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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
七章

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185. 『激突』

 出力大上昇、持続強化、射角変動。

 おそらくはそれら複数のアレンジが組み込まれ、相応のアトマが籠められた『光弾』。

 

 フェレシーラが用いたそれは、もはや『光線』と呼称すべき代物だった。

 術法の起点。

 即ち術者の両掌より扇状に薙ぎ払われることで、範囲内に存在するものを消し飛ばす、光の裁き。

 

 それがご丁寧にも、大跳躍からの着地寸前にアトマを放ち右に跳ね飛んでいた俺目掛けて、先回りする形で放たれてきていた。

 

 迫る光の帯に対して、こちらが打てる手は限られている。

 回避はまず不可能。

 再度アトマを下側に放ち、反動で上に逃れるには『溜め』が足りない。

 アトマを瞬間的に放てば守りは薄くなり、直撃どころか掠めただけでも大ダメージを被るだろう。

 

 アトマを身に纏っての防御。

 それが最善手かに思えた。

 外に放つそれに比べて、防御力の向上にアトマを振り分けるのに『溜め』は要らない。

 直感的にもそれは理解できた。

 そうすればダメージは受けつつも、『光線』の一撃をなんとか凌げるであろうことも、予想できた。

 

『あれ――』

 

 刹那に思えた思考の中で、しかし俺は、己がその二つとは全く異なる選択肢に身を任せようとしていることを知覚する。


 いつまで逃げ回るのかと彼女はいった。

 本気でかかってこい、とも。

 その言葉にはきっと意味がある。


 フェレシーラが何かを俺に伝えようとして、しかし言葉に出来ないその何かに、俺はきっと向き合わねばならないのだ。


 ならば――いまの俺は、挑み掴むべき答えがあった。

 

 第三の選択にして、現時点のフラム・アルバレットが到達できる最善の一手、切り返し。

 術法式の構築と展開。

 神術に対抗するための、魔術の発動。

 そこに手を伸ばした瞬間に、『それ』はやってきた。

 

 迫る光の帯が、試合場の石床を奇妙なまでにゆっくりと撫で削ってゆく。

 己が瞳が、認識が、飛散する石辺のそのつぶて一つ一つの動きまでもを、鮮明に捉えている。  


 時が歪んでゆく、あの感覚。

 

 ハンサとの戦いにおいても感じていた、思考の加速と、その他全ての鈍化。

 師、マルゼス・フレイミングをして持ち得ぬと言わせしめた、その感覚、事象。

 それを俺は『自身の肉体が持つ特性』だと判断した。

 

 それは云わば、俺が『自身の体内にある術法式』にアトマを注ぎ込めないのと、似たようものなのだろう。

 思考の加速と術法式の起動不全。

 共に理由は不明だ。わかる筈もない。そしてそんなことは、いまはどうだっていい。

 

 いま俺が成すべきは、唯一つ。

 

『原初の灯火、火の源流――』


 この手の中に焔を灯すこと。 


『導く軌跡にて、我は戻り逝く……』


 攻撃魔術『熱線』の構築と発動。

 それを以てして、迫る『光線』に対抗する。

 

『残り火還り火、煌々と。楽土焦がして、堕ち昇る……天地あまつち貫き、燃え盛る』


 完全なる術法式を練り上げていては到底間に合わない。

 そしてなにより、過剰だろう。

 あの鳥頭を吹き飛ばしたような威力では、彼女を殺してしまいかねない。

 例え『防壁』の展開が間に合ったところで、だ。

 

 その予測にぞっとすると同時に、俺は苦笑する。

 既に防御や回避という選択は投げ捨ててしまっているのだ。

 如何にこの体がアトマに満ち溢れているとはいえ、直撃すればただでは済まないだろう。

 

 それはフェレシーラとて、理解している筈なのだ。

 しかしそれでも、彼女はいまこうして己が力をこちらに叩きつけにきている。

 

「理由、聞かないとだもんな」

 

 思念による疑似詠唱の合間の、無駄口。

 当然体はそれにおいつかず、まだ言葉にも出来ていないだろう。

 まあ、それはいい。

 

 右だ。

 右手に集中した意識のみで『熱線』を放つ必要がある。

 そしてそれを可能とするには、残る左手による術法式の抽出が必須となる。

 

 不定術法式による、魔法陣――

 陣術でいうところの『六芒陣』を模した式の展開。

 左手甲の内側、その第一スリットより、微細な火花がゆっくりと噴きあがる。

 

 起承結。

 定まらぬすべに無理難題を吹っ掛けて、一方的に使命を課す。

 ともすれば暴れ狂い、制御を失いそうになるそれを意志の力で抑え込む。

 

 左手が眼前に掲げられる。

 それに追従する形で、アトマが燃え散り虚空を焦がす。

 

「白羽根神殿従士、フェレシーラ・シェットフレン――」


 右手にて撓めた力を、その熱を、矢じりを掴むようにして引き絞り――

 

「勝負だ!」


 俺は眼前にまで肉薄していた『光線』へと向けて、己がアトマで焦がし刻んだ六芒の星より、渾身の『熱線』を射ち放った。

 

 

 

 

「反省し給え。二人共に、だ」

「はい……申し訳ございませんでした、セレン様。パトリース……」

「すみませんでした……この度は、大変なご迷惑をおかけしました……!」

「ピピィー……」

「あら、どうしたのチビ助。そんなにしょげ返って。アンタはなにもわるくないでしょ?」


 はい。

 わるいのは僕たちです。

 なんか気づいたら、二人してヒートアップしてしまっていて……!


 ぽっかりと青空を覗かせた試合場の開始円より、二人仲良く正座しつつ……

 俺とフェレシーラは、セレンとパトリースに向けて平謝りを繰り返していた。

 

「まったく、パトリース嬢に感謝し給え。彼女が防壁陣の切り替え機能で『受け止める』のではなく『集め逸らす』形で余波を上方向に流してくれたおかげで、天井の一角のみに被害が留まったのだよ? その判断がなけれな、我々は今頃、支えを失った試合場の崩壊に巻き込まれていたところだ。こちらはそうなる前提で対応の用意はしていたが……それでは全員が無傷というわけにもいかなかったことぐらいは、わかるね? 当然その時に真っ先に切り捨てる対象になるのは、元凶である者たちからだ。つまり君たち二人は、パトリース嬢に最大級の感謝と謝罪をしなければならない。これも、わかるな?」


 怒り心頭というよりは、不出来な生徒に向けて厳格な教師が諭すように、セレンがこちらに向けて声を降らせ続けてきた。


「はい。その通りです、セレン様。ありがとうございます、パトリース」

「そして申し訳ございませんでした……!」

「あ、いえ……そこまで謝られなくても。一応、私闘とかではなく特訓の一環だったわけですし……白熱してついつい本気でやりあっちゃうとか、神殿の皆も結構ありますから。さすがにここまで派手なのは、見たことはありませんけど」 

 

 抉れた上に焼け焦げた元石床、現地面さんに額を擦りつけての謝罪に及んでいると、困ったようなパトリースの声が後頭部へとやってきた。

 

 返す言葉もないところに、なんという優しいお言葉であろうか。

 チラ、と右手に座るフェレシーラに視線を向けると、彼女もまたこちらを覗き見てきていた。

 

 やってしまった。

 正にそんな感じの、この少女にしては珍しい表情だ。

 そしてそれは俺も同じである。

 

 突如始まった『光線』と『熱線』ぶつかり合い。

 それ自体はほぼ五分と五分。

 ややこちらが押し負けて、合皮の防具が焦げ付いたぐらいか。


 だがしかし、十数秒に渡る攻撃術法の押し合い、火と光のアトマの激突がし続けたことで、試合場の内壁には見事にとばっちりが及んでいた。

 その結果、またもや天井の一角に大穴が空いている。

 それもパトリースの機転により、防壁陣切り替えが行われていなければ……

 

 セレンの指摘通りに、この程度の被害で済んではいなかったことは明白だ。

 正に正に「やっちまった」としか言いようがない惨状だった。

 

「というかですね。一昨日の模擬戦で、本物の試合場の天井壊したのって……あれ、フラム師匠の仕業ですよね? いまの手合わせでアトマ光波も普通に打ってましたし、フェレシーラ様と打ち合えるレベルの攻撃魔術も扱えるわけですし」

「う……! いやそれは、そのだな……」

「――諦めましょう、フラム」


 はぁ、と何かを吐き出すような溜息と共に、フェレシーラ様がこちらの弁明を遮ってきた。

 それを受けて、俺も覚悟を決める。 


 下手な嘘は却って大きな嘘を呼ぶことになる。

 それに、試合場の被害を最小限に抑えてくれた恩もある。

 肚を括り、俺はパトリースに向けて顔をあげた。

 

「その通りだ、パトリース。あれはハンサ副従士長の仕業じゃなくて、俺が仕出かしたことだ。嘘ついて、済まなかった」 

「大丈夫ですよ。なにか事情があるんですよね? なら、皆に言いふらしたりはしませんから。それになんとなーく、そんな気はしていたし……」

 

 一瞬普段の口調に戻って、彼女は続けてきた。

 

「そもそもその予想もあって、師匠が追加で組み込んでくれた切り替え用の陣にも、こっそり手を加えておきましたから。防壁陣で耐えきれないのがきたら、壁全体にダメージを伝播させて……それでも受け止め切れない時は、最終的に上に逸らせるように。その為の発動詞も別に組んでおきましたから」

「えぇ……俺の組んだ陣にアレンジって。マジですか……」

「それって……耐えきれないと予測されるダメージが入った時点で、式を自動的に切り替えられるように組み直していた、ってこと? それも、あの短時間で……?」


 受けたダメージを全体に拡散して、尚且つ、それを一点に集めて受け逸らす。

 誰がどう聞いても超高等技術に類するその運用法に、やらかし犯である二人は度肝を抜かれるより他になかった。

 

「彼女のこと、貴方が天才だって言い出したときは、言い過ぎじゃないって思ってたけど。いるのね、天才って本当に……」

「お前にそれを言わせるだなんて、どんだけだよっていま思ってるけどな。天才っていうより、化け物かもしんないぞ、この子……」

「なんだね、今度は二人してこそこそと。人のしたことの出来映えを評するより先に、君たちにはすべきことがあるだろう」


 見習い従士が垣間見せてきた才覚に二人して戦々恐々としていると、冷ややかな声がやってきた。

 声の主は、セレンだ。

 

「一体何故、どうして二人してこんな真似を仕出かしたのか」

 

 彼女は己の足元を不安げにうろちょろとしてたホムラを、一旦は地に膝をつき両腕で抱えると、

 

「いまこの場でしっかりと説明し給え。可能な限り、詳しくな」

 

 これまでにないほど険しい面持ちと声でもって、こちらにそう命じてきたのだった。

 


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