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220. 脱線、視線、スミマセン

 青白いアトマの光が、水晶灯のそれを圧して部屋の隅々にまで満ちる。

 

 白樫の箱を護る術法式に、パトリースが放った『解呪』の式が吸い込まれるようにして落ちてゆく。

 一瞬の間をおいて、「パチンッ」という何かが弾ける音がミーティングルームに響き渡った。


 他者が構成し、発動させていた術効の解除。

 それが成された証だ。

 

「やりました、師匠!」


 その手応えが、やはり事を成したパトリースにも感じられたのだろう。


「私、初めて『解呪』成功しました! やっちゃいました! 出来ちゃいました!」

「ピィ♪ ピピー♪」

 

 彼女は胸の前で両の拳を握りしめ、円卓の前でホムラと一緒になってぴょんぴょんと跳びはねていた。

 

 それを横目に、俺は白樫の箱の様子を『探知』でもって探ってみる。

 既にその外周を覆う術法式は欠片も見当たらず、箱の中に『何か』がある気配だけが残っている。

 

 ……うん。

 完全にやりすぎです。

 オーバーキルってヤツですよ、パトリースさん?

 

 俺の見立てでは、この箱に施されていた護りの術法はそれなり以上の強度を誇る代物だった。

 

 ちなみに俺は普通に術法式を発動させることは全く出来ないが、『解呪』に関しては術具の扱いと同程度の自信がある。

 マルゼスさんが『隠者の塔』の至る場所に仕掛けていた持続型結界術――術具だったり、陣術だったりも含む――の定期的なメンテナンスとアトマの再補充のために、術法式の解析と介入の技術を磨く必要があったからだ。

 

 そんな俺が今回の『解呪』に挑んでみたとしても……即座に成功、とまではいかなかったかもしれない。

 

「ええと……初めての『解呪』成功、おめでとうございます。パトリースさん」

「はい! ありがとうございます、フラムさ……いえ、師匠! 師匠のアドバイスなしでは、無理だったとおもいます! 嬉しいです!」


 おもわず敬語になってしまったこちらに向きなおり、パトリースが無邪気にジャンプを繰り返す。

 この喜びようをみるに、もしかしたら過去になんらかの術法式の『解呪』に挑んで失敗した経験があったのかもしれない。


 まあ、『解呪』って注ぎ込むアトマの量だけでなく、わりと個々のセンス、術法式への理解力に左右されるところはあるっぽいし、上手く出来ない人はからっきし、みたいなものらしいけど。

 

 一度は断念しかけたレベルのものを、言葉でコツを使えただけで即座にこなしてみせるあたり、流石のセンスとしか言いようがない。

 

「あ、そういえばセレンさん、もう一つ、そっちの箱もあるみたいですけど……」

「うむ。一応こちらが『本命』で、そちらは『試し』のつもりだったのだがね。まさかこうも容易くパトリース嬢が『解呪』に成功してしまうとは、正直いって驚きだよ」

「なるほど。やっぱりそのつもりだったんですね」


 言いながら、俺は円卓の上に置かれたもう一つの箱を注視する。

 

「うん。どう視てもこっちの方が術法式の強度も低いし、構成も単純ですね。たぶん、いまのパトリースなら簡単に『解呪』出来るんじゃないかな」

「え? そうなんですか?」


 どうやら喜び跳ねながらも、こちらの話にしっかりと耳を傾けていたらしい。 

 パトリースが残る一つの白樫の箱に指を伸ばすと、そこにアトマの糸を伸ばしていった。


「あ、ほんとですね! こっちは簡単にいけました! 超初心者向けって感じだったんですね、こっちの方は!」

「ピ! プピピピピ……ピィ―♪」

「ええぇ……」

「おいおい。どうなっているのかね、これは」

「嘘でしょ……いま、どんな解呪式を組んだのか視える前に『解呪』が終わってたんだけど……」

 

 またもホムラとリズムを合わせてジャンプする見習い神殿従士の少女を前にして、思わず皆が口を開く。

 流石のセレンもフェレシーラも、ドン引きといった様子だ。

 しかしそんな反応も仕方ないだろう。

 幾ら初心者向けとはいえ、指先一つでパカッとか、俺も無理だぞ多分。

 

 前々から思ってはいたけど、やっぱこの子どっかおかしいな……!

 ぶっちゃけこのまま伸び続けたら、俺なんて足元にも及ばない術士になれるのでなかろうか。


 末恐ろしいという形容は、この子みたいな人物の為にあるのかもしれない。

 まあ俺の場合、未だに術具抜きでは何も出来ないから比較対象としてはおかしいかもだが。

 

「うーん、流石にこれは予想外だったな。まさかここまで呑み込みがいいとは……冗談でも弟子扱い出来ないぞ、コレ」

「あら、そうかしら」


 眼前で跳びはねる才能の塊にこちらが戦々恐々としていると、隣にいたフェレシーラが話しかけてきた。

 

「ん? 俺、いまなにか変なこといったか? 彼女のセンスを見てると、本当にそうとしか思えないんだけど」

「パトリースの才能に関しては、なにもおかしなことは言ってないわね。でも、そこじゃなくて……私が言ってるのは、貴方の教えぶりについてよ」

「教えぶりって……『解呪』のコツの話か?」

「そう。理論的なものに関しては、もう十分に認めていたけどね」


 言いつつ、彼女は円卓に頬杖をついてきた。

 

「私だって『解呪』も出来たら便利だし、先生にも習ってはみたけど。さっきみたいな指導を受けたことはなかったし。勿論、私の先生の教え方が悪かった、とかではなくってね」

「なるほど。まあ、俺のいうコツが正しいやり方かどうかは別にしてさ。それを言うなら、感覚的なアドバイスが出来たのはお前のお陰だと思うけどな。この場合」 

「私のお陰って……ああ、そういう」


 俺が右腕につけた合皮の籠手、その手首の辺りを「チョンチョン」と指で叩いてみせると、フェレシーラが納得する様子をみせてきた。

 そこに仕込まれていたのは、『探知』の霊銀盤。

 つまりは、彼女が俺に合わせて選んでくれたアトマを視るための『眼』とも言える代物だ。

 

「はっきり言って、探知(これ)が使えなかったらあんなアドバイスは出来なかったと思うぞ。パトリースがどんな風にアトマを操ってるかわからないと、具体的なことは言えないし、変化もわかんないからな」

「それはそうだけど。それにしたって貴方の教え方が上手なことに変わりはないもの。あーあ、私も時間さえ余裕があれば、『解呪』も出来るようになっておきたいなー」


 おや。

 おやおや、フェレシーラさん。

 これは一体、どうしたことでしょうか。

 

 今日は妙にらしくない物言いをしますね。

 なんて持って回った表現は、ここまでにしておくとして。

 

「良ければ『解呪』のやり方ぐらい、いつでも教えるよ。俺でいいならさ」

 

 チラチラとした彼女の視線に、今度は自分の目を指差して応えておく。

 正直フェレシーラであれば、すぐに『解呪』のコツの一つや二つ、簡単に掴めると思うのだが……

 そこはそれ、これはこれ。

 

 俺としても彼女になにか教えてあげられることがあるのなら、喜んでそうしたい気持ちがある。

 これまでずっとお世話になりっ放しだしな。

 繰り返し発動できる持続効果型の術具なりを用意出来れば、隙間時間で指導できる筈だ。

 

「そ、そお? じゃあ、いい機会だしお願いしちゃおうかしら……あ、でも私、わりと不器用なところもあるから……あの子みたいに上手くできなくて、フラムを手間取らせてしまうかもだけど……」

「フェレシーラなら大丈夫だって。たぶんすぐに出来るようになると思うぞ」 

「それは……やってみないとわからないし……時間がかかってもいいなら、お願いしたいけど……」

 

 フェレシーラであれば、問題なし。

 そう思って返事をすると、何故だかフェレシーラは自信なさげな口振りで確認を行ってきた。

 

 なんだろ。

 コイツにしては本当に珍しい反応だな。

 いつもの彼女なら、「そう。じゃあお願いしちゃおうかしら」とかいってストレートに頼んできそうなのに、妙に自分が手間取るかどうかを気にしている感じだ。


 とはいえ、誰しも得意不得意はあるもの。

 これまでのやり取りから、どう考えても優秀としか思えない彼女の『先生』の手解きを以てしても『解呪』だけは上手く指導できなかったとか、きっとそういう過去があるのだろう。

 

 なのでここは一つ、色よい返事をいうヤツで応えてやるのが礼儀というものに違いない。

 

「時間がかかるとか、かからないとかは気にしなくていいぞ。別に『解呪』が使えなくたってお前には『浄化』もあるわけだし。使い分けが出来るに越したことはないけどさ。気長に教えるから、そっちも気楽にやってくれればいいよ」


 あまり構えずに試してみて欲しい。

 そう思い、指導が確定した前提で話をしてみたところ――


「……うん。そういうことなら、よろしくお願い申し上げます……」

 

 どうしたわけか、フェレシーラは両手を法衣の膝の部分でキッチリと揃えて、おずおずと頭を下げてこちらに願い出てきた。

 これぐらいのことでなにを大袈裟な、とも思うけど……

 多分、彼女にしてみれば『解呪』に対して相当な苦手意識とか、失敗談があるとかなんだろう。 

 いまいちよくわかんないけど、コイツがここまでおっかなびっくりってのも珍しいし、なにかしらの理由はある筈だ。

 

 でも……そういうことなら、これは俺も気合を入れて教えてやらないといけないな……! 

 

「オッケーだ。こちらこそ、よろしくな。フェレシーラがすぐに『解呪』出来るように、俺も頑張るよ」 

「そこは時間がかかってもいいのだけど……ありがとう。でもたぶん、失敗すると思うから……気長にお願いね」

「わかったよ。安心して、じゃんじゃん失敗して大丈夫だからさ」


 そうして約束の言葉を交わすも、あまりに彼女らしくない態度には、思わずついつい苦笑してしまい――

 

「あのー……お取込み中のところに、大変申し訳ないのですが……」

「まあ、今回に関してはパトリース嬢に経験を積ませようとした私の責任でもあるが。いい加減にそろそろ、本題に入らせてもらっても良かったかな? ご両人」 

「ピ」


 そこでようやく俺は皆の視線に気づき、フェレシーラと共に居ずまいを正して円卓に向き合ったのだった。


 申し訳ございません、皆様。

 マジで話に夢中になって、ジング対策の件、すっかり忘れてました……!



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