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162. 魂源論《アーマトロジー》

単眼巨人サイクロプス相手に転倒が狙えるって……えぇ……」


 フェレシーラが明かしてきた『鈍足化』の、その威力のあまりの弾けぶりに……俺は絶句するより、他に反応のしようがなかった。

 

 単眼巨人サイクロプスといえば、巨人種としてカテゴライズされる超大型の魔物だ。

 その名の通りに一つ目の巨大な化け物で、主な生息域は森林地帯。

 

 巨人種の中でも特に長大な体高を誇ることで知られており、成体であれば4m程、歳を重ねて長じた古種階級エルダークラスのものであれば、10mにも迫ると言われている。


 凄まじいまでの膂力と生命力、そして規格外の肉体により、もし攻めいってくれば堅牢な砦さえも単独で破壊し得る存在とされているが……

 

 知性は皆無。

 群れも成さない。

 武器の類も扱えない。

 当然ながら視力の面でかなり残念……といった、明確な弱点も存在する。

 

 空腹時は目に映った手頃な生物に見境なく襲いかかる習性を持つが、基本的に人里離れた森の奥地を縄張りとするため、遭遇率そのものも高くもはない。

 

 ちなみに巨人種が長年行き来した場所は、草木も薙ぎ倒され、地面も堅く踏みしめられたことでまるで整備された街道のように変容するため、『巨人の道(ギガースロード)』と呼ばれている。


 マルゼスさんの話によれば、昔は『隠者の森』の南東部にも最古種階級エンシェントクラスの個体が生息していたらしいが……

 その攻撃性から塔に被害を及ぼしかねないとの理由で、『迷走』の結界が完成する前に討伐を完了したのだとも聞いている。

 

 そんな凶悪な単眼巨人サイクロプスにも通用するレベルの術法を、フェレシーラは初対面の俺に仕掛けていたというのだ。

 

「仮にお前が持続時間を切り捨てた一転集中の『鈍足化』で、それが可能だとしてもさ」

 

 さすがに今回の話は、色々とぶっ飛びすぎている。

 頭の中で前のめりで倒れ込む怪物をついつい連想しながらも、俺は尚もフェレシーラに問いかけた。


「巨人を転ばせるだなんて、デカさを考えただけでも相当な術法強度が必要だろ? なんでまた、そんな過剰な代物を俺にかけていたんだよ」

「簡単なことですよ。それぐらいしなければ、きっと貴方は抵抗しきっていたでしょうから。確実性を期すためにそうしたまでのことです」

「いやいやいや……そこまでしなくてもさ」

「あの時は不意打ちで足に受けたから、普通の『鈍足化』でも十分だったと。そうおっしゃりたいのですよね、フラムは」


 こちらを確実に足止めするために、巨人にすら通用する術を撃ってきたのだと。

 そんな突拍子もない返答を否定しかけたところに、今度は先回りの言葉がやってきた。 


「あ、いや……そう、だけどさ。え? 俺、いまなんか的外れなこと言ったか?」

「はい。失礼ながら思い切り。というかこの流れ、前にも似たようなのをやりましたよね? あの……なんでしたっけ。あの、『隠者の森』にあったなんとかという村で、お風呂を沸かそうとしたときにも」

「シュクサ村、な――って」 

 

 そこまで言われて、俺はようやく彼女の言わんとすることを理解した。

 

「ああ、あれか。俺が術法式の構築理論……『起・承・結』の『承』について勘違いしてた、っヤツか」

「ええ。もっとも今回のは、それより更に基礎的な内容に関する勘違いについてですが」


 マジか。

 マジですか、フェレシーラ先生。

 あれよりもっと基礎的な話って……ちょっと想像もつかないんですけど。

 

 そんなこちらの戸惑う様子が、はっきりと伝わったのだろう。

 フェレシーラが「すぅ」と息を吸い込み、『教えモード』へと移行してきた。

 

「暫くの間、質問は禁止で。こちらの説明を頭に入れていくことに専念してください」

 

 その言葉に俺は素直に頷いてみせる。

 

「まず、この地上に存在するものは皆……生物・無生物に関わらず、固有のアトマを秘めています。人であれ、草木であれ、石ころであれ……私たちがいま身につけている、衣服でさえも。アトマを支えとして存在している。魂源論アーマトロジーの第一節にも記されている内容です」


 こくこく。


 万物に宿る力、魂源力アトマに関する話だ。

 これは流石に知っている。

 その力を用いて術法を操るのが術士、というわけだが―― 


「このアトマの総量が、生物であれば生命力、無生物であれば耐久力に大きな影響を与えます」

 

 こくこく――ん?


「え。なんだそれ」

「……」

「あ、ハイ。スミマセンでした」


 突然の初耳な内容に思わず声をあげると「にっこり」とした笑みが返されてきた。

 めっちゃ怖いからやめてください、先生。

 ちゃんと一通り、聞きますんで……!

 

「例えば、幼い赤子は未熟なアトマしか持っていません。それが先々、多大なアトマを持つ高名な魔術士になる傑物だとしても……どれだけ早くても5歳前後までは、微弱なアトマしか持ちえない。これが通説です。かく言う私も、それぐらいの時期からアトマの成長が始まっていたそうです」 

 

 こくこく。

 なるほど。

 伸びの差異こそあれ、子供の頃はアトマは大した量にはならない、ってことか。

 

 とはいえ、マルゼスさんは物心ついた時には魔術が使えた、みたいに言ってたけど……

 まあ、あの人は非常識が箒に乗って飛んでるような人だしな。

 例外中の例外、ってヤツだろう。

 

「少し話が逸れますが……このミストピアに立ち寄る直前に、川辺で軽く水浴びをしましたよね。私たち」


 うん?

 ちょっと突然で、どんな意図があるかわからないが……取りあえず、こくこくしとくか。

 コイツのことだし、しっかり意味はあるんだろうし。

 

「ああいうのって、小さな子供がやると危険なのです。もっといえば、命に関わります」

 

 うおっ、なんかいきなり、凄い話になったな……!

 

 命に関わりかねないってなんだろ。

 魔物が襲ってくるとか、そういうのだろうか。

 見た感じ、川の周辺には危なそうなのヤツはいなかったと思うんだが。

 

「あの場には、人を死に至らしめそうな存在は見当たらなかった。そう言いたそうですね?」

 

 おお、ドンピシャ正解だ。

 さすがはフェレシーラ先生。

 こくこく。

 

「そうですね。一見してなにもいません……ところでフラムは、巨大毒蜂ジャイアントビー蜘蛛女アラクネといった種族についてご存じですよね?」

 

 ふむ。

 これまた唐突な質問……というか、確認だが。

 当然これに関しては俺にも知識はある。

 例に挙げられた魔物はどストレートにその名の通りって感じのヤツだ。

 

 というわけで、ここもこくこくと。


「そろそろ、応答を解禁しましょうか。いまの質問に答えてください」

「はい、フェレシーラ先生! 虫系の魔物の種族名は、魔蟲まちゅう種です! ……だよな?」 

「ですね。それであってます」 


 あ、コイツいま、先生って言われたの流したな。

 前はつっこんできてたくせに。

 教え役が板につきすぎて耐性でもついたのかよ。

 

 てか、いまの質問と答えの意味って、もしかして……!



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