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205. 陣、咎人を包み囲みて

「本当に、特訓なんて……いえ、そもそも影人の討伐依頼だなんてものを、引き受けてる場合なのでしょうか。師匠は」

「ん? ああ……まあ、パトリース嬢の言わんとすることもわからんではないがね」 


 既に10回以上、地に膝をつかされていただろうか。

 

「まだまだ……!」 

 

 震える手に蒼鉄の短剣を握りしめて、俺はもうなんど繰り返したかもわからぬ『治癒』を自身に向けて発動させていた。

 

「どの道、フラムくんの中に邪なことを企てる輩がいるというのであれば……我々はなにかしらの手段でそれを確かめるより、他に手はないよ」

「どうせそうするなら、特訓も兼ねつつ、ってことなんですよね? それはわかるんですけど……もう私、見てるのがつらいです」

「ピィー……」

 

 意識が朦朧としかけたところで、左脇腹に残る鈍痛を梃子にして起き上がり、開始円を目指す。

 不思議と、パトリースとセレンが交わす言葉ははっきりと耳に入ってきていた。

 その事実を前に、俺は何故だか赤紫の夕陽を思い出す。

 あれはたしか、ホムラが宿から飛び出ていって――

 

「……フラム!」

 

 石床の上に、何か重いものが落ち転がる音が響いた。

 同時に体が誰かに抱き留められる。

 

「もう限界です、セレン様。こちらで治療を行います」

「待ち給え」


 耳元で響くフェレシーラの声と、セレンの声。

 ふと、俺は疑問に思う。

 いつの間にか、遠くにいたセレンが近寄ってきたのだろうかと。

 

「ピィ!」

「……ああ、ホムラか。なぁに心配そうな顔してんだよ、お前。俺ならまだまだ、大丈夫だって……」

「セレン!」

「待てといっている、フェレシーラ。パトリース、頃合いだ。五星陣の起動を。六芒陣は私が受け持つ」

「は、はい!」


 周囲で響く慌ただしい声。

 しかしいまは、フェレシーラとホムラのものしかはっきりとは聞こえてこない。

 そのことに首を捻ろうとするも、体が上手く動かない。

 

 度重なるフェレシーラとの手合わせ。

 アトマ光波と、『治癒』以外の不定術法を封印した状態での戦い。

 白羽根の神殿従士は、やはりというべきか、想像以上というべきか……只管に強かった。

 

 思うにそもそも、フェレシーラはこの神殿にやってきた時点で本調子ではなかったのだろう。

 あの『隠者の森』での戦いを経て、宿場町セブを経由して……

 このミストピアを訪れてからも、旅どころか世間そのものに不慣れな未熟者の面倒を、ずっと一人で見続けてくれていたのだ。

 

 ここに来るまでに、色々とあった。

 楽しいことも、悲しいことも、悔しいことも……色々と。

 そんな中、俺は不意に思い出す。

 

 煉瓦と赤土の境目。

 その歪な路上に転がった、一片の石ころを俺は思い出す。

 同時に、言いようのないドス黒い怒りが胸の内に湧き上がってきた。 


「まだ、だ……まだおれは、アイツに……!」

「動かないでください、フラム! いま陣を起動しますから。上手くいったら、すぐに治療しますから……!」


 砕けんばかりに奥歯を噛みしめて上体を起こそうと藻掻いていると、亜麻色の輝きが目の前を掠めてきた。

 フェレシーラだ。

 まただ。

 フェレシーラの細く白い腕が……また俺を支えていてくれた。

 

 陽光を受け煌めく少女の、美しい髪を前にして俺は思う。

 急性アトマ欠乏症の発症。

 そこからの治療・休息を経て……皮肉にもフェレシーラは、ようやくゆっくりと体を休めることが出来たのだ。

 

 術具の力を借りれば、彼女といい勝負ができる。

 アトマのぶつかり合いになれば、競り勝つことも不可能ではない。

 心の片隅ではそんな風に思っていたのに、蓋を開けてみればこれだ。

 

 俺は弱い。

 呆れるほどに弱かった。

 万全となったフェレシーラの、足元にも及ばない。

 このままでは、今までとなにも変わらない。

 俺は彼女にとっての枷でしかない。

 

 悔しかった。

 心の底から悔しかった。

 

「五星陣、起動します!」

「承知した。フェレシーラ嬢……君はそのまま彼をみていろ」

「……ありがとうございます、セレン様」

「いい。陣の補助に加われといったところで、聞きはすまい。ホムラくんはこちらに来なさい。君にまでなにかあっては、申し訳が立たん」 

「ピィ……」


 近くと遠くで交わされる声。

 地に魂の鼓動が……アトマの律動が、地を駆け巡るのがわかった。

 

「さて。これで予想が正しければ、ではあるが……」

 

 努めて、平静さを保っている。

 そんな響きのある声が、再び耳元でやってきた。

 

 必死の思いで瞼を抉じ開けると、黒衣の裾が陣より噴き上がってきた颶風に揺らめくのが、遠くに見えた。

 その傍らには、パタパタと空を打つ見慣れた翼。

 尻尾も随分と長くなってきた。

 この分なら、そう遠くないうちに両親に似た立派なグリフォンへと成長してくれるだろう。

 

 ちぐはぐな情報が舞い込んでくる中そんなことを思うも、やはり怒りと悔しさは消え去ってはくれなかった。

 

『チッ――』

 

 そこに、舌打ちがやってきた。

 

『おい、ガキ。なに考えてやがる。こんな真似しやがって、俺様を引きずり出したつもりか?』


 苛立ちを隠そうともしない、男の声。

 アイツだ。

 俺にしか聞こえない『声』……ジングの『声』だ。

 

「よぉ……元気そうだな」

「! フラム!」

「あぁ……大丈夫だ、フェレシーラ。まだ、体は俺が動かせる……ぐっ!」

『ケッ! 余裕ぶってんじゃねえよ、ガキが』

「いま、『治癒』を完了します。他は待っていてください。もうしばらくの間だけ、我慢を……っ」


 脳裏に響く悪意に満ちた『声』と、まるで己自身に向けているかのような面持ちと共に告げられてくる、少女の声。

 それを受けて、俺は気持ちをなんとか落ち着ける。

 

 試合場に刻まれた五星陣と六芒陣。

 ジングによる俺の体の乗っ取りに対応するための、二つの陣術。

 それは時間的な余裕も考慮してのものだ。

 

「時間さえあれば……いや、教団側に公表して問題がないのであれば、他の者にも手を借りてもっと安全な方法も採れたのだがな……」

「大丈夫です、セレン様。私なら、やれます。やり遂げてみせます……!」


 独白じみたセレンの呟きに、パトリースが短杖ワンドを握りしめて応えてきた。

 その表情に迷いはなく、操る陣にもアトマが満ちている。

 どうやら完全に集中モードに入ったらしい。

 これならば、この場を任しきれるだろう。


「なら、俺も……いや――俺たちも頑張らないとな……っ」


 四肢に力を込めて、気を吐き出す。

 さすがに『治癒』の効きが違う。

 ゆっくりとだが、今度は自分の脚で地に立つことができた。

 

 そんな俺を、フェレシーラが何かを堪えるようにして見守っていてくれている。

 頷きが、合わせて四つ交わされる。

 

「さて――」

 

 小さな幻獣が一際強く翼を打ち広げて、吹き荒れる術風を押し返したところで――

 

「出て来てもらうぞ、ジング。皆して、お前のことを知りたがっているからな」 

 

 こちらが切り出したその『願い』に、舌打ちが返されてきた。



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