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236. 舞い降りる道化師

 聖伐教団公都アレイザ所属、『青蛇神官』ティオ・マーカス・フェテスカッツ。

 

「グルゥゥゥ……!」

「ほっ、と――」

 

 頭上ではためく黒い外套に向けて威嚇の唸り声が放たれる中、そいつは道端の小石でも跳び越えるかの様な気軽さでもって、屋根瓦を滑り跳んできた。

 

「きゃっ……!」 

 

 煉瓦上を滑走し、瞬く間に加速を果たしたティオの姿に、パトリースが悲鳴をあげる。

 誰がどうみても、無事では済まない。

 まるで投身自殺を図るかのような一連の動きに、隣にいたセレンまでもが身構えるのがわかった。

 

 だが――

 

「おじゃましまーす」

 

 そんな気の抜ける声と共に、陽光を背に宙へと躍り出た影がふわりと揺らめき、不意に落下の速度を減じた。

 

「な――」

 

 不自然なまでの減速。

 そしてそれに伴うアトマの挙動を視てとり、知らずの内に驚愕の声が口を衝いてでた。


 無色ともいえるほどの透明に近い、陽光を受けて金色に輝くアトマ。

 それがまるで、巨大な鳳が羽根を広げるようにして黒い外套から放たれる。

 

「綺麗……」

 

 術具を用いての『探知』すら必要とせず肉眼に映り込むそれを見て、パトリースが思わず、といった風に呟きをもらす。

 それにやや遅れて、すとん、という軽快な接地の響きを引き連れて、ブーツの爪先が石床を捉えた。

 

「なんだ、今のは……」

 

 まるで華麗という言葉を体現するかの様にして、優美な所作で眼前に降り立ってきたその姿に、セレンすらもが戸惑いの声をあげる。

 

 だが、その反応も無理はない。

 目の前にいた神官の少女……ティオの動きは、『浮遊』の魔術を用いたとしか思えぬ代物だったからだ。

 そんな理外の外にある現象が、術法を用いた形跡もなく成されていたからだった。

 

「セレンさんにも視えていたでしょうけど。無詠唱での『浮遊』ではないですね」

「うむ……自身の周囲に直にアトマを展開して、落下の動きを制御していたようにも視えたが……」

 

 黒縁の眼鏡のブリッジを指で押さえて、セレンがこちらの推測を補完にかかる。

 

「術法式を介していないのであれば……君が使うアトマ光波や、手足から放つ衝撃波と近い代物のようだね」

「ですね。要求されるアトマ制御の精密は、わりと別次元だと思いますけど。視た感じ、消耗はかなり少な目かな。実はホムラが飛んでいるのと近い理屈な可能性も……あ! セレンさん、もしかしたら――」 

「ストップだ、フラムくん。こんな時に私としたことが迂闊だった。今はそれどころではなかったね。すまなかった」


 こちらが思考の連鎖を開始しかけたところで、セレンが謝罪の言葉を口に前へと進み出た。

 そこにティオが振り向いてくる。

 

「なかなか派手な登場だったね、青蛇殿。どうもお一人のようだが」

「うん? ああ、例の魔幻従士さんか。フェレシーラから聞いてるよ。あの子が世話になってるらしいし……ボクのことはティオでいいよ。こっちも勝手にセレンって呼ばせてもらうからさ」

「了解した」

 

 軽い調子でひらひらと手を振ってきたティオに、セレンが一礼で応じる。

 その様子をみた限りでは、最初に感じたような敵意は感じられない。

 

 今もわざわざ背中を向けて、展開したアトマが視易い状態で着地をしてきたあたり、派手好きな性格であることは見て取れた。

 だからといって、油断していい相手だとは到底思えないが。

 

「ところで、ティオくん。そちらは査察の方々に同行していなくとも良かったのかな? そもそも青蛇である君がこんな場所に出向いてくること自体も、気になってはいるが」

「あれま質問攻めだね。まあ、査察だっけ? そっちは他の連中の仕事だからね。真面目クンたちにやらせておけば問題ないでしょ。一々、何もない筈の(・・・・・・)場所にまで出向かなければ、の話だけど」

「……それは何よりだね」

 

 対話の最中、ヒョイと首を動かしてきた神官の少女に、セレンが深追いせずに話をきりあげた。

 その様子をみて、ティオが視線を動かさずにニンマリとした笑みを浮かべてくる。

 そこにパトリースが、セレンへと向けて小声で話しかけてきた。

 

「セレン様……あの子が見てる方向って、もしかしなくても」

「うむ。自由区画フリースペースだね。こちらが目を離している間に神殿中を飛び回っていたか、何かしらの手段で勘づかれてしまったようだね。腕輪の件もあってフラムくんから離れずにいたが……まんまと一杯喰わされてしまったな」

「ピィ……」


 パトリースの指摘に、セレンだけでなく、つい先ほどまで警戒態勢にあったホムラまでもが声を沈ませて応える。

 常に笑みを絶やさぬティオに、こちらも内心臍を噛むより他にない。

 

 やられた。

 完全に出し抜かれてしまった。

 翔玉石の腕輪を狙うというティオの宣言に、おそらく嘘はなかったのだろう。

 嘘はないとしても……

 狙いが「腕輪のみ」だなどとは、コイツは言ってはいなかったのだ。

 

 それを俺たちは、腕輪の秘密を――ジングの存在を隠し通すことばかりを気にして、勝手にティオの動向から目を離してしまっていたのだ。

 露骨なまでの敵対姿勢を示してからの、視野の外をいく動き。

 

 櫓の上よりこちらを見下ろしていたのも派手好きの現れの様でいて、しかしその実、非常に効果的だ。

 ティオの接近を警戒するにあたりアトマ視に頼っていた俺は、視える範囲に目立ったアトマがいない事で安心しきっていた。

 

 そうした立ち回りも、そもそもはフェレシーラ、もしくはセレンの眼鏡型術具へのアトマ視対策としての動きだったのだろうが……

 なんにせよ、ティオはこちらの頭上という死角を取り接近を果たしてきていた。

 既に自由区画フリースペースに足を運び、『大地変成』で造られたプチ神殿を調べ終えたであろうティオに、そんな真似をする実利はない。

 

 言ってしまえば、それは彼女なりのパフォーマンスの一環だろう。

 主導権は自分にある。

 その気になれば、こちらの目論見などいつでも潰せる。

 

 コイツの目的が何処あるのかはわからないが、そう主張してきているのは確実だった。

 正直いって、ムカつく相手ではある。

 なにがなんだかわからない内に絡まれて、追い込まれていることには理不尽さしか抱けない。

 

 だがしかし、そうした気持ちの部分を差し引いても、この不敵な少女がそうした行為に及ぶだけの実力を秘めていることは、認めざるを得なかった。

 

 人をペテンにかけるその手際の良さと、不可解性。

 そしてそれを可能とするだけの力量、プレッシャー。

 トリックスターという形容は、この青蛇の少女の為に在るのかもしれない。

 

 そう思わせるだけの相手であることは、理解できた。

 ならば――

 

「おい」

 

 こちらの上げた声に、ティオの表情が微かに動く。

 しかし悪いが、それはフェイクだ。

 

『チッ――』


 こちらの呼びかけに、不機嫌そうな鷲兜の舌打ちが応えてくる。

 ジングの存在を気取られてはならない。

 ましてや魔人の力、魂絶力ゼフトを用いるなど論外だ。

 

『まぁた、面倒臭そうなのが出てきやがったか……ったく、おちおちうたた寝もしてらんねぇぞ。くぁ……』

『ああ、悪いな。ちょっとこのままだと、俺もお前も困ったことになりそうなんでな』


 緊張感の欠片もないジングのボヤキには、苦笑と共に念話で返す。


 こんな怪しさ爆発なヤツを手元に置いていると知られてしまえば、一大事どころでは済まない。

 その警戒心の現れこそが、ティオの狩人としての本能を刺激したのだろう。

 だがそれならば……そこを逆手にとってやれば良い。

 

『んで? どうするつもりよ、小僧。俺様の見立てじゃあ、いまの(・・・)オメェにゃ逆立ちしても勝てねぇぞ。このガキにはよ』

『大丈夫だ』 


 こちらの念に応じて、翔玉石の腕輪がほんの僅かに薄目を開く。

 それが問題なく動作していることを確認して、俺は一歩だけ前へと進み出た。

 

 それを見て、ティオの笑みが深まる。

 相手が乗ってきてくれて、楽しくて仕方がない。

 そんなペテン師が浮かべる笑みだ。

 

 ならば、目には目を。歯には歯を。

 あちらが騙し合いを挑んでくるというのであれば――

 

『考えがある。俺に合わせろ』

 

 こちらもまた、ペテンにはペテンを以てそれに応じるのみだった。



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