表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

227/417

211. 対話の先に待つもの

「クカカ――ァおワッ!?」

「……チッ」


 ドン! という音と衝撃を足裏に感じて、俺は舌打ちを飛ばす。

 睨みつけた先にはジングこと、灰色の鷲兜。

 

 一瞬スカッとした気分はどこへやら。

 見事に踏みつけをスカらせたことで、またも俺のイライラは頂点に達していた。

 

「おい……逃げるな! やれって言ったのはお前だろうが!」

「ハンッ! どぅぁーれが、みすみす踏みつぶされてやるかってんだよ! ウスラトンカチが!」

 

 その場を飛び退き崩れたバランスを、ジングが二枚の羽根を交互に動かして抑え込む。

 

「言ったな……!」

「おっと。甘いあまい、スウィートすぎんぜ」

 

 そこにこちらが突進すると、ヤツは余裕のサイドステップを披露してきた。

 

「オラどうしたよ。そんなモンでおわりか? キレちらかして突っ込んでくるだけたぁ――ァダッ!?」

「うし。ヒット」

 

 遠くで煽りまくるジングに向けて右足を振り抜くと、文字通りに鷲兜が地に転がった。

 

「てめっ、なんじゃそりゃ……おい! ソレを蹴るんじゃねぇッ! そいつぁ、この俺様の一撃を耐え――あひんっ!?」


 抗議の叫びを無視して、足元に転がっていた金属の破片を蹴りつけまくる。

 元は立派な盾であったろうソレは、吸い込まれるようにして鷲兜に命中しては、面白いほどにジングを吹き飛ばしていた。

 

「ハッ! ざまあみろってんだ、このウスノロヘンテコかぶ――とあ゛っだ!?」

 

 その結果に得意満面となり煽り返していると、いきなり後頭部に衝撃がきた。

 

「な、なんだいきなり……あだっ!? いってぇ!? な、なんでいきなり……!」

 

 立て続けにやってきた痛みに悲鳴をあげつつも周囲を見回すが、なにも見当たらない。

 半ばパニックに陥りかけていたところに「フヒヒッ」という嗤い声が聞こえてきた。

 

「ぶぁーか。幾ら相手を探したところで、見つかるわけねぇだろタコ。ソイツは俺様が受けた痛みよ。だが……みたところ、すぐには伝わらねえみてぇだな。タイムラグがある、ってヤツか」

「お前が受けた痛み、だと――あっで!?」 

「おいおい、考えなしに喋ると舌噛んじまうぜ? たしか後2、3発ほどは喰らってたか? ケケケ。良かったなぁ。これで見事、貴様と俺が一蓮托生なのが証明されたわけだ」

「ぐ……っ!」


 クルクルとその場を回って解説をのたまってきた鷲兜に、俺は歯噛みする。

 精神領域内でジングに与えたダメージは、そのままこちらに跳ね返ってくる……いや、この場合は連動している、といった方が正しいのか。


 先ほどジングを軽く蹴りあげた際に、感覚の連動はあるにはあったが、ダメージが諸に入るのは想定外だった。

 

 肉体の支配権力が俺にある間は、起こり得なかった現象だ。

 もし外の世界でも同じ現象が起きるというのなら、こちらが疲弊した状態に陥った際に、ジングもまた同じく消耗していた筈だが、それはなかった。


 なので、この場合――

 

「フン。またゴチャゴチャと考え込んでやがるな……阿呆が」 

「……!」


 こちらの思考を遮る声に、苛立ちが再燃する。

 

「これだけ言ってもむぅあーだわかんねー……えぶっ!?」

 

 言葉の途中、ジングが左に吹っ飛んだ。

 その結果を俺は右の蟀谷こめかみに走る痛みを堪えつつ、拳を握りしめて確認する。

 

「よし。俺が受けたダメージもちゃんとお前にいくな。良かったな、証明出来たぞ」

「証明出来たじゃねえっ! マジでアホだなおめぇはよ! なんで自分を殴ってんだよ!」

「なんでって。ここでは互いのダメージが共有されるんだろ? だったら、避けられるかもしれない攻撃を繰り返して疲れるぐらいなら、こうして確実に攻撃だけ入れた方が賢いだろ」

「賢いだろ――ってしたり顔で言ってんじゃねえっ! 頭イカれてんのかテメェはよ! あっ、おい、やめろ馬鹿――アフンッ!?」

「いてて……共有ダメージの反映は、こっちからそっちにいくのが早いか。一応、上下関係があるぽいな。もしかしたら、共有する割合も俺の方が有利な可能性もあるか……」

「ブツブツいいながら自分の頭殴るのやめろや! こえーんだよ、このタコ!」

「なんだよ。人のことイカっていったりタコっていったり、忙しいヤツだな」

「そっちのイカじゃないんですけどぉ!? とにかく洒落になんねーから、自爆攻撃それだけはやめろっつってんだよ!」

「はぁ……わかったよ」 


 若干のキャラ崩壊にイカり……じゃない、至り始めたジングに対して、俺は溜息で返していた。


 頭が痛い。

 手が痛い。

 散々自分で殴りつけたのだから当然だ。

 

 だが、心は痛くない。

 むしろスッキリとしているまである。


 それを自覚したところで、俺はその場に座り込み胡坐を掻いていた。

 

「正直にいえば、恨み言の一つに直接言ってやりたいよ。なんで俺を捨てたんだよって。マルゼスさんにも……顔も知らない両親にもさ」

「……フン。それで?」 


 半ば独白のつもりで呟くと、いつの間にか鷲兜が目の前に鎮座していた。

 どうやらコイツも少し疲れたらしい。 

 すっかりと大人しくなったジングを相手に、俺は内心を吐き出す。


「いや、それだけだよ。本当の親については、マルゼスさんも何も話してくれなかったしさ。俺が生まれたのって、魔人戦争の頃っぽいし。そもそも親が生きているかどうかだって怪しいモンだろ。それにマルゼスさんに対しては……やっぱり育ててもらった恩、ってヤツには叶わないよ。あの人、めちゃくちゃ俺のことで苦労してたしさ」

「俺はもっと苦労させられたけどな」 

「そっか」


 そこまで言って、一区切り。

 しかし単純に「そうだよなぁ」と思うだけでは、終わる筈もなかった。


「やっぱあの人、お前のことも知ってたんだな。やっぱそっか……」

「あァン? ……ああ、そっちの話か。ま、知ってたわなあの女も、俺とお前のことは。何度も何度も俺様をここから追い出そうとしていたみてぇだがよ」

 

 一体なにを勘違いしたのだろうか。

 ジングは二枚の羽根を器用に傾げると、ややあってからそんなことを言ってきた。

 

「御覧のとおり、俺と貴様は一蓮托生。一心……いや、二心同体ってヤツよ。忌々しいことにだが……それがあの女にはネックだったみてぇだな」

「そっか。だからマルゼスさんも、お前を消しきれなかったわけか。そうしたら、フラム・アルバレットまで消え去るとわかっていたから。あの人、出来なかったのか」

「そういうこったな」

 

 鷲兜の発した肯定の言葉に、俺は無言となる。

 ジングの言っていることには、一応の整合性がある。

 しかしそれで、すべてを納得するなど俺には到底不可能だった。

 

「駄目だったのかな」

「あぁん? オイ、さっきから話がみえねぇぞ。キチンと主語と述語、そして修飾語は正しく用い給え、プライドチキンくん」

「いや……お前を封印したまま、マルゼスさんとあの森で暮らし続けるんじゃ、駄目だったのかなってさ」

「無視かい。いや無視はしてねぇが……ま、そこはアレだ。色々あんだよ、色々と」

「色々って。アンタ、知ってるのか? 俺があそこから追い出されて……マルゼスさんまで、塔にいないっていう、その理由を」 


 結局は一番知りたかったことを口にすると、今度はジングが無言となってきた。

 暫しの間、まっさらな空間に沈黙が満ちる。

 

 先に口を開いてきたのは、ジングの方だった。

 

「言えねぇな」

「ということは……知らないわけじゃない、ってことか」

「言えねったら言えねえぞ」

「いや、わかったよ。助かった」


 こちらが礼を述べて立ち上がると、鷲兜がピタリと動きを止めてきた。

 一連の言葉のニュアンスから、警戒心を露わにしてきた。

 そんな反応だ。

 

「おい……お前、なにするつもりだ。くどいようだが、ここじゃお前は俺には」

「ああ。わかってる。もう確認させてもらったからな」

 

 威嚇するかのように逆立てられた鷲羽根が、朱の輝きに染まる。

 

「な……!?」

「ここじゃ互いに手出しは出来ない。それがわかったなら――」

 

 まっさらな地面を輝線が走り抜けて五つの星を象る最中、一時の対話が終わりを迎える。

 

「あとは俺以外が手出し出来るところまで、時間が稼げればいい。それだけの話だったってことさ」

 

 その言葉と共に、赤き六芒が全てを呑み込んだ。





『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』



 八章 完





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ