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222. 血の束縛

 そいつは、俺が左手首につけた腕輪から吼え狂ってきた。

 

「フラム! テメェ、一度ならず二度までも! くぉのうぉれ様を、たぅヴぁくぅりやがったぬぁあぁ!?」


 黒い翔玉石の腕輪をぶるぶると震わせてミーティングルームに響き渡ったのは、御存じジングの声……

 といっても、皆が聞くのは初めてか。

 

「おい、うるさいぞこの鷲兜。もう遅い時間なんだから少しは考えて喋れよな」

「ぬぁんだとぅ!? テメ、人をこんなモンに閉じ込めておいて、よくそんな涼しい顔していえんなぁ! あったま沸いてんのか!?」


 常識的なこちらの指摘に荒ぶるジングくん。

 どうやら新しい体と余程相性が良かったのか、元気一杯なご様子だ。

 

 てかよく見たら、コイツが喋る度に腕輪の表面がモゴモゴ動いてんな。


「……なんか、話に聞いていた以上にチンピラ臭いのが出てきたけど。これが例のジングって奴なの?」

「の、ようですが……それにしてもお下品な感じですね。あ、セレンさま、見て下さいよアレ。腕輪の上になんか嘴みたいなの、開いてません? うっわー、きっも」 

「うむ、キモいね。そして想定の三段階ほど上はアホそうだが……呼ばれて飛び出てすぐに発声器官を生み出して会話に及んでくる辺り、口調ほどに無能ではなさそうかな」 

 

 気づけば横からはフェレシーラが、円卓の向かい側からはパトリースとセレンが、それぞれ身を乗り出して腕輪を覗き込んできていた。

 

 どうやら思っていた以上のジングの騒がしさに、皆して呆れているようだ。

 ちなみにホムラは薄目を開いたところで力尽きてしまい、またもおねむモードに突入している。

 このままだと睡眠の邪魔になるし、円卓の下に移動させておいてやるとしよう。

 

「それにしても、魂だけを腕輪に移すなんて。セレンさまから計画を聞いたときは驚いたし、そんな事が可能なの? って思ったけど。考えてみれば、そもそもコイツが魂だけフラムの中に入り込んで来てたんだものね」

「ですね。なのでまずは、五星陣でジングが『魂を移動させる』のに使っていた術法式をしっかりと時間をかけて解析して。その上で六芒陣でその術法式を瞬間的に書き換えて、陣の中に閉じ込める。その後は『魂の保管先』として相応しい『器』を用意して、丸ごと移し替える……うーん。自分で言ってて、よくわからなくなってきますね。セレン様、これで合ってますか?」

「だね」

 

 しげしげと腕輪を眺め続けるフェレシーラとパトリースと比べて、セレンの態度はこちらが拍子抜けしまいそうになるほど、あっさりとしたものだった。

 

「まあ、大抵の術法は仕組みがわかってさえいれば対策は可能だよ。勿論、程度に応じて用意すべきものも変化するがね」

「その結果、必要だったのが二種類の高等陣術と……そして多量の血液だったと」

「ああ。今回の案に、フラムくんの血を用いるのは必須条件だったからね。君は最後まで反対していたが……有効性自体は知っていただろう?」

「そりゃあ、昔からあらゆる術法で血液は定番の触媒として使われていますから。生贄として血を用いるだとか、生き血が霊薬の材料になるだなんて話も、全部が全部迷信ってわけでもないし……」

 

 そんなセレンの態度が、どこか気になったのだろうか。

 彼女の言葉に理解を示しつつも、フェレシーラは妙に胡乱げな眼差しを黒衣の女史へと向けていた。

 

「君の言いたいことはわかるがね。血であれば何でもいい、というわけでもないのだから仕方がないよ」

「え……それってどういうことですか? セレン様」

「ん? ああ、そういえばパトリース嬢は触媒の基礎については学んでいなかったか。普通に陣術を使いこなしてしまうものだから、失念してしまっていたよ。はっはっは」


 パトリースの疑問に対してセレンが朗らかに笑うも、それ以上の説明を行う気配はない。

 ただ、意味ありげな目配せがこちらに飛んできてはいる。

 それを受けて、俺は左手の腕輪を右手で押さえながら口を開いた。

 

「俺の血が必須だったっていうのはさ。術法の対象となる相手と近しい者の血ほど、触媒としての有効性があがるからだよ」

「……なるほど。つまり、一番効果があるのは本人で、つぎにその血縁者の血が効果的ってことなんですね。あ、でも師匠! 今回はこの五月蠅い人が術法の対象だったんですよね? それなら師匠の血ではなく、五月蠅い人の血でないと触媒として微妙なんじゃ?」 

「うん。なかなかいい質問だ、パトリース」


 口元に人差し指をあてて小首を傾げてきたパトリースに頷いてみせると、見習い従士の少女が「えへへ」と照れ笑いを浮かべてきた。


「コイツ自身、俺の精神領域で口にしてたけどさ。俺とジングの魂はお互いかなり近いところにあるみたいんだ。それもなんだか嫌な話ではあるけど、予測は出来ていたからさ。もしそのアテが外れても、乗っ取りの術法は俺の体に刻まれていたわけで。どの道、深い関りがあるから触媒として適していた、ってとこかな」 

「ほへー……確かに術法式を書き換えるなら、式の土台になってものを使う方が合いそうですね。納得しました、師匠! 分かり易いご指導、いつもありがとうございますっ!」

「いやぁ。それほどでも――って、おい、フェレシーラ。なんでお前、いきなり人の足つついて来てるんだよ」

「あら、ごめんあそばせ。話が逸れたのに釣られて足も逸れちゃったみたい」


 なんだそりゃ。

 まあ蹴ってきてるわけじゃないし、別にいいけど。

 おっしゃる通り、脇道に逸れていたのも事実だしな。

 

 ここは一つ話を本筋に戻すとしよう。

 そう考えて、俺は腕輪から手を離した。

 

「よし、ジング。もう喋っていいぞ」

「――ぶぁはぁっ! おまっ、人のクチずっと塞いでんじゃねえよっ! あといい加減、そっちも開けさせろぃ! さっきから雌どもの声しかしなくてやかましいったらありゃしねえ!」

「いやいや……お前がそれ言うか? でもまあ、それぐらい許してやってもいいか……? どうでしょう、セレンさん」

「構わんよ。私もその腕輪が機能しているかは、この眼で確認しておきたいからね。色々と試してみるといい」

 

 ジングの魂を腕輪に封じる。

 それ自体は成功しており、こうして会話も可能となっている。

 

 しかしそれだけでは、まだ事態の収拾には至らない。

 まずはある程度、危険性の低い範囲内でジングにも自由を与えておかねばならない。

 

 勿論、こちらが手綱を握っておかねばならないが……

 最低限、それなりの譲歩は必要だった。

 ジングにしてみても、このままでは落ち着いて話も出来ないだろう、というのが皆の見解だ。

 

「それでは……『ジング対策』の第一段階は成功を収めたということで」 

 

 言いながら、今度は左手を右の腕輪へとあてがう。

 そこに皆の視線が集まる。 


「次は、コイツの『眼』を開いてやろうと思います」 


 その宣言と共に、腕輪の表面に猛禽類のソレを思わせる瞳が見開かれてきた。

 

 うん。

 やっぱキミ、控えめに言ってもキモいよジングくん。


 ホムラと同じ鳥っぽい目なのに、何故にここまでキモく思えるのだろうか。

 なんか可哀想だし、暇があったら術ペンで可愛らしい睫毛でも書いておいてやるかな。



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