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218. 『誤法剣』

 円卓の中心に置かれた水晶灯を起動して、一人席につく。

 食堂での夕食を終えてからの、ミーティングルームでの話し合いが始まるまでの猶予時間。


「あれ……?」


 暇つぶしを兼ねた術具の点検作業中に、俺はふとした異変に気が付いた。

 

「あら、早いのね。ホムラは先に寝かせてきたの?」


 青白い水晶光を照り返す蒼鉄の刀身を眺めていたところに、中音域アルトの美声が舞い込んできた。

 振り返って声の主をたしかめるまでもない。

 フェレシーラだ。

 足音からして、女性陣の中で彼女一人が先にやってきたのだろう。

 

「ああ、うん。あいつ、パトリースがずっと遊んでくれてたみたいでさ。飯のあと、毛布に突っ込んでそのままコテン、だったよ」

「なるほどねぇ。それで今日はご飯の間に足元で走り回っていなかった、と。あの子には感謝してもしきれないわね」 

「それを言うんなら、セレンさんはもっとだろ。今日もまた大量に陣術の触媒使わせちゃったしさ」

「まったく、ごもっともね」 


 眼を細めて短剣の角度を変える俺の隣に、フェレシーラが並んでくる。

 席についてすぐに頬杖をついてきたところをみると、どうやらコイツも暇らしい。

 

「なにか気になることがあったの? さっきからずっと、その短剣ばかりみてるけど」 

「ん? ああ……ちょっと調子がおかしいっていうか。さっきから上手く作動しなくてさ」

「作動しなくてって……もしかして、霊銀盤が不調なの?」

「だと思って、『探知』で視ながら試してるんだけど。ほら、ここ。この刀身の根本の部分」


 会話の最中、俺は短剣の角度を変えてフェレシーラからも見えやすくしてやる。 

 しかしそれでも光源が足りず部屋全体が薄暗かったせいか、彼女は椅子ごとこちらに身を寄せてきた。

 

 アトマ視があるんだからそこまでしなくても、とは思うが……

 わざわざ離れる必要もないので、気にせず俺は右手で構えていた短剣を、左手に持った鞘へと納めてアトマを送り込んだ。

 

「あ」


 するとすぐに、フェレシーラが声をあげてきた。

 アトマが視える彼女には、すぐに俺の言わんとしたことがわかったのだろう。

 

「ほんと、アトマが上手く流れ込んでいないわね。血がついちゃったし、目詰まりしちゃってる感じなのかしら。視た感じ、刀身側に問題があるみたいね」

「うん。俺もそうだとおもうけど……まいったな、ちょっといい使い道考えてたのに。あ、もうちょい多めにアトマを流してみるかな。もしかしたらそれで詰まりが取れるかもだし」

「ちょっと、ちょっと……駄目よ、そんな無茶な真似したら。霊銀盤が壊れでもしたらどうするのよ。目詰まりぐらいなら、明日にでも教団の術具技師みてもらえばいいもの。いまはしっかり洗浄しておくぐらいにしておきなさい」

「う……そっか。たしかに……」


 呆れ半分、心配半分といった感の窘めを受けて、俺は溜息と共に鞘ごと蒼鉄の短剣をベストのホルダーへと仕舞い込んだ。


 どうやら昼間にジング対策で使った際に、俺の血が入り込んだのが不味かったらしい。

 食事前にしっかりと手入れはしたつもりだったが……よく見れば血抜きに掘られたフラーに、赤い物が薄っすらと残っている。

 

 正直なところ、戦いに使う物なのだから、それぐらいのことで誤動作を起こすのは欠陥品なのでは、と思わないでもない。

 思わなくもないが、しかしそれを口にしたところでフェレシーラが気にするだけだろう。

 

「我ながらいい思い付きだと思ったんだけどなぁ。今回の『蓄積』の使い方は」

「いい思い付きって……前はたしか、『燃焼』と『凍結』を試していたんだっけ。魔法剣だー、とかいって意気込んでたわりには、めちゃくちゃショボくて落ち込んでたみたいだけど」

「ぐ……! と、唐突に人の古傷を抉ってくるのは、やめろって……!」

「古傷もなにも、私がその短剣をプレゼントした次の日には試してたじゃない、魔法短剣」

「その呼び方もやめてくれません!?」


 容赦の欠片もない指摘に、思わず悲鳴をあげてしまったのが余程おかしかったのだろう。

 口元を法衣の裾で抑えながらも、フェレシーラが「プッ」と吹き出してきた。

 だがしかし、それも仕方のないことだろう。


 彼女から与えられたこの短剣……術具精錬術アーマズシルバリーによって産み出された蒼鉄の短剣には、何かしらの術法を『蓄積』する効果が付与されている。

 霊銀盤のサイズ的にも強度の高いものはストックできないが、それでもあらかじめ不定術法を仕込んでおきさえすれば、それなりに便利に使っていける。

 そんな風に、俺は考えていたのだが……

 

「まさか、不定術法との相性が悪いだなんてなぁ……想定外だったよ」

「そうねえ。私もあんなことになるなんて、ちっとも知らなかったわ」

 

 がっくりと肩を落とす俺の横で、フェレシーラがくすりと微笑みこちらに肩を当ててきた。

 

「ごめんなさいね、楽しみにしてたのに」

「なんでそこでお前が謝るんだよ。てか、考えてみれば当たり前のことだしな」 


 何かしらの術法をストックする。

 短剣に備わったその効能自体に、嘘はなかった。

 問題があったのは、俺が使う不定術法側だった。

 

 不定術法式により組み上げられた術法もどきを、短剣側の『蓄積』の効果が『正常な術法』だと認識せず、結果元から低めの強度上限が更に低下することとなり……

 

 俺が喜び勇んで短剣にストックして、振り抜きながら発動した『燃焼』の術法もどきは、その一連の動きの途中で鎮火する結果となっていたのだ。

 しかも俺はその結果を、術具としての扱い方が上手くいっていないのかと思い込み、何度も何度もフェレシーラの前で繰り返したのだ。

 

 その後、焦った俺が『凍結』に『放電』、『旋風』に『衝撃』と思いつく限りの術を試してしまったのは、いうまでもない。

 勿論フェレシーラは、それもずっと眺めていた。

 あの、どんどんと生温かくなっていった彼女の微笑みを、俺は一生忘れることはないだろう。


 ちなみに手甲の力で体外に術法式を展開して術法を使いつつ、同時に『蓄積』を行うのは不可能だった。

 式を2つまでは並列処理出来ても、体内・手甲・短剣の3つとなると全て不発に終わるという具合だ。

 

「でもまあ……燃費と効果はいまいちでも、いまのところ不定術が使えるし、そう困るわけでもないか。素早く使える『探知』で片手が塞がることも多いし。あと、コイツはコイツで純粋に武器としての強度があるから、アトマ光波の出力を上げても耐えきれそうだし」

「そうね。ありがと、気を使ってくれて」

「いや、ほんと気を使ってとかじゃないって。それに……見た目もアトマ文字びっしりで、色もカッコイイしな!」


 言いながら、俺は再び短剣を鞘から抜き放つ。

 放ち、そこでふと思い至った。


「あれ? もしかして……そもそも魔法剣ぽいのがやりたいなら、不定術で直接燃やしたりすればよくないか!?」 

「それはそうかもしれないけど。そもそもって話になると、あれってあんまり意味ないっていうか、非効率的じゃない? 術法を発動させながら相手に当てるのってかなりの高等技術だし。それで外しでもしたら、完全に無駄打ちだもの。しっかり攻撃術として狙って撃ったほうが効果的だと思うのだけど」

「――」

 

 反論の余地を残さぬフェレシーラの物言いに、俺はそっと短剣を鞘に戻した。

 

 うん。

 ですよね。

 わかってたよ、わりとその事実は。


 でもやりたくなるんですよ、フェレシーラさん。

 魔法剣は浪漫なんです。

 効果的とか、現実的とか、そういう話じゃなくって、男の浪漫なんですよ……!


 ところなんで、魔術剣でなく魔法剣って呼ばれているんだろうな、っていう素朴な疑問もあったりするけど。

 そこらは術法的な歴史背景がきっと色々あるにせよ、だ。


 いま現在問題なのは、未だに俺たち二人以外集まっていない、ということなのですが。

 セレンにしても、パトリースにしても、ちょっと来るのが遅すぎでは?



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