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158. 奥底に沈む記憶、或いはその真逆

「ずっと、気になってはいたのです」

 

 俺の歳が、間違いなく15で正しいのかと。

 

「フラムの話を色々と聞くたびに……いえ、もっと言えば、貴方と始めてあの『隠者の森』で出会った時から。気になっていました」

 

 そんな突拍子もない質問を向けてきたフェレシーラに、俺は返すべき言葉をみつけられずにいた。

 

「ええと……なんで、そんなことが気になるんだ?」 


 ようやく口から出てきたのは、半ばお茶を濁すような代物だ。

 まるで答えになっていない。

 高々己の年齢を確認された程度のことなのに、自信をもって返事をすることが出来ない。


 師匠との……マルゼスさんと過ごした日々を疑われたというのに。

 目の前の少女に対して、「なに馬鹿なこと言い出してるんだよ」とからかい半分で返すことも出来ない。

 

 その事実が、俺を激しく動揺させていた。

 

「はい。これも貴方と初めてあったときのことですが」

 

 そんなこちらに対して、フェレシーラは平静そのものといった口振りで応じてきた。

 説明が出来るのだ。俺と違い、彼女にはあるのだ。

 俺の言う……

 

 いや。

 正確には、『俺がマルゼスさんから教え聞かされていた、自分の年齢』を疑うだけのなんらかの根拠が、『フェレシーラ・シェットフレンの記憶の中』に存在するのだ。

 

「私があの森でフェレシーラ・シェットフレンを名乗り、17になったばかりだと告げたとき」

 

 それは緑鮮やかな林道にて、彼女と互いのことを初めて伝えあった時のこと。

 鹿毛の鞍上より目を伏せこちらに名乗ってきた神殿従士の姿と、目の前の少女の姿とが、俺の視界で重なる。

 

『俺はフラム。フラム・アルバレット。15歳。知ってのとおり、ただの宿無しだよ』


 たしかに、俺はそう口にしていた。

 自身のことをなんの疑問も抱かずに、フェレシーラへと告げていた。


「貴方から返しの名乗りを受けたとき。私の記憶を、掠めたものがありました」

 

 ごくりと、自分が唾を呑み込む音が鼓膜を大きく打ち鳴らしてきた。

 気づけば身動きも出来ずにいる。

 そんな有様だ。

 

「私がマルゼス様とお会いしたことがあったという話。あとから先生に聞いた話では、まだ3歳の頃だったらしいのですが……」 

 

 そこに『フェレシーラ』の声がやってくる。

 ずきりと、痛みが走った。

 

 眼底の奥から頭蓋を突き抜けるようにして走る、鋭い痛みだ。

 これまで幾度が経験してきたことのある痛み。

 

 己の中から、なにか得体の知れないものが噴き出て来ようしている――

 それを無理矢理に抑えつけているような感覚。


 呼吸が定まらず、目の前の少女をしっかりと見ることすらままならない。

 指先が震えて、寝台のシーツを握りしめている。

 

「フラム……今からお話することは、きっと貴方にとって大事なことです」

 

 そこにやわらかな掌がやってきた。

 大丈夫。

 そう言ってくれた彼女の指先に、嘘のように震えが治まっていた。

 

「魔の森、還らずの森。その名に心当たりはありますか?」

「……うん。ある」 


 こくりと頷き、少女の瞳を見つめ返す。

 

『魔の森』、或いは『還らずの森』――それは嘗て、俺が暮らし棲んでいた『隠者の森』の古称だ。

 

 第一次魔人聖伐行。

 中央大陸一の強国ラグメレスを滅ぼした魔人の軍勢と、『聖伐教団』を中核とした人類種とのぶつかり合い。

 人と魔の争乱。

 

 その決着の後に、魔境と呼ばれていた森は姿を一変させたのだと言われている。

 

 聖伐の勇者にして、救国の英雄。

『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングが、そこを棲家としてレゼノーヴァの公王より拝領したからだ。


 獰猛な魔物や魔獣……それらが我が物顔で闊歩していた魔の領域は、突如森の主として君臨した一人の少女の手により変貌を遂げたのだ。

 

「あの森は……『隠者の森』は昔そう呼ばれていたんだって。マルゼスさんから何度か聞かされたことがある」

 

 その話をするたびに、わりとドヤ顔で。

 

「はい。そのとおりです。そして私がマルゼス様とお会いしたのは、あの森がまだ『魔の森』と呼ばれていた頃……今から数えて、14年ほど前のことです」


 フェレシーラの言葉に、俺は頷く。

 なるほど、14年前の出来事ならたしかに彼女がまだ三つの頃の話だ。


 それぐらいの歳なら、記憶があやふやで後から人に話を聞いて確証を得た、というのはわかる。

 自身の記憶が根底にあり、それを補う形だ。

 すべてが人伝、聞かされたままを話しているわけではない。 


 俺とは違い、曲がりなりにも裏付けがあるのだ。

 これまでの彼女の行いや振る舞いからしても、信用に足る話だと言えるだろう。


 しかしその話と、フェレシーラの問いかけがいまいち繋がらない。

 年齢から逆算すると、俺はまだ2歳にもならないぐらいで――

 

「そのとき私は、小さな赤子とも出会っていました。おそらくまだ産まれたばかりの、乳飲み子です」 

「……え?」

 

 またもやってきた少女の言葉に、呆けた声が漏れでた。

 小さな赤子。

 産まれたばかりの乳飲み子……1歳にも満たない、その存在。

 

「男の子でした。それも、錆色の目をした可愛らしい」

 

 おかしい。

 なにかが、おかしかった。

 

 途轍もない違和感。

 それが再びの頭痛と共に胸の内をざわつかせてゆく。

 

 違和感の大元。

 それは彼女の語るその言葉に対して、ではない。

 もっと別のなにかだった。

 

 存在しなかった兄弟子に関する憶測。

 あやふやだった、マルゼスさんとの何度目かとなる誕生祝い……

 型崩れをした小さめのホールケーキ。

 メッセージプレートに、よれよれの文字。

 

「9歳の誕生日おめでとう」と書かれていたそれをぼうっと眺める俺に、突如やってきたマルゼスさんの言葉。


 自分はあなたの母親ではない。

「今まで隠していて、ごめんね」と。

 そう告げられて、ぶんぶんと首を横に振ったことはよく覚えている。

 

 それから彼女が力ある魔術士だという話を聞かされて、飛びつくように弟子入りを願い出たことも。

 そこからの日々も、鮮明に思い出すことが出来る。

 

 だが、それ以前のことに関しては不鮮明なままだ。

 絡みつくような違和感が伸びているのは、そこに対してだった。

 

「私の記憶の底にある、その赤子の名。マルゼス・フレイミングの庇護の元、あの森へと向かっていった、その子の名前こそ」

 

 フェレシーラの向けてきた、まっすぐな視線。

 その青く美しい眼差しが向けられた先に対してこそ――

 

「フラム。貴方の名前だったのです」


 俺は言い様のない、強烈な違和感を覚えていた。



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