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214. 強き者、貴き者

「それは……どういう意味ですか」


 明らかな、不服の声。

 おや、と思い俺は視線を正面に戻す。

 

 そこには寝台の上でシーツを握りしめるフェレシーラの姿があった。

 

「どういう意味って、そのまんまだよ。俺がジングに完全に体を奪われて、魔人として活動し始めたらさ」


 少女の質問に、俺は敢えて迷いなく答えた。

 言葉を濁したり、誤魔化しをしたところで意味はないからだ。


 そんな俺を、フェレシーラは黙って見つめていた。

 視線がいつもよりキツイ。

 もうちょっとで爆発寸前、といった感がある。

 

 うん。

 自分でもわかってる。わかってます。

 でもこれはしっかりと頼んでおけないといけないことだ。

 そう念じて、俺は慎重に言葉を選びながら彼女に対する説明を続けた。

 

「神殿従士って、魔人を斃すのも役目だろ」

「ええ。それがなにか?」


 順を追って再び口を開くと、間髪入れずに反問が飛んできた。

 構わず、俺は言う。

 平手の一つぐらいは覚悟しつつ、だが。

 

「斃されるなら、フェレシーラに斃して欲しい。止めて欲しい。そういう意味だよ」

「――」


 フェレシーラが何事かを口にしかけて、思い留まったのがわかった。

 瞳を伏せて浅く呼吸を繰り返すその姿に……なんとか気持ちを落ち着けようと努める姿、心が痛む。

 

 それは何も、彼女に対して重い選択を迫ったことに対してのみ、感じるものではない。

 万が一。

 最悪に備えての用意。

 

 フェレシーラが魔人と化した俺を止める。

 それは取りも直さず、フラム・アルバレットの死を意味する。

 ……場合によっては、逆にフェレシーラが命を落とす可能性もあるだろう。

 

 極端な話、俺はこの頼みを彼女に拒否されても構わないとすら思っていた。

 魔人の力がどれ程のものか。

 俺はそれを直に見たわけではない。

 

 しかし生半可な脅威でないことは予想がつく。

 半端な覚悟で討伐に当たれば、それは尚のことだ。

 

 フェレシーラが拒絶の意志を示してくるなら、無理強いをするつもりは欠片もない。

 そんな状態でなし崩し的に戦わせては、余計彼女にかかる負担も危険性も増すだけだからだ。

 

 だから俺は、二度はこの願いを口にするつもりはなかった。

 

「……くどいようですが、確認をさせてください。貴方には貴方の考えがあっての発言でしょうから。互い、納得のいくところまでお願いします」

「わかった。言葉足らずじゃ駄目だもんな。勘違い、すれ違いは俺も嫌だ。なんでも聞いてくれ。俺もなにかあれば確認させてもらうからさ」


 互い切り出した提案に、頷きあい合意の意志を示す。

 寝台の上でしっかりと向き合うと、間にするりとホムラが収まってきた。

 

「ピ!」

「ん? なんだホムラ。お前、見届け人になってくれるのか?」

「見届け人って……あ、いえ。本当にそのつもりなのかもしれませんね。もしかしたら私たちが揉めてるように見えたのかもしませんし。ありがとうございますですよ、ホムラ」

「なるほどなぁ……」

「ピピ! ピィッ!」 

 

 そんなことを言ってると、ホムラが威勢よく羽根を広げてシーツの上で背筋を伸ばしてきた。

 言われてみれば、この場を取り仕切ろうとしているような雰囲気がある。

 存分に語り合うといい。

 なんとなく、そう言ってきている気すらしてきた。

 

「しっかりしないとですね。私たち」

「うん? ああ……そうだな。俺たちがどうにかなったら、コイツも悲しむし。決めていこう、皆で」

「はい。それでは、確認です」


 そう告げてきたフェレシーラの表情からは、いつの間にか険しさは消え去っていた。

 重く張りつめていた空気をホムラが和ませてくれたからだ。

 もっとも、ホムラ自身は大真面目に取り仕切ってくれているんだろうけど。

 

 そのことに感謝しつつ、俺は次なる少女の言葉を待ち受けた。

 

「中途半端はいや。以前、私はそう貴方に言いましたね。覚えていますか?」

「勿論だ。ここの教会に初めてきたとき、なんで俺に付き合ってくれるのかって、お前に聞いたときの答えだよな。三つの理由の、最後のやつ。覚えてるよ」

「……即答ですか。流石ですね」

「別に普通だろ。嬉しかったし、忘れるわけないって。なんなら前二つもそらで言えるぞ?」

「いえ、そこは結構です。というか、そこに関しては私自身がちょっとうろ覚えですし……」

 

 いやいや、自分で言っておいてうろ覚えなのかよ。

 案外コイツもというか、そもそもわりと大雑把な性格してるもんな。

 その分、行動力はすごいんだけど。

 

 考えすぎて足踏みしがちな俺とは大違い――っと。

 今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 中途半端はいや。

 その言葉の意味と、そこに込められたであろう想いを噛みしめながら、続く言葉を待ち受ける。 


「まあ、言ってしまえばそれがすべてですね。貴方もわかってはいるでしょうが。こればかりは性分です。なので、まずは宣言通りにフラムのお願いを引き受けさせていただきます。具体的には、貴方が魔人と化して狼藉を働いたときには、責任を以て誅罰を加えさせていただきます」 

「……そっか」

「ただし」


 頼もしいその宣言に感謝で返そうとすると、少女がそれを遮ってきた。

 

「ただし、です。その時は貴方も、最後の最後まで抵抗し続けてください。決して自らの命を投げ出すような真似だけはしないと。例え肉体の自由を奪われようとも、貴方の魂が私の前に在るのだと、叫び続けてください」

 

 それは、予想外の言葉だった。

 

「それだけは約束してください。それが出来ないのであれば、この話はなしです。私の役目は自殺志願者の手助けをすることではありませんから。私のこの手は、救いの手を必要とする人のためのものですから」

 

 少女の右手が、こちらへと差し出される。

 その真っ直ぐな眼差しと、ある種の威風すら伴う立ち振る舞いに、俺は身動き一つすることすら出来なかった。

 

 同時に、自分自分の仕出かした過ち、思い違いに気付かされる。

 甘えていた。

 俺の願いに躊躇いの気配を示す、彼女の反応に心の何処かで甘え、得意になっていた。

 

 やはり、俺は卑怯者だった。

 なんのかんのと言葉と重ねてそれらしく理屈を捏ねてみたところで……

 心の何処かでは、『フェレシーラは神殿従士としての務めよりも、俺のことを優先してくれるかもしれない』などと甘えた考えを抱いていたことを自覚した。

 

 しかしそれは違った。

 大きな間違い、フェレシーラ・シェットフレンという少女に対する侮り……侮辱にも等しい行いだったのだと、今更ながらに理解する。


 神殿従士としての務めも、フラム・アルバレットに対する宣言も、そのどちらも違えない。

 なんとしても、そのどちらも果たしてみせる。

 中途半端で投げ出したりはしない。

 

 なんとも分かり易く、それ故にこちらが捏ねた屁理屈など一切通用しそうにもない……

 そんな傲岸不遜とすらいえる少女の振る舞いに、そこに秘められた意志の輝きに、俺は完全に圧倒されてしまっていた。

 

「……はぁ」


 思わず溜息が出た。

 己の甘さにも、彼女の強さにも、溜息しかでなかった。


「さて」


 十分に猶予は与えたとばかりに、白羽根の少女が口を開いてきた。


「答えは……いえ。覚悟は決まりましたか? フラム・アルバレット」 

 

 どこか楽しげな響きすら伴ったその問いに、俺は再び灰色の天井を見上げる。

 今度のそれは逃避の為ではない。

 卑怯者気取りでいられるのも、どうやらここまでらしい。

 

 迷わず、両手を上へとあげた。


「む……それは一体、どういうおつもりですか?」

「いや見たまんま。お手上げ。降参。参りました。俺の認識が甘かったです、って意味だよ」

「ふむ」 


 そう答えを返すと、少女が身を乗り出して、じろじろ、まじまじとこちらを見つめてきた。

 いや近くね、顔。

 幾らなんでもちょっと近すぎなんじゃないですかね、フェレシーラさん!


 そして角度的に姿は見えていませんが、ホムラさんや。

 君は君で、ここぞとばかりに喜び勇んで人が空けた脇腹を突いてくるの、やめてくれませんかねえ……!



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