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203. 次はもっとしっかりね、と彼女はいい

 ところどころ、地面が剥き出しとなっていた試合場の石床を慎重に歩みつつ――


「触媒導入よし。構築ライン、全体記述よし……リミッター、外部出力術法式、共によし――と!」


 そこに記された陣を隈なく確認して回り、俺は声をあげた。 


「五星陣、六芒陣とも最終チェック終わりました! お待たせして申し訳ありません……!」

「うむ。まあ私としては面白かったし、そう畏まらないでも良いけどね。なあ、フェレシーラ嬢」

「なあ、と言われましても返答に困るのですが……焦らなくていいと言った私もわるかったですので。それにしても、限度ってものがあると思いますが」


 はっはっは、と朗らかに笑うセレンの隣では、フェレシーラが呆れた風に腕組みをしている。

 そこに五星陣の記述を終えたパトリースが、おずおずと進み出ていった。 


「ごめんなさい、フェレシーラ様。私が五大種族について教えて欲しいとフラムさんに頼んでいたばかりに、大変お待たせしてしまって……」

「ううん。パトリースはわるくないもの。わるいのは、すーぐ調子にのってやらかす誰かさんですものねー。ねー、お師匠さま」 

「……サーセン」


 フェレシーラの冷ややかな視線と呼びかけを受けて、俺は二の句を継げずに開始円へと踏み入る。


「さて。準備も整ったことだし、話はそこら辺にしておいて確認に入ろうか」


 皆が試合場の中心に集まったのを見計らい、セレンが音頭を取る。

 ぶっちゃけ流れを変えてもらい、こちらとしてはめちゃくちゃありがたい。

 

 ちょっと脱線してしまい、冷や汗をかいてしまったが……

 

「今日を入れて残り二日間。やるべきことは二つ。これまで通りにフェレシーラ嬢の指導の元、フラムくんの特訓を継続。更なる熟達を目指しつつも――」 

 

 ざり、と靴底で土を噛み、セレンが後を続けてきた。

 

「私とパトリース嬢で、ジングなる者への対処を試みる。手筈に関しては昨晩話しておいたとおりに、頼むよ」

「はい! 僭越ながら、サポート頑張らせていただきます!」


 その言葉を受けて「ズビシッ!」と勢いよく敬礼のポーズをとってきたパトリースさん。

 短杖ワンド状の術ペンを手に、準備は万端といった様子が大変頼もしい。

 

「セレン様、パトリース嬢。本日もよろしくお願い申し上げます。昨日のようなことにならないよう、肝に銘じていきますので……それと今日は『光弾』系の使用もなしで」 

「そうしてくれると助かるよ。一応、陣自体を保護する式は組み込んではいるが……フェレシーラ嬢の攻撃術に耐えきれる保証はないからね。ああ……当然キミもそれ系のはなしだぞ、フラムくん。アトマ光波に関しても控えておき給え」

「つまりは、陣を傷つけかねない攻撃手段は全般禁止、ってことですよね? 了解です」


 セレンとパトリース……同行者である二人に向けて首を垂れたフェレシーラに倣い、こちらも礼を行う。

 今回の特訓に関する注意点。

 それは「開始円に記された陣を破壊しない」ということ。

 これに尽きた。


 手間と資源を惜しまねば色々と便利な陣術だが、兎にも角にも「陣自体が損壊すると機能しなくなる」という点には気を付けていかなければならない。

 昨日、パトリースが試合場の壁に張り巡らせて『防壁』の陣などは、その効能自体で陣そのものを保護することが可能であるため、もっとも扱い易いタイプの陣術といえるが……

 

 本日、俺たちの足元に張り巡らせた陣に関しては、『防壁』の式は必要最小限しか組み込まれていない。

 陣の上で走り回ったり、倒れ込むぐらいではどうということもないが、流石にそこにフェレシーラの『光弾』が炸裂するとなるとそうもいかない。

 当然、俺の『熱線』や威力重視のアトマ光波でも陣を破壊してしまう可能性が高いだろう。

 

「必然的に、今日は接近戦がメインですね。『鈍足化』や『防壁』に関しては問題ないとして」

「そういうことね。そっちも何か試したければ、ご遠慮なく」 

「……そこはまあ、置いておくとして」


 セレンに向けたつもりの確認に、フェレシーラが乗ってきた。

 まあコイツの立ち回りに関して言及してたし、それは当たり前だとして…… 

 

「俺は決めていたとおりにやってみるから、最初はちょっと様子見してくれよ。いきなり全開で追い回されると、たぶんフツーにボコされる自信あるぞ俺」

「どんな自信よそれ。心配しなくても、こっちも少しずつペースを上げていくから。一応私も、病み上がりってやつですのでー」

「う……! い、いやまあ、そういうことなら、お互い無理せずってことで……」 

 

 いつもの調子でフェレシーラとやり合い始めたところで、セレンとパトリースが互いにチラリと視線を交わした。


「それじゃあ、こちらは離れておきますので。あとはごゆっくりどうぞ~」 

「うむ。くれぐれもヒートアップしすぎないように。本命は明日、だからね」

 

 そう言うと二人は、揃って白線の外へと出て行った。

 出て行った、のはいいけど……

 

 ごゆっくりどうぞ、ってなんだよ。

 ごゆっくりって。

 

 たしかに開幕から全力で飛ばすとかはないけど、訓練は訓練なんですが。

 パトリースだけでなく、セレンの口振りにも妙な含みを感じるのは俺だけなのだろうか。

 

「ふぅ……」


 そんなことに気を回していると、神殿従士の少女が微かな溜息をみせてきた。

 どこか気怠げで、しかしどこか安堵したようなその様子に、俺は首を捻る。


「えっとさ……まだ本調子じゃなければ本当に無理すんなよ、フェレシーラ。『アトマ付与』は神殿に詰めていた神官の人からかけてもらった、ってセレンさんには聞いたけど。初めてだったし、相当キツかっただろ」

「……たしかに、アトマ欠乏で倒れたのは初めてだっけど。なんでそれ貴方が知ってるのよ」

「いやなんとなく。勘。ていうか、初めてじゃなければお前言うだろ、慣れてるし大丈夫とかなんとか言って、こっちを安心させようとしてさ」

「それは……そう、かもだけど」 

「かも、じゃない。お前が傍にいろって言うんなら、俺は何処にもいかないからさ」

 

 力なく言葉を濁してきたフェレシーラに、俺ははっきりと告げた。

 

「欠乏症でお前が倒れたのだって、俺が攻撃術の撃ち合いに持ち込んだせいだし。『声』と体の乗っ取りの件だって、結局は俺の問題だ。そんな風に迷惑かけてばかりで、偉そうなこと言う資格もないのはわかってる。わかってるけどさ」

 

 それでも、彼女は俺に言ってきたのだ。

 離れないで欲しい、傍にいてくれと、頼りにしてきてくれたのだ。

 だから俺は、どれだけ自分が未熟でもその想いに報いたかった。

 

 それはなにも、フェレシーラのためを想ってだけのことではない。

 そうしなければ俺自身が救われなかったからだ。

 ……心の何処かで、師匠に対して恨み言を吐き出し続けたくなる自分が、その傷の痛みが。

 傍にいてくれと願う少女に応えることで、和らいでゆくのを感じ取っていたからだ。

 

「ピィ」


 気づけばホムラが、肩の上で心配そうに頬を寄せてきていた。

 

「ありがとな、ホムラ。でも大丈夫だ。お前も少しの間、離れて見守っていてくれ」 

「……ピ!」 

 

 その喉元を撫でて頼み込むと、力強い声を発しての羽ばたきが俺の元より飛び立っていった。

 これからの戦いを前に、親しい、大切な者に離れていてくれと願う。

 

 もしかしたら、あの人にだって何か理由があったのかもしれない。

 そう考える余裕が生まれたのも、いつもフェレシーラが傍にいてくれて、いて欲しいと願ってくれたからだ。

 

「ちょっと。なに思い切りシリアスな顔して黙り込んでいるのよ」

「ん……ちょっとな。いつもありがとな、フェレシーラ」 

「なに、いきなり。これから自分が、ごめんなさい、参りましたってするまで私に追いかけ回されるの、わかってる?」

「ああ、わかってる。だからありがとうだよ」

「……なにそれ。ぜんぜん答えになってないじゃない」

 

 そう言うと、フェレシーラはこちらに背を向けてきた。

 特訓開始。

 気持ちを切り替えて、成すべきことに集中せねばならない。

 

「ねえ」

 

 そう思い、俺が霊銀の手甲を握りしめたところにフェレシーラがチラリと視線だけを、こちらに送ってきた。

 

「どさくさくに紛れて色々さわってたでしょ。私が倒れたとき」

「へ――」


 突然の指摘に、思考が追いつかずに止まってしまう。


「えっち」


 フェレシーラが、すたすたとした歩みで遠ざかる。

 そこで俺はようやく、遅まきながら、彼女が発してきた言葉の意味を理解するに至っていた。


「おま……! あれはお前のことが心配で……その、ちゃんと背中とか痛くないようにしないと、痛いだろうなあって思ってだな……!」

「いたいいたい繰り返さない。あと、声大きいから」


 こちらが捲し立てたところには、そんな返しに続けて「あっかんべー」の仕草が返されてくる。

 

「あのなぁ……お前、ほんとマジでな!」

「――うそよ」


 余裕の欠片もなく声を荒げると、今度はツンと澄ました面持ちがやってきた。


「ありがとう。傍にいてくれて、嬉しかったわ。でも……次はもっとしっかり、許可を取ってからにして頂戴ね」


 最後はとびきりの笑顔にて、俺は完全に声もなくして一人立ち尽くす。

 ハッと我に返り周囲を見渡すと、ホムラを抱きかかえたパトリースの姿が視界に入ってきた。

 

「師匠。顔。かお、真っ赤です。まっかっか」


 無そのものといった感のある指摘してきたパトリースの隣では、セレンがその場に蹲りプルプルと身を震わせていた。

 笑いすぎて行動不能、といったところだろうが……

 

 ぶっちゃけこっちはそれどころではない。

 人には声がデカいとかいっておきながら、さっきの一言、めっちゃハッキリ周りに聞こえるように言いやがって!

 絶対二人とも、思い切り勘違いしただろ!

 

「おま……フェレシーラ! 今日は絶対、泣かしてやるからな!」

「はいはい。今日も、だと思うけどね」

「……!」


 いやマジで。

 マジでガチで今日は、今日こそは「ごめんなさい」させてやるからな、お前……!

 覚悟しとけよな、フェレシーラ!



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