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223. カラスなる者について

「……チッ。いねえか、あの野郎は」


 右の腕輪に現れた『眼』でギョロリとミーティングルームを見回すなり、ジングがそんなことを口にしてきた。

 

「おい、ジング。なんだよあの野郎ってのは。誰のことだ?」

「あァん? あの野郎はあの野郎……カラスの野郎に決まってんだろ」

 

 カラスという言葉に対して、その場にいた全員が互いに視線を交わし合う。

 これまでにも何度がジングが口に登らせてきた『カラス』という言葉。

 

「ねえ。それってカァカァ鳴く、あの鳥のカラスのことじゃないわよね? 一体誰のことを言ってのか、教えて欲しいのだけど」


 俺たちの中で、真っ先に口を開いたのはフェレシーラだった。

 頬杖をついて質問を行うその姿は一見して呑気そうにもみえるが、いつの間にやら円卓の上には愛用の戦鎚ウォーハンマーが置かれている。

 

「ちょっと。なにか言ったら? 私の声が聞こえていないわけじゃないんでしょ?」 

「……お前がフェレシーラか」

「ええ、そうよ。そういえば自己紹介がまだだったわね。覗き魔のジングさん。私はフェレシーラ・シェットフレン。貴方のような不心得者を叩きのめすのが私の役目よ。以後お見知りおきいただけば嬉しいわ」 

「お、おう……い、言っとくがおらぁそんなに覗いてなんかいねえぞ! この前だって、オメェと小僧が二人きりで――あ、いえ。なんでもございませんですよコトよ、フェレシーラお姉さま。あてくし、なーんにもミッテマセーン!」 


 ニコリと微笑みを浮かべて戦鎚ウォーハンマーの柄を握ってみせた神殿従士の少女に、ジングが声を声を裏返らせて応える。

 

 ちょっとフェレシーラさん?

 いまのコイツをブン殴ろうとするってことは、ボクの手首を叩き折るってことと同義なんですが。 

 そういう威圧の仕方、洒落になんないんでやめてくれません?

 手元が狂って手甲に仕込んだ霊銀盤が壊れでもしたら、一体どうすんだよ。


「その質問に関しては私からもいいかな? ジングくん」

「フン……貴様がセレンとかいう女か。俺様をこんなチンケな物に閉じ込めたのは貴様だな? この仕打ち、おぼえてやがれよ」 

「おっと。どうやら自己紹介は必要ないようだが……一応名乗らせてもらうよ。私はセレン・リブルダスタナ。今回は君の魂の移植を行わせてもらったが……新しい体は気に入ってもらえたかな?」 


 スゥ、と目を細めて名乗りをあげたセレンに、ジングが「チッ」と舌打ちを飛ばす。

 嘴みたいな裂け目があるだけで、舌もないっぽいのに案外器用なヤツだな。

 

 ていうか発声器官があるわけでもなし、どういう理屈で喋ってんだコイツ。

 

「聞きたいことがあるんなら、とっと喋りやがれ。それが目的でこんな真似しやがったんだろうが」

「へえ。フラムくんに聞いていたほど、存外頭が回らないわけでもなさそうだね。ではお言葉に甘えて早速質問させてもらうが……単刀直入にいこう。君はバーゼル・レプカンティという男を知っているかね? 私の師にあたる人物で、こういうなりをしているのだが」


 言いつつ、セレンが一枚の羊皮紙を取り出してそこに術ペンを走らせ始めた。

 どうやら彼女は――俺と同じく、だったが――カラスなる人物が、黒衣の魔術士バーゼルを指した言葉ではないかと考えていたらしい。

 

 らしい、のだが……

 

「えと……セレン様。そのみたい魚だか蛇だかみたいなのって、なんなんでしょ。あ、もしかして貪竜ナマズですか? 今年は豊漁だって言われてますよね、アレ。この前『恋人たちの日』に出店で蒲焼にされてたヤツ、私も食べましたよ! ハンサ副従士長の奢りで!」

「む。失敬な。この絵のどこが蒲焼に見えるというのだね、パトリース嬢には。これは我が師、バーゼルの御姿だよ」


 横から羊皮紙を覗き込んできたパトリースの、おそらくは蒲焼を指して両手で繰り出されたジェスチャーに対して、眉を顰めるセレン女史。

 

 うん。

 言っちゃ悪いけど、逆さで見てる俺には黒い帯にしかみえない。

 ていうかこの人、あり得ないぐらいに絵が下手だな……!

 

 ホムラ用に書いてくれた診断書の字とかは線も細くて読み易かったのに、一体全体、なにがどうしてこうなった。

 バーゼルとは『隠者の森』で顔を合わせた程度で見知った仲という程でもないが、さすがにこの絵を見たらショックを受けるのではあるまいか。

 

「え? なになに? もしかしてバーゼルの似顔絵が必要なの?」

「あ、うん。一応、そういう感じだけど……」


 羊皮紙からは距離があったフェレシーラが、こちらに問いかけてきた。

 どうやら彼女からはセレンの書いたナマズ……じゃなくて、バーゼルの似顔絵がよく見えていないらしい。


 何故こんな流れになったのかを掻い摘み、俺は状況の説明を行った。


「俺もジングがカラスって名前を口にしてきた時に、真っ先に連想したのがあのおっさんだったしな。コイツに細かいこと聞いても無駄だろうし、絵で説明したほうが早いってのはたしかなんだろうけど……御覧の通りな状態でして」

「なる。そういうことなら……セレン様、その術ペンともう一枚紙をこちらに」

「うん? ああ、そうか。フェレシーラ嬢も我が師と面識があったのだね。善かろう。ここは一つ勝負といこうか」


 いやいや、話の主旨が完全にズレちゃってますよ?

 というかこの出来栄えで人と勝負しようって美的センスヤバくないか、この人。


 なんか勝手に万能の人、完璧超人ってイメージあったけど。

 誰しも欠点の一つや二つ、あるものなんだな……

 まあ親しみが沸くし、悪いことばかりとも思えないけど。

 

「うん……よし。こんな感じかな?」

 

 なんて事を考えている間にも、俺の隣ではセレンから術ペンと羊皮紙を受け取ったフェレシーラが、作業を終えていた。

 察するまでもなく、バーゼルの似顔絵を描いていたのだろうが……!?

 

「どうかしら。一応、彼の特徴は掴んでいるとおもうのだけど」


 遠慮がちな声と共に、一枚の羊皮紙が音もなく差し出されて、そこに描かれた似顔絵に全員の視線が集まる。

 いや……

 その『絵』のは皆の目を釘付けにして、放さなかった。

 

 一目見ての全体のイメージとしては、高き梢に羽根を休め留まる黒鳥。

 

 力強く、しかし繊細に描かれた眉目は理知の光を湛えており、やや彫りの深い顔立ちがそれをより印象付けている。

 ざんばらに伸びた髪はそれこそ鴉のそれであり、横一文字に閉ざされた唇は何処か皮肉気な笑みを浮かべている様もみえる。

 広い肩を覆い隠す黒衣は、あるかなしかの風にはためくかの如く、揺れている。

 

 黒衣の術士、バーゼル。

 その姿が円卓の中心に出現していた。

 

「おぉ……これは中々に渋い。もう少し逞しい方が好みですが……所謂ナイスミドル、イケおじってヤツですね!」

「たしかにこりゃ、あのおっさんまんまだな。びっみょーに顎が割れてるとこまで再現されてるし……」

「むう。これはたしかに、あの人の……いかんな。甲乙つけ難いぞこれは」

 

 フェレシーラが描き上げたその絵に、皆が口々に所感を述べてゆく。

 そういやコイツ、前にシュクサ村で落書きっぽく俺の似顔絵描いたときも、妙に上手かったな。

 若干一名、トチ狂ったことを口走っているのが気にならないでもないが……

 

 何はともあれ、この出来栄えならジングのヤツもすぐに、

 

「誰だそいつ」

 

 あっさりと「マジでそいつ誰」と繰り返し、答えを返してきた。 

 

 ……おい。

 ここまで話を引っ張っておいて、そのやる気のない回答は幾らなんでもあり得ないだろ、お前!

 呑気に嘴開いて、欠伸してんじゃねえよ!

 

 あ、セレンさんはセレンさんで、そのナマズを横に並べて悩むのはやめてください。

 割と真面目に反応に困るので。



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