表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

207/416

191. 賭け札の行方

 わかってはいた。

 理屈の上ではわかっていた。

 ジングを名乗るこの男は、危険だ。

 

 正体不明。

 突然こちらの体を奪ってくる。

 そして……明らかに気分屋で軽薄、人の命をなんとも思っていない。

 

「うむうむ……苦しゅうないぞ。このジング様に任せておけば、この程度のことはチョイチョイのチョイ、ってヤツよ」

 

 そんな奴にフェレシーラを任せるなど、あり得ない。

 そもそも彼女は一過性のアトマ欠乏により、体調を崩しているだけだ。

 適切な休息をとるだけで改善が見込めるのだ。

 それをわざわざ、こんなどこの誰ともしれないヤツの手に委ねるなど、言語道断だ。

 

 しかし……今の俺には、このジングとやり合う必要があった。

 故にここからは、最新の注意を払い『声』を投げかけねばならない。

 非常に危険な相手だ。

 それをいま一度、己に言い聞かせる。

 

 そうしながらも俺は一つの活路を見出していた。

 それこそが、俺が賭けに出た根拠だった。

 

『おい、あまり人の体でベラベラと喋らないでくれ。フェレシーラが目を覚ましたら、あんただって困るだろ。|俺は早く彼女を助けたいんだ《・・・・・・・・・・・・》』

「んお? あー……まあ、それもそうだな。わりぃなあ、久しぶりなモンでつい浮かれちまってよ。なんせ――っと。いけねぇいけねぇ。そうだな、無用なお喋りはナシでいこうや」 

『ああ……頼むよ、ジング。俺の願いを、聞いてくれるか?』


 久しぶり、そして……なんせ、なんだ? 

 コイツいま、なにを言いかけた?

 いや――いまは集中しないといけない。

 

 俺の予想では、ここが勝負どころだ。

 こちらが持ち得る武器は『声』のみ。

 それだけで、この状況をなんとかせねばならない。

 

「おう、いいぜぇ」


 直感的に、俺の眼が――フラム・アルバレットの肉体が、眼を細めたのがわかった。

 絶対的優位からくる、余裕の現れ。

 それもあるだろう。

 もしくは獲物を前にした猛禽が、狙い澄ましてそこに飛び掛かる、その予兆なのかもしれない。


 ともあれ、ジングが『準備』に入っていたことは予測できた。

 

「そんじゃまぁ、ここらでキメにいこうかね……さぁ小僧。お前の望みを口にしろ。どんなことであろうと、このジング様が叶えて進ぜよう」

『ああ――』


 その言葉を確認して、俺は告げる。 


『いますぐ、お前が使っている術を解除しろ』

「よしよし! それぐらい、お安い御用よ――って……へ?」


 出来るだけ手短に、そして明確に。

 俺はジングへの『お願い』を行った。

 

 それに対してジングは、上機嫌での安請け合いを口にしてきている。

 

「え、ちょ……おまっ! なに言ってやがんだこのクソガキゃあああぁぁぁ嗚呼っ!?』


 途端、診療所に響き渡る絶叫をあげたジングの声が、俺の中でのみ反響する『声』と化す。


「――ふう」 


 ようやく一息。

 俺は『自分の両手』をわきわきと動かして、安堵の溜息をついていた。

 

『テメェ! 引っかけやがったな! このニ……この俺様、ジング様を! たばかりやがったな、こんの糞餓鬼がぁ!』 

「……出来ればこの五月蠅い『声』も条件に入れたかったけど。出来るだけ手短にしたかったし、仕方ないか」

 

 うん。

 やっぱアホだわ、コイツ。 

 見事にこっちの刷り込みに引っかかってやんの。


『テメェ、そこの雌を助けてたいって言ってただろうが!』

「ああ、確かに言った。ただし、『俺は』ってな。あと二度とフェレシーラのことを雌って呼ぶな。殺すぞ」

『ぐぬ……!』


 感情任せに言い放った根拠のない警告にも、ジングは歯噛みするような『声』で返してくることしか出来ない様子だった。 


 よし。

 まだコイツ頭に血が昇ってるな。

 仕返しも兼ねて、いまの内にもう少し探りを入れておくことにしよう。

 

「てか、お前の『支配』って欠点だらけだな。式が丸わかりで騙すのも楽勝だったぞ」

『うるせぇ! んなこと俺様が知ったことかよ!』

「へぇ。他人が作った式に頼ってたってことか。そりゃあ条件達成への誘導も下手くそで納得だ。次はもう少し上手くやれよ、自称ジングさん。ま、次があればだけどな」

『んだとゴルァ! テメ、いまに見てやがれよ! 次にその体を乗っ取ったら、そこの……ああと、フェレシーラさんから血祭りにあげてやるからな!』


 微妙に丁寧になってんなよ、アホ。

 しかしちょっとばかり鎌をかけすぎた。

 頭の中でギャンギャン喚かれて、うるさいことこの上ない。

 いい加減イラついていたから、煽りまくりになってしまったのは仕方ないけどざ。

 

 まあ、しかしなんとかこの場は上手く凌げた。

 情報も追加で多少は掴めた。

 どうせなら、忘れないうちにお浚いしておくか。

 

「ええと……なんて言ってたっけ、お前。素直に育ったとか、話し合いをして体を返すとか、力を貸す約束とか……あとは、久しぶりとかも言ってたな。手掛かりになりそうなのはこれぐらいか」

『あぁん? テメ、イチイチ細かく覚えてんじゃねえぞ! 手掛かりたぁ、なんのつもりだッ!』

「なんのつもりって。そりゃ決まってるだろ……『お前を俺の中から』消すための手掛かりだよ」

『な……テメこのチビガキ! 言うに事を欠いて俺様を消すだと!?』 

「うっせ、チビいうな。アホのくせして大きなお世話だ」 

『んだと――!』 

 

 尚も喚き散らすジングに辟易としつつ、肩をコキコキと鳴らす。

 やはり、問題なく体は動いてくれている。

 今のところ、再び乗っ取られる兆候もみられない。

 

「フラ……ム?」


 体の調子をたしかめていると、寝台のほうから声がやってきた。

 みればフェレシーラが薄目をあけて、不安げな表情をみせていた。

 

「あぁ、ごめん……フェレシーラ。うるさかっただろ? 疲れているのに、わるかった」

「ううん。だいじょうぶ……そばにいてくれて、ありがとう……」

「どういたしまして、だ。もう暫く、休んでいてくれ。いまセレンさんを呼んでくるから」

「うん、わかった……」


 こちらの言葉に、フェレシーラがこくりと頷いてくる。

 普段よりも明らかに幼い口調なのは、まだ意識がはっきりとしていないせいだろう。

 

「はやく、もどってきてね……」 

「ああ。すぐ、戻る」 

 

 揺れる亜麻色の髪を優しく撫でつけて、青い瞳に微笑みかけてから……

 俺はセレンの元に向かうために、足早となり診療所を後にした。

 

 

 

 

「お願いがあります。俺を監視していて欲しいです」

「――ふむ」 

 

 診療所を出てすぐに『探知』を探ると、すぐに翡翠色に輝くホムラのアトマが視てとれた。

 それを頼りに向かった先は、昨日陣術の説明にも用いた学習室。

 そこでセレンは、ホムラを膝に抱えて安楽椅子で寛いでいた。

 

「白羽根殿がアトマ欠乏症を起こしたことは把握したが。いまの話について詳しく聞いても善いかな? さすがに唐突なのでね」

「つい先ほど診療所で、正体不明の何者かが、俺の体を乗っ取ってきました。おそらく限定的な『支配』か……今にして思えば『制約』の、どちらかの術を使っています。一旦は条件を逆手にとって体を取り戻せたので、術者側にも効果が及ぶ『制約』である可能性が非常に高いです」

「ほう……よく独力で対応できたね。術法式を解析したのかい?」 

「いえ、こちらは相手にしか聞こえない『声』しか出せなかったので。当たりをつけて、相手の縛りを利用しました。具体的には、『願いを叶えてやる』と口にさせてから術の解除を要求しました」

「ん? よくそれで相手が応じたね。察するに……アホかな? その『声』の相手は」

「ええ。アホでした。それもかなりの。それと、さっきまでは五月蠅いぐらいに頭の中に響いていたアホの『声』が、いまは途絶えています」

「なるほど」


 ぎしりと椅子を軋ませて、セレンが暫し瞑想に耽る。

 ちなみにパトリースは食堂で昼食の準備に取り掛かってくれているらしい。

 出来れば巻き込みたくはなかったので、二重の意味でありがたい。

 

「ふむ……非常に興味深いね。よろしい、協力しよう。だかまずは白羽根殿の容態を診ねばならん。落ち着くまでは、彼女には一旦話を伏せておくとして……合間合間で話を聞かせてもらうよ」

「ありがとうございます……!」 

「ピ!」


 こちらが深く首を垂れると、それに合わせるようにホムラが声をあげてきた。

 これでジングが俺の体を乗っ取った際の、保険が一つ出来た。

 

 後はフェレシーラの回復を待ち、どう話を切り出すかだった。

 その後のことを考える余裕は、まだありそうになかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ