211. 対話の先に待つもの
「クカカ――ァおワッ!?」
「……チッ」
ドン! という音と衝撃を足裏に感じて、俺は舌打ちを飛ばす。
睨みつけた先にはジングこと、灰色の鷲兜。
一瞬スカッとした気分はどこへやら。
見事に踏みつけをスカらせたことで、またも俺のイライラは頂点に達していた。
「おい……逃げるな! やれって言ったのはお前だろうが!」
「ハンッ! どぅぁーれが、みすみす踏みつぶされてやるかってんだよ! ウスラトンカチが!」
その場を飛び退き崩れたバランスを、ジングが二枚の羽根を交互に動かして抑え込む。
「言ったな……!」
「おっと。甘いあまい、スウィートすぎんぜ」
そこにこちらが突進すると、ヤツは余裕のサイドステップを披露してきた。
「オラどうしたよ。そんなモンでおわりか? キレちらかして突っ込んでくるだけたぁ――ァダッ!?」
「うし。ヒット」
遠くで煽りまくるジングに向けて右足を振り抜くと、文字通りに鷲兜が地に転がった。
「てめっ、なんじゃそりゃ……おい! ソレを蹴るんじゃねぇッ! そいつぁ、この俺様の一撃を耐え――あひんっ!?」
抗議の叫びを無視して、足元に転がっていた金属の破片を蹴りつけまくる。
元は立派な盾であったろうソレは、吸い込まれるようにして鷲兜に命中しては、面白いほどにジングを吹き飛ばしていた。
「ハッ! ざまあみろってんだ、このウスノロヘンテコかぶ――とあ゛っだ!?」
その結果に得意満面となり煽り返していると、いきなり後頭部に衝撃がきた。
「な、なんだいきなり……あだっ!? いってぇ!? な、なんでいきなり……!」
立て続けにやってきた痛みに悲鳴をあげつつも周囲を見回すが、なにも見当たらない。
半ばパニックに陥りかけていたところに「フヒヒッ」という嗤い声が聞こえてきた。
「ぶぁーか。幾ら相手を探したところで、見つかるわけねぇだろタコ。ソイツは俺様が受けた痛みよ。だが……みたところ、すぐには伝わらねえみてぇだな。タイムラグがある、ってヤツか」
「お前が受けた痛み、だと――あっで!?」
「おいおい、考えなしに喋ると舌噛んじまうぜ? たしか後2、3発ほどは喰らってたか? ケケケ。良かったなぁ。これで見事、貴様と俺が一蓮托生なのが証明されたわけだ」
「ぐ……っ!」
クルクルとその場を回って解説をのたまってきた鷲兜に、俺は歯噛みする。
精神領域内でジングに与えたダメージは、そのままこちらに跳ね返ってくる……いや、この場合は連動している、といった方が正しいのか。
先ほどジングを軽く蹴りあげた際に、感覚の連動はあるにはあったが、ダメージが諸に入るのは想定外だった。
肉体の支配権力が俺にある間は、起こり得なかった現象だ。
もし外の世界でも同じ現象が起きるというのなら、こちらが疲弊した状態に陥った際に、ジングもまた同じく消耗していた筈だが、それはなかった。
なので、この場合――
「フン。またゴチャゴチャと考え込んでやがるな……阿呆が」
「……!」
こちらの思考を遮る声に、苛立ちが再燃する。
「これだけ言ってもむぅあーだわかんねー……えぶっ!?」
言葉の途中、ジングが左に吹っ飛んだ。
その結果を俺は右の蟀谷に走る痛みを堪えつつ、拳を握りしめて確認する。
「よし。俺が受けたダメージもちゃんとお前にいくな。良かったな、証明出来たぞ」
「証明出来たじゃねえっ! マジでアホだなおめぇはよ! なんで自分を殴ってんだよ!」
「なんでって。ここでは互いのダメージが共有されるんだろ? だったら、避けられるかもしれない攻撃を繰り返して疲れるぐらいなら、こうして確実に攻撃だけ入れた方が賢いだろ」
「賢いだろ――ってしたり顔で言ってんじゃねえっ! 頭イカれてんのかテメェはよ! あっ、おい、やめろ馬鹿――アフンッ!?」
「いてて……共有ダメージの反映は、こっちからそっちにいくのが早いか。一応、上下関係があるぽいな。もしかしたら、共有する割合も俺の方が有利な可能性もあるか……」
「ブツブツいいながら自分の頭殴るのやめろや! こえーんだよ、このタコ!」
「なんだよ。人のことイカっていったりタコっていったり、忙しいヤツだな」
「そっちのイカじゃないんですけどぉ!? とにかく洒落になんねーから、自爆攻撃だけはやめろっつってんだよ!」
「はぁ……わかったよ」
若干のキャラ崩壊にイカり……じゃない、至り始めたジングに対して、俺は溜息で返していた。
頭が痛い。
手が痛い。
散々自分で殴りつけたのだから当然だ。
だが、心は痛くない。
むしろスッキリとしているまである。
それを自覚したところで、俺はその場に座り込み胡坐を掻いていた。
「正直にいえば、恨み言の一つに直接言ってやりたいよ。なんで俺を捨てたんだよって。マルゼスさんにも……顔も知らない両親にもさ」
「……フン。それで?」
半ば独白のつもりで呟くと、いつの間にか鷲兜が目の前に鎮座していた。
どうやらコイツも少し疲れたらしい。
すっかりと大人しくなったジングを相手に、俺は内心を吐き出す。
「いや、それだけだよ。本当の親については、マルゼスさんも何も話してくれなかったしさ。俺が生まれたのって、魔人戦争の頃っぽいし。そもそも親が生きているかどうかだって怪しいモンだろ。それにマルゼスさんに対しては……やっぱり育ててもらった恩、ってヤツには叶わないよ。あの人、めちゃくちゃ俺のことで苦労してたしさ」
「俺はもっと苦労させられたけどな」
「そっか」
そこまで言って、一区切り。
しかし単純に「そうだよなぁ」と思うだけでは、終わる筈もなかった。
「やっぱあの人、お前のことも知ってたんだな。やっぱそっか……」
「あァン? ……ああ、そっちの話か。ま、知ってたわなあの女も、俺とお前のことは。何度も何度も俺様をここから追い出そうとしていたみてぇだがよ」
一体なにを勘違いしたのだろうか。
ジングは二枚の羽根を器用に傾げると、ややあってからそんなことを言ってきた。
「御覧のとおり、俺と貴様は一蓮托生。一心……いや、二心同体ってヤツよ。忌々しいことにだが……それがあの女にはネックだったみてぇだな」
「そっか。だからマルゼスさんも、お前を消しきれなかったわけか。そうしたら、フラム・アルバレットまで消え去るとわかっていたから。あの人、出来なかったのか」
「そういうこったな」
鷲兜の発した肯定の言葉に、俺は無言となる。
ジングの言っていることには、一応の整合性がある。
しかしそれで、すべてを納得するなど俺には到底不可能だった。
「駄目だったのかな」
「あぁん? オイ、さっきから話がみえねぇぞ。キチンと主語と述語、そして修飾語は正しく用い給え、プライドチキンくん」
「いや……お前を封印したまま、マルゼスさんとあの森で暮らし続けるんじゃ、駄目だったのかなってさ」
「無視かい。いや無視はしてねぇが……ま、そこはアレだ。色々あんだよ、色々と」
「色々って。アンタ、知ってるのか? 俺があそこから追い出されて……マルゼスさんまで、塔にいないっていう、その理由を」
結局は一番知りたかったことを口にすると、今度はジングが無言となってきた。
暫しの間、まっさらな空間に沈黙が満ちる。
先に口を開いてきたのは、ジングの方だった。
「言えねぇな」
「ということは……知らないわけじゃない、ってことか」
「言えねったら言えねえぞ」
「いや、わかったよ。助かった」
こちらが礼を述べて立ち上がると、鷲兜がピタリと動きを止めてきた。
一連の言葉のニュアンスから、警戒心を露わにしてきた。
そんな反応だ。
「おい……お前、なにするつもりだ。くどいようだが、ここじゃお前は俺には」
「ああ。わかってる。もう確認させてもらったからな」
威嚇するかのように逆立てられた鷲羽根が、朱の輝きに染まる。
「な……!?」
「ここじゃ互いに手出しは出来ない。それがわかったなら――」
まっさらな地面を輝線が走り抜けて五つの星を象る最中、一時の対話が終わりを迎える。
「あとは俺以外が手出し出来るところまで、時間が稼げればいい。それだけの話だったってことさ」
その言葉と共に、赤き六芒が全てを呑み込んだ。
『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』
八章 完