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121. 『突入』

「なんだこりゃ。これだけの軍勢がいて、魔人の王が一騎打ちに応じてるだと?」 

「どうやらこの様子では、周りの魔人に手出しをさせていないようですね」

「まさか、彼奴は本当にノーシュなのか? ならば何故、この様な真似を」 

「わからぬ……この争いの意味も、地底におわすゼストさま御心も……儂にはわからぬ」 

 

 自分たちを一顧だにせずにいた魔人の王に、種族長たちは答えを出せなかった。

 既に自らの後継である王を立てた彼らに、心残りはない。

 あるのはミシェラに加勢して、相打ちになってでも魔人の王を仕留めてやろうという気概だけだった。

 

 だが、間近で繰り広げられる少女と魔人王の闘いは、壮絶の一言でしか表せぬ域にあった。

 ミシェラがその細腕で神器を掲げるたびに、地は砕けて砂塵を巻き上げ。

 魔人王が銀の剣を振るうたびに、空は裂けて大気が震えた。

 

 奈落の城を打ち砕きながら、昼夜を徹して繰り広げられる争い。

 如何な種族長たちといえども、おいそれとは割って入れないほどの激突。

 それは神の領域に踏み込まんとする、超越者たちの闘いであった。

 

 しかしやがて、その均衡が破れるときがきた。

 微塵の疲労も感じさせぬ魔人王の剣筋に、ミシェラがじりじりと追い込まれ始めたのだ。

 

 神器を携えた彼女の苦境に、長たちも覚悟を決めた。

 魔人の軍勢の只中に、飛び込む。

 四人は顔を見合わせて頷きあった。

 

「潮時ですね。彼女を失っては元も子もありません。先手を打って、私の術で周囲の魔人たちを片付けます。竜長と鬼長は魔人の将を引き付けてください。獣長には遊撃を頼みます」

「心得た。抜かるなよ鬼長。生きて帰れたら、一族秘蔵の竜殺しを馳走してやる」

「ほ! それを聞いて、やる気も出てきたわい! のう、獣長よ!」

「酒は鼻が狂うんで、俺ぁ苦手なんだが……ま、任せとけ。『雷牙』の異名、魔人どもに刻み込んでやるぜ」 

 

 大乱戦の口火を切ったのは、兎長の操る術法だった。

 狙いは一騎打ちを見守るようにしていた、敵方の両端。

 そこに猛吹雪が吹き荒れて、百に及ぼうかという魔人が氷の彫像と化す。

 奇襲となったその一撃に、千を超える軍勢が二つに割れる。


 敵は二手から来ている。

 まずは魔人たちにそう思わせた、兎長の勝ちだった。


 そうして手薄となったのは、軍勢の中央。

 その最奥では、いまなお一騎打ちが繰り広げられている。

 そこに、剛力無双の鬼長が蛮声も高らかに猛進を開始した。

 

 山々をも震わせる咆哮に、名も無き魔人たちが怯え竦む。

 僅かに挑みかかってきた剛の者も、肉の弾と化した鬼長を前に悉くが弾き散らされた。

 

 混乱の渦に陥った軍勢を立て直そうと、魔人将たちが動き出す。

 だがそこに、竜長が翼を羽ばたかせて上空から炎の息吹ブレスを浴びせかけた。

 そして魔人将が怯んだと見るや否や、鬼長にも勝るとも劣らない大音声で吼え叫んだ。

 

「助太刀に参ったぞ、ミシェラ!」

「その声は――バアト!? なぜ、子らを守っていたはずの貴女が此処に!」

其方そなたに言われたくはないが……出向いてきた理由など、人の世に仇なす魔人の王を討ち果たすために決まっておろう! わかったのであれば、こちらに来い! 其方と神器の力が、我らには必要ゆえ! 他の長たちも同じ考えだ!」

「……貴女の言いたいことはわかりました。ですが、それは出来ません!」


 ミシェラと竜長が言葉を交わす間、魔人王は動きを止めていた。

 そこにミシェラが、力を振り絞り打ちかかる。

 そうしながらも、彼女は叫んでいた。


「私はノーシュと話をしに来たのです! 私にこんな物を作らせておいて、こんな取り返しのつかない真似を仕出かした馬鹿な人を……正気に戻しに来たのです!」

「いいから引けと言っておろう! 其奴そやつがノーシュだと言うのなら、責は我らにもある!」

「そうじゃそうじゃ! あのとき儂らが、ノーシュだけを奈落に向かわせておらなんだら、結果は違っていたかもしれん!」

「ディルザおう……貴方まで来られていたのですか!」 


 魔人将に取り囲まれた鬼長の声に、動揺するミシェラ。

 攻撃を止めた彼女に竜長が接近を試みるも、魔人王の振るう剣がそれを許さない。

 空を裂いて飛来する白銀の剣閃に距離を詰められず、竜長が舌打ちを飛ばす。

 

「やはりあの剣がある限り、空からは無理か……! 鬼長よ、先に魔人将どもを片付けるぞ!」

「う、うむ。そうしたいのは山々なんじゃが……こやつら、以前よりちいっとばかり手強くてのう。周りの魔人もじゃが、魔物のような力を使いおるわい。あ、あたた……こら、年寄りには優しくせんか!」 

 

 魔人王の傍に控えていた魔人将の数は、合わせて六体。

 

 頭から蛇を生やしたもの。

 岩の如き肌で守られたもの。

 鷲の頭をもち翼を生やしたもの。

 鋭い牙と血のような瞳を備えたもの。

 見上げるほどの巨躯を誇るもの。

 四本の腕を自在に操るもの。

 

 皆、どす黒い肌をしたこと以外はすべて異なる、悍ましい姿をしたものばかりだった。

 

「まずいな。いまは兎長が魔人どもを術で掻き乱しているが、あれだけ大きな術はそう長く放てぬ。かくなる上は……鬼長! ここは合力して敵中突破を狙うぞ!」 

「うむ。首尾よく魔人王の元へ辿り着けたならば、儂が盾となろう。お主はミシェラを抱えて先に下がっておれ。ああなったらあの娘は、梃子でも動かぬからの」

「……すまん」

「わっはっは。竜長ともあろうものが、そんな酒の不味くなるような顔をするな。心配せずとも、儂はそう簡単にくたばらんよ」


 背中合わせに二人が頷きあい、行動を開始した。

 群がる魔人将に、竜長が炎を浴びせかけて足を止め。

 火の海と化した戦場で逃げ惑う魔人の群れを、鬼長が狂猛な笑みを浮かべて突き抜けてゆく。

 

 だが、魔人将たちもそれを黙って見過ごしはしない。


 蛇の口から吐き出された毒液が。

 投げつけられた巨大な岩塊が。

 翼の羽ばたきが巻き起こした竜巻が。

 黒衣の内から湧き出した蝙蝠の群れが。

 四つの指先から放たれた稲妻が。

 

 王の元を目指す不心得者たちへと向けて、殺到した。 

 

「うぬ……! 揃いも揃って多芸じゃのう……これでは追いつかれるのも時間の問題じゃな」

「流石にこう後ろから攻め立てられては、無視は出来んな。私が足止めに入るゆえ、鬼長は先にゆけ」

「馬鹿を言うでないわ。儂だけ突っ込んでもミシェラを連れ戻すことは出来んよ」 

「それはそうかもしれんが……ぐっ! この、化け物風情が……調子に乗りおって!」

「いかん、竜長! 脚を止めるでな――ぬぉ!?」

 

 僅かな逡巡をみせた二人の背中に、魔人将たちの攻撃が炸裂した。

 荒れ狂う異能の暴威に、竜と鬼の長が膝をつきかける。

 そこに止めとばかりに、異形の腕が振り上げられる。

 

 閃光が、帯のようにうねり戦場を疾る。

 合わせて六つの、絶叫が響く。

 その一瞬の後に、異形の腕から毒々しいまでに紅い鮮血が噴きしぶいていた。

 

「いまのは――」


 自らの影すら絶つほどの雷速の爪撃に、あがる歓喜の声。

 

「お前ら、なにチンタラしてやがる! とっととノーシュのクソボケ野郎に一発喰らわしてこい! この、ウスノロども!」 

「ほっ! 獣長か! こりゃあ助けられたわい!」

 

 二人の種族長に釘付けとなった魔人将たちの隙を見逃さず、横合いから爪を振い駆け抜けたのは、遊撃に回っていた獣長。

 兎長の術法で崩れた魔人の軍を更に掻き回してた彼は、竜長と鬼長の突入に呼応する形で魔人将を受け持つ構えを見せていた。

 

「彼奴め。いまのいままで姿を見せずにいたかと思えば、いいところを持っていってくれる」

「ほっほ……これは負けてられんのぅ。儂らも格好をつけてみせんとな」 

 

 幾ら種族長といえども、力を増した魔人将たちを独力で倒しきることは難しい。

 だが、一撃離脱に徹した獣長であればそう簡単に捕まりはしない。

 言葉こそ交わしていないが、聡明な兎長も状況を見定めてくれているだろう。

 

 信じて、二人は斬打の音を響かせる奈落の淵へと突き進んだ。



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