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213. 聖女と卑怯者

 精神領域でのジングとのやり取りを経て、得た直感。

 確たる情報や理屈からではなく、俺自身が肌で感じたもの。

 

「話……ですか」

「ああ。裏打ちのある内容じゃないんだけどな。有り体にいえば、勘だよ」


 腕の中よりこちらを見上げてきたフェレシーラに、包み隠さず答えを返す。

 本来であれば、今回の件で協力を仰いだセレンとパトリースも交えて議論を交わすべき内容だ。

 

 だが俺は、それをフェレシーラに先に聞いて欲しかった。 

 誰よりも先に、彼女に話しておかねばならないことだった。


「聞きます。聞かせてください、フラムが感じたことを」


 こちらのそんな想いを察してくれたのだろう。

 フェレシーラが頷きをみせてきた。


 その決然とした面持ちを前に、俺は一度肺に大きく息を溜め込む。

 自分でも肩が震えているのがわかった。

 構わず、口にした。


「ジングは多分……魔人か、それに類する存在だと思う」

 

 彼女を抱きしめていた右腕を通して、フェレシーラの肩がびくんと跳ね上がるのがわかった。

 しかし、それだけだ。

 こちらの腕の中にいた少女は、それ以上の反応は示してこない。

 

 我ながら卑怯者だと思う。

 向かい合って話を切り出していれば、フェレシーラとてもう少し驚くことも出来ただろう。

 

「それは……どうして、そう思われたのでしょうか」

「些細なものだけど、精神領域でジングが使っていた力の種類だよ。あれは多分、魂源力アトマじゃなかった。もっと別の、でも覚えのあるなにかだ。これも予想になるけど……その力を使ってアイツは昔、マルゼスさんとやり合ったことがあるんじゃないかな」

魂源力アトマとは違う、ですか」

「ああ。こう、上手くいえないけどさ。アトマを使う時って、なんていうか……それこそ魂を燃やすような感覚が自分の中に湧き上がってくるだろ?」

 

 抽象的なその物言いにも、フェレシーラはゆっくりした頷きで応じてくれていた。

 一見して平静そのものな様子を見せてくる少女に、俺は言葉を続ける。

 

「ジングのアレは、その逆だったかな。魂が凍えるような、研ぎ澄まして、削ぎ落して……なにかを形作るような、そんな力だった。精神領域あそこでは、俺とジングは繋がっているみたいだったし、それで感じたんだとはおもう」

「――」


 一応の根拠らしきものを口にすると、フェレシーラの震えがピタリと治まった。 

 

魂絶力ゼフト……」


 不意に少女の唇から漏れ出でた言葉に、今度は俺が固まる番だった。

 魂絶力ゼフト

 その言葉には聞き覚えがある。

 

 人類種の仇敵、魔人が用いる力の名だ。

 人類種の導き手である魂源神アーマと対を成す、魔人たちの主たる魂絶神ゼスト。

 魂源力アトマとは対極にあると目される力の総称。

 それが魂絶力ゼフトだ。

 

「あくまで、可能性の話だけどな。それでも真っ先にフェレシーラに話しておきたかった。被害妄想だって、笑わないでくれよ……自分でも思ってるんだからさ」

「大丈夫です。笑ったりなんてしませんよ、絶対に」 


 言うだけ言っておいて、ちょっとばかり大仰すぎたかと思い頬を指掻きしてみると、フェレシーラがにこやかな笑みでそう口にしてきた。


「ピ! ピッピー♪」


 その笑顔に釣られたのだろうか。

 突然ホムラが、左腕の中から飛び出してきた。

 

「お、なんだよホムラ。いま真剣な……そうだな。大人の話、ってヤツをしてるんだからな? って、そういやまだお昼のアトマあげてなかったか。丁度良いや。ほれほれ、沢山飲めよー」

「ピュイッ!? ピピ……ピピピピピピ――」

 

 そんなホムラに、俺は指先に集めたアトマを嘴目掛けて運んでやる。 

 相変わらずのいい飲みっぷりだ。

 

「おぉ……見ろよ、フェレシーラ。ホムラのヤツ、今日はまた一段と勢いがあるぞ。前も思ったんだけどさ。赤ちゃんにお乳あげるときって、こんな感じなのかな」

「わ、私にそんなこと聞かれても……それより、ですよ! 先程のお話に関しては、本当に真面目に考えないといけません!」


 おおう。

 なんかいきなり勢いが凄いですよ、フェレシーラさん。

 ホムラがびっくりして腕の中に引っ込んじゃったじゃないか。

 すぐに頭だけだしてキョロキョロ覗いてきたけど。

 

 でもまあ、真剣な話だったいうのはわかる。

 二人からそっと身を離して、俺は頭の中で問題を整理しにかかった。 


「ジングが魂絶力ゼフトの持ち主だとすれば、だけどさ。さっき俺がいったことは、正直いって難しくなるもんな」 

「それは……また二人で旅をしよう、というお話ですか。ですが、それもまだ」

「うん。決まったわけじゃないってのは、わかってるよ。でも……それでもだ」 

 

 フェレシーラは神殿従士だ。

 それも公国に唯一人の、白羽根の名を冠する選ばれた人間だ。

 まだ魔人との戦いの傷が癒えぬこの国とっては、英雄として必要とされ続ける存在だろう。

 そこに至るまで、想像もつかないほどの努力、苦労もあった筈だ。

 彼女を取り巻く人々、愛情を注いできた両親もいる筈だ。

 

 それをすべて投げ出して、どこの馬の骨ともしれない……

 いや。

 恐らくは彼女が属する聖伐教団とは相容れぬ者と、深い関りを持つ俺などの為に、すべてを棒に振れなどとは、とても言えなかった。

 例えどれだけ望もうともに、それだけは、言うべきではなかった。


「これは俺の己惚れだけど。やっぱり、お前にいま以上の迷惑はかけたくない」

 

 己の内なる世界。

 精神領域。

 そこでジングとの邂逅を果たしたことで、そんな想いはある種の覚悟へと変じていた。

 

 フェレシーラにはややぼかして告げたが……

 ジングが魔人であることは、間違いないといえる。

 それも力ある高位の魔人が、なんらかの理由で肉体を失い、俺の肉体を依り代にしている。


 そう当たりをつけた理由、理屈は複数あった。

 その中の一つ、最も大きな判断材料がここにきて出てきた魂絶力ゼフトと思しき力だったというわけだ。

 

「予定通りに、ジングとは精神領域で話せたよ。まあ、そこにアイツがいないなら『制約』自体発動しなかったし、そこは予想がついていたと思うけど」


 フェレシーラが無言でこちらを見上げてくる。

 そこに話が突然変ったこと対する戸惑いの色はない。

 あるのはただ、待ち受ける事実に対する覚悟の気配。


 揺るぎない、アーマという神に仕える従士としての意志だけだ。

 

「アイツは自分の素性や目的は一切話そうとはしなかったけどな。でもマルゼスさんが、ジングをなんとかしようとしてたのもわかった。そこは大きな収穫だったよ」 

「リスクに応じた、価値はあったということですね」

「ああ。皆の協力分を含めてな。お陰でいまは安心して話せているよ」

「……そうですね。盗み聞きされるというのは、やはり嬉しくはありませんし。そこは良かったと思います」

 

 その言葉に、今度はこちらが頷きで返す。

 細かな部分に関しては、あとは皆を交えて話せばいい。

 

「ありがとうございます、フラム。大事なお話を、一番先に私にしてくださり……感謝します」


 フェレシーラが礼の言葉と共に頭を垂れる。

 その姿に俺は安堵する。

 

 フェレシーラは、やはりフェレシーラだ。

 眩しいほどに輝く聖伐の戦姫。

 戦神の使徒……魔人を討ち払う、白羽根の聖女だ。


「やれるだけの努力はするし、簡単に諦めるつもりも更々ないけどさ」

 

 だからこそ、それでこそ……俺は彼女に頼むことが出来るというものだ。

 灰色の天井を見上げると、やけに心が落ち着いた。

 

「けど……もしもその時が来たら。頼むよ、フェレシーラ。俺はお前がいい」

「……!」


 卑怯者な俺は、そのまま天井から目を離すことが出来なかった。



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