表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

222/287

209. 灰色の貌

 ジングが何者であるか。

 その狙いが何であるのか。

 それを知ることが出来れば、今後の大きな手掛かりになる。

 

 しかしジングに俺がなにかしら要求を行うということは、それ自体が『願い』として扱われ、『制約』の条件に抵触する――

 

「……ふぅー」

 

 筈だった。

 

「わりぃが、そいつぁちぃっとばかしデカすぎる『お願い』だな。教えてやるとしたら……そうだな。オメェの体をもらうとするかな。それも――未来永劫、永久になぁ……! クカカカカッ……アッ!?」 

 

 ゴインッ。

 

 如何にも恐ろしげに振る舞う鷲の兜が、小気味の良い衝突音と共に宙に舞う。

 

「お。いけるか、やっぱり」


 試しとばかりに振り抜いた右足を確認し終えてから、俺は鷲兜が――即ちこの精神領域におけるジングの体が、己の頭上に打ち上がる様を眺めていた。


「ちょ……おまっ、なにいきなっ――アアンッ!?」 


 ひゅーんと見事な放物線を描いた後、ジングがまっさらな地面へと激突した。

 そしてそのまま、ゴロゴロと遠くに転がっていく。

 

 うん。

 しっかり現実の動きに則しているな。

 精神領域というと不可思議なことばかり起きそうなイメージがあったが、これはむしろ逆かもしれない。

 というかこれって……

 

「俺の精神、イメージがベースぽいな。もろに『俺が起こりそうって思った』って現象が引き起こされてるし。力関係も、ここだと完全にこっちが上っぽいしな。そうだろ? ジング」

「な、なにテキトーこいてやがる! ここは俺様のテリトリ――オアンッ!?」

「いやいや、強がるなって。そもそもお前さっき、俺に言われてとっととここを明るくしたし、めちゃくちゃ焦ってこの鎧に近づくな! って言ってきたろ。その時点で無理があるんだよ、ここがお前の縄張りだって主張するのはさ」 

 

 術士にとっての精神領域とは、即ち術法式を練り上げるために思念で形成された仮想領域だ。

 物理的存在とは真逆ともいえる、霊的存在の証明と実行。

 

 その理論と実践法はいまより遥か昔に確立されており、それを基として編み出されたのが『陣術』だ。

 そしてそこから先人である術士たちが、千年にも及ぶ研鑽の日々を積み重ね続けた結果、世に多種多様な術法が生み出されている。


 それらに用いられた精神領域。

 その捉えようについても、俺は師匠から薫陶ともいえる教えを授かっていた。

 

「心を一つの大きな皿と思え……だったかな。師匠が俺に最初に教えてくれた言葉だけどさ」

「なにさっきからブツブツ言ってや――あガッ!?」

「なにって、自分の『中』で術法式を組み上げるときのコツだよ。や、コツっていうより基礎中の基礎、ってヤツか。まずは何もない、まっさらなでっかい皿をイメージしろってさ。まあ、まんまこの場所と同じだな。この場所が、それと同じというべきか……」

「どぅあくらっ、はぅなしうぉを聞ぃきやが……おっふ!?」


 ストン、とこちらの爪先に引っかかる形で、鷲兜が動きを止めた。

 微妙な重さは伝わってくれども、中身がある感じはまったくしない。

 

 どうやらこの兜自体が、この領域におけるジングそのものなのだろう。

 こりゃヤドカリ説は消えたな。


「クソッタレが! あんまチョーシこいてんじゃねえぞ! もし俺様を消すような真似をしてみやがれっ! そんときゃテメェも道連れだからな! いっとくが、脅しじゃねえぞ!」

「だろうな。いま軽く蹴っただけで、なんかこっちもふわふわしてたし」 

「あァん!? んだその、余裕ぶったツラはよぉ! ムキー!」

「いや、本当に脅しじゃないと思ってるよ……色々確かめたくて蹴ったのは悪かったけど。ちょっと落ち着けって。ほら、よっと」 

 

 言いざま俺は鷲兜をそっと地に置き、両手でもって正面を向かせた。

 それでジングが大人しくなる。

 突然謝ってきたこちらの出方を窺っているのだろう。


「なあ、ジング」

「……んだよ」

「うん。ちょっとここに来る前は、お前をどうして俺の中から追い出せるのかと、そんなことばっか考えていたんだけどさ」 

 

 不機嫌そのもの、といった返答を受けて俺はその場に腰を下ろし胡坐を掻き、続けた。


「お前さ。元の自分の体を無くしてるか……そもそも持ってないかの、どちらかなんじゃないか?」


 ジングが押し黙る。

 構わず、俺は思ったことを口にする。

 

「師匠がさ……マルゼスさんが、俺になにか隠し事をしているんだろうな、ってのはなんとなくわかっていてさ。魔術が上手く扱えなかったことについても、特に原因を調べてる感じもしなかったし。そもそも俺が何処で産まれて、なんで公国の英雄って呼ばれてたあの人に連れられて、あの森で、塔に引き籠って暮らすことになったのかとか……ぜんぜん話してくれなかったしさ」

「……そりゃテメェがロクに聞かなかったからだろ。俺が知ったことかよ」

「まあ、そうだけどさ。聞くたびにすごく困ったような、悲しい顔されてたから……あんまりな」

「育てられた恩義ってヤツか? くっだらねぇなぁ……理解不能だぜ。テメェが俺様のことを気にかけてくるのも、な」


 ジングの言うことはもっともだった。

 しかしそれでも、俺は思うのだ。


「お前のことだけどさ。考えてみれば、体を乗っ取られて特に実害があったわけじゃないし。何もわるいことしてないのに、一方的に責められるのはおかしいかなって。それにもし自分の体がないなら、俺だって自由に動かせる体は欲しくなるだろうしなぁ」

「ケッ! ちっとばかり優位に立ったからって、ヌッりぃなテメェは! 俺様に体を取られたときには、あれだけギャンギャン泣き喚いてたクセしてよ! じゃあナニか? ボクちゃん体がなくて困ってるんでしゅう、お願いでしゅからフラム様のお体を使わせてくだしゃーい! ……とでも泣きつけば、満足かよ!」

「いやそれはちょっと……キモいしヤダな」

「……まあな。俺様も自分でいっておいてなんだが、キモかったわ……」


 兜の羽根をしょげ返らせて、ジングが反省する様子を見せてきた。

 そこも動かせるんだ。

 

 というか、コレ……さっきから変な感じというか、アレかもしんない。

 なんというか、おかしなほどにジングに対して親近感がある。

 ここで顔(?)を向かい合わせるまではあれだけ敵愾心を燃やしていたのが、嘘のようだ。

 

 そしてそれは、おそらくジングにしてみても同様なのだろう。

 今のコイツからは、こちらを引っかけて有利な『制約』に持ち込もう、出し抜いてやろう、という気配がまるで感じられない。

 

 例えなにかしらの理由があり『制約』が実行出来ないのだとしても……

 例えば俺の精神がこの領域に現れたことで、ジングの術が機能不全を起こしているだとにしても、『制約』を試す素振りすらみせないのは、どう考えてもおかしい。

 

 互いの精神が近づきすぎてる。

 直感的に、そう感じた。

 ジングが消え去れば、俺もまた無事では済まないという話も「そうだろうな」としか思えない。

 

「はぁ……ガチの運命共同体、ってヤツなのか。本格的に困ったな、こりゃ」

「ハッ! そりゃあこっちのセリフよ。なんだって、こんな面倒くさい餓鬼に育ったかね」

「そう言われてもな。案外、お前の影響もあるんじゃないか? いままでも、ちょいちょい俺に話しかけたりしてただろ。なに言われてたかまでは、はっきりとは覚えてないけどさ。塔に居た頃は夢見が悪いことなんて普通だったし」

「……そりゃわるかったな、ヤなもん見せちまってよ」

「それはいいよ。覚えてないって言ったろ。それにお前だって、こんなところにずっと独りでいれば、言いたいことの一つや二つぐらい、あっただろうしさ」

「言いたいことねぇ。随分とお優しいこったな、良い子のフラムくんはよ」

「やめろよ、そういうの。ずっと俺のこと見てきたんだから……お前なら、わかってるだろ」


 つらつらと続いた会話が、そこで途切れた。

 暫しの間、ドーム状の黒い天井を無言で見上げる。 

 なんとなく、ジングも同じようにしているのがわかった。

 

「……しゃーねえなぁ、まったく。この俺様を、こんなくだらねえことに付き合わせやがってよ」

 

 溜息まで聞こえてきそうなその声に、俺は下を向く。

 見れば鷲の兜が、その両端に生やした羽根をピコピコと動かしてきていた。


「言いたいことがあれば聞いてやるから、とっとと言えや。ずっとしたくて堪らなかったんだろ。テメェのいう、憂さ晴らしってヤツをよ」

「……ああ」

 

 一体何故、そんな顛末に至ったのだろう。

 気づけば俺は灰色の仮面へと向けて、隠し続けていた心の内を晒し始めていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ