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195. 逆転の発想

「いててて……」

 

 右手人差し指の先端に残る、チクリとした感触。


「これで血液の採取は済んだ。後は一週間から十日で申請が受理されるだろう。それまで君は、住民権以外の権利を有した、仮の公国民として使われる」


 採血用の針がもたらしたに痛みに顔を顰めていると、黒衣の女史が説明の言葉と共に手にした小箱の蓋と閉じた。


「セレンさんも前もって教えてくれないなんて、人が悪いですね。まさか血液の保存機能が術具の能力で、血を採るのは針でブスッとだなんて……予想外もいいところですよ」

「複数の機能を一つの術具に持たせることは、可能であっても使い手に困るからね。体の外に流れ出た血は変容し固まるものだし、そうなってはアトマ認証の登録にも不都合がでる。採血機能とどちらを優先させるかとなれば、当然の帰結だよ」

「そういう理屈でなくて。単に一言欲しかったって話ですよ。おー……いちち」

「とは言いつつ、針が飛び出ても叫び声の一つもあげなかったのは偉いと思うよ。男の子だね」

「どんな褒め方ですか。小さな子供じゃあるまいし……ふぅ」


 不満たらたらとなりつつも、俺は丸椅子の上で安堵の溜息を洩らす。

 レゼノーヴァ公国民となる際に必要となる、アトマ認証登録の下準備。

 それを終えたことで、少し気分が落ち着いていた。


「それにしても……俺が公国民になる、ですか。その手は思いつかなかったなぁ」

「なにもかも一人で決めようと思い詰めるからだよ。事が事だけに、焦ってしまうのは仕方ないがね。しかしそれで自ら選択肢を狭めていては元も子もない。反省して、次に活かし給え」

「……はい。肝に銘じておきます、セレンさん」

「うむ。私はこれから公民権獲得への推薦状作成を、カーニン従士長に願い出にゆく。説明も必要だし、これなばりは伝言では済ませられないからね。フラム君は暫く休んでいるといい」


 その言葉には頷きと、深々とした礼を順に行い、俺はセレンが部屋から出ていくの見送った。


「休んでいろ、か……まあ、いまのところはジングのヤツも話しかけてきてないしな。少しのんびりしておくか」


 言いながら、今度は寝台へと転がる。

 頭を空っぽにしてシーツの上へと全身を投げ出すと、どっと疲れが押し寄せてきた。


 体の乗っ取りに対する、対応策。

 恒常的にやれるのが『声』への返事をしない、というもの。

 長期的に見込めるのが、レゼノーヴァ公国の公民権を得ておくということ。


「公国には、自国民をまもる責務がある、か……当たり前のことなんだろうかど、自分がその庇護下に入る、ってのは思いつきもしなかったな……」


 つい先刻、セレンがこちらに向けて行ってきた説明を思い返しつつ、俺は瞼を軽く閉じた。

 前提条件の入れ替え。

 彼女が口にしてきたのは、そういうものだった。


 レゼノーヴァ公国において、聖伐教団とそこに属する者はその手足となる動く義務と栄誉がある。

 その中の一つにある、守護栄務と呼ばれるもの。

 国内に現れる賊や魔物の排除……『公国、並びに公国民を脅かす存在への対処義務』が、彼らには課せられている。


 俺がジングに体を乗っ取られてしまい凶行に走れば、教団の人間は誇りと意地を以てそれを挫きにくる。

 当然そこには、神殿従士であるフェレシーラも加わることとなる。

 最悪の場合、俺がフェレシーラと別れることを考えていた理由はここにあった。


 どんな事情があれ、フェレシーラと敵対したくない。

 それは偽らざる俺の気持ち、本心だ。

 ここに関してはあれこれと思い悩む必要もないだろう。

 ただ、そうなる事は全力で回避すべきだと思うばかりだ。


 そして……フェレシーラとて、俺と敵対することは望まないであろうという、僅かながらの己惚れもあった。


 だから俺は、ギリギリのところ、最悪の事態を迎える前に、彼女と別れる必要があると考えていたのだ。

 セレンに指摘されたように、一人で思い詰めすぎだったのだろうと今は思う。

 でも本気でそう考えた。


 フェレシーラが苦しむ姿はみたくなかった。


 正直、俺の体が乗っ取られたところで……不意を突かれでもしなければ、彼女が遅れをとるだなんてことにはそうそう陥らないだろう。

 事前にジングの存在がわかっており、他の教団の人間と連携してあたれば、尚のこと対処は容易な筈だ。


 しかしそうなれば、彼女はきっと苦しむ。

 その上で、きっと自らの手でジングに引導を渡しにくるだろう。

 あいつはそういうヤツだ。

 決して人任せになんてしない。

 だからこれまで、俺のことも放り出さずに助けてくれたのだ。


 ……もしかしたら、暴れるジングを無力化した上で俺を助けようとするかもしれない。

 その可能性に期待しない自分がいないかといえば、それは嘘になる。

 なるが、そんな事態に陥ればフェレシーラの立場がない。


 白羽根という存在が如何に聖伐教団にとって大きくとも……

 いや。

 その存在の大きさ故に、公国に仇成す者の肩をもつなどという行為は赦されるないだろう。


 俺なりに、諸々考えた上での判断だったのだ。

 しかしそれも――


「俺が公国民になれれば、前提からして逆転する……か」


 セレンが口にした言葉。

 それを復唱して、俺は瞼を開く。


 言われてみればもっともな話だった。

 公国にとって害となる者から、国や民を守る責務が神殿従士に課されているのであれば……

 俺が公国民になれば良い、というのがセレンの言だった。


 そうなれば、ジングという悪漢に体を奪われかけている『公国民のフラム』は、たちまちフェレシーラにとって全力で守るべき対象となる。

 屁理屈っぽさが残るとはいえ、まっとうな理屈だった。


「ただなぁ……俺が問題人物であるってことを伏せて、申請を出すってのは。正直めちゃくちゃ後ろめたいけど」


 けど、だ。

 だけどそれで、大手を振ってフェレシーラと共にいられるのであれば、四の五のというつもりはない。いうべきではない。

 まあ心情的にはとても大手を振って、ともいかないが。


 ともあれセレンの提案というか指示は、ありがたかった。

 根本的な解決には至らなくとも、行動的にも時間的に余裕が生まれてくる。

 あとはセレンが戻ってくるのを待ち、フェレシーラとも話をしていけば良い。


 良いのだが……


「……暇だな」


 気持ちが落ち着くと、時間も体力もあり余っていた。


「さすがにコレを外して、術法の練習ってわけにもいかないしな」


 自らの両手に嵌めたアトマ阻害器である腕輪に視線を落として、途方に暮れる。

 というかコレ、結構重いぞ。

 さすがに鉛のようにとまではいかないが、普通に鉄製な上に霊銀盤が組み込まれているので、サイズもそれなりにある。


 いつもの悪癖。

 延々と続きかけた独白。


「休んでろって言われた手前、外をうろつくわけにも――ん?」


 それを遮り、木製の扉がノックされる乾いた音が部屋の中に響いてきた。



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