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225. 二度寝ならぬ二度起こし

「おい……起きろ、小僧」


 その呼びかけで、ぱちりと目が覚めた。

 異様なまでに突然で、そしてはっきりとした目覚め。

 同時に自分が真っ白な皿のような部屋にいることを自覚する。 

 

 精神領域。

 俺自身が生み出した術法的空間。

 そこに、いる筈のないヤツの声が響き渡った。

 

「なにボケっとしてやがる。聞こえてんのか? 聞こえてるんなら、返事の一つぐらいしろぃ」

「ジング……お前、まだここにいるのか?」 

 

 視線を腕輪へと落としての反問。

 そこで俺は思い出す。

 

 ミーティングルームで皆との話し合いを終えてから、プチ神殿の自室へとホムラと共に戻ったことを。

 ようやく安心して眠れることを喜びながら寝台に転がったところで、見事に記憶が途絶えていたことを。

 

「あたぼうよ……つっても、このチンケな腕輪からは出れそうにもねえけどな。クソがよ」

「なるほど。今度はそこから話しかけてきてるのか。不自由そうでなによりだ。元気そうで安心したぞ。あれからお前ずっとダンマリだったからさ」

「ケッ! どうせまともに喋らせる気もなかっただろうが。あいっ変わらずの偽善者っぷりだなテメェはよ」

「たしかに」


 二重の意味で納得していると、ふと、部屋の中のある物に目がとまった。

 

「あれ……なんでこれが」

 

 言いながら、俺はそれに近づく。

 ジングは無言だ。

 ただ腕輪の表面に浮き出た『眼』が、俺と同じ物を見つめていることはわかった。

 

 どういう理屈かまではわからないが、いまのコイツはこちらが許可せずとも『眼』も『口』も自由に操れるらしい。

 もしかしたら俺が意識すれば、簡単に邪魔出来るかもしれないが……

 なんとなく、それを試そうという気にはなれなかった。

 

 セレンがいう罪滅ぼしではないが、誰に迷惑がかかるでもないこの場所でぐらい、ジングにも最低限の自由があっていい。

 浅い考えかもしれないが、わりと真面目にそんな風に思った。

  

 まあ、あんまり喧しければ黙らせようとするかもしれないが……これまたセレンの言葉を借りるのであれば、ガス抜きというヤツだろう。

 一応こんなんでも、いまのところはジングも旅の同行者なのだ。

 

 それに変に抑え込みすぎると、良からぬことを企んでまた体を奪ってこようとするかもだし。

 

「チッ」


 そんなことを考えていると、舌打ちの音が聞こえてきた。

 言うまでもなくジングが発したものだ。

 一瞬、こちらの思考を読まれでもしたのかと思ったが……

 

 その視線が先ほどからまったく動いていないところをみるに、どうやらそういうわけでもないらしい。

 

「まだ消えねえか、そいつは」

 

 そこに、いままで聞いたことのない響きの声が向かう。

 視線の先には白い鎧があった。

 

 地に打ち捨てられた鎧と、折れた剣。

 そしてかつては盾の一部であったろう、無数の金属片。


「なあ」

 

 それを見て、俺は無意識のうちに口を開く。

 

「アレってもしかして、お前が使っていた物なのか?」

「ちげえよ」


 腕輪に向けて問いかけると、即答が返ってきた。

 

「ふぅん。その割には必死で守ろうとしていたよな、お前。あのヤドカリカブトワシモドキはないみたいだけど……どこいったんだ? アレ」

「知るか、こっちが聞きてえぐれぇだわ。てか、地味にヘンテコネームを長くしてんじゃねえっ!」

「わるいわるい……っと」


 腕輪からやってきた抗議の声を受け流しつつ、俺は鎧に向けて歩き出す。

 ジングは何も言わない。

 最初にここに来たときは、あれだけ鎧に近づくなと威嚇してきたのに、いまはここに鷲兜がないせいか、横やりを入れてくるでもなく静かにしている。

 

 別に、以心伝心だとか、一心同体ってみたいモノでもないのだろうが……

 なんとなく、コイツ自身も戸惑っていることがわかった。

 

 ジングがもらした「まだ消えねえか」という言葉は、裏を返せば「もう消えているかも」という予想からきた言葉だったのだろう。

 もっといえば、この鎧がここに残っているのかを確かめたくて、俺を起こしたのかもしれない。

 

 傍に寄ってみると、思っていた以上に鎧はボロボロだった。

 打撃痕、斬撃による疵、焦げ溶けた形跡……

 余程激しい戦いに用いられたのだろう。

 

 至る部位に歴戦の印を残す鎧だが、しかしその白さだけは喪われてはいなかった。

 高潔なる魂の証。

 不滅の意志。

 そんな言葉が脳裏へと浮かんでは消えて逝く。

 

「お前にとって大事な人が使っていたものなんだな。この鎧」

「あん? 大事な人だぁ? ……なーに言ってやがんだオメェはよ。こんなモン、俺様にゃ関係ねえゴミクズよ。あ、いや、ゴミクズは言い過ぎたな……あぁと……その、なんだ」

「宝物」

「おぉ、それよそれ! 宝物! 俺様にとっちゃそんなモン、ただの宝――ってちげぇし! おま、人にいきなりナニ言わせてんだよ! こんなモン、宝物でもなんでもねえよ! こんなモン、俺様にとっちゃただのガラクタよ!」

「はいはい。わかった、わかったよ。わかったからそう怒るなって。ガラクタってことでいいからさ」

「ガ、ガラクタっていうんじゃねえ!」

「いやどっちだよ……なんか割とめんどくさいところあるんだな、意外とお前も」

「喧しい! 言っていいのは俺だけな! 俺様だけ!」


 あ、本気で面倒くさいヤツだコレ。

 ていうか、この状況……

 

「いまここで話してるのって……まさか俺の睡眠時間削ってたりしないだろうな。延々お前に付き合わされた挙句、寝不足で特訓最終日遅刻とかフェレシーラにブン殴られそうでヤだぞ」

「男が細けぇこと気にすんなぃ。どっちにしろ、いーーーーっつもボコボコに殴られてんだろ、オメーはよ」

「ぐ……っ! おま、人が地味に気にしていることをなぁ……っ!」

 

 ぎゃあぎゃあブツクサと言い合いながら、俺たちはそこに辿り着く。

 鎧と剣、そして盾だったモノの元へと辿り着き、二人して小さく息を吐く。

 

「なーんかなぁ。お前なんかとこれから一緒にやってくって……不安しかないぞ」

「そりゃこっちのセリフよ。この俺様をこんなモンに閉じ込めくさりやがって。いまに見てやがれよ、小僧が」 

「ぬかせ、鳥頭ならぬ鳥腕輪風情が。そっちこそ公都アレイザについて落ち着いたら、自白させる方法を見つけて、洗い浚い全部話させてやるからな? 覚悟しとけ」

「ケッ! 影人如きを倒すのに女にケツ叩かれてヒイヒィ言わされてる餓鬼が、一丁前のクチきいてんじゃねえよ!」


 ううん。

 ちょいちょいフェレシーラ絡みで攻めてくんの、やめような?

 今度彼女に『光弾』撃たれたら、試しに腕輪でガードしてやろう。

 勿論、先にどれぐらい強度があるか試してみてからだが。

 

 セレンも翔玉石には再生能力があるって言ってたし、ジングへの脅しを兼ねて来問題のない範囲で色々試してみるとするか――

 

「って、なんだ、コレ……」

 

 ぎゃいぎゃいと喚き続けるジングをスルーして鎧を眺めていると、ふと、あることに気づいた。

 鎧の上部。

 首を通す為に開けられた穴に、違和感がある。

 というか、大きさが可笑しい。

 

 普通、鎧の中心に開けられている通し穴だが、よくよく見れば妙に大きく――

 

『――さい』

 

 思考の最中、不意に何処からか『声』が響いてきた。

 

『……て……きて……さい』

 

 ジングのそれとは異なるやわらかな声。

 反射的に辺りを見回すと、ガシッと肩を掴まれる感触が伝わってくるも、周囲には誰もいない。

 

「え、なんだこれ――」


 突然のことに慌てふためていると、今度は耳もとに一瞬、甘い香りとくすぐったさがやってきて――


「とっと起きろって言ってるでしょ、この寝坊助! まさか貴方、今日が特訓最終日だってこと、忘れてるんじゃないでしょうね!?」

 

 そこから間髪入れず、中音域アルトの大音声がこちらを叩き起こしにきた。



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