118. 開闢 - 神との別離 -
「ありがとうございます、アーマさま、ゼストさま」
それは創造神との闘いの後のこと。
十二匹の直立した獣たちは、双子の神の元へと駆け寄り、大いに喜んだ。
アーマは彼らを労うと、弟を助けてくれたお礼として、感謝の贈り物を授けることにしました。
だがしかし、アーマには肝心な贈り物の内容が思いつかなかった。
悩んだ彼女は、弟であるゼストに相談を持ち掛けた。
ゼストは十二匹の獣たちに驚きながらも、こう口にした。
「まずは彼らに、姿形に応じた名前を与えよう。このままではお礼を言おうにも、苦労してしまう」
「なるほど、それは名案ですね。さっそく二人で皆に似合うお名前を考えましょう」
アーマは弟の利発さに感心しながら、獣たちに種族としての名を与えてやることにしました。
手先の器用な神々に似たものは、『人』と呼び。
鋭い爪を生やした獣に酷似したものは、『獣人』と呼び。
知恵に優れた頭から長い耳を生やしたものは、『兎人』と呼び。
無数の牙をもち体に鱗を纏ったものは、『竜人』と呼び。
体が大きく力の強い勇敢なものは、『鬼人』と呼び。
最後に、好奇心が強く物真似が得意なものは、『真似人』と呼ぶことにしました。
「善き名が決まりましたね。では、次はなにを与えましょう」
「彼らは我らの恩人にして友。次なる願いは、彼ら自身に考えてもらおう」
「なるほど、それは道理ですね。さっそく皆に決めてもらいましょう」
双子の神の提案に、人々は戸惑った。
願いを決めろと言われても、一体なにを望めばいいのかもわからない。
人々が困り果てていると、『真似人』が双子の神を真似て言った。
「私たちも相談しよう。アーマさまとゼストさまが話し合って決めたように、一番貰って嬉しい褒美を決めてみよう」
その提案に、人々は頷き……すぐに答えを出した。
「アーマさま、ゼストさま。私たちは同じ姿をしたものが、二人ずついます。ですがこのままではそっくりすぎて、他のものたちからは見分けがつきません。なんとかならないでしょうか?」
「なるほど、それは問題ですね。では……どうしましょう?」
「姉上、私に善き考えがあります。ここは彼らの片方を姉上の体つきに、もう片方を私の体つきに近づけてやりましょう。それでもう見間違わないはずです」
「なるほど! それは素晴らしい考えですね! ではさっそくそうしましょう!」
アーマは弟の言葉に喜び、それを人々への褒美にすることにしました。
そして黒胡桃の棍棒を、頭上でクルリと振りかざすと……
その片方を、自分に似たふくよかで丸みを帯びた姿にして『女』と名付け。
もう片方を、弟に似た大きく逞しい姿にして『男』と名付けてやりました。
それぞれの種族と性別を与えられて、人々は大いに喜び双子の神に礼を述べました。
アーマもこれを見て、大層喜びました。
ですが……ゼストだけが、一人浮かない顔をして周りを見渡していました。
「どうしたのですか、弟よ。なにか心配事でもあるのですか?」
「姉上。このままでは、いけませぬ。大地は割れて海と別れ、天は裂けて空となり、世の理は変わり果ててしまった。創造神である父が旅立たれたいま、これを元の形に戻すことは叶いませぬ。このままでは世界は程なくして混沌に呑まれ、皆消え去ってしまう」
「まあ。それは大変ですね。……どうしましょう?」
「……私に考えがあります」
罅割れ乾いた大地、絶え間なく荒れ狂う海、そして雷鳴轟く空を前にして。
ゼストは悩んだ末に、姉に言いました。
「私と姉上で、世界を癒すのです。この大地を離れて二人で世界を包み込み、どれだけ中身が荒ぶろうとも、外に溢れ出さぬように守護してやるのです」
「なるほど……それは大仕事ですね。ずっと世界を守るとなると、中々に疲れてしまいそうです」
「心配には及びませぬ。姉上は天に昇って頂き、昼の間だけ世界を守護してもらえれば結構です。それであれば、夜の間はゆっくりと眠りにつくことが出来ましょう。勿論、その間は私が世界を守護しております」
「なるほど。交代で務めを果たすということですね。そうと決まれば、さっそく二人で天へと昇りましょう」
弟の考え抜いた提案に、アーマは乗り気になって同意しました。
しかしゼストは、首を横に振ってきました。
「いえ、私は天には昇れませぬ」
「そんな……なぜですか、弟よ。よもや姉と一緒に暮らすのが嫌だと言うのですか」
「そうではありませぬ。あれをご覧ください。父が遺していった、あの奈落へと続く大穴を」
ゼストが指さしたその先には、黒い霧を吹き上げる大穴がありました。
地と海と空を覆うその霧は、近づくものの命を奪う毒の霧……瘴気でした。
「幾ら我ら姉弟が世界を癒したとしても、あの穴を塞がねばどうにもなりませぬ。故に私は奈落に降り立ち、噴き出す瘴気を封印しに参ります」
「なるほど……それはあまり、善き考えではありませんね……」
これまで弟の言葉を受け入れてきたアーマも、このときばかりは迷いを見せた。
アーマとゼストは、仲睦まじき姉弟であったからだ。
だが、奈落から溢れる瘴気を止められそうなものは、ゼスト以外に見当たらなかった。
「わかりました。貴方は奈落の底で、私は天の頂にて、互いに使命を果たしましょう。ですが……貴方一人で毒の溢れる穴を塞ぐ姿を見続けるのは、苦痛でしかありません。誰ぞ、弟の助けとなってくれるものはいませぬか?」
「そういうことであれば、私たちに御命じください」
「この命尽きようとも、ゼストさまの力となりましょう」
アーマの願いに、人々の中より『真似人』の二人のが進み出てきた。
この申し出に、双子の神は大いに喜び、残る十人の人々は涙を流して悲しんだ。
それから彼らは地上に残ったすべての生き物を招き、三年三月三日宴を開いて別れを惜しんだ。
「それでは姉上。それぞれの場所に参るとしましょう」
「はい、弟よ。寂しくなったら、偶に顔を出させてもらいますね」
「それは……善き考えですね」
そしていよいよ、二人が天の頂きと地の底に向かわんとした、そのときのこと。
「お待ちください。アーマさま、ゼストさま」
「やはり御二人がいなければ、私たちはこれから先」
「一体どうしてよいのか、まったくわかりません」
「どうか今一度、お考え直しになってください」
「これからもどうか、私たちを導かれることをお願いいたします」
人々は口々に助けを求めて、双子の神を引き留めようとした。
如何に天地を守るためと言えども、これまで自分たちを守ってくれた神々が、揃って手届かぬ場所に行ってしまうおうというのだ。
彼らの願いは、切実だった。
そんな人々に、アーマとゼストは微笑みと共に告げた。
「大丈夫です。貴方がたは、既に互い助け合うことを覚えてくれました」
「そうだ。其方らは、既に我らの庇護がなくとも育ってゆけるのだ。それは我ら姉弟にとって、喜ばしいことだ。父に背き助けた甲斐もあろうというものだ」
「おお、なんという勿体なきお言葉」
「それほどまでに、私たちを認めてくださったというのであれば」
「かくなる上は皆で覚悟を決めて、この地で生きてゆくことを誓います」
「なれば、アーマさまとゼストさまに……私どもより、最後のお願いしたく存じます」
「神無きこの世に、どうか名をお与えください。貴方がたのことを決して忘れぬよう、世界そのものの、名付け親となってください」
双子の神の言葉に、人々は首を垂れて誓いと願いを口にした。
アーマとゼストは悩んだ末に、世界に『アルスルード』という名を与えた。
そうして皆に別れを告げると、アーマは背に四対八枚の翼を生やして天へと飛び去り。
ゼストは供の真似人たちを連れて、奈落の底へと降っていった。