219. 型解き、穿ち貫き
「待たせてしまって申し訳なかったが……二人にはこれを見てもらいたくてね。パトリース嬢、例の物をここに」
「はい、セレン様!」
「ピ!」
円卓に座したセレンの呼びかけに応じて、パトリースが自分の肩幅ほどの大きさの木製の箱を「よいしょ、よいしょ」と口にしながら運んできたかと思うと、それに釣られてホムラまで飛び出てきた。
術具の手入れをしつつフェレシーラと共に待ち続けること、体感で30分ほど。
俺たちはミーティングルームにて、一堂に会していた。
フェレシーラと俺以外の集まりが遅かったのは、それだけ準備する物があった、というわけだ。
ちなみに部屋が薄暗過ぎたとのことで、卓上の水晶灯は3つに増設されている。
それが目を引いたのか、ホムラは光源から光源へと三角形を描くように、ぐるぐると飛び回っていた。
一度はもう寝に入っていたっていうのに、元気なヤツだ。
聞けばパトリースが俺の部屋を通り過ぎようとしたところ、部屋の中からカリカリと扉を引っ掻く音がしたので中を確かめたところ、犯人としてホムラが御用となったらしい。
そしてそのまま彼女の後をついてきて、今に至った、という次第だった。
「こらホムラ、あんまり騒いで皆の邪魔しちゃ駄目だぞ。ていうかお前その調子だと、すぐに疲れておねむしちゃうだろ」
「ピ? ピピー♪」
ダメだコイツ、人の話をまるで聞いちゃいやしない。
皆で円卓を囲んでるのをみて、テンションが上がりきっちゃってるなコレ。
「まあいいじゃない。私たちが見ている場所ではしゃぐ分には。それに多分、昼間は貴方が倒れるの見ていたから心配してたのよ」
「う……それを言われると弱いな。わかったよ。ホムラ、物にぶつからないように、それだけは注意な」
「ピピッ!」
隣にいたフェレシーラの指摘を受けて、俺はホムラの自由飛行を容認する。
そうしている間にも、卓上に置かれた箱が一つ増えていた。
みっしりとした木目と色合いの薄さからみるに、白樫を加工した物のようだ。
先ほどのパトリースの様子をみるに、重さもそれなりに以上に違いない。
言ってくれたら俺が運んだのに、とも思うが……
きっとセレンのことだから、そうさせなかった理由がるのだろう。
「ありがとう、パトリース嬢。物のついでと言ってはなんだが、練習も兼ねて『解呪』も頼めるかな。右の箱から先にね」
「了解しました、セレン様。やってみますね……!」
セレンの指示に従い、一仕事終えたばかりのパトリースが頷きで応えた。
やり取りから察するに、白樫の箱には『防護』の術法が施されているのだろう。
その術者がセレンであることは想像に難くない。
練習も兼ねてという言葉の通りに、良い機会なのでパトリースに経験を積ませよう、という腹積もりなのだろうが……
「あれ? 『解呪』って、たしか魔術士の技術じゃなかったっけ。神術士が多い教団の人がやっていいものなのか?」
半ば独り言として溢れ出た、そんな疑問。
「ん? ああ。そこに関しては『解呪』は危険性の低い行動だから容認というか、教団でも取り入れられているから平気よ。というかむしろ、『解呪』が出来る人たちには『浄化』のほうが物騒だって言われてるぐらいだし……」
「あー……そういやそんなこと、俺も前に思ったな」
それに反応を示してきたフェレシーラの回答に、俺は同意の言葉を返していた。
術法式の解析。
そしてそこから導き出される、式の解体法の発見と構築。
その一連の動作が『解呪』には必要となる。
当然、対象となる術法式の練度が高く複雑なほど『解呪』の難度は高まり、それに失敗すれば物によっては手痛い被害を被るケースも少なくない。
とはいえ今回の『解呪』に関しては、練習なのでそういった心配も必要ないだろう。
「それにしても教団でも『解呪』が積極的に使われていたなんてな。まあ、フェレシーラには『浄化』の方が似合ってると思うけど」
「む……なによそれ、ちょっと聞き捨てならないんですけど。私には穏便な手段は似合わないってこと?」
「ん? いや、そうじゃなくてさ。前に『隠者の森』で鳥頭の影人に『浄化』を決めてただろ? あれカッコよかったし。俺、アイツをお前がブッ飛ばしてくれたの、見ててスカッとしたからさ。それでだよ」
「ふ、ふぅん……そういうことなら、いいけど。でもそれを言うのなら、私だって貴方があの後……」
「――シッ」
会話の途中、俺はフェレシーラへと口元に人差し指を立てて「一度、静かに」というサインを送った。
見ればパトリースが瞳を閉じて、『解呪』を控えての精神統一を行っている。
フェレシーラと話すのは楽しいし為になるが、それも時と場所を選ばねばダメだろう。
暫しの間、部屋の中に静寂が訪れる。
真剣な空気を察したのか、いつの間にかホムラも俺とフェレシーラの間にやってきており、卓上で伏せていた。
「それでは……!」
パトリースの両の掌が、彼女から見て右側の箱へと翳される。
同時に、俺も『探知』の術具の起動へと取り掛かる。
視れば、少女の指先から青白いアトマの輝きが白樫の箱へと伸びていた。
この光こそが、彼女が持つ『解呪』のイメージそのもの、という次第だが……
「ええと……あ、こっちからいけそう――って。あれ? 違ったかな?」
パトリースがアトマの波動を、箱のあちこちへと巡らせてゆく。
おそらくはこの少女にとっては、初めての『解呪』への挑戦。
しかしその結果は、どうにもいまいち芳しくないようでして。
うんともすんともいわない箱を前にして、彼女は首を捻っては唸り、唸っては捻り、を繰り返していた。
「パトリース、そのままいけそうな感触はあるか?」
「そ、それがですね……参考書のやり方通りにしてるんですけど。ちょっと無理かもです、師匠ぉ……」
「オーケーだ。まず、基本はそのままアトマを展開して、箱そのものを包み込む感じでいってみよう。操っているアトマを、自分の指先の一部と思ってイメージするんだ」
「包み込む……指先の一部とおもって……や、やってみます!」
こちらが助言を飛ばすと、すぐに変化が訪れた。
白樫の箱を包むアトマの輝きが、それまでより薄く大きく広がり、全体を包み込んだのだ。
「よし、いい感じだ。じゃあ次は、伸ばした指で術法式の輪郭をなぞっていくイメージで。それで式の外殻を捉えてみようか。それが出来たら、次はその中身がどんな術効で満たされているか、感じ取ってみよう。外側に向けた的なアトマなら、破壊的な術効。内側に向かっているアトマなら、防御的な術効と思えばいい」
「――了解です」
続く指示には、短く研ぎ澄まされた一言のみ。
少女の集中が高まってゆくのが、放つアトマからも視てとれた。
薄絹のように広がっていた青白い輝きが、今度は無数の微細な糸の如く変じてゆく。
術法式の解析が成されてゆく。
「師匠。内向きの……こちらの干渉を拒むアトマを感じます。強い防御の効果で、術法式が組まれています」
「上出来だ。なら、その術法式を『自分ならどう構成するか』想像してみるんだ。それと合致する構成をアトマに乗せて、次々と当てはめていこう。必ず、どこかでピッタリと嵌るパターンがある」
「……!」
おそらくはこちらの言葉を受け取りながらも、既にそれを実行していたのだろう。
少女の瞳が、ゆっくりと見開かれた。
「捉えました」
その言葉に従い、アトマの糸が箱の周囲で固定化される。
パトリースの解析が成功した証だ。
「よくやった、パトリース。あとはもう、好きにするといいよ。君なら出来る」
頷きと共に、少女の右腕が頭上へと持ち上がる。
残る左手は、まるで箱をがっしりと掴むかのようにして、対象の式を捉えたまま――
「解けよ!」
振り下ろされたアトマの輝きが、円卓ごと、護りの式を穿ち貫いた。