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君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
キミサガ外伝『アーマ神話』
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122. 人魔争乱

「そぅら魔人どもよ、死にたくなければどけどけぃ! 山呑みディルザさまのお通りじゃあ!」

「いいぞ……雑兵たちが隠れ蓑になって、まだ魔人王はこちらに気付いていない。このまま一気に押し通るぞ!」


 奈落の淵に聳える魔人の城は、魔人王とミシェラの激突の余波で崩れ去ろうとしていた。

 その城門の前では、いまなお一騎打ちが繰り広げられている。

 一度は押し負けかけたミシェラだが、援軍の登場でその闘志に火が付いたのだろう。

 魔人王を相手取り、彼女は一歩も引く様子をみせてはいなかった。

 

「なんと……あの優しかったミシェラが、ここまでやるとはの。これほどの胆力の持ち主とは、知らんかったわい」

「意固地になっているだけだよ、あれは。まったく……見ていられん」 

「なるほどのぅ。……さて、お喋りはこれくらいにしておかんとな。あとは手筈通りにの」

 

 竜長が頷くのを見届けると、鬼長が一騎打ちの場に飛び込んでいった。

 

「ほぉれほぉれ、魔人の王よ! 御自慢の軍勢は総崩れじゃぞ! いつまでもか弱い娘っ子一人にかまけておらんで、そろそろ年寄りの相手もせい!」

 

 どすどすと地を踏み鳴らして登場した鬼長に、振りかぶられた銀の刃が動きを止める。

 それに僅かに遅れて、黒胡桃の杖を握りしめていたミシェラが顔をあげてきた。

 

「ディルザおう! こんな敵陣奥深くまでお一人で……なんて無茶な真似を!」

「……色々とツッコミたいのは山々じゃがの。すまんが、いまはそれどこではないでな!」


 ミシェラと言葉を交わしざま、鬼長が魔人王へと突っ込んでいった。

 黒い角兜の奥で、魔人王の視線がゆっくりと動く。

 白銀の切っ先が、迫る鬼長へと突きつけられた。

 

「駄目です! 退いてください、ディルザ翁! いまのノーシュは、私たちの知る彼ではありません!」

「やはりお前さんには、確信があるようじゃの……ならば、なおさらここは退けんよ! あれだけ仲睦まじかったお前さんたちに、殺し合いなぞさせて堪るか!」 

 

 ミシェラの制止を振り切り、鬼長が闘いの場に踊り込んだ。

 突然の闖入者を、魔人王が当然のように迎え撃つ。

 縦一文字に剣が閃き、鬼長へと降り注ぐ。

 

 銀の刃が、野太い首筋に達したその瞬間。 


「むん!」

「――ッ!」


 ガキン、という硬質な音を響かせて、力強くせり上がってきた鬼長の剛腕に、魔人王の剣が弾かれていた。

 

「ほっほ! そんな気の抜けた振りでは、鬼の首は取れんよ! 鬼人族の頑健さと、アトマの力強さ……お前とて知っていた筈であろう! 儂の首級が欲しければ、本気でくるんじゃな!」 


 丸太のように太い腕を誇示しながら、魔人の王を前に鬼が嗤う。

 魔性の切れ味を誇る妖剣を、鬼長がその両腕で事もなげに受け捌く。

 武器を用いる相手に、徒手空拳で立ち向かう。

 まるで弱者を嘲笑うかのような、強者の如きの威容。


 それは、必死の防戦だった。

 

「やめてください、二人とも! これは私と魔人王との闘いです!」


 間近でミシェラが叫ぶが、既に男二人の視界に彼女の姿はない。

 

 一騎打ちに割って入れば、ミシェラは決して協同して魔人王を攻めたりはしない。

 そんなことは、鬼長からしてみれば当たり前のことだった。

 それが出来るなら、端からこの人族の娘はこんな真似を仕出かしてはいないだろう。

 

「――ぐぬっ!?」 

 

 突如として両のかいなに走った激痛に、鬼長の顔が歪む。

 噴き上がる血飛沫すら切り裂かんとばかりに、銀の斬撃が降り注ぐ。

 

「無理です、ディルザ翁! その剣は、触れるもののアトマを吸い取ります! 如何に貴方が剛力無双、強靭なアトマの持ち主であっても……神器もなしに防ぎきることは叶いません! ですから!」 

「いいや、退けんよ! お前さんがこの男を救いたいと言うのであれば、尚更な!」


 ミシェラの叫びを背に、鬼長が魔人王に組み付いた。

 両腕を犠牲にしての強引な踏み込みに、魔人王の掌が妖しく輝く。


「離れてください! 瘴気の波動です! 直に浴びればただでは済みません!」


 ここに来て、ミシェラが二人の間に割って入る動きを見せた、その瞬間。

 彼らの死角、瓦礫の影より風を裂いて迫るものがあった。

 

「――ちっ」 


 混戦の様相を見せた戦場に響く、翼のはためき。

 それにいち早く気付いたのは、魔人の王。

 

 彼は鬼長への攻撃を断念してその巨体を手荒く蹴り飛ばすと、振り向きざま、当たりも付けずに剣を閃かせた。

 妖剣より放たれた斬撃波が、迫る影に肉薄する。

 はためく翼が瞬時に閉じられて、影が錐の如くその身を細くする。

 直後、瓦礫の山が音もなく両断されて――

 

「貰うぞ、魔人王よ!」

 

 見事紙一重で魔人王の迎撃を掻い潜り、奇襲を成功させた竜長の腕の中には、

 

「――きゃあっ!?」 

 

 彼女に背後から抱きかかえられて、悲鳴をあげるミシェラの姿があった。

 

「バ、バアト!? 貴女、最初からこれを狙って……ディルザ翁を囮に!」

「説教ならば、後で聞かせてもらう! こちらは仕事をした! 一足先に離脱するゆえ……死んでもくたばるなよ、鬼長!」 

「わはははは! 良きかな良きかな! すまんのぅ、魔人の王よ……儂もこれにてオサラバじゃ!」

 

 一瞬のやり取りの後に、低空を飛翔していた竜長が急旋回をうって魔人王の視界から逃れる。

 その隙をみて、鬼長もまた豪放に笑い吠えつつ、元来た道をどすどすと逆走し始める。


 魔人王が、再び剣を水平に構える。

 

 二兎を追う状況下で、どちらを先に仕留めるべきか。

 刹那の瞬間、彼に迷いが走ったのを竜長は見逃さなかった。

 

「ふひゅ――!」


 魔人の群れの頭上すれすれ、低空で華麗にターンを決めた彼女の唇より、炎の息吹ブレスが撒き散らされる。

 狙いは魔人王の立つ、その大地。

 地に舐め返り嵐の如く逆巻いた炎が蜃気楼を生み出し、剣閃の狙いを遮る。

 

「小癪な……!」 

 

 吹き荒れる高温の渦に、魔人王が鬼長に叩きつける筈であった腕を振るう。

 黒鉄の手甲から放たれた暗黒の波動が、灼熱の帳を一撃で吹きとばすとも。


 既にミシェラを抱えた竜長は魔人の群れへと飛び込み、鬼長は瓦礫の奥へと姿を消していた。

 

 それを確かめた魔人王が剣の柄を両手で握り、眼前へと構えた。

 重い鎧に包まれたその体が、宙に舞いあがる。

 

「おいおい……あんな芸当まで出来るのか、あの無口王は! 兎長顔負けではないか!」

「ノーシュは以前から、道具でアトマを操る研究に没頭していました。この黒胡桃の杖は純粋に扱う者の力を増幅させるものですが……彼の目的は、道具そのものに術法の力を持たせること。そしてあの銀の剣は、彼が真に求めていた力を有しています。それと……無口王って言うの、やめてくださいます?」


 追走の構えを見せる魔人王を見やり、竜長とミシェラが言葉を交わす。


 行きでは丁度良い隠れ蓑となっていた魔人の群れも、魔人王が追ってくるとなれば号令一つで散開するか、逆に包囲に出てくるだろう。

 鬼長の安否を気にかけつつも、竜長は高度をあげて戦域からの脱出を試みた。


「なるほどな。それもあって、彼奴が人長だという確信を得ていたか……だが、何故だ? なにゆえ、人長は魔人の王となった? なにゆえ、このような凶行に及ぶ?」

「わかりません……それを確かめようと、子らを説き伏せてここまで来ましたが……彼はなにも言ってくれませんでした――って、ちょっとバアト! あ、あまりグルグルしないでくださいぃっ! 目が、めがまわりますうぅぅぅ!」

「文句はお前の番いに言え! こうもひっきりなしに飛び道具を撃たれては、おちおち話も出来んっ!」


 錐揉み状態で飛行する二人の傍を、魔人王の斬撃波が掠めてゆく。


 暫しそうして逃避行に及び、高空へと舞い上がったことで……竜長の眼からも、次第に戦況が明らかになっていた。



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