200. 残り二日を前にして
陽もとっぷりと暮れた頃、水晶灯の光で満たされた食堂にて。
「……と、いうことがあってですね」
いつもより少し遅めの夕食を取り終えてから、俺は皆に夕方の出来事を話していた。
「ふむ。警備の隙を狙い、神殿に入り込んでくるとは。ハンサ副従士長に言わせれば、由々しき事態という奴だね。なかなか面白い連中じゃないか」
「メタルカ共和国から流れてきた冒険者……ええと、『雷閃士団』でしたっけ。なんだかお話を聞く限り、強そうな雰囲気がしますけど。有名な人たちなんですか?」
「そうね。むこうでは名の知れたパーティで、特にリーダーのアレク・メレクは『雷閃』の名で知られた腕利きよ。『メタルカの金狼』『紫電の魔剣士』ともね。視た感じではあるけど、若手の冒険者の中では頭一つ抜けた存在なんじゃないかしら」
セレンがワインのグラスを手に。
パトリースがデザートのクッキーを握りしめながら。
そしてフェレシーラが皆に遅れて食事を終えて……
各々、冒険者パーティ『雷閃士団』ついて言及し始めていた。
そんな三人を、俺はホムラをお腹の前で抱えつつ見渡してゆき、ある一点で動きとめる。
「……なによ、フラム。突然、人のことじっと見つめてきちゃったりして」
「あ、いや。体調、どうだったのかなーって思ってさ。喋りはしっかりしてるみたいだけど。まだ気分が優れないなら、休んでていいんだぞ。フェレシーラ」
「それはお気遣いいただき、ありがとうございます。でも、もう平気よ。アトマ欠乏症なんて初めてのことだったから、ちょっと体がびっくりしただけ。食欲だって、この通りよ」
こちらの視線を遮るように、彼女はミートローフを切り分けるのに用いたフォークを左右に振ってきた。
お行儀が悪いですよ、フェレシーラさん。
それと飲み切れなかったスープをこっちに寄せてくるのはいいけど、スプーンを入れっぱなしにしちゃダメですよ?
二人で宿を取ってる時なら別に気にしないけどさ。
ていうか、いつもよりも明らかに食べるペースが遅かったし、さすがにまだ本調子じゃないだろう。
様子がおかしかったら、強引にでも休ませないとだ。
「ピ! ピキュィ♪」
「お? うんうん。お前もそう思うよな、ホムラ。ちゃんとお腹いっぱいにしておいたか? お前成長期だから、まだあちこち大きくなるんだし。フェレシーラに負けるなよー」
「ピピー! グルルルゥ……ピ♪」
「ちょっと。なに二人でこそこそ話してるのよ。成長云々なら、まず自分のことを心配したら?」
「ぐ……!? こそこそって、思い切り聞き取ってるじぇねーか、この地獄み――あだっ!? ちょ、だからお前、蹴るなっていってるだろ!? リーチ差考えろよな!」
「ふふーんだ。悔しかったら、私より足長くなってみせなさいよーだ」
「んだとお前! 人が心配して下手に出てると思ってなぁ!」
「ピ? ピピピ……ピー♪」
突如始まる、テーブルを挟んでの攻防戦。
伸ばした脚で繰り広げれる水面下の戦い。
それをなんのじゃれ合いと思ったのか、ホムラが周りでうろちょろと喜び駆け回る。
「えと。いいんですか、セレン様。あれ放っておいて……病み上がりにまた倒れちゃいますよ」
「構わんよ。いまは私がついている。やらせておき給え。あれこれと思い悩みすぎるよりはいいからね」
「それはまあ、たしかに。それにしてもフェレシーラ様が倒れられたのもですけど……正体不明の『声』に、体の乗っ取りですか。その上、依頼に競争相手まで出現とか。なんだかすごい状況ですね。私、頭が混乱しちゃいそうです」
「うむ。パトリース嬢のいうとおりだね。しかしまあ、対処すべきことを絞っていけば良いよ。特にアレクという冒険者の動向は現状そう気にする必要もない。そうだろう、フェレシーラ嬢」
「へ……? あ、はい、セレン様……!」
パトリースとの会話に興じていたセレンから話の矛先を振られて、慌ててフェレシーラが姿勢を正す。
やーい、焦ってやんのコイツ。
あ……ちょ、ホムラ! こっちの足をつつくなって!
攻めるなら向こうがチャンスだろ!
「そうですね……ジングを名乗る者がフラムの体を乗っ取ったという話に関しては、俄かには信じ難い部分はありますが。仰られるようにアレク・メレクの行動に関しては、むしろありがたい話ですね。あちらの望む形になるとも思えませんし」
フェレシーラがこちらに視線を送りつつも、セレンの言葉に同意を示した。
それを受けて、俺もふたたびホムラを抱えて居ずまいを正す。
あれからアレクさんとエピニオが、ミストピアの街へと舞い戻った後。
俺は診療所で目を覚ましていたフェレシーラの様子を確認してから、まずはセレンに事の経緯を話し、今後の動きについて相談していた。
『まずはジングの件をフェレシーラ嬢に伝えておこう。パトリース嬢も交えてね』
『パトリースにも、ですか。正直、巻き込むことになるので抵抗がありますけど……』
『言いたいことはわかるよ。しかし実際に乗っ取りが起きた際に、事情を知っているかどうかでは対応に大きな差がでる。そのアレクという男の誘いに応じた件もだが……本来であれば、私も神殿にすべて伝えておかねばならない立場だからね』
セレンにそう言われて、俺は返す言葉がなかった。
神殿、ひいては聖伐教団に事が露見すれば、俺は危険人物として処罰される可能性がある。
それをセレンは「疑わしきを罰するのは流儀ではない」と言って、口外せずにいるのだ。
正直いって、相当なリスクを背負わせてしまっている。
そんな状況下で、俺は好奇心から手紙の誘いにほいほいと乗ってしまい……その結果、一時的にとはいえよそ者を神殿に侵入させてしまったのだ。
セレンからすれば、こちらは問題児もいいところ。
いい加減に匙を投げ出してしまっても、仕方のないところだろう。
……正直、どうして彼女がここまで協力をしてくれるのか、不思議に思わないでもなかった。
同じ聖伐教団に所属する、フェレシーラに対してはともかくとして。
なんの縁も義理もない俺に肩入れをするのは、奇妙ですらある。
このプチ神殿を造るのに用いた陣術、『大地変成』の触媒に関してもそうだ。
これだけの建物を生み出せたことが気になって、興味本位で彼女に尋ねてみたところ……
ドン引きするほどのレベルの、超高額な素材を使用していたことが発覚したのだ。
『魔幻従士などというものをやっていれば、相応の素材は手に入るからね。私は私のやりたかった術を試みただけだ。君が気にすることではないよ』
恐縮する俺に、セレンはどこかで耳にした覚えのある言葉を口に、しかし彼女らしいと思える面持ちで応えてきた。
『それよりも、いまは一旦状況を整理するのが先だ。あれこれと立て続けに事が起こるのは、そういうものだと割り切るしかない。心が乱されるのも仕方はない』
しかしね、と付け加えてからセレンは続けてきた。
『君はまだ若い。若くて良いのだ。失敗すしても良い。頼れるものを頼り、縋るべきものに縋ることを恥じる必要はない』
『……はい』
感情の揺らぎを伴わないその言葉に、俺は深く首を垂れることしか出来なかった。
ふと、いつかこの恩を返せるのだろうという想いが、脳裏を掠めはしたが……
いまは己自身の足で立つことが先決だと、他ならぬセレンの言葉から思い直す。
「アレクさん……いえ。『雷閃士団』の面々が依頼に乗り気なのであれば、好きにさせればいい。俺とフェレシーラに必要なのは影人討伐の実績。あちらの思惑は、ありがたく利用させてもらう。そういうことですね」
「ああ。いまは渡りに船、とでも思っておけば良い。彼らの話はここまでだね」
フェレシーラの言葉に俺が続くと、セレンが頷きをみせてきた。
「では、明日の特訓再開を前に。そろそろ本題に入ろうか」
その言葉に、居合わせた全員が背筋を正す。
「やるべきことは一つ。ジングを名乗る、その傍迷惑な痴れ者を……」
黒衣の裾を、椅子に座しつつもわざとらしくバサリと翻して、
「フラムくんに、見事御する術を身につけてもらう。その為に、残り二日間……皆に尽力して願うよ」
ミストピア神殿が擁する魔幻従士が、その整った唇をニヤリと歪めてみせてきた。
そこに頷きが三つ、揃って返される。
折角の宣戦布告ですが……なんかスルーする感じになりそうで、すみませんアレクさん……!
それとホムラの面倒みてくれて、本当にありがとうございました!
ていうかお前、こんなシリアスな場面で足をツンツンつつくなよな!
最近、なにげに嘴まで結構鋭くなってきてないか!?