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197. 噂の少年、失念す

「それではフラム様……本日は大変お世話になりました! 授業、わかりやすくて面白かったです!」


 スッキリとした笑顔と共に、メルアレナが学習室より退出していった。

 その後ろ姿はとても楽しげであり、今にもスキップをし始めそうな気配すらある。

 

 それを見届けて、俺は黒板に書かれた術法式構築のいろはに関するあれこれを消しにかかっていた。

 

「うーん……なるほど。理論自体は教会の人もしっかり教えてはいるわけだ。足りてないのは個別指導か。一人そういう人がいたら良さそうだけど、セレンさんは……相性あるだろうし、受けもつなら神殿側だろうしなぁ」 

 

 あれからメルアレナの神術について、彼女がどんな部分で伸び悩んでいるのかを確認したあと。

 問題解決の為に軽くレクチャーを行うために、ふたたび俺は学習室を利用していた。

 

 メルアレナが抱えていた問題は、そう難しいものではなかった。

 話を聞いた上で、実際に『防壁』等の基礎的かつ、実用的な神術を幾つか披露してもらうことで、それはすぐにわかった。

 

 術法式の構築、構成。

 心の内でアトマ文字を読み上げて、体の内に詞を刻む。

 構成詞の組み方、バランスと力加減。

 

 ここをメルアレナは『やり過ぎていた』のだ。

 力量不足からの伸び悩みではない。

 そもそもの術法を扱う上でのセンス、感覚の優劣も当然あるにはあるが……

 

 結果を出さねばいけない、上手く神術を使いたい、という焦り。

 そうした心理的なプレッシャーが重なり、知らず知らずのうちに彼女の術法式を、窮屈で重苦しいものとしていたのだ。

 

「たった一度、『防壁』を実行するだけで妙に疲れてたからなぁ。まさかとは思ったけど、そういうパターンもあるのか。俺も不定術を使うときは注意しておこっと」

 

 通常、術法式には術者が個々に設定したリミッターがある。

 例えば『照明』の魔術。

 これ自体は攻撃性もないということで、神術士も修得していることが多いのだが……

 

 この『照明』の出力、つまりは『光度』を際限なく引き上げようとすると、一体どうなるのか。

 以前まだ俺が幼い頃、師匠である『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングがそれを見せてくれたことがある。

 

『どんな術法も、式の組み方、力の注ぎ具合によって結果は変わるものです』


 そんな教導の言葉と共に、チカチカと明滅を繰り返す視界の内で俺が捉えたもの……

 それは森の一面に広がる乾いた砂利土。

 マルゼスさんが限界までリミッターを引き上げまくった『照明』を放つ直前まで、『川だったもの』だった。


 膨大なアトマを注ぎ込み、それに応じて効果を引き上げる。

 式の構成をただ只管練り込み、求める結果の大きさのみに目を向ける。

 

『まあ、これはこれで攻撃魔術として用いれば回避も難しく、目潰しにも使えますが。如何いかせん使い勝手が悪すぎますね。光として届く限りにエネルギー放つので、範囲が並外れて大きく、それ故に消耗が桁外れです。結局は光度を落として灯りとして用いるのが向いていますから……って、聞いているのですか? フラムくん』

『い、いや……ちょっと目が……目がですねぇ……っ!』

『はぁ……まったく。だから目を閉じて腕で防ぐだけでなく、アトマでの防御もしなさいと言っておいたのに。修行、そしてなにより集中力が足りていませんね』

 

 ごくごくありふれた日常。

 師匠と『隠者の森』で過ごした日々を思い返して、俺は呟く。

 

「術法式の構築は絵を描くことに等しく……詠唱は作品に名を与えるための仕上げに過ぎない、か……」

 

 初めて聞いたときは「もっと具体的に、わかりやすくにお願いします」と言ってしまい、三日ほどマルゼスさんを凹ませてしまった俺だが……

 今となっては、あの人が言っていたことが少しはわかる気がする。


 メルアレナに神術に関するアドバイスを求められたときは、どうしたものかと悩みもした。

 しかし結局、俺はあの人の言葉を借りて彼女に偉そうに語ってしまっていた。


 人に物を教えるのは難しいのだな、と実感する。

 考えてみれば、マルゼスさんに教えてもらったこと以外も、全部あの人が塔に持ち込んでくれていた蔵書から得た知識だ。


 多少、独自解釈やそれぞれの理論を組み合わせたりなんて部分もあれど、それも受け売りの一種だろう。

 

「まあ、メルアレナが喜んでくれたのが救いだよな。正直なんかポエミーなセリフだなぁなんて思っていて、すみませんでした師匠……!」


 そんな謝罪の言葉にあわせて、黒板に記した文字を落としきる。

 学習室の窓から外を見ると、あたりはすでに夕焼けの色に染まっていた。

 術法式のコツ一つを伝えるのに、随分と時間がかかってしまった。

 

 だが、成果はあった。

 メルアレナは術法式のバランスを改善により、スームズかつ消耗を抑えて神術を行使できるようになったようだし……俺は俺で、大事なことを学ばせてもらった。

 

 途中、俺が術法を使って手本を見せられないことに関しては、メルアレナも疑問を抱いていた。

 しかしそこはそれ。

 身に付けていたアトマ阻害器と、口から出まかせの修練法のお陰で事無きを得ている。

 もっともそれが原因でこんな流れになったのだから、諸手をあげて喜ぶべき話でもないのだが。

 

「ていうか、メルアレナさん……なんかちょこちょこと気になることいってたな」

 

 一通りの片づけを終えた後、かるく掌を打ち合わせてチョークの埃を落としていると、不意に彼女の言葉が思い返されてくる。

 

 あの時は、教えることにいっぱいいっぱいで、その都度しっかりと返事を返すことも出来ずにいたが……

 術法に関するレクチャー行うその合間合間に、たしかメルアレナはこんなことを口にしていた。

 

「お話、とてもわかりやすいです……さすがは聖伐教団の誇り、白羽根の神殿従士フェレシーラ様が見込まれただけはありますね!」


「なるほど、術法式のバランス。そこが肝要だったのですね。描くように、謳うように、と。凄いですね、私よりたった一つ上なだけとはとても思えません」


「神殿に修行に来られていたとはお聞きしていましたが……術士としての鍛錬のみならず、戦士としての道も修めんとする飽くなき向上心。素晴らしい心掛け、感服いたします」

 

「そういえば……教会で小耳に挟んでいたのですが。ミグさんやイアンニ様だけでなく、ハンサ副従士長殿とも手合わせをされていたとか……!」


「しかも副従士長には負けたとはいえ、内容としては始終押しまくっていたとかで。あ、もしやあの屋根の大穴も、フラム様の魔術で!」

 

 うん。

 こうして思い返してみるとだ。

 かなりめちゃくちゃ言ってますね、メルアレナさん……!


 褒められると嬉しいからって、しっかりおぼえてる俺も大概だけどさ。

 

 噂には尾ひれが付き物。

 そうは言うけれども、最後のあたりとか中々に激しい。

 誰がハンサを押しまくっていたんだよってツッコミたかったけど、そこは魔術で大穴云々の勘違いを修正するのが限界だった。

 

 これ多分、メルアレナが教会に戻って更に尾ひれがつくんだろうなぁ……

 もう噂に背びれと鱗まで生えてきて、そのうち見事なお魚さんと化して貪竜湖に飛び込んでしまうのではなかろうか。

 そんなアホな想像をしつつ、俺は自室へと舞い戻る。

 

 ん? 

 あれ?

 なんか……大事なことを忘れているような、そんな気がしないでもないぞ?

 

 まあ慣れないことをして疲れたし、取りあえず部屋に戻ってから考えればいいかな……!



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