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229. おかしいですよフェレシーラさん

 公都所属の査察団への直接対応。

 それを率先して行うのは、俺たちである筈もなかった。


「そういうわけで、今回は俺がミストピア神殿の責任者扱いになった。よろしく頼む」


 場所は変わらずプチ神殿の試合場。

 いつもの二人(ミグ&ハンサ)によるデリバリーを経て、遅めの昼食を終えた俺たちの前に姿を現したのは、ミストピア神殿の副従士長を務めるハンサ・ランクーガーその人だった。


 模擬戦の時と変わらぬ板金鎧プレートアーマーに身を包んだ彼の背中には、抜き身の剣が固定されている。

 その刀身は長剣ロングソードのそれよりも厚みがあり、一見して両手剣グレートソードにもみえるが、刃渡りはそれほど長くはない。

 肩口から覗く長い柄みるに、おそらくは両用剣バスタードソードと呼称される代物だろう。

 

 相も変わらず掴みどころのない茫洋とした面持ちで会釈を行ってきたハンサに、セレンとフェレシーラが深々と頭を垂れて、それに俺も倣いしっかりめに頭を下げる。

 パトリースはといえば、左手にホムラを抱えた状態で右手での敬礼を決めている。

 上官を前にしてその態度はどうなんだとは思うが、当のハンサは気にした風でもなかった。

 

「あれま。今日はカーニン従士長は参殿済みの筈だったけど……なにかあったの?」

 

 そんな彼に、いの一番に返事を行ったのはフェレシーラだった。

 

「なにかもなにも、いつもの無茶振りですよ。査察団あちらの代表が助祭なら、副従士長おまえが相手をしてみろっていうね。ま、なるようにしかならんと思っています」

「なるほどねぇ。暫く合わない内に随分と温厚になったと思ってたけど……そういうところは変わらないのね、従士長も」

「人はそう簡単には変われませんからね。特に一つ所に留まっていれば猶更だと、思い知らされていますよ」

 

 そう言うと、彼は軽い溜息をみせてからこちらに向き直ってきた。

 

「元気そうだな」

「お疲れ様です、ハンサ副従士長。こちらお世話になっています。なりすぎているかも知れませんが……」

「そう硬くならんでいい。魔幻従士殿が一枚噛んだ時点で、大抵の連中は一騒動あるだろうと踏んでいたからな。さすがにこんな物まで飛び出してくるとは思ってもみなかったが」


 相変わらず陽の光が差し込みまくっている試合場に視線を飛ばしての返答に、ハンサが苦笑いとなる。

 その言い様から察するに、どうやらセレンの破天荒な行いは今に始まったものでもないらしい。

 査察団への対応といい、案外苦労してんなぁ、この人も。


 とはいえ、ハンサからしてみれば俺はセレンの『大地変性』――つまりは未申請の陣術使用に巻き込まれてここにいる形だ。

 パトリースにしたって、本来であれば見習いである彼女が査察の対応メンバーに入ることもなかっただろう。


 まあ彼女の場合、ミストピア領主の姪っ子にあたるので政治的な意味合いも多少はあるかもだが。


「ところで副従士長殿。今回の査察の目的は、やはり秘匿されたままかね?」

「ですね。ウチの連中は貴女が造り上げたこの神殿モドキがお咎めアリ、と見ていますが。それにしては対応が早過ぎると従士長は仰っていましたよ」

「うむ。私も同じ見解だよ。というかもしそちらが対象であれば、ミストピアの教団施設増築に貢献したと胸を張って答えるがね。はっはっは」

「ええ、まあ。その時は任せします」


 話に割って入ってきたセレンに対して、まるで天災かなにかを相手にしたかの様な、この受け流しっぷり。

 やっぱ扱いに慣れてんなぁ……傍で見ていて悲しくなるほどに。

 

「ところで……パトリース。お前はここで何をしているんだ」

「べつに師匠の手伝いをしているだけですよ」

「はあ? 師匠だと? ……なんの話かまったくわからんぞ。訓練をほっぽり出して遊び歩くのはお前の勝手だが、それで認定試験に落ちても泣きついてくるなよ」

「な……っ! わ、私がそんなみっともない真似、するわけないじゃない!」

「どうだかな。前回の試験の時点で相当だったと記憶してるが……ここにいる皆に、迷惑をかけてないだろうな」

「かけてないっ!」

「まあまあ、落ち着いて、パトリース。副従士長もそれくらいにしてあげて。私から説明するから」


 えっ、なに。

 なになに、一体なにがどうしたんだこれ。

 

 いきなりハンサがパトリースに話しかけたと思ったら、だ。

 売り言葉に買い言葉って感じの物凄い剣幕で、パトリースがハンサに食ってかかり始めてしまっている。

 間に入る形でフェレシーラがこれまでの経緯を説明しているが……

 

「ん。まあ、そういう仲に近いよ。この二人はね」

「へ? そういう仲って……パトリースとハンサの仲が悪いってことですか?」 


 なんとなく辺りを見回していたところに、セレンがそんな言葉を投げかけてきた。


「はっはっは。そうだね、フラムくんならそういう返しになるだろうね。これでは白羽根殿も苦労するわけだ」

「んんん? たしかに、フェレシーラには苦労させてばかりですけど……話の脈絡がまったくみえませんよ? セレンさんらしくもない」 

「気にしないでいいよ。ま、じきにそういう事にも聡くなる。否応なしにね」

「はあ……」 


 朗らかに笑うセレンを余所に、パトリースがハンサ相手にヒートアップしている。

 フェレシーラはといえば、困ったような、それでいてどこか楽しそうにそれを仲裁しているし。

 

 いやほんとマジで、どういうワケなのかさっぱりだぞ。

 なんとなく、パトリースのハンサへの接し方が他の人に比べて遠慮がないのはわかるけど……

 ハンサはハンサで、部下とはいえ、領主の姪であるパトリースに対して妙に辛辣というか、遠慮のない物言いだし。

 そういう仲って、喧嘩するほど仲が良い、ってヤツなんだろうか。

 

「なるほど。それでフラムを師匠呼びしていると。またなんというか……領主殿が頭を抱えそうな案件ですな。パトリース、お前も少しは立場を考えろ。ルガシム卿の許可も得ずに徒弟になるなど、教団の者が相手でも一悶着起きかねん話だぞ」 

「うー……うるさいっ。なんで私がアンタに、そんなことネチネチ言われないといけないのよ……っ」

「アンタではなく、ここでは副従士長と呼べといっているだろうが」


 パトリースの特訓参加に関する一通りの説明を受けたハンサが、「ふぅ」と大きなため息をついてきた。 


「申し訳ない、お恥ずかしいところをみせてしまいまして。セレン殿、査察の開始までもう少しあるので、少し時間を頂いても宜しいでしょうか」

「構わんよ。歓待の準備は粗方済んでいる。行ってくるといい」 

「恩に着ます。ついてこい、パトリース。話がある。今しか空けられん」

「ちょ――皆の前で、手! 腕、そんなに引っ張らないでよ! あ、師匠! フェレシーラ様! ちょっと……あ、いえ、そこそこお時間もらいますね! 終わったらすぐもどりまーす!」

 

 ……おおぅ。

 なんだかよくわかんない内に、ハンサに連れられてパトリースのヤツが試合場から出てったぞ。

 あっちはたしか、診療所のある方向だけど……

 

「ピ!」

「お、ホムラ。お前は行かなかったんだな。よーしよし、もうこっちも準備が終わったからな。俺らもちょっと、そこらを周ってくるか!」

「ちょっとなに言ってるのよ、フラム。私たちは神殿の入口で待機しておかないと。査察の人たちが予定より早く来たらどうするつもりなの」


 こちらが肩にホムラを乗せたところで、フェレシーラが呆れた様子で指摘を飛ばしてきた。


「神殿の入口って……あ、そっか。もしかしたらここは調査対象じゃないかもだもんな」

「そそ。それにまずは出迎えの挨拶からだもの。こういうのは、心証も大事だから」


 そっか。

 出迎えもなしにここで待ってるなんて、わざわざ『ここに後ろめたい物がありますよー』って言って回ってるようなものだしな。

 

 あ、でもそうなると――

 

「じゃあ、パトリースにもそれ伝えておかないとな。ちょっといってく――ぐぇっ!?」

「だーかーらーっ。いまは行くなって言ってるでしょ! ハンサもいるんだし、大丈夫なの! めっ!」

「わ、わかったから、首を絞めるな……くびをっ! お前の腕、細いからめっちゃ食い込むんだよっ!」

「……さてと。ホムラくんは私と少し散歩にいこうか。善いね?」 

「ピピィ……」

「え、ちょ――おい、フェレシーラ! なんであの二人は散歩してていいんだよっ! 俺のこと止めるんなら、あっちも止め――ぐぶっ!? ちょ、マジでタンマ……!」


 スタスタとその場から去ってゆく一人と一匹を前にしながらも、ぐいぐいと締め上げられてゆく俺の首。

 幾ら本気じゃないっていっても、そろそろちょっとばかしヤバいですよフェレシーラさん……!

 

 てかジング!

 お前こんな時に『ケッ』って言ってきたり、わざとらしく欠伸するの止めろよな!

 力を使ってまで一々念話を飛ばす必要、ぜんっぜんないだろ! 



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