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131. 多体一心

「やはり、あやつ一人で行かせるべきではなかったの」

「そう……ですね」 

 

 胡坐をかき座り込んでいたディルザに呟きに、ラパーニが躊躇いながらも同意した。

 

「彼の……魔人王となったノーシュの言葉を借りるならば、魔人の猛威はゼストさまの御意思ということになりますが」 

「おい……待て、ラパーニ。其方まさか、その話を信じるつもりか? 我らの父にも等しいあのお方が、地上を攻め滅ぼすなどという与太話を」 

「誰も信じるとは言ってませんよ、バアト。ですが、あれだけの数と力……そして魔人王の出現を目の当たりにしてきた身としては、そういった仮定も検討せざるを得ません。……続けますが、よろしいですか?」 


 いつになく厳しいラパーニの口調に、バアトが不承不承といった感じで従う。

 考えるのはやめだなどと言った手前、少し引っ込みがつかない状態だった。

 ベルギオが露骨に吹き出してきたのは、単にさきほどのやり返しだったので、無視された。

 

「とにかくですね。私が言いたいのは……魔人の存在と蛮行に、ゼストさまが関わっているにせよ、しないにせよ。皆で奈落に出向いていれば、結果は違っていたのではという……妄想というか、たらればというか……ああ、なんだか言葉がまとまりませんね。これでは、ベルギオと変わりません」 

「む……悪かったな、おれなんかと同レベルで」 

「そう絡むでない、ベルギオよ。とどのつまりは、思ってることは皆一緒なんじゃからな」 

「……一緒とはどういうことだ、ディルザ翁よ。私はなにも言ってはおらぬぞ」 

 

 まるで自分は皆とは違うとばかりに、バアトがディルザに噛みついた。

 珍しく苛立つ彼女だが、そこに返ってきたのは「ほっほっ」という朗らかな笑い声だった。

 

「なに。さっき言ったことと、なにも変わらんよ。ノーシュのやつと一緒に、皆で奈落に向かっておれば……あやつがあの様な姿になることも、なかったのかもしれんからの」 

「馬鹿な……!」 

 

 ディルザの言葉に、バアトが語気を強めて立ち上がった。

 

「なぜ、そんな話になる! 彼奴を奈落に行かせなければ、という話ならともかく……全員で向かい、あの悍ましい魔人と成り果てていたとしたら、どうするのだ!」 

「そうじゃの。もしそうなっておれば……少しはあやつの考えていることも、理解できていたかもしれんの。それにもしも、ゼストさまがノーシュをあのようにしたのであれば……皆でそれを止められたかもしれんぞ? お主とて、そう思っておるんじゃろう?」 

「な――」 

 

 呑気さすら感じさせるディルザの問いかけに、バアトが絶句する。

 それは彼女にとって、あってはならない事だった。

 

 種族長が揃って魔人となり、子らの住む地上に攻め寄せることも。

 神であるゼストに楯突き、その行いを阻むことも。

 

「……仮に、もしそうだとしてもだ」 

 

 それらを仮定として呑み込みながら、尚もバアトは抗った。

 

「それで、残された者たちはどうなる。魔人となったとしても、ゼストさまに逆らったとしても……その後は、どうなる! ノーシュとミシェラのように、番いたちと闘い争うのか! 神に反旗を翻した罪を、彼ら彼女らに押し付けて良いとでも、言うつもりか!」 

「……そうか。お主はあの二人が闘うのを、間近で見ていたんじゃったの。これは悪いこと言ってしもうたな。軽率なことを口にしてしもうて、すまなかった」 

 

 激昂するバアトの姿も見えぬまま、ディルザは深々と頭を下げて彼女に詫びを入れた。

 その潔さに、喰ってかかっていたバアトが鼻白む。

 同時に、この老鬼がなぜそんな話をし始めたのかも、理解していた。

 

 自分では、そんなことは到底口にすることが出来なかったからだ。

 種族長の中でも、人一倍責任感の強いゆえに、恩義ある双子の神への信奉も厚いゆえに、口には出来ない……心の中で、感じていたとしてもそれを露わにすることは、到底出来ない。

 それがバアトの強さであり、弱さであることを、ディルザはわかっていたからだ。

 

「……頭をあげてくれ、ディルザ翁。暇を持て余してのたらればの話に、頭に血を昇らせすぎた。謝罪せねばならんのは、私のほうだ。すまない。許して欲しい」 

「ほう。そういうことなら、詫びてもらおうかの。そういえば、手が空けば秘蔵の酒を馳走してくれるという話じゃったが……」 

「ふ。そうだな。実は『竜殺し』ならば、持ち歩いている。小瓶に移して、一人で楽しむようにな。ああ、しかしこんな状態では渡すことも叶わぬな。残念だ」 

「んな……う、嘘じゃろ!? 近くにおってもまったく酒気がせんかったぞ!? あ、あれじゃろお主! 儂に一杯食わせようと、出まかせを言っとるんじゃろ!?」 

「さてどうかな? 『竜殺し』は他の酒とはまったく異なる代物だ。となれば……翁に判別がつかなくとも不思議ではなかろう?」 

「うぐ……お、お主が言うと冗談なのか、本当なのかわからんわ! 性質がわるいぞ!」 

 

 三度の飯より大事な酒の話となり、今度は温厚なディルザが腹を立て始めた。

 それをベルギオとラパーニが、忍び笑いを立てながら聞いている。

 

「なんだかなあ……これが長のする話かよ。色々と馬鹿らしくなってくるな」 

「ですねぇ……でも、思い返してみたら私たちはいつも長として顔を突き合わせて、難しい顔をしてばかりでしたから。こういうのは、あのとき以来ですかね」 

「あのときって――ああ。奈落の前で、集まって飲み食いしたアレか。それこそノーシュの野郎に声かけられて。皆でめちゃくちゃ愚痴も言って、笑い話にしてたな。とはいえ……俺たちと違って、番いへの文句だけは欠片も口にしやがらなかったけどな」 

「わ、私も言ってませんでしたよ! ほんのちょっとしか……!」

「ばーか。ゼロとイチの差は無限大だろ」 

「ば……!?」

「ま、付き合いが長すぎるってのも考え物だからな。それぐらい、あって当然だろうよ」

 

 ベルギオの反論を受けて、ラパーニが沈黙した。

 その様子に、今度はバアトとディルザが笑い声をあげる。 

 ……気付けば彼らは、どうでもいい話題でああだこうだと言い合い、騒ぎだしていた。

 

 そうしてそれが、一段落した頃。

 

「さて……探すとするか」


 やはり音頭をとってきたバアトに、残る三人が頷き立ち上がった。

 結局はなんの成果もなく、ぎゃあぎゃあと言い合っていただけだ。

 当然、ノーシュとミシェラを探すための手段も、手掛かりすらも見つかってはいない。

 

 だがそれでも、四人の表情は晴れやかで、迷いがなかった。

 全員が、友に逢いたい。

 そしてまた、話がしてみたい。

 それだけを願い、前を見た。

 

 その時のことだった。

 

「ん……なんだ、アレ。なんか前のほうに見えるぞ」 

「おぉ……儂もなんか見えてきたの。なんか、ちっこいのが立っとるな」 

「私からも見えますね。黒い服を着た、人のように見えますが……バアトの眼からはどうですか?」 

「――」 

 

 ラパーニに問われるも、バアトは返事を行ってはこなかった。

 その代わりとでもいうように……彼女は破れた翼を羽ばたかせて、地を蹴っていた。 

 

「あ、おい――」 

「ミシェラだ! あれは、ミシェラだ!」 

 

 制止の声をあげかけたベルギオに、バアトが叫び声を残して飛び立つ。

 すると、彼女以外の目に飛翔する竜人の姿が現れた。

 

「ど、どうなってやがる。いきなりバアトの奴が目の前に……ああ、クソ! 考えるのはやめだ! 俺もいくぞ!」

「……ほ。今度はベルギオのやつまで現われおったわい。となると、どれ……!」 

「はい。御明察ですね。ディルザ翁も現れました。うーん、これは精神の指向性の合致とかが条件だったんですかねぇ。興味深いですが……となるとここは、合わせておかないと不味いでしょうね」 

 

 バアトに続く形で皆が駆けだす。

 すると、彼らの眼に互いの姿が映り始めていた。

 


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