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127. 銀閃、空を斬り裂き

「まあ、なんだ。ホントのとこを言えばよ……お前が奈落に向かって無事でいただなんて、思ってもみなかったからな。仇討っつーか、落とし前つけるつもりで乗り込んだだけのことよ。嫁にケツ蹴られて叩き出される前にな」


 一頻りの語り合いの後、ベルギオが緑の絨毯に寝転び本心を吐き出してきた。


「それは……重ね重ね、申し訳ありませんでした」


 彼ら言葉をからその光景を想起して、ミシェラが微笑みながら頭をさげる。

 

「まったくだぜ。王を決めるから後を頼むって言ったら、絶対ヤダヤダって言って大暴れやがるし。つっても、断られたのはここにいる全員だけどな。どこもかしこも、なに甘えてやがるんだかよ」

「……すみません、その気持ちはちょっとわかってしまいます」

「だろうな。ま、ただの愚痴だ」


 ミシェラの前で寝転がりながら腕組みをしてふんぞり返るベルギオに、しかし不満げな様子はない。


「しかしあれじゃのう。王と将を決めたにしても、こうして生き延びてしまったからには……やはりもう少しぐらいは、頑張らんといかんじゃろうな。魔人どもも、中々手強くなっていたことじゃし」


「ああ、そうだな。ノーシュの相手をするのは我らしかいないとしても、魔人将を抑え込むための組織は必須になるだろう。逆に言えば、それが可能であれば、仮にこちらが相打ちとなっても負けにはならぬ」 


「そうなると……子らにも魔人と戦う術を伝える必要がありますね。適性の問題があるので、一朝一夕にはいかないと思いますし、反発もあると思われますが……」


「向き不向きはガキ同士で組ませて補えばいいだろ。今日俺たちがやったみたいに、五人一組みてえな感じで適当によ。あと覚えられそうなヤツは、人族に道具の使い方でも教えてもらえばマシになるんじゃねえか? なあ、ミシェラ」


「あ――は、はい! それは、いい案ですね……! それでしたら、いま研究を進めている――」


 それから暫くの間、彼ら五人は思いついたことを口に、草原の中に輪を描き語り合った。


「さて……いつまでもこうして時を食っているわけにもゆかぬな。ラパーニは大陸の西部だと言っていたが、近くに村落はありそうか?」

「そうですね。いまは術に頼る余裕がないので、推測するしかありませんが……」


 穏やかな風に揺れる葦草に目をやり、ラパーニがバアトの質問に答えた。


「周囲の地物を見るに、水竜の棲む湖が近いと思われますので。ここは人族の領土を進むのが良いかと思います。しっかりと休息が取れる場所が見つかれば、あとは『飛翔』での移動補助が可能ですので」

「あん? 術が使えるようになったら、さっきやった『転移』とやらでパパッと王どもに会っていけばいいじゃねえか。あんなに便利な代物、出し惜しみする必要ねえだろ」


 そのやり取りに、横からベルギオが割って入った。

 彼の横では、ディルザが「うむうむ」と同意の頷きを繰り返している。


 術法に関して疎い男二人にしてみれば、それは当然の疑問だろう。

 しかしラパーニには、そんな二人に静かに首を横に振ってみせた。


「危険過ぎるんですよ、あれは。私一人ならともかくとして、多人数での『転移』は、正直もう使いたくありません」

「危険すぎるって……どこがだよ。単なる移動手段だろ? 攻撃用とかの術じゃねえだろ?」

「では、逆に聞きますが。あれの制御を失敗して、この指のさすほうに跳んだとしたら……どうなると思いますか?」

「……なるほど。俺が悪かったわ。そりゃコントロールにも気を遣うわな。適当いってすんませんでした……」

「ということは……お前さんが術に失敗しとったら、儂、寝とる間に土葬されておったということか……? ええ……」


 唐突に地面をさしたラパーニの指を見て、ベルギオが謝り、ディルザが当惑した。

 

「いいじゃねえか。どっちにしろあそこから脱出できなけりゃ、皆揃って仲良くくたばってたんだしよ。それならそれで、手間が省けたかもしんねえぞ?」

「いやいや……お主は何気に博打好きじゃから、軽く言ってくれるがの。儂は死ぬときは盃片手と――」


 それは、窮地を脱したことでやや緊張感を欠いた、そんな会話の途中のことだった。


 草むらに胡坐を掻いていたディルザが、空を仰ぎ、動きを止めた。 


「……?」


 それを見て、他の者もまた、空を見上げる。

 そこには何処までも広がる青と、真白な雲があり。

 その合間から降り注ぐ眩い陽光に入り混じり、銀色の煌めきが宙に輝いていた。


「なんだ、ありゃあ……」 

 

 チカチカとしたその輝きに、ベルギオが額に手を翳して、瞳から虹彩を放ち呟く。

 まるで太陽が、自分たちの間近に顕れたかのような錯覚を覚えて、他の皆もまた、彼と同様にその場に立ち尽くす。

 

 銀の煌めきが、尚も宙に瞬く。

 宙空に、線が刻まれる。

 合わせて六つ、それが星の如き軌跡を結び描いてゆく。

 

 その光景を前にして、ディルザだけが動くことが出来た。


「――いかん!」 

 

 がばぁ、と身を起こした巨漢の翁に、皆が振り向く。

 その頭上で、銀の斬光が六つ、虚空に閃く。

 野太い鬼の腕が、左右へと大きく広げられる。


「へ――」

 

 それになんとか反応したベルギオが、間の抜けた声をあげた。

 しかしそれでも、盟友が振るう突然の剛腕を止めることは出来ぬまま、他の者は言わずもがな、声すらあげることも叶わずに。


 空を埋め尽くした光芒の輝きを背に、四人はディルザの両腕に吹き飛ばされていた。


 激しい光の中、バアトがその翼でラパーニを覆いながら地に転がる。

 咄嗟に友を庇ったのは、ベルギオとて同様だ。


 彼は惚け顔のミシェラを掻っ攫うように抱え込むと、空中に吹き飛ばされた瞬間にクルリと回転して受け身を取り、何事もなかったように着地を果たしていた。

 

「……っとと! おい、いきなりなにしやがる! この耄碌もうろくじじ――」 


 そのベルギオが、ディルザに向かって吼えようとして。

 ミシェラの肩から手を離すことも出来ずに、声を失っていた。

 

「く……なんだ……? いきなりなにが」

「――ディルザ翁!?」 

 

 続くバアトの呟きを、ラパーニの叫び声が遮る。


 二人の視線の先には、一直線に抉れ飛び薄茶色の土肌を覗かせた大地と、その直上で両腕を大きく広げて仁王立ちとなった、ディルザの姿があった。

 

 瞬く輝きが逆光となり、その表情を見てとることは出来ない。

 だが、朦々たる白煙をあげる背中を前にして……誰もが彼に救われたことを、理解していた。


 そして当のディルザは、そんな仲間を見てただ一言。

 

「よき、かな……」


 それだけを呟くと、その口元に満足げな笑みを湛えたまま、土塊の上に倒れ伏していった。


 ミシェラの口から悲鳴があがる。

 

 ベルギオが駆け出してディルザの巨躯を受け止め、バアトが翼を打ち鳴らして彼の背後で壁となるべく飛び込み、ラパーニがアトマ切れを起こした体を引き摺り前に出て。


 黒胡桃の杖を手にしたミシェラだけが、一人ぽかんと宙を見上げていた。

 

「おい、ミシェラ! すぐに治療を――」

「杖よ!」


 ベルギオの呼びかけを遮り、ミシェラが杖を地に衝き立てる。


 光芒が再び煌めく。

 今度のそれは先程よりも更に激しく、すべてを呑み込むほどの勢いで。

 

「阻みの祈りにて、護りの盾を成せ!」

 

 陽光すらも切り裂き降り注いできたその銀閃が、ミシェラの展開した防壁に激突していた。

 天と地の狭間でぶつかり合う線と円の輝きの、その光の奔流に、辺り一帯の景色が歪む。

 

「く――!」 

 

 ミシェラの手の中で、黒胡桃の杖が悲鳴をあげる。

 攻撃だ。

 明らかな攻撃を受けていることを、遅まきながら全員が理解した。

 

 それが一体、何者からかと考える余裕も、必要性もない。

 奈落より『転移』の術法で逃れてきた彼らを狙う者がいたとすれば、それが可能であったとすれば。


 そんなことが可能と思えたのは、一人しかいなかったからだ。

 

「ノーシュ!」

 

 ミシェラが叫ぶ。

 宙に描かれた六芒星に向けて。


 その中心にて姿を浮かび上がらせてきたのは、黒き甲冑を纏い銀の剣を手にした魔人の王だった。



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