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190. - evil soul -

「しっかしまあ……」


 両肩をうねらせるようにして動かしつつ、

 

「なかなか素直に育ったじゃねえか。あの時とは大違いだぜ。感心、感心」


 そいつは俺の首を(・・・・・・・・)コキコキと鳴らしてきた。

 

『な……なんなんだ、お前!』

「おおっと、元気じゃねえか。ま、そう怒鳴るな怒鳴るな。わるいようにはしねえからよ……クカカ」


 尚も俺の口から、余裕綽々といった感の声が響く。

 

「とはいえ、テメェが喚きたくなるのも仕方はねぇ。てなわけで……まずはまあ、ちょいと話を聞けや小僧。優しいやっさすぅい俺様が教えてやるからよぉ。だがぁ、大人しくしていねぇと――わかるな?」


 妙に掠れた声と共に、右腕が動く。寝台に横たわる少女、フェレシーラの喉元へと向けて。

 

『や――やめろ!』 

「おいおい。いま怒鳴るなといったばかりだぜ? マジでこのお嬢ちゃんの首根っこへし折ってやらねえとわかんねえのか? わかってんだろ? いまこの体は俺様のモンだ。それぐらいのことは楽勝だぜ?」 

『……!』


 わきわきと調子を確かめるようにして、右腕が動く。

 俺の――フラム・アルバレットのものであった筈の、しかし一切、小指の一本たりとて、こちらが思うように動かせなくなった右腕が……

 今度は「チッチッチ」という掠れた声に合わせて人差し指を横に振り、軽妙なリズムを刻んできた。


「いよぅし。いいぜ、そのまま黙って聞いてろよ? 今日のところはアレだ、アレ……話し合い、ってヤツをしにきたんだからよ。それが終われば、この身体も返してやる。今日のところは、な……カカカ」

『……なんなんだ、お前は。返してやるって、どういうことだ……!』


 べらべらと調子良く喋り続ける、『俺の口』。

 それに対して俺は唸るような声を向けるも、『俺の口』は動かない。

 

 身体が動かない。

 そればかりか、いきなりやってきた『声』の主に、いいように操られて――いや、完全に乗っ取られてしまっている。

 

 理解し難いことではあったが、認めるしかなかった。

 俺の発したつもりの『声』が、そいつに対して届いているということも含めて、認めるより他になかった。

 

 何故そうなったのか、理由はまったくわからない。

 頭の片隅を「どうすればコイツから、自分の身体を取り戻せるのか」という思考が掠めて、それを無理矢理に打ち消す。


 考えていることを読まれてはならない。

 コイツの思うようにさせてはいけない。

 反射的に、本能的に、わけもわからぬままにそう感じていた。

 

「なんなんだ、って言われてもなぁ……ま、味方だよ、みーかーた。わかるか? 俺様はお前の敵じゃねえ。だから安心しろって。な?」

『……わかった。まずは信じる。ただし、お前が彼女に……フェレシーラに手を出さないならだ』

「おっと。それは命令ってヤツか? 好きじゃねえんだよなぁ。俺様、命令されるのって。あーあ、折角ヘイワテキ、ってヤツでいこうと思ってたのによ。誰かさんのせいで手元が狂っちまっても、俺様しーらねっと」

『……!』


 再びわきわきと動き始めた右上を前に、俺は『声』を発するのをやめる。

 そして、考える。

 

『……フェレシーラには手を出さないでくれ。いや、出さないで……ください』

「カカカ。よくわかってんじゃねえか、自分の立場ってヤツがよ。これまた感心感心、と」


 俺の『声』に気を良くしたのか、そいつは右腕の動きを止めてきた。

 

 ……ここまでの出来事、やり取りでわかったことが幾つかある。

 その中で最も大事なことは二つ。

 

 今現在、俺の肉体は何者かに乗っ取りを受けている。

 そしておそらくではあるが、こちらの『声』はその何者かに届いてはいても、考えていることまでは……『思考』までは届いてはいない。

 

 それを証明するべく、先ほどから心の中で罵声を投げつけているが反応はない。

 相手を刺激しかねない行動だったが、ここは重要なポイントだった。


『それで結局、あんたは何者なんだよ』 


 このクソ野郎、と心の中で付け加えつつ俺はそいつに問いかける。

 すると「ふふん」と勝ち誇るようにして鼻が鳴らされてきた。


「そいつはちと、教えることは出来ねえ相談ってヤツだな。しかしまぁ、そうはいっても呼び名がないのも面倒か。ふーむ……」

 

 何事かを思案する風に、そいつが俺の口でもって唸る。

 しばらく様子を窺っていると、突然「ぽん」と手と手が打ち鳴らされた。

 

「いよぅし! これだ! これでいくか! 我が名は……ジング。ジングだ。これから俺様のことは、ジング、と呼べ。いいな、小僧」

『……わかった。ジング』

「うむうむ。いいねぇ。いい響きじゃねえか。我ながらパ~フェクトなネーミングセンスしてやがるぜぇ」

 

 フンフンと鼻を鳴らして、そのまま放っておけば下手くそな鼻歌の一つも披露してきそうなそいつ……ジングについて、俺は考えた。

 

 こいつに関して推測されることが、もう一つ。

 それはおそらく、このジングを名乗る正体不明の輩は『俺に対する完全な拘束力』を持ち合わせていないか……もしくは、『俺に徹底的な反抗に及ばれると都合が悪い』ということだった。

 

 俺が何故、そんな推測に至ったのか。

 答えは簡単だ。

 深く考えるまでもなかった。

 

 一々フェレシーラの身の安全を盾にして、こちらにアレコレと要求をつけてくる。

 その上でわざわざ『話し合いがしたい』『身体を返してやる』だなどと……

 人の身体の自由を奪っておきながら、いけしゃあしゃあと口にしてくる辺り。

 こいつの『支配』が完璧なものでないことは、予想できた。

 

 不完全な『支配』の術。

 それもきっと、『時間制限』や『条件付き』の限定的な代物だ。

 あまり推測ばかり重ねるのも良くないので、一つ探りを入れてみる。

 

『ここに来てから俺に話しかけてきていたのも、アンタだったのか。ジング』


 正体不明であった『声』とジングの関係性について、確かめておく。

 そのついでに名前を付け加えておくのも忘れない。

 俺の勘が正しければ――

 

「おうよ。察しがいいじゃねえか。その通りだぜ。ま、ここに来てから、ってわけでもねえんだがな……名答、ってヤツだ。カカカ」

 

 察しの通りに、ジングは上機嫌となって問いかけに答えてきた。

 それもオマケの情報付きで。

 

 やはりこいつはこちらの見立て通りに、あの『声』の主であり……同時に、自身が『ジング』という名前で呼ばれることをいたく気に入っている節がみられた。

 その理由はわからない。

 わからないが、それを利用しない手はないだろう。 

 

 いまコイツに、反抗の意志を気取られるわけにはいかなかった。

 ジングの『支配』には、大きな欠点……穴がどこかにある。

 それを突き止めれば、なんらかの手段で身体の自由を取り戻せるはずなのだ。

 

 そう思わなければ、それを心の支えにしなければ、頭がどうにかなってしまいそうな状況だった。

 そしてそれだけは、この状況下で自暴自棄になることだけは、なんとしても避けねばならない。

 

 そんな真似を仕出かしてジングを刺激してしまえば、フェレシーラに危険が及びかねない。

 それだけは絶対に回避しなければいけなかった。

 故に、いまの俺は下手な行動にでることだけは出来なかった。

 

『それで、ジング。話し合いがしたいっていうのは、一体どういうことなんだ』 

「おおっとそうだ。いけねえいけねえ、ちょいと急がねえとな。今回は約束だったもんなぁ。力を貸してやるってよ」 

 

 急がねばならない。

 約束だった。

 

 ……こいつが口三味線を引いているのでなければ、これでまた判断材料が増えた。

 ジングによる『支配』を何としても打ち破り、身体の自由を取り戻す。

 力を貸すという言葉も気になりはした。

 

「ま、今日お前がやってたことはちょいちょい『視えて』いたからよ。このジング様に任せておきな。要するに、テメエのオンナを助けたんいだろ? この身体で造られたアトマを注ぎ込んでな」

『それは……』 

 

 ジングからの提案。視えていたという言葉。

 ……要するになどと言いながらの、余計な一言。

 

 いま一度考えてみる。

 忌々しい『支配』の術の、その切っ掛けと継続のための条件について、可能な限り考え抜き――

 

『頼む、ジング。俺に力を貸してくれ』


 時間を稼ぐという安全策を投げ捨てて、俺は一つの賭けに打って出た。



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