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231. 悔しさと嬉しさと

 磨き抜かれた大理石の石柱の間を走る最中、亜麻色の髪が揺れ跳ねるのが見えた。


「はーい、到着ぅ! いっちばーん!」

「あっ、この……!」


 白亜の回廊に勝利宣言が響き渡る中、そこに数歩遅れてこちらも辿り着く。


「せ、せこいぞ、フェレ……シーラ! お前、お、追い抜かれそうになったからって……わ、分かれ道でフェイント……かけんなよな……!」 

「そんなの引っかかる方がわるいんですよーだ。それにしたっても何度も何度も同じ手をくらうなんて……折角の健脚の持ち主なのに、宝の持ち腐れすぎない?」

「ぐ……っ!」


 先に神殿の入口、開け放たれた木造りの門前へと辿り着いたフェレシーラの指摘に、俺はぜえぜえと息を荒げて膝に手をつくより他になかった。

 

「うんうん。ずっと走ってきただけあって、私たちが一番乗りみたいね。査察のメンバーもまだ来てないようだし、一息つきましょうか。誰かさんがへばっちゃったみたいだし」

「あのなぁ……神術で自己強化しながら走ってたお前と違って、こっちは完全自力だったんだよ……!」

「あら、そんなの貴方だって不定術を使えばいい話じゃない。条件はイーブンだと思われますけど?」

「いやいや……熟練度の差がエグすぎて無理だろ……ふぅ」


 口をへの字にして状態を起こすと、ニコニコ顔の殿従士の少女がそこにいた。

 突如始まった、フェレシーラとの追いかけっこ……

 

 修練場から厩舎に飛び込み、試走場を悠然と駆けていたフレンへの挨拶を済ませて。

 そこから兵舎に顔を出して、丁度休憩をとっていたミグやイアンニに配送の礼を述べてから。

 そのまま武器庫をスルーして、神殿の門をゴールラインと決めて走りまくった――

 

 の、だが。

 

「まさか脚で負けるとは……不覚」


 そう。

 走り合いなら完全にこちらに分があると思い切っていたのに、それは完全なこちらの思い込みに過ぎなかった。

 スタート直後、装備の重量差もあり厩舎の辺りまではこちらがリードを取り、余裕の表情でいられたのだが……

 それも束の間のこと、フレンの鬣を撫でつけていたフェレシーラがニヤリとして見せたかと思うと、彼女はおもむろに『身体強化』の神術を発動させたのだ。

 

 その名が示す通りに肉体全般の強化を可能とする高等術法、『身体強化』。

 その恩恵を受けたフェレシーラの動きは、それまでとは段違いだった。

 スピードの向上に、重量差を覆すパワーの獲得も大概なレベルではあったのだが……

 

 兎にも角にも、スタミナ向上のアドバンテージがヤバかった。

 ヤバいなんてモノじゃなかった。

 

「いくら神術の恩恵があるからってな……増強したスタミナで息も切らさずに、安定して『身体強化』を維持可能とかエグすぎるだろ。こっちは不定術で『軽量化』しようにも元の装備の重さが大したことなくて恩恵すくないし……不慣れな『筋力強化』を使ったところで走りながら維持するとか、無理過ぎて逆にペース落ちるわだしで……くっそー……っ!」

「それだけ喋れるならまだまだ余裕あったでしょ……と言ってあげたいところだけど。強化系統って持続まで含めると大変だものねぇ」


 いまだ息切れを引き摺るこちらに対して、フェレシーラが涼しい表情そのもの、といった調子で声をかけてくる。


「私ぐらい慣れてないと、激しく動いてる時ほど制御の負担も増すし、自己強化の恩恵が感じられないのもたしかでしょうねぇ。でも改善点というか、注意点が見つかったし良かったんじゃ?」

「そりゃまあ、たしかにそうとも言えるけどさ……」


 ほんと走り合いで負けたのは、かなりショック大きいぞ、コレ。

 とはいえ、短距離での瞬発力勝負なら絶対に負けないけどな!

 今回のは余裕で勝てると思い込んで、序盤飛ばし過ぎてペース配分ミスったっていうのもあるし……

 

 いや。

 やっぱ負けは負けだ。

 素直に認めておかないと、折角のフェレシーラのアドバイスも活かせなくなる。

 

 今後は自己強化を試すなら、『隠者の森』で鳥頭相手に使ったときみたいに瞬間強化をメインにしておこう。

 

 自分で言うのもなんだけど、あれこれ考えながら立ち回るのが俺の戦闘スタイルだ。

 良く言えば臨機応変。

 悪く言えば行き当たりばったり。

 

 そんなやり方で、何かしらの術法を維持し続けるのは地味に難易度が高いのだと、今回の追いかけっこで嫌ってほど思い知らされた。

 

「でもこれって……今回の抜き打ち査察ってのがなかったら、気付かないまま実戦で持続型の自己強化を使ってやらかしてたかもな。怪我の功名というか、なんというか」 

「うんうん。案外、こういうお遊びも役に立ったりするでしょ?」

「んー……たしかに。あ、そういや兵舎にいた神殿従士の皆も、休憩中だってのにボール投げたり、追いかけっこしてたな。もしかして、あれもこんな感じの狙いがあったりするのか?」

「だーかーらー、あのねぇ。それは確かにあるかもだけど、その真面目脳をなんとかしなさいってば」


 会話の途中、フェレシーラが「やれやれ」といった風に苦笑をみせてきた。

 

「何でもかんでも理屈で片付けようとしないの。貴方の悪い癖よ。遊びの中で自然と活きてくることもある、ってだけの話だもの」

「う……言われて見れば、そうかも……か?」

「そうなんです。いきなり、特訓よ! っていって引っ張り回した私が言えた義理じゃないかもだけど。もっと余裕をもって、色々と楽しんだほうがいいんじゃないかしら? どうせ放っておいても勝手に理論立てて吸収しちゃうんだし」

 

 ……なるほど。

 つまりこれは、アレだったのか。

 

「フェレシーラ」

「ん? なによいきなり、真剣な顔しちゃって。だからそういう――」 

「ありがとな」

 

 こちらの発した礼の言葉に、腰に片手を当てていたフェレシーラがピタリと動きを止めてきた。

 それを見て、俺は後を続けた。

 

「いまの追いかけっこ、そういうのを教えてたくてやってくれたんだろ? 今回の特訓を通して、俺がそういう部分を苦手にしてるって気付いてさ」


 言いながら、自然、自分の表情がほころんでゆくのがわかった。

 彼女はこの五日間で、可能な限り俺を鍛える方法を考え続けてくれていた。

 

 そして今日、本来であえばその総決算として、これまでとはまた違った、何らかの訓練法や指導法を披露してくれたであろうことは想像に難くない。

 しかしそれも、突然の査察によりお流れとなってしまった。

 

 なのでおそらく今の追いかけっこには、フェレシーラが今日俺に伝えようとしてくれたメッセージが詰め込まれていたのだ。

 そう感じられたからこその、礼の言葉だった。

 

「ええと……違ったか?」

「ううん。違わない。あたってる。フラムのいうとおり、大正解って奴よ」

 

 僅かな沈黙に耐えきれず確認してみると、すぐに嬉しい否定の首振りと言葉が返されてきた。

 

「そっか。良かった。嬉しいよ、フェレシーラ。悔しかったけど、嬉しい」

「……はい。私もです」

 

 言いながら、どちらからともなく柱の影へと歩を進めて――

 

「おや。これはこれは」

「……!?」


 不意にやってきたやや掠れ気味の女性の声に、フェレシーラがこちらから大きく飛び退いた。


「良いところを邪魔してしまったかな? 済まないね、二人とも」

「セレン――様」

「あ、セレンさん。それにパトリースと、ハンサ副従士長も」


 神殿の通路より次々に姿を現してくる人影をみとめて、俺は声をあげる。

 どうやらこれで査察に立ち会うメンバーは揃ったようだ。


 実はちょっとだけ、人目につかないところで『フェレス』のことについて、それとなく聞いてみようと思ってたんだけど……さすがにまたの機会にしておくしかなさそうだ。

 

 ていうかフェレシーラのヤツ、妙にセレンさんたちを睨んでないか……?

 まだ査察の人たちも来てないし、そんなに怒ることないと思うんですが。



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