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227. 緊急事態と対処法

 それはフェレシーラとの手合わせが、10戦目を超えてからのこと。


「公都からの、査察……ですか?」

「ああ、先ほど『伝達』の魔術でカーニン従士長宛てに連絡が入ってきたらしくてね」


 これまでより随分と遅めの合流となったセレンの口から、意外な言葉が飛び出してきた。


「夕方にはアレイザからの駐留司祭……いや、今いたのは代理の助祭か。そちらが出向いてくるということだ。従士長に伺ったところ、どうやら今回の査察は急遽決まったらしく、神殿のみで行われるとの話だよ」

「それは……また本当に急な話ね。定期査察は先週終えられたばかりの筈だけど」


 試合場の石床に胡坐をかき休憩を取っていると、そこにフェレシーラがやってきた。

 こちらとは違い、傷どころか埃一つついてはいない胸鎧に刻まれた天秤の元で、小さく聖印が結ばれる。

 おそらくは反射的な行動であり、そこに確たる意図はないのだろう。。

 それを立証するかの如く、彼女は続けて口を開いてきた。

 

「それってつまり、ここを見にくるってことよね。たぶん、オリジナルの試合場を損壊させちゃったのが原因だとは思うけど……割と不味くないかしら。この状況って」

「たしかにマズいですね。ここも無許可の『大地変成』で建てちゃってますし、その上また天井壊しちゃってますから。その後またジング対策で陣術使っちゃってますし。ねー、チビ助」

「ピ? ピピッ?」


 フェレシーラの言を引き継ぐ形で姿をみせてきたのは、ホムラを抱えたパトリース。

 今日は彼女が手合わせの結果を記録してくれていたのだが、俺的には芳しくない結果に終わっている。

 慣れない術具を頼りにして対抗できるほど、フェレシーラは甘くはないというところだった。

  

「あー、そういえば公国の所有の敷地内で陣術を使うには届け出が必要なんだっけ。あと術具の作成とかも」

「そうね。規模によってはいわゆるお目こぼしもあるけど。あまり派手にやるのは基本的にアウト。特に金銭が絡むのは先んじて申請必須、って感じよ」

「うむ。そういう意味ではそこまで気にしないでいいだろうね。今回はすべて経費は私持ち、無償提供という奴だからね。はっはっは」

「あのぅ、セレン様……それだけ今回は、どう考えても『派手にやるのは』の部分に引っかかってると思うのですが……」

「ピピー……」


 気づけばやいのやいの、ワイワイと三人と一匹で話し込み始める俺たち。

 どうやらすぐに特訓再開、という流れにはなりそうもない。

 なので一旦、話を査察に関する方向に向けざるを得ないのだが……

 

「ところで、その公都からの査察ってのは実際なにがあるんだ? 言葉通りに受け取るなら、教団のお偉いさんが見回りにくるイメージなんだけど」


 ここに来て査察についてなんの知識もないこちらの質問に、皆の視線が集まった。

 その反応わかる。

 わかるけど……ホムラさんや。

 なんでキミまで「は?」みたいな目で俺を見つめてくるんですか。

 安易に1:4の構図を作るの、やめてくれません?

 

『お? お? なんでぇ、なんか困ってんのかよオメェらよ。雁首揃えてピーチクパーチクと喧しいなぁ、これまたよ』


 ……そういやコイツもいたな。 

 

『うっせぇぞ、アホジング。いま皆で真面目な話してるんだから黙ってろよ』

『へっ! 言われなくてもそうするぜ。つまんねーからな、オメェらの特訓とやらはよ』


 お?

 マジか、試しに心の中で話しかけてみたら、いまフツーに通じたな…… 

 一々コイツだけを相手して話してたら、独り言みたいになって周りも困惑するかと思ってやってみたけど、これならそういう心配もなくなるか。

 

 あ、でも、もしかしたら考えてることが筒抜けになる可能性もあるから、ちょっと注意してやっていかないとだな。

 

「ええと、聖伐教団の査察っていうのはね」


 そんなことを考えていると、フェレシーラが先ほどのこちらの疑問に答えてきてくれた。

 

「公都アレイザ所属……つまりは総本山の司祭、もしくは助祭が、その支部にあたるレゼノーヴァ公国内の教団関連施設をチェックして回るのだけど。通常は月に一回、場所ごとに決まった日に行われるものなの。だからそっちは定期査察って呼ばれていて……」 


 きっとこちらが理解するペースに、合わせてくれていたのだろう。

 そこで一旦、フェレシーラが言葉を切ってから、再び後を続けてきた。   

 

「今回のは、緊急査察とか、抜き打ち査察って呼ばれる類のものね。といっても、かなり珍しくて私も立ち会うのは初めてになるとおもうけど……全般的にチェックをしていく定期査察と違って、総本山の上層部が支部になんらかの問題アリ、と判断した時に行われるって聞いているわ」


 ふむふむ。

 なるほど分かり易い――って。

 

「え。それってつまり、このミストピア神殿で上層部の人たちが看過出来ない事態が発生している、って判断したってことなのか? たしかに試合場を壊したのは不味かったどころじゃないのはわかるけど……それにして対応が早過ぎないか?」

「それは……『伝達』を使って公都近辺まではかなりの速度でやり取りが出来る仕組みだし、そこから早馬を飛ばすなりすれば、不可能とは言い切れないわ。優先して動いたのはたしかでしょうけど……」

「フェレシーラ嬢のいうとおりだね。しかしフラムくんの疑問もわかるよ。今回の査察は少しばかり対応が早過ぎる。神殿の建築物が破損したことを見過ごすことはなくとも、上層部も暇ではない。連絡自体は済んでいたとしても、処理自体は他支部の問題点も含めて、順を追って行っていく筈だ」

「ふむふむ……ということは、今回の査察は元からミストピア神殿が監視対象に入っていた可能性が高い、ってことですか? 試合場の破壊とは別に、なにか他に理由があって」

「ああ。おそらくではあるが……そう考えておいた方がいい」

 

 会話の流れからパトリースが導き出した疑問に、セレンが頷きで応える。

 始めは単なる教団のお偉いさんの気紛れか、試合場での騒ぎを聞きつけてのお咎めかと思ったが……

 どうにも、少しばかり話がきな臭くなってきた。

 

 視線をチラリとフェレシーラに向けてみると、軽く腕を組んだ体勢から、親指の爪を噛むようにして口元にあてがい、何事かを考え込んでいる様子だった。

 仕草はともかくとして、その表情には見覚えがある。

 このミストピアに立ち寄ってすぐに、教会の受付で見せていた表情だ。

 

 たしかあの時は、教団の司祭長からフェレシーラへの待機要請が出ていたとかで……それを回避するために、彼女は俺を依頼主として任務遂行状態となっていたのだ。

 

「でも、なんで突然いまになって」

「待ち給え」

 

 フェレシーラが何事かを言いかけたのを、セレンが片手をあげて制してきた。

 焦りを覗かせる少女に対して、黒衣の女史は平静そのものといった様子だ。

 

「色々と勘繰りたいことがあるのは、この際お互い様だとしてね。先ず、我々がすべきことは他にある」 

 

 誰が誰に、とまでは言わずに彼女は続けてきた。

 

「やるべきこと……ですか」

「ああ。いますぐ、始めておくべきことだ」


 試合場の破壊。

 無断使用した数々の陣術。

 白羽根従士が願い出た、何処の馬の骨とも知れない男への特訓場所の提供。

 もしかすれば、誰かが勘付いていたかもしれない『ジング』の存在――

 

 言い出したら限がなく思えるそこらの理由を一旦は横におき、

 

「証拠の隠滅・もしくは改竄。今回の特訓に関するもの……特にジング関連を重点的に。多少強引にもで手当たり次第に潰していくよ。話はそれからだ」

 

 臆面もなく言い放たれたその言葉に、皆が顔を見合わせつつも、頷きを見せていた。

 

『おぉ? なんだなんだぁ。ちぃっとは面白くなってくんのか? クカカッ』


 うん。

 たぶん、大体お前のせいだと思うから。

 いいからマジでちょっと黙ってろよな、アホジング……!

 ホムラだってさっきから空気読んで頷いてるぞ?



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