199. 金狼、未だ狙い違えず
神殿を守る石壁が、落日の朱に染まりきる。
「商売敵って……それって、どういう意味なんでしょうか」
魔剣士――といっても、今日は腰に長剣を佩いてはいないが――アレクからの突然の宣言に、俺は頭なかであれこれと推測を立てつつ、問いかけを行っていた。
アレクさんから届いた呼び出しの手紙。
それだけが記された手紙であるからには、彼とてこちらが誘いに応じない可能性も考慮してはいただろう。
「その質問に答える前に……まずは礼を言うのが先だったね。今日はいきなりの誘いに応えてくれて、感謝するよ。ありがとう」
そういうと、彼はあっさりと握手をほどいてきた。
「それで、君の質問に対してなんだけど……実はこれが、守秘義務ってヤツで詳しくは答えられなくてね。あっはっは」
「いやお前、こんな真似しておいてそんな返事で済むわけないだろ。ごめんねー、フラムっち。ウチのリーダーいっつもこんな感じでさぁ。あ、言っとくけど私はとめたからね。それをコイツが、一人で壁登れないから先に昇って鉤縄つけてくれなんて、なっさけないこと頼み込んできてさー」
「いやぁ、すまないね。エピニオにも手間をかけて。助かったよ」
自由となった右手の感触をなんとなく確かめていると、アレクさんとエピニオがそんなことを口にしてきた。
守秘義務。
そして商売敵。
それでもって、詳細な内容なしでの俺に対する呼び出し。
相手の見せ札と伏せ札を手掛かりに、ちょっとだけ考えてみる。
多分だけど、これは半分は思いつきみたいなものだろう。
そう複雑な理由や狙いはない。
一体何故、そう思うかといえば……
このやり口では俺が忙しかったり、呼び出し自体を警戒して、この場に現れなければすべてが徒労、ふいになるからだ。
出向いてくれば御の字、ちょっとしたラッキー。
その程度のものだろう。
「なるほど、それでだったんですね。大体の事情はわかりました」
「え、なに。いきなり一端の口の利き方するね、キミ。いまので一体なにがわかったのさ」
「う――べ、別にそんな大層な意味でいったわけじゃないぞ。ただ、さ」
やや挑戦的な目付きとなったエピニオに、俺は呼び出しの手紙を見せつつ続けた。
「ここに『南角、朱が聳え立つ場所にて』とだけあるけど。これだけじゃ例え教団の人が手紙の内容をあらためても、なにがなんだかわかんないだろ? でも……俺が大体でもどこにいるかってわかってさえいれば、こっちはここに出向くことは出来る。他に条件を満たせる場所が見当たらないしな」
「ありゃ……ほんとだ、マジでそれしか書いてないね。ちょっと、アレク! お前よくこんな適当な手紙だせたな!」
「いやぁ、それぐらいにしておかないとね。聖伐教団って、話に聞いてたよりも面倒くさそうだろ? 念には念、ってヤツだよ。フラムくんになら、ワンチャンそれで通じると思ってさ」
エピニオのツッコミにも、アレクさんはいつもの調子を崩さない。
二人のやり取りをみていると、一見緊迫感が欠けており、お軽いノリにみえるが……
実際のところ今回のやり取りは、まあまあ危ない橋を渡っている、というところだろう。
神殿に不法侵入したことが教団側にバレては、お咎めを受ける。
なので手紙には『アレク』という名と、必要最低限の文字しか記されていなかったのだ。
無論、この二人のことだ。
文字の意味するところを悟られて、侵入を試みる者がありと警備を敷かれている気配があれば、ノコノコと姿を現したりはしなかった筈だ。
そこに関しては、俺も同じだしな。
こっちはこっちでホムラを散歩に連れ出していました、で言い訳も効くと思うけど。
「でも、これってつまり……俺とフェレシーラが神殿にいるってことだけでなく。修練場に通っているのも外に洩れているってことですよね。さすがに内部に忍び込んでまで、調査したわけではないでしょうし」
「そういうことだね――っとぉ」
「ピィ♪」
こちらの指摘にアレクさんが片目を閉じての肯定を行うと、なんとそこにホムラがじゃれつきにいった。
「あ――す、すみません、アレクさん……! こら、ホムラ! いきなり人の顔に飛びつくな! びっくりするだろ!」
「いいよいいよ、これでもお転婆な子たちの扱いには慣れてるからさ。おチビちゃんも暫くぶりだね」
「ピッピィ♪」
あれ……?
なんだろう、アレクさんとホムラのこの感じ。
もしかしてだけど、これってまさか……!
「あの、いきなりつかぬ事をお聞きしてしまうんですけど。もしかしてアレクさん……冒険者ギルドでお話した日の、夕方頃に。街でうろついてたホムラを、見かけていたんじゃないでしょうか……?」
「うん? ああ……そうだね。たしかその日だったかな。ちょっと眺めのいい所から湖を見ていたら、おチビちゃんが飛んできたのは」
マジか。
マジですか。
まさかの宿から脱走していた間に、そんなことになっていたとは露知らず。
「うあぁ……ウチのホムラが御厄介になっていて、すみませんでした……!」
「え、なになに。いきなりぜんぜん、なんの話かわかんないんですけどぉ」
「あっはっは。まあ、迷子になるのが得意は飼い主だけじゃなかった、ってところかな。なあ、フラムくん」
「う――そ、そういう事ですね。揃ってご迷惑をおかけしたようで……ホムラ、お願いだからちょっと大人しくしてろって……!」
「ピピーィ♪」
「いやいやわからんし! ていうか、そろそろ戻らないと見回りがくる頃だぞ。二人一組、神殿従士と神官。しかも今日はベテランのコンビぽいし。誰かさんが騒ぎ起こしたせいか、警戒モードってヤツな」
うおー……今度はそっちの話題か。
てか、そもそもそっちが本題だった……!
「そうでした、そのことでお聞きしたくて。もしかしなくても、ここの試合場の外壁が壊されたって話。街で噂になってたりとか……しませんよね?」
「いやー。そこなんだけどね」
恐る恐る発したこちらの質問に、アレクさんが「ビッ!」と親指を立ててきた。
「残念ながら、バッチリなってるよ。補修作業に出向いていた石工職人から、街に繰り出した教団の若い子たちまで、あれこれ噂し放題だ。魔物の襲撃で吹き飛んだじゃないかとか、誰かが白羽根様の逆鱗に触れた結果じゃないかとか。そりゃーもう、昨日から冒険者ギルドでもその話で持ちきりってヤツさ」
「……なるほど。そうなっちゃうわけですね。教えていただき、ありがとうございます」
爽やかさ100%の笑顔でもって放たれてきたその答えに、思わず溜息が洩れてしまう。
突然なこともあり、少しばかり会話があっちこっちに飛んでしまっていたが……
「おかげで大体の状況は掴めました。つまり、アレクさんの率いる『雷閃士団』は」
もう一度頭の中で今回の件を整理しつつ、俺は断定を進める。
守秘義務。
商売敵。
そしてわざわざリスクを冒してまで、姿を現しての宣戦布告。
「影人討伐の参加者として、討伐報酬の競合相手になった、と。そして結果でもって――」
その上で考える。
アレクさんが、冒険者ギルドでこちらに提案してきた、その内容を。
「俺とフェレシーラを、あらためて『雷閃士団』に勧誘するつもりなんですね」
その言葉に、『紫電の金狼』が満面の笑みで返してきた。
うん。
なんとなく、手紙を読んだ時点で、そうじゃないかと思ってはいたけど。
ほんとブレないし、いつも楽しそうだな、この人!