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192. 求め続けていた理由

「ふぅ……」


 与えられていた自室で、一人溜息をつく。

 部屋の中には俺以外いない。

 

 フェレシーラは大事をとって診療所で休んでもらっている。 

 ホムラは早めの昼食を摂った際にアトマの補給も終えていたので、いまはセレンが見てくれている。


「まあ、気休め程度にはなるかな」 

 

 呟きつつ、自身の両手首に付けられた腕輪型の術具に視線を落とす。

 アトマ阻害器。

 別名、術士殺しの腕輪。

 身に付けた者のアトマを相殺する、罪人用の拘束術具の一つだ。

 

 理屈としては、着用者がアトマを用いようとした際に、それに反応して『妨害』の術法が発動するという仕掛けらしい。

 この腕輪を用意してくれたセレンがいうには、これに手錠等を併用して対象の自由を奪うの一般的だとかなんとか。

 では一体何故、そんな物を俺が身につけているのかといえば。

 

「やっぱいるんだろうな。あの口振りだと、俺の中にあのジングってヤツが」

 

 あの診療所での、ジングを名乗る正体不明の男による肉体の乗っ取り……

 その再発を可能な限り抑制するために、俺がセレンに頼み、話を聞いた彼女がこの術具を用意してくれた、という流れだった。

 

 体の自由を他者に奪われる。

 セレンの話によると、そうした事例は過去にも何度かはあったらしい。

 だがそれは、何らかの手段で外部から操られていたという内容のものであり、こちらが彼女に打ち明けた内容とは相違点が多いとの話だった。

 

「どうしたもんかな、実際のとこ」

 

 意外なほどに平静な口振りで、俺は呟く。

 受けたあまりにショックが大きすぎたのか、はたまた起きた出来事を理解出来ずに、思考が現状に追いついていないのか。

 それとも、頭の何処かではこの事態を予想していた己がいたからか。

 

 ともあれ俺は寝台の上にうつ伏せとなり、昨晩から皴が残されたままでいたシーツをぼうっと眺めていた。

 

「フェレシーラのやつ、大丈夫かな……」

 

 人の心配をしている場合ではない。

 現実逃避だ。

 それがわかっていても、心配なものは心配だ。

 

「一人になる時間が必要だって言われたってさ」


 セレンに言わせれば「君の証言だけで、乗っ取りの話を事実として扱うことは難しい。傍から見れば結局なにもしていないのと同じだからな」、とのことだ。

 

 うん。

 たしかにあの場に誰かがいたら、急に口調の変わった俺がなんか独り言繰り返してただけだもんな。

 セレンのいうことは、もっともではある。

 ぶっちゃけ他人から見たら、ただの頭のおかしいヤツだろう。

 当事者である俺にしてみれば笑いごとではないが。

 

 ともあれそういうわけで、術具でアトマを使えないようにして放置、というのが現状だった。

 

「パトリースは……巻き込むわけにはいかないし。それいったら、皆だけどさ」


 何もすることがない。

独り言だけが、いつも以上に積み重なる。

 恐ろしいことにそれが現実だ。

 なにかするにしても、セレンが戻ってきてからだろう。


 実際問題、フェレシーラの復調を優先せねばならないし、そもそも何故、俺と彼女があそこまで激しく戦うことになったか、という問題も片付いてはいない。

 ぶっちゃけぐちゃぐちゃな状況だ。

 

「愚痴っていても仕方ない、か」 

 

 そう思い、俺は考える。

 内容は、あのジングという男……というより、ヤツが使ってきた『支配』もしくは『制約』と思われる術法に――

 

 いや、ここは術法だと決めつけるのもよくないか。

 あれだけ非常識な真似をしてくる相手だ。

 もしかしたら『起承結』の法則から外れた代物かもしれない。

 

 構成に関する理屈については情報が揃うまで一旦横に置いておき、単に『術』としておこう。

 その術について、俺は考えてみた。

 

「一番の問題は、対策、解決策が見つかるかだよな……」


 それを念頭に置き変えて、順序立ててみる。

 仮にアトマ阻害器が有効だとしても、これを身に付けたまま特訓に臨んだり、ましてや影人の討伐に出向くことなど到底不可能だ。

 当面はセレンにこちらの監視を頼みつつ、平時のみ身につけるか……予定そのものをなしにして、公都アレイザを目指すという展開になるかもしれない。

 

 言ってはなんだが、かなり不味い状況だ。

 俺が乗っ取りを受けて周囲に被害を出せば公国の人間に当然捕まるし、被害が出ずともろくな事態にはならないだろう。

 

「あの人、知ってたのかな……」

 

 思考が唐突に横に逸れる。

 まあそれも仕方のないことだろう。

 ああだこうだと頭を回してみようと頑張ってみたところで、俺が気にしていたのは結局それなのだ。

 

「師匠……マルゼスさん」

 

 決めつけるのはよくない。

 そう思っていても、いまの俺にはジングを名乗る何者かが自分の中に、隠れ潜んでいるという認識を拭い去ることは出来ず……そしてそのことを、育ての親であるマルゼス・フレイミングが知っていたのではないか、という疑念で頭の中がいっぱいだった。

 

 考えるな。

 現状掴めていることのみに対処しろ。

 理性と理屈でそう努めようとするも、上手くはいかない。

 悪い想像だけがどんどんと膨らんでいく。

 

 自分は問題があったから、きっと師匠に棄てられたのだ。

 そんな考えは、むしろマシだと言えた。

 原因があって放逐されたのであれば、まだ納得がゆく。

 めちゃくちゃな考えだが、いつもどこかで理由を求めていた気がする。

 

 理由もなく見放されたと思うと、それこそ心がもたなかったからだ。

 あのジングとかいうふざけた糞野郎が、あの人の前に姿を現していたのであれば。

 それはそれで納得がいく。

 

「駄目だな……なにがつまらない拘りは捨てただよ。なんにも成長してないな、俺……」

 

 不思議と涙は溢れてはこなかった。

 本当にそれらしい理由が見つかって、安心している自分がいたのかもしれない。

 ごろんと転がり、仰向けになってみる。

 

 まだ昼間なので、水晶灯は使用していない。

 だが、夜になれば頼らざるを得ないだろう。


 人は闇を畏れる。

 それが本能だ。

 

 薄暗い天井へと向けて俺は自身の右手を伸ばす。

 手。

 俺の手だった。


 今は思い通りに動く。

 だが、俺のこの手は――

 

「入るぞ、フラムくん」

 

 不意にやってきた確認の声に、我に返る。

 気付けば部屋の入口、扉が繰り返しノックされていた。

 

 セレンだ。

 おそらくフェレシーラの治療を終えて、こちらに向かってきてくれたのだろう。


「はい、セレンさん。お願いします」

 

 そう返しつつ、寝台から身を起こして頭を強く振る。

 パトリースとホムラの所在が気になり、半ば無意識のうちに右手の『探知』を起動しようとして……そこで俺は、自身が阻害器を身につけていたことを思い出した。

 

 腕輪をつけた両腕が、鉛のように重く感じられた。



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