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144. 見習い神殿従士の嘆き

「それにしても大人げない話よね。いくら御自慢の部下が立て続けに負かされていたとはいえ、全力の光波まで持ち出すだなんて。あのカーニン従士長が呆れ顔になるところなんて、私ここに来て初めてみたもの」


 手にしたカルテに何事かを書き加えつつも、パトリースがそんな言葉を口にしてきた。

 インクも用いずに延々と筆を走らせているところをみると、もしかしたら生活術具の一種――いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ハン――いや、副従士長のアトマ光波でって。いったいなんの話だ?」 

「もちろん、試合場に大穴をあけたアレよ。どれだけ追い込んでもあなたが降参しないから、戦意を喪失させるために見せつけてやったって、ミグとイアンニは言ってたけど……」


 驚きから出てきたこちらの声を遮り、パトリースが続けてくる。


「いつも皆に、やれ神殿従士は濫りに力を振り回すなだとか、弱いものには手をあげるなだとか口煩く言い聞かせてたクセして。いざ自分がちょっと追い込まれたら、あんな真似仕出かしたんだもの。従士長には相当絞られたでしょうね。ほーんと、いい気味――って」 


 そこまで言って、彼女はハッとした表情を見せてきた。

 

「あ、い、いまの無し……! いまの、聞かなかったことにして頂戴っ。まだ一部の人にしか説明していない内容だった、いまの……っ!」 

「聞かなかったことにって……ああ」 

 

 目の前の少女がみせてきた、突然の慌てよう。

 その様子から、俺はすぐにある憶測へと辿り着いた。

 

「ん。わかった、俺はなにも聞いてないよ」


 いまの発言がハンサやカーニンといった彼女の上役に伝わるのは、彼女にとっては大いに都合が悪かった、というのは当然として。

 

 おそらくこのパトリースっていう子は、模擬戦が始まる前に修練場にいたのだろう。

 なんとなく声に聞き覚えがあったし、あそこでフェレシーラに対して興味津々だった人たちも多かったもんな。

 

 そんな状況下でまだ周囲には伏せられている話を、既に俺が耳にしていると知れれば……洩らした人間が誰かだなんてきっと簡単にバレてしまうし、やっかむような声も出てくるだろう。


 そうなれば、見習いであるパトリースにとっては困ったことになる。

 身から出た錆といえばそれまでだが、こちらは(たぶん)介抱してもらっていた身だ。

 わざわざ彼女の立場が苦しくなる真似を仕出かす必要もない。

 

「色々と大変そうだな、パトリースも」 

「……!」 

 

 それを察して気遣いの返事を行うと、彼女はなぜだか驚きに目を見開いてきた。

 

 そしてそのまま暫しの間、無言となってその場に立ち尽くしていたかとおもうと……その大きな黒い瞳を潤ませてきた。

 

 ……え、なにこの反応。

 なんでこの人、いきなり涙目になって肩を震わせ始めてるんだ?

 もしかして俺、なんか余計なこと言ってたか?

 

「そうなのよ……!」 

 

 内心焦っていたところに、パトリースがカルテをギュッと抱きしめながら、こちらに向けて詰め寄ってきた。


「そうなのよ、フラム……本当にそうなの……っ」


 え、あの、なにこの子。

 いきなり同じことばかり口にし始めて――ていうか距離、近くないか……っ! 

 

「あ、いや、パトリース……さん? さっきからちょっと、いや顔! 顔近いって!」

「私ね、私ね……! この神殿に来てから……本当に、毎日まいにち……っ」 


 こちらの制止にも関わらず、パトリースが声を上ずらせ始める。


 やばい。

 これは――泣かれる! 

 

 しかもちょっとやそっとじゃない大泣き、大爆発になる。俺にはわかる。

 なぜって、俺の昔よく師匠が――マルゼスさんが、事あるごとにこんな感じでわんわん大泣きしていたからな……! 


 ていうかこれ、わりと真剣にマズいぞ。

 こっちとしては模擬戦の後始末をするつもりだったのに、これで騒ぎでも起きたりしたらそれどころじゃなくなる。

 それに試合場を壊したのが俺はでなく、ハンサ副従士長の仕業になっている理由もよくわかっていない有様なのだ。

 

 となればここは――アレしかないっ!

 

「パトリース……!」 

 

 癖でついつい「さん」付けしそうになりつつも、

 

「よければ、話、聞かせて欲しいな……っ!」


 そう言って俺はめちゃくちゃ久しぶりとなる、『完全聞きモード』に移行したのだった。

 

 

 

 

「なるほど……神殿従士を続けたいのに、それが上手くいきそうにない、か……」

「うん……」


 体感で30分以上、話し続けていただろうか。

 

 手近にあったタオルで「ちーん」と鼻を噛みながら、椅子に腰かけていたパトリースが頷きで返してきた。

 あれからひっきりなしに喋り続けて、ようやく落ち着いた感じだ。

 

 そんな少女を相も変わらず寝台の上から眺めつつ……

 

「配属の問題かぁ」 

 

 俺はどうしたものかと、思案に暮れていた。

 

 パトリース・マグナ・スルス。

 彼女はここレゼノーヴァ公国でも有数の家柄の出(たしか第七子の四女だとか)で、元々は公都である『神殿都市アレイザ』に住んでいたらしい。

 

 アレイザといえば、俺とフェレシーラが目標としている場所だが……

 どうも彼女は相当な箱入り娘というヤツなようで、つい一年前までは公都にある大邸宅から、文字通り一歩も外に出ない生活を送っていたとのことなのだ。

 

 話を聞くついでに彼女からアレイザの情報を得ようとしていた俺だが、少し話した時点でそれを諦めた。 

 なにせ、ごく限られた身の周りのこと以外、なにを聞いても「わからない」「しらない」「考えたこともない」「言葉の意味がわからない」……等々と。

 

 話を聞いた流れで軽く尋ねた話題に関する返答の、その悉くがそんな調子なのだ。

 それも迷子の子供もかくや、と言わんばかりに首を横に振りながらだ。

 

 ついこの前まで殆ど『隠者の塔』から出ずに暮らしていた俺が言えた義理ではない感はあるが……正直言ってパトリースはその遥か上、『世間知らずのお嬢様』を地で行っている。

 

 そんな彼女が、何故に神殿従士の見習いとしてこの神殿に所属しているのか。

 話の本題はそこにあるようだった。 

 

 パトリース曰く、

 

「ミストピアにくるまでは、家族と屋敷仕えの者以外にあったことがなかった」

「アレイザでは社交界デビューの為に、毎日習い事ばかりさせられていた」

「そんな生活が窮屈でたまらなくて、叔父に頼んで父親のいるミストピアへ遊びにきた」

「そこで色々とあり、神殿従士になると心に決めた」

「それからは一生懸命、神殿の皆についていこうと頑張っていた」


 その部分だけを聞いても、彼女の叔父とやらが公国内における権力者だということは、想像に難くない。

 先日、冒険者ギルドで『雷閃士団』所属の魔術士レヒネも言っていたが……

 

 神殿従士になれるのは、レゼノーヴァでもそれなり以上の家柄の出の者だけなのだ。

 旧ラグメレス王国での騎士階級に相当する故、家や領地を継げない立場の人間が所属を希望するケースが非常に多いと聞く。

 術士としての素養が必須とされる教会所属の神官と違い、武芸にさえ秀でていれば、という側面もあるので、その人気は尚のこと高いというわけだ。

 

 そんな場所に、14歳になるまでアレイザの自宅で何不自由なく暮らしていた少女が配属されているのだ。

 俺としては「ぶっちゃけコネだろ、それ」とツッコミたくて仕方がなかった。

 

 とはいえ、パトリースとは今しがた知り合ったばかり。

 さすがにとも言えずにやんわりと「見習いっていっても、神殿従士になるには試験とかあるんだろ?」と聞いたところ「運動神経には自信あるの、私」と、大真面目に返されてしまいそれで終わっていた。

 

 まあ、実際に修練場での訓練に参加していたぽいし、まるっきり嘘ってわけでもないんだろう。

 それにしたって、階級的にはあのミグの一つ下、と聞くとこちらとしては色々と邪推したくもなるわけで。

 

「つまりあれかな。おもいつ――思うところがあって、神殿従士を目指してみたけど。想像以上に厳しくて悩んでた、って話かな」

 

 パトリースの言葉を思い出して、俺は彼女に問いかけた。

 神殿の皆についていこうと頑張っていた、との言葉だ。

 

 あれだけ激しい訓練に励んでいるのだ。

 箱入り娘が音を上げるのも仕方がない話だろう。

 

「違うの……ちがうのよ、フラム」

 

 そう当たりをつけたこちらに、しかしパトリースはまたも首をぶんぶんと横に振ってきた。

 

「お父様が、神殿からは出ていけっていうの」 

「出ていけって……」 

 

 学びの場から去れ。

 目指した者になることを諦めろ。

 

 そう彼女は父に告げられたのだろう。

 

「……どういうことなんだよ、それ」 

「うん……お父様がこの前、言ってきたの」 

 

 気づけば俺は寝台の上から身を乗り出して、必死で訴えかけてくる少女に問いかけており、

 

「お父様が……従士になるのは諦めて、教会にいってお前は神官になれって。そう言うの」 

「――は?」 

 

 崩れ落ちるようにして洩らしてきたパトリースの一言に、若干キレ気味で返してしまっていた。



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