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116. 模擬戦 最終局面、開始

「ハンサは、ここメルランザス地方の大領主……『公国の盾』ルガシム卿の直属、誉れ高き武門の家柄の出。ランクーガー家の長男です」


 こちらの願い出に覚悟を決めたのだろうか。

 フェレシーラが、ハンサに関する情報を口にしてきた。


「なるほど、武門の家柄か。長男を神殿従士にって辺りが、如何にもって感じだな」

「はい。両用剣バスタードソード大金槌モールの扱いを得手としていましたが、他の武器を使わせても見事なものがありました。幼い頃より……かつて王国の騎士であった父親に鍛えられていたとも聞き及んでいます」

「そりゃ凄い。加えてお前の一番弟子ともなると……聞けば聞くほど、こっちの勝ち目がなく思えてくるな」 

「はい。失礼ながら、私もそう考えています」


 軽口のつもりが大真面目に返されてしまい、俺は苦笑いするしか出来なくなってしまう。

 フェレシーラは、相変わらずの調子だった。

 

 そういやこいつも、いいところのお嬢様だろうって話もあったもんな。

 いままでは教会に顔を出したときだけ、こんな感じにもなってたけど……案外これが、彼女の素の性格ってヤツなのかもしれない。

 

 らしくないとか、様子がおかしいとか。

 そんな考えは、まだ付き合いの短い俺の勝手な決めつけに過ぎない可能性だってあるのだ。

 それに……

 

「なあ……お前はこういうの、らしくないって思うか?」

「……? と、言いますと?」

「いやさ。俺がこんな風に、誰かと戦いたいって言い出してるのがさ。フェレシーラからみたら、全然俺らしくなく見えたりするのかなって」

 

 こちらの質問が少しばかり唐突すぎたのだろう。

 俺の説明にも、彼女は暫くの間、ちょこんと首を傾げて見せてきていた。

 その反応に俺はなんとはなしに気恥ずかしさを覚えて、頬を指で掻いてしまう。

 

 それが余程、可笑しかったのだろう。

 フェレシーラは、不意にクスクスとした忍び笑いを洩らしてきた。


「ふふ……そうかも、ですね」


 いままでの沈んだ雰囲気はどこへやらといった感のある、明るい笑みだ。

 俺はそれに、くすぐったさを感じてプイと横を向いてしまう。

 

 だが、俺たちがそうしていたのも束の間のこと。

 フェレシーラは、両手を前に揃えてこうべを垂れてきた。

 

「フラム。御武運を」 

「……ありがとう、フェレシーラ。それじゃあ、もうちょっとだけ頑張ってくるよ」 

 

 短い激励の言葉に、今度はなんとか礼を述べ終えて……俺はハンサの待ち構える、開始円へと向かってゆく 

 

 笑われてしまった後だというのに、気分はとても落ち着いていた。

 だがしかし、それと同時に沸々とした戦意が腹の底から湧き上がってきてもいる。


 それは何故かと、俺は考える。

 

 力を試したい。

 限界まで戦ってみたい。

 己の可能性に賭けてみたい。

 そんな気持ちが、なかったとは言えない。


「今回はまた、随分と話が長かったようだな」 

「すみません。お待たせしました」

「なに、気にするな。もうそれなりの数の新入りを見てきたが……青臭い奴も嫌いではない」

「いや、ほんとすみません……いつまで経っても、根っこがガキなもんで」 

 

 ハンサの声には、責めるような響きはなかった。

 ……よく見ればその両手には、練習用の剣が一本ずつ握られている。


 なんだろう。

 もしかして噂に聞く二刀流ってヤツを披露してくれるとか、そういうのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、ハンサが左手の剣を放り投げてきた。

 

「ととっ……!」


 俺は慌てて、左手でそれをキャッチする。

 右手は短剣で塞がっていたから、そうするしかなかった。

 

「使え。短剣は見飽きた」

「それって……」


 ハンサの指示に、俺は反射的に口を開きかけて、すぐにそれを中断させていた。

 

 板金鎧プレートアーマーの防御力は、鎖帷子チェインメイルのそれを大きく上回る。

 先のイアンニとの試合では、鎖帷子チェインメイルの上から短剣でのポイントを取るのは難しいと考えた。

 なので無理を承知で、蹴りでの崩しを軸にして畳みかけにいった。


 しかし今回は、その手も使えない。

 この動く鋼板を相手にそんなことをしても、自殺行為にしかならないだろう。

 話しに聞いたハンサのスタイルからすると、速度面でもイアンニのそれよりも優れた印象だ。


 となれば俺は、崩しの一手を欠いたままで有効打を狙うしかない。

 わざわざ兜を脱ぎ捨てたままでいてくれた、彼の喉首を狙うしかない。

 それはあちらにもお見通しだろう。


 長剣を使うように促してきた、ハンサの意図は明確だ。

 短剣を用いて挑んでくるのであれば、結果は見えている。

 試合をやる意味すらない。

 彼は言外に、そう口にしてきているのだ。

 

 だが……彼の望み通りに、こちらが長剣を使うとなると話は変わってくる。

 頭部のみならず、関節部や掌といった、衝撃の影響を免れない部位。

 そこに渾身の一撃が決まれば、ポイントを得ることも出来るだろう。

 

「ハンデのつもりじゃなかったんですか。兜を付けていないのは」

「そのつもりだったのだがな。どうもお前は、目を離すとなにをしてくるかわからん。それと、使ってみればすぐにわかる話だが……見た目以上に視界は狭いぞ。あの手の兜はな」

「……ですよね」

 

 そうなのだ。

 視界が制限されるなら、そこを突いて足でひたすら掻き回してから裏を取る。

 そうして有効打の取れる部位に長剣を叩き込む。

 それでまんまと一本、という形もありえたはずだ。


 短剣でくるのならば、勝ち筋は殆ど存在しない。

 かといって、長剣を使わせて好き勝手に攻めさせるつもりもない。


 ……正直に言って、ハンサの意図がいまいち掴めなかった。

 それがあちらにも伝わったのだろう。

 彼は顎に手を当てて、つまらなそうな表情をみせてきた。


「一応、言っておくがな。こちらはお前一人に二連敗だ。三連戦でこれは、内容としては既に負けだ」

「それはそうかもしれませんけど……なにが言いたいのか、はっきり言ってくれませんか」

「中断を要請させる(・・・)のなら、今のうち、という話だ。俺の憂さ晴らしに付き合わされたくないならな」 

「……そういうのって、普通は武器を渡す前に言うものじゃないですか」

「正論だな。だが、俺から言わせれば論外だ」


 ハンサと言葉を交わしながら、俺は剣を二度、三度と振るう。

 比較的、軽めのものを選んでくれていたのだろうか。

 久しぶりに手にする長剣の感触は、思いの外わるくないものがあった。

 

 そこにフェレシーラが……審判の少女が近づいてきた。

 その瞳に、先程までの熱はない。

 あるのは振るわれた力に対して公平に傾く、天秤としての意思だけだった。

 

「二級神殿従士ハンサ・ランクーガー。手合わせをお願いします」 

「承知した」 

 

 こちらの願い出に、ハンサが承諾で返してきた。

 それを合図に双方が開始の円へと足を踏み入れる。

 長剣が、どちらからともなく持ち上げられる。

 

「両者、構え」 

 

 その切っ先同士が、キン――と軽く打ち鳴らされて。

 

「――始め!」 


 ミストピア神殿副従士長、ハンサ・ランクーガーとの戦いが始まった。





『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』

 

 五章 完




 ここまでキミサガをお読みいただきありがとうございます


 突然ですが、次回より『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎 外伝 アーマ神話』全20話が開始

 そちらの完結後に本編六章開始となっていました

 外伝自体も今後の物語に絡んでくる内容なので、よろしくお願いいたします

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