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196. 来客と教訓と

 休憩中にやってきた、突然の来客。

 

「誰だろ……パトリース――いや、フェレシーラか?」 

 

 その相手を予想しながらも、俺は反射的に寝台から身を起こす。 

 両手の腕輪が重いせいで、なんか微妙に腹筋運動みたいになってしまうが気にしない。


 そうしている間にも、部屋の中にノック音が響く。

 うん。

 この叩き方はフェレシーラじゃなさそうだ。

 なんていうか、あいつのノックの仕方って独特のリズムがあるからな。

 

 始めは「コンコン」ってくるけどそのあと「コンココン、コココン」って感じで変化をつけてくるからな。

 それと比べてみると、いま行われているノックは一定のリズムを繰り返すのみ。

 となると、相手はパトリースか……

 もしかしたらミグやイアンニかもしれない。

 なんにせよ、無駄に待たせるのも悪いだろう。

 

「へーい、空いてますよー」


 部屋の入口へと向かいながら、俺は返事をおこなった。 

 すると……

 

「失礼いたします。ミストピア教会所属、三級神官メルアレナ・ディアリーンです」


 真新しい木製の扉の向こうより、聞き覚えのある声がやってきた。

 そしてその名前にもまた、覚えがある。

 

 メルアレナ。

 俺がフェレシーラに影人調査の依頼を行った時に、教会で対応をしてくれた少女の名前だ。

 でもたしか、あの時は――

 

 っと、いけないいけない。

 相手もしっかり名乗ってきているし、これ以上待たせるのも失礼だ。

 急ぎ入口へと向かい扉を開くと、かすがいの小さく軋む音が発せられてきた。

 

 今更ながら、こんな細かい代物まで再現してるってどんだけなんですか、セレンさん。

 神殿の構造自体は以前から細かく把握していたとしても、色々とおかしすぎる。

 

「お疲れ様です。フラム様」

「あ、これはどうも、こちらこそ」


 扉を開け放つと、青いローブを身に纏った黒髪の少女が控えていた。

 落ち着いた雰囲気と清潔感のある身だしなみ。

 

「お疲れ様です、メルアレナさん」

 

 首を垂れてきた所作こそ可愛らしさが残るが、その雰囲気と依頼の受理でお世話になっていた関係で、さん付けになってしまう。

 たぶんこっちとそう歳も変わらないとは思うけど、こういうのってわりと最初の出会い方、第一印象で決まりがちだよなぁ。


 なんてことを考えつつも、俺はメルアレナに対応する。

 通路に立たせっぱなしもなんだろうと大きく一歩下がると、彼女は半歩だけ前へと進み出てきた。

 

 うん、やっぱり勘違いじゃない。

 彼女の左胸をみて、俺は自分の記憶が正しかったことを再確認した。

 

「昇進されていたんですね。おめでとうございます」

 

 こちらがそう口にすると、メルアレナが目をまん丸に見開き、驚いたような表情をみせてきた。

 

「あ――ありがとう、ございます! フラム様! そうなんです、ちょうど今朝、神官長から辞令があって……この度めでたく三級昇進へと相成りました」


 始めの方は喜びに満ちた声で、後にいくほど普段の調子に戻りつつも……メルアレナが更に半歩前にピョコンと進み出てきた。 

 

 うん。良かった、勘違いじゃなくて。

 以前に彼女の法衣を目にしたとき、そこにあったのは赤銅色の星、四級神官の証だった。

 しかし今はそこに、ピカピカの青銅色の星が輝いている。 

 それ即ち、三級神官の証だ。

 

「覚えていてくださったんですね。嬉しいです……えへへ」


 昇進を祝ってきたことが余程嬉しかったのだろう。

 照れ笑いをするメルアレナに、俺は「おめでとうございます」と祝辞の言葉を重ねた。

 

 しかしまだ若いのに三級神官か。

 職種が違うとはいえ、ミグが三級従士であの腕前なことを考えると……彼女もきっと優秀なんだろうな。

 喜ぶメルアレナに、俺は再び声をかけた。

 

「ところで今日は、何故ここに? セレンさんなら、ついさっきカーニン従士長のところに向かったところでして。フェレシーラは……ちょっと休んでいたんですけど」

「いえ、本日用件があったのはフラム様にでしたので」

 

 やや早口となったこちらに対する、メルアレナの返答は意外なものだった。

 

「俺に用……ですか?」

「はい。これを。昨日の夕方に教会で預かっていた、フラム様宛てのお手紙です」


 そう言いながら、彼女は一通の茶封筒を差し出してきた。

 何の変哲もないその封筒を受け取ろうとして、そこに手を伸ばす。

 するとメルアレナが、突然ぎょっとした表情となり後退りした。

 

 あ。

 しまった、そうだった。

 

「すみません、驚かせてしまって……!」

「い、いえ……こちらこそ、失礼いたしました……申し訳ございません……っ」 

 

 互い謝罪の言葉を口にしつつも、微妙な空気が場に満ちる。

 しかしそれも当然だ。

 何の事情も知らないメルアレナにしてみれば、驚いたどころの話ではなかっただろう。

 

「えと……フラム様につかぬ事をお聞きいたしますが。なんでその腕輪、つけてるんですか……? それって教団の、アトマ阻害器ですよね……?」

 

 それまでの親しみすら感じさせる立ち振る舞いとは打って変わって、思いっきり及び腰な態度でメルアレナがこちらに問いかけてきた。

 

「ああ、いや、ちょっと色々ありまして……決して、犯罪に手を染めてとかではなくてですね……!」

「はぁ……」 

 

 具体性の欠片もない、言い訳同然のこちらの釈明の言葉に返されてきたのは、それに相応しい不審の声。

 ていうか、明らかにドン引きされてしまっている。

 これはちょっと誤解を解いておかないと、教会で噂になりでもしたらマズいかもしんない。

 

「あー……そうだ、これ、鍵とかかかっていないでしょう? 自分で外せるようになっているんですよ。ちょっと魔術の練習をするのに、これを使ってわざとアトマのコントロールを難しくしているんですよ」


 流石に思いつきもいいところだし、ちょっと苦しいか……と思いきや、

 

「……おぉ。なるほどです。そんな修練方法もあるのですね」


 メルアレナが「ポン」と掌を打ち合わせて、得心の表情をみせてきた。

 その反応をみるに、こちらの言葉を疑っている様子はない。

 

 え、マジか。

 超絶テキトーぬかしてしまったわけだが……いや、案外そういう使い方も効果的かもしれないのか?

 あとで時間があるときに試してみるか。

 

「ということは、私も腕輪を借りれば同じように訓練が出来るのでしょうか? 実は最近、神術の実技成果があまり芳しくなくて……」

「あ、いや……これは俺が個人的に試していることなので、一般的な練習方法じゃないですので」


 想定外の喰いつきを見せてきたメルアレナに、俺は若干焦りつつも会話の軌道修正を試みる。

 口から出まかせ、ってのをやってしまった以上、これ以上の嘘は避けたいところだ。

 

 取りあえずは阻害器を身に付けていても、周囲の皆に怪しまれなければ良いわけだし……


「そういうことでしたら、今度伸び悩んでいる部分を聞かせてもらえば。少しはアドバイスできるかも――」

「ほ、本当ですか? では失礼して……!」


 ……うん?

 あれ?

 

 いま俺、「今度」って言ったと思うんだけど。

 なんでメルアレナさん、普通に部屋に入ってきて椅子に腰かけているですか。

 

「それにしても驚きました。阻害器のこともですが……フラム様、魔術士だったんですね!」

「あ、いえ。魔術士というか、魔術士志望といいますか。というかですね、メルアレナさん」

「いやー、全然まったく欠片もそんな感じにみえなくて! 私、ほんと驚きました!」 

「ぐはっ!?」

「あ、あら? ど、どうされたのですか、フラム様? いきなり膝をつかれて……大丈夫ですか? あ、阻害器の反動で苦しんでいるのでしたら、早速『治癒』を使ってみますので……ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」


 いったいぜんたい、なにがどうしてそうなったのか。

 その日俺は、夕方を過ぎるまでメルアレナの術法指導に付き合う羽目に陥ってしまったのだった……

 

 教訓。

 その場の思い付きの適当な嘘、よくない。

 


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