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207. 対価、求めるべからず

『テメェ……なんのつもりだ!』


 あがる、ジングの『声』。

 遅れてやってきたのは、左手内側への熱い痛み。

 

「なにって見ての通りだろ。アホ」 

『誰がアホだ! ふざけんじゃねぇ、糞餓鬼が!』 

 

 威嚇、罵倒、動揺。或いは畏れ。

 頭の中でギャンギャンと吼えた来るジングに辟易としつつも、俺は役目を果たし終えた蒼鉄の短剣をベストのホルダーへと仕舞い込んだ。

 

「フラム……」

「大丈夫だよ、フェレシーラ。出血しやすい部位を切ったし、そんなに痛みもない。上手くいったら、手筈通りに頼む」

「はい。必ずや」


 ぼたぼたと地に降り注ぐ赤い雫を前にして、少女と声を交わす。

 視線と可能な限り素早く巡らせて、すぐに自らの掌へと戻す。

 

『おい、ボサッとしてねえで早く血を止めろ! 幾らその体がタフでも、血ごとアトマを失い続ければもたねえぞ! 女! テメェも見てねえで、早くこのバカの傷を治せ!』

「あー、もうほんと五月蠅いなお前……誰が馬鹿だよ、誰が。ま、痛みが紛れると思えば助かるけどさ」 


 不意をつく形でのこちらの自傷行為に、ジングは混乱しきっている。

 一瞬の内に、セレンとパトリース……そしてその周りと心配そうにグルグルと飛んでいるホムラの姿を俺が確認したことまで、把握しきれてはいないだろう。

 

 大丈夫だ。

 皆がついてくれている。

 だから畏れずにいけ。

 

「さて、と……」 

 

 寒気すら伴う喪失の証をジングに見せつけながら、震える体を強引に抑え込み、可能な限り「俺は余裕ですがなにか?」といった調子で声を絞り出す。


「それじゃ、そろそろ取引といこうか。ジングさん」 

『取引だと……!? クソッ、頼みがあるならとっととしやがれ! 血か!? 血を止めればいいのか!? 手を治せばいいんだな! そうだろ!?』

「いやいや、自分で傷つけておいてそんなこと頼むかっつーの。ほんとマジでアホなんだな、お前」

『ムキー! まぁたアホっつったな、テメェ! あっ、あっ、血が、俺の体のちがぁ!』

「なーにがお前のだよ。取りあえずこういう時は、ちょっと落ち着いて深呼吸。オススメだぞ」

『お、おう……ヒッ・ヒッ・フー……ヒッ・ヒッ・フー……ヒッヒッヒフー♪』


 俺のアドバイスに従い、なんだか思っていたのとはちょっと違うリズムで『声』を繰り返し始めるジング。

 てかノリノリになってくるの止めろ。お前状況わかってんのか?


『ふぅ……ちっと落ち着いたぜ。で、取引っていってたよな、お前』 

「ああ。俺からお前に、ちょっとばかし願い事があってな。得意のアレ、頼めるか?」

『チッ。そうくるかよ……マジでなに考えてやがる』 

 

 さすがにこの状況とあっては、アホなコイツも疑問を持ったのだろう。

 ヤツにとっては垂涎である筈の『願い事』をわざわざこちらから振られて、ジングは唸り声をあげてきた。

 

 まあ、警戒してくるのはもっともだ。

 誰がどう見ても『願い事』を逆手に取っての『制約』攻略への足掛かり。

 そんなものにホイホイと乗ってくるほど、コイツも馬鹿ではないだろう。

 

 おそらくジングの『制約』は、俺の『願い』を叶えるか、もしくは相互に『願い』を叶え合うかで、見返りを発生させて対象に架す代物だ。

 有り体にいえば、『対価』を叶えた『願い』に応じて相手に支払わせる仕組みだろう。

 

 その仮定に従うとすれば、既に俺は一度ジングに『使っている術を解除しろ』という願いを叶えさせてしまっている。

 無論、あの場はそうでもしないと収拾がつかなったとはいえ……

 ジングは俺に、相応の『対価』を支払わせる条件を整えている筈だ。

 それが一体、どれほどの強制力をもってこちらを縛り付けてくるのかまでは、わからない。

 知る手立てもない。

 

 しかしそれだけでは、まだコイツが目的を達成するには足りないのだろう。

 ジングの狙い。

 それが俺の肉体支配、ないしそれに類するものであろうことは明白だった。

 

「わるいけど、こっちも余裕がなくてな。俺とお前は、一蓮托生ってヤツなんだろ? 心配しなくてもお前がこっちの『お願い』を叶えてくれたら、すぐにフェレシーラに傷は塞いでもらうよ」

『逆にいやぁ、そうしなきゃこのまま道連れしてやる、ってか? まったくもって理解できねえな……頭イカれてんのか、糞餓鬼が。一丁前にこの俺様を脅すつもりかよ』

 

 一蓮托生。

 俺とジングがそういう関係であることも予想に過ぎなかったが、いまの反応を見るにそれも間違いでなかったようだ。

 そして俺が弱りさえすれば、ジングがこちらの体を乗っ取れるわけではない、ということも察しがついた。

 

 こいつは飽くまで『声』を用いて俺に『願い』を叶えさせることでしか、この身体に介入出来ないという、重要な証左を得たことになる。

 それがジングの演技であれば、お手上げ、打つ手なし、といったところだが……

 

 しかしそんなボロボロふらふらの状態で俺の体を乗っ取ったところで、フェレシーラたちの脅威には到底なりえない。

 よしんば『フラム・アルバレット』のフリをして回復を謀ったところで、すぐに襤褸ぼろを晒して尻尾を出すだろう。

 そうなれば、後はもう術具で拘束するなり、最悪、処分してもらえばいいだけのことだ。

 そうした点についても、不承不承ながら皆から協力を取り付けてある、

 

 ……まだ大して、血も流れてはいない。

 未だジングは軽いパニック状態にあるのか、こちらが右手で左腕の肘の辺りを抑えて止血に及んでいることも気づいてはいない。

 余裕は十分にある。

 もしも途中で血を失いすぎたことで、俺が意識を失えば元の木阿弥というヤツではあるが……

 

 そこまでにジングが『願い』を叶えにこなかったとしても、この調子であれば何らかの情報を掴んでいけるはずだ。

 文字での伝達にも神経を回す必要もない。

 重要なキーワードが飛び出てきたら、こちらがオウム返しを行うだけで自然にフェレシーラに伝えていくことが出来る。

 

 後はどれだけこちらが堪えることが出来るか。

 互いの命を賭金とした、単純な根競べともいえる状況だった。

 

『わーった! わかったからよ、小僧! 今回は俺の負けだ……糞がっ!』

「お……案外早かったな。こっちはもう少し、余裕あったぞ」

 

 切羽詰まったジングの『声』に、その叫びに、俺は余裕の声で返してやった。

 

『ケッ! ぬぁーにが、余裕があるだ。さっきからフラフラしやがって、視ているこっちが気分わるくなんだよ』

 

 え……マジか。

 俺、そんなにフラフラしてたのか?

 ぶっちゃけ、まだ全然――

  

「フラム!」

 

 悲鳴にも似たその声を耳にしたところで、膝がガクンと落ちた。

 しかしすぐにそれも止まる。

 ……気づけばフェレシーラの顔が、すぐ近くにあった。

 

 ああ……こいつキレイだな、やっぱり……かわいいよな、ほんと……

 

「傷を塞ぎます。限界です」

「……だいじょうだ、いま、おわる」

「駄目です!」

『チッ……! 阿呆が! すぐに言え! いますぐ貴様の望みを口にしろ!』 


 来た。


「ジング――」


 最後の力を振り絞り、俺はその言葉を口にする。

 

「お前の元に、俺を……フラム・アルバレットの精神を――この魂を、お前の魂と引き合わせろ! いま、すぐにだ!」


 入れ替わるようにしてやってきた虚脱の瞬間は、想像してよりもとてもあたたかで、やわらかなものだった……



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