんなことよりも、彼女には」

「おい」

 

 ピタリ、とそいつが動きを止めてきた。

 

「フェレシーラのことは、悪く言うな」

「……そうそう。それだよ」

 

 可能な限り声を低くしての一言に、ティオが反応を示してきた。

 

「それだよ、それ。フラム・アルバレットくん。その感じ。そんな感じで、ここの皆も叩きのめしちゃったんだろ? いい子ぶった顔の裏に潜ませたその牙で、ガブリといっちゃったんだよね?」

 

 喜色満面といった風で放たれてきた問いかけには、姿勢を低くして応える。

 右手を無言で、肩口へと伸ばす。

 

「うんうん。いいねいいね。さしずめその表情は『彼女を侮辱するヤツは許さない!』ってところかな? 騎士様ナイト気取りが中々堂に入ってるじゃないか。この場にお姫様がいないのが残念なぐらいにはさ」

「――」

 

 段々と調子を上げてきた道化の口上を前にして、指先を短剣の柄へとかける。

 視線は剥き出しの首筋へ。

 フェレシーラとそう変わらない細さの、しかし何の感情もわかない脆弱な肉と骨の集合部位へと、狙いを定める。


「ハハ……ッ! いいね。やっぱりキミ、思ってたよりいいよ。一目見た時に感じたとおり、悪くない。あぁ……キミがもし同期だったなら、あの下らない崇高な試練とやらも、もう少し楽しめただろうなぁ。残念でならないや」

「……なにわけのわからないことを、ごちゃごちゃと言ってやがる」

「ん? ああ、ごめんごめん。久しぶりに楽しくなってきちゃって、つい、ね。大したことじゃないよ。それに……どうやら今からでも、そう遅くはないかもしれないしさ」


 こちらと対峙しながらも興奮気味となっていた少女が、謝罪の言葉を口にする。

 本当にわけのわからないヤツだ。

 

 しかしまあ、今はそれでいい。

 時間的な余裕を与えてくれるというのであれば、それに大いに甘えておけばいい。

 

 こちらの背後では、既にセレンがパトリースとホムラを連れて、試合場側に下がる気配をみせている。

 一対一の邪魔はしない、という意思表示であり、自衛のためでもあるのだろう。

 お陰で心置きなくこちらもやれるというものだ。

 

「おっと。無駄に前置きが長くなってしまったね。楽しめそうなヤツを見つけちゃうと勝手に舞い上がっちゃうのは、昔からのボクの悪い癖でさ。これじゃフェレシーラのことを、とやかく言えた義理じゃないかな?」

「知るか、お前のことなんざ」

「だよねぇ」


 じゃらり、と外套から垂れた鎖が音を立ててきた。

 

『おい、ガキ』


 そこに、ジングの『声』が続いてきた。


『んだよ。呼ぶんならいい加減ガキじゃなくて、フラムって呼べよ。この鷲兜』

『あァん!? テメェこそ、俺様を呼ぶときはジン――いや、そうじゃねぇよ、人の話さえぎってんじゃねぇよ。いまはそれどころじゃねぇーんだよ』

『へいへい。どうもお前と話してると緊張感がなくなるから、手短に頼むぞ』

『おぉん? くぉのぅ俺さーまに声をかけられーて、緊張しねえとーか……さてはそこそこの大物だなテメー』


 いや、ほんと「言いたいことあるんなら、はよ話せよ」と言いたいが、いまはコイツと延々やり合ってても仕方がないのでスルーしておく。

 

『ま、流石にオメェもわかっちゃいると思うがな。あの鎖には気をつけろよ。どうにもイヤな匂いがしやがる』

『ああ、それか。わかってるよ。どう見ても戦闘用の術具だからな。どんな能力があるかはまではまだ把握出来てないけどさ……てかお前、匂いまでわかるのか?』

『ぶぁーくあ。んなモン、例えに決まってンだろ、ばーか。こんなときまでクソ真面目かよ』

『うっせ、馬鹿っていったほうが馬鹿なんだよ。ばーか』

『カーッ! ほんっと、口のへらねーガキだな!』


 そこから一頻り文句も言い終えて、ジングも落ちついたのだろう。


『とにかく、足を止めるんじゃねえぞ。やるってんなら、まずは逃げまくれや』

『了解だ。サンキューな、ジング』

『ケッ! べつにテメェのためでもなんでもねぇよ。俺様はこんなところで終わるわけにはいかねーんだ。オメェがヘマしでかして巻き込まれるのは御免ってだけの話よ』

『そっか』


 普段よりは幾らか落ち着いた口振りのジングに、心の中だけでもう一度礼を述べる。

 気づけば、鎖の音が鳴りやんでいた。


「どうやら噂の魔幻従士さんも、邪魔立てするつもりはないみたいだね。この場で魔獣を使役してこないあたり、話に聞いてたよりは随分と大人しいみたいで残念だけど」


 然して興味も無さそうに、ティオがこちらの背後に視線を飛ばす。

 その様子をみるに、セレンたちは完全に退避を済ませてくれたらしい。

 

「さて」

 

 となれば、あとは計画通り。

 

「そろそろ抜きなよ、フラム・アルバレットくん」


 その鎌首をもたげてきた黄銅色の鎖を、『探知』による目で見続けながら――


「ここからはボクが、じっくりと遊んであげるからさ……!」

 

 歓喜の笑みを浮かべてきた青蛇の少女へと向けて、俺は蒼き刃を抜き放っていた。



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