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217. 白日の夢、茜の空と連れ立ちて

 結果から言うと、すぐにフェレシーラを見つけることは出来た。

 

「うん。これで大丈夫よ。少し強めに『体力付与』をかけておいたから。すぐに動けるようになると思うわ」

 

 というか今現在、膝枕でもって俺を介抱していてくれた。

 夕暮れ時の涼風にさざめく梢を、ぼーっと見上げる羽目となっていた俺を、である。

 

「……わるい、いきなりブッ倒れたりして」

「そうねぇ。あんな無茶な真似した後に走り回ったりしたのは、ちょっと考えなしだったかもね」


 そういうと彼女は、のんびりとした口調で俺の髪をポンポンと軽くはたいてきた。


「なにをそんな焦っていたのかはしらないけど。流れ出た血を神術で回復することは出来ても、体の方はすぐに追いつかないっていうのは覚えておきなさい。でないとまた、こうやって貧血で倒れちゃうから」

「へーい……」


 こちらを責めるでも、窘める風でもないフェレシーラの言葉に、俺はついつい、気の抜けた返事を行ってしまう。


 セレンに断りを入れて、ミーティングルームを後にしてからのこと。

 俺はフェレシーラを探し回り、その結果、自由区画フリースペースの一角で佇んで彼女を見つけると同時に、立ち眩みを起こして盛大にぶっ倒れてしまっていた。

 

 その後はこの通り、こうして木陰でフェレシーラに介抱を受けていたのだが……

 

「セレン様には、私からフォローしてあげるから。もうしばらく休んでおきましょう」

「ああ……」

「? なによ、人の顔じろじろと見てきちゃって。あ、もしかしてまだ頭がふらついてたりする?」

「いや、そうじゃないけど」

「ふぅん? さっきからなにか言いたそうだけど……ま、あとにしておきなさい。無理は禁物よ」

「へーい……」


 もう何度目になるだろうか。

 またも俺は気の抜けた声と共に、こちらを見下ろしてくるフェレシーラの顔を眺め続けていた。

 

 はっきりいって、おかしかった。

 なにがおかしいって、フェレシーラの態度がである。

 

 必死で彼女を探し回りながらも、俺はフェレシーラと再び顔を合わせた際に、どういう態度をとればいいのか、まったくわかっていなかった。

 ……あの診療所で起きたことは、それぐらい、俺にとっては衝撃的な出来事だった。

 

 だが、当のフェレシーラは「いつもどおり」のフェレシーラだった。

 全力疾走で自分を探しにきて、挙句貧血を起こしてぶっ倒れた俺を、慌てるでも驚くでもなく、いつものことだとばかりに冷静に対処し、草地の上に寝かせての治療に及んできたのだ。

 

 それ自体は申し訳なく思いつつも、ありがたいことなのだが……

 正直、違和感しかなかった。

 

「なあ、フェレシーラ」

「んー? なぁに、ふーらむ」

「人の名前をへんなリズムで呼ぶなって……じゃなくって」

 

 変らずのんびりとした調子でもって、こちらの鼻先すれすれで亜麻色の髪を揺らめかせてくる神殿従士の少女を前にして、またも俺は言葉を詰まらせてしまう。

 

 聞ける雰囲気ではなかった。

 彼女がわざとあの診療所での出来事を話題にするのを避けていたのか、それとももしかして、忘れてしまったのか……

 

 もしかしたら、あれは俺が一人で勝手にみた幻覚、妄想の類……白昼夢、白日夢といわれる代物だったのではないかとすら、今は思っている。

 

 それとも彼女にとっては、あれぐらいのこと(・・・・・・・)は普通のことなのだろうかとか。

 単にからかい半分でことに及ばれたのではとも思うが……こんな言い方もなんだが、そのどちらもがフェレシーラに対してとても失礼な気がして、すぐにそう考えるのはやめた。

 

 ……いや、もしかしたらというか、またもや俺が公国での常識に疎くて、あれぐらい、普通のことなんだろうか?

 家族や、それに近しい、親しい相手には当たり前の接し方なのではあるまいかと、

 

「ねえ」

 

 あれこれごちゃごちゃと考えていたところに、声をかけられた。

 突如やってきたその声に、俺はいつの間にか閉ざしてしまっていた瞼を開く。

 そこにいたのは、当然ながらフェレシーラだ。

 

「ん……なんだよ。大人しくしてろって、お前がいってきただろ」

「それはそうだけど。さっきから、顔、すっごく赤いわよ? 大丈夫?」

「……大丈夫だ。大丈夫だから、もーちょい顔、離してくれ……」

「はぁい。おかしな人ね。ふふ。かおまっかで、おもしろーい」

「だからやめろって……逆に近づけてくんなよな、お前!」

「わたしの名前はお前じゃないですよーだ」 


 ぴくりと、自分でも体が反応してしまったのがわかった。

 だが、彼女はその言葉を気に止める様子もない。

 

 何事もなかったかのように、口にしてきた。

 

「私には、フェレシーラって名前が……フェレシーラ・シェットフレンという名前がありますので。お前お前ってそんなに呼ばないでくれませんかー? フラム・アルバレットくん」

「……そっちこそだろ。いまの俺って、ただのフラムなんだろ」

「ああ、そういえばそうだったわね。近頃色々ありすぎて、忘れちゃってたみたい。ごめんなさいね」

「べつに謝らなくてもいいけどさ。ていうか、魔術士志望だってことは無理に隠さないほうがいいって、イアンニさんもそれとなく言われてた気もするし。もう普通に苗字も名乗ってよくないか」

「それはたしかに思わないでもないけど。でも貴方、セレン様に公民権の取得申請するときに苗字なしで出しちゃったんでしょ? それを今更届け出るのもねえ」 

「う……そういえばそうだったな……」 

 

 至極もっともなフェレシーラの指摘に、俺はぐうの音も出ずに再び黙り込む。

 そうしながらも、やはり思う。

 

 フェレシーラ・シェットフレン。

 いま俺の目の前にいる彼女は、微塵の迷いもなく自らその名を口にしてきている。

 

 では……それならあの、『フェレス』を名乗る少女は一体誰だったのだろうか。

 気になって仕方がなかった。

 だが、聞けばなにか途轍もない、取り返しのつかない事態が待っている気がして、ならなかった。

 きっとフェレシーラには、フェレシーラの考えや事情があるのだ。

 

 そう思い再び瞼を伏せると、何処かで「クカカ」という笑い声が鳴り響いている気がした。

 それに対して、俺は無視を決め込む。

 なんでもかんでも言いたい放題、好き放題ってのは、やっぱり俺には難しい。

 

 だがいまは、己がなにを求めているのかに関しては……目を逸らさず、はっきりと自覚していこうとは思っている。

 いまはただ、その時ではないだけの話だ。

 例えあれが俺が見た幻想、願望だったのだとしても……いつか彼女にそれを尋ねて、からかわれるなり、笑ってもらうなりすればいい。

 もしかしたら、という期待ぐらいはこのまま大事にしておいていい。

 

 それだけのことだった。

 

「……ジングのヤツは、俺の精神領域から切り離されているって。セレンさんが言ってたよ」

「え――」


 こちらの突然の報告に、フェレシーラが目をまくるしてきた。 


「ちょっと、なによ貴方。なんでそんな大事な話、貴方いままで黙ってたのよ」

「いやいや……そもそもそれを伝えようと思ってお前を探してただけだからな。その挙句にこのザマだったってだけで」

「呆れた」


 それだけ言って、彼女は俺の頭をはたいてきた。

 ほんの少しの自分を守るための嘘に胸がチクリと痛むが、それは仕方ない。

 

「もう自分で起きれるでしょ。いつまでものんびりしてないで、立ちなさい」

「へーい」


 その言葉を受けて、俺は間延びした声と共に身を起こす。


「ま、丁度いい休憩だったな。お前の言うとおり、最近はずっとバタバタしてたし」

「なに言ってるの。貴方の場合、騒動を起こしたとおもったら寝込んで、また騒動を起こしての繰り返しはじゃない。ずっとバタバタさせられてるのは、こっちですよーだ」

「ぐ……!」 


 結局ミーティングルームへと舞い戻るまでの間、いつものように言い合いながらも……


「それ言ったらお前だって、アトマ使い切ってぶっ倒れてただろっ。お相子だ、お相子っ」

「あれは一気に使い過ぎただけで、じわじわ使えばまだまだいけますもーんだ。ちょっとぐらい人よりアトマが多いからって、調子にのらないっ」

「……ほんとお前、ああ言えばこう言うよなっ!」

「だーかーらー。お前じゃなくって、私の名前は――」


 茜色へと染まりゆく木々の合間を俺たちは、二人連れ立ち歩み始めていた。



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