117. 創世 - 神々の闘い -
キミサガの世界が創造されて間もない頃の物語
三人称形式 本編から千年ほど過去のお話です
遷神暦百六十年。
今現在、レゼノーヴァ公国では『魂源神アーマ』を神とする『アーマ教』が国教に定められている。
命と魂を司り、美徳と繁栄を尊ぶアーマ教は、世界最大の宗教だ。
その教えは中央大陸のみならず、世界中に広まっていると言われている。
そしてここ神殿従士たちの属するでは聖伐教会の神殿では、当然ながらアーマの教義が尊ばれており、実践されている。
そんなアーマの教が、世に受け入れられたことには理由がある。
この世のあらゆるものに正の力『魂源力』を与えたとされる、アーマ神。
かの神には、ゼストと呼ばれる弟神がいた。
これはいまより遥か昔、伝承のみが残された神話の時代。
虚空に在った創造神は、まず初めに己が降り立つ大地のみを創り出し、『アルスルード』と名付けた。
そして腕を大きく動かし絵を描き、一対の神を産み出し名前を与えた。
左手からは、美しき乙女の姿をしたアーマを。
右手からは、精悍な少年の姿をしたゼストを。
互い向かい合わせで産み出すと、創造神はこう口にした。
「これより私は世界を創りあげる。お前たちはそれを見届けよ」
双子の神は、これに無言で頷き従った。
それ以来、アーマは昼を照らす神として。
ゼストは夜を覆う神として。
創造神の偉業を見届けるために、時を回し始めた。
創造神は二人に見せつけるようにして大地に絵を描き連ねて、新しい生命を次々と創りだしていった。
獣に鳥、魚に虫、木々に草花……
大皿のように平であった世界は、瞬く間に賑やかとなり。
それらすべてが主を敬い、賛美の言葉を送り続ける。
誰もが喜び慎ましく生きる。
そんな毎日に、創造神はすぐに飽きてしまった。
「誰でも良い。なんでもいいから、私を愉しませよ」
大地に生きる小さきものたちは、主の命令に必死になって応えようとした。
だがしかし、彼らは主を褒める以外のことを教えられずに暮らしてきた。
彼らは、神を模して創られてはいなかった。
彼らは、自らからなにかを生みだすことが出来なかった。
彼らは使命を違えてきた主を前に、震え上がることしか出来なかった。
そんなちいさきものたちを見て、創造神はため息と共に告げた。
「もう良い。汝らは失敗作だ。この大地より消え失せよ」
創造神はそう言うと、大地に穴を開けて奈落に続く道を創りあげた。
そして震える彼らへと、すぐさまそこに飛び込むよう命じた。
彼らは畏れ慄いた。
慄きながらも、にこにこと笑い、主を褒め讃えることしか出来なかった。
「父よ、どうかおやめください」
「どうかおやめください、お父様」
そんな彼らを見かねて、双子の神が口を開いてきた。
創造神は驚いた。
彼は双子の神が口をきけるとは思っていなかったので、大層驚いた。
そして、怒り狂った。
「なぜ私に意見する。そのような役目、お前たちには与えておらぬ。お前たちの役目は、私の偉業を見届けることだ。わざわざ私を模してやったお前たちすらも、失敗作であったか」
猛り狂った創造神は檜の樹を生み出し引き抜いて、それでアーマを奈落に突き落とそうとした。
しかしそこに、ゼストが飛びだし姉を庇った。
檜の樹で強かに打ちのめされるなか、彼は叫んだ。
「完璧なる父よ。偉大なる創造の神よ。なぜ貴方は寛容さだけを持ち合わせなかった」
叫びながら、彼は父の見様見真似で杉の樹を生み出すと、檜の樹と打ち合った。
ゼストは創造神と二百年と二月と二日打ち合いながら、次第にアーマを奈落から遠ざけた。
このとき、二人の神が激しく争ったことで、世界は地と海に引き裂かれてしまった。
また、周りのちいさきものたちは、奈落に落ちるか、その短命さゆえ殆どが死に絶えてしまった。
ただ、ゼストの身を案じて奈落の傍を離れなかった獣たちだけが、アーマの庇護のもと荒ぶる世界を生き延びた。
戦いは、次第にゼストにとって不利なものとなっていった。
アーマは悩んだ。
このままでは千年もしないうちに、弟が奈落に突き落とされてしまうだろう。
しかし自分は、二人のように武器を生み出し戦うことは出来そうにない。
彼女は嘆き哀しみ、涙を流した。
するとそれが地に落ち、大きな川が生まれ、そこから一本の大きな黒胡桃の樹が生えてきた。
それを見て、生き延びた獣たちが一斉に唱和し始めた。
「お優しいアーマさま、どうか私たちにその黒胡桃の樹を齧らせてくださいませ」
アーマは戸惑いながらも、獣たちを自分の元へと呼び寄せた。
すると彼らは勢いよく樹の根元に噛みつき横倒しにして、枝葉に齧りつき、一本の巨大な丸太へと変えてしまった。
「我々は主に逆らうことは出来ません。ですがアーマさまとゼストさまは、我々を庇ってくださいました。ですので、どうかこれでゼストさまを助けて差し上げてください」
獣たちの願い出に、アーマは頷き丸太に手をかけた。
しかしその幹は太く、持ち上げることは叶わない。
途方にくれるアーマに、獣たちが声をあげた。
「アーマさま。どうか我々に、貴女さまのような素晴らしい手と、長い脚をお与えください。そうすればその丸太を、貴女さまにぴったりのものにしてみせましょう」
アーマは、悩みながらも獣たちの求めに応じた。
そして彼らの中から、姿形の異なる逞しい十二匹の獣を選びだし、自分と似せた『二つの脚で立ち、二つの手で道具を持つ』ものへと造り変えた。
手先の器用な、神々に似たもの。
鋭い爪を生やした、地を駆ける獣に酷似したもの。
知恵に優れた、頭から長い耳を生やしたもの。
無数の牙をもち、体に鱗を纏ったもの。
体が大きく、力の強い勇敢なもの。
好奇心が強く、物真似が得意なもの。
直立した獣たちは多いに喜び、荒れた大地に転がった石を手にして丸太を削り始めた。
神の手にもあまるほどの丸太を前にして、彼らは力と知恵を絞り、互いに助け合った。
丸太はみるみるうちに形を変えて、それはやがて見事な一本の棍棒へと仕上がった。
アーマが恐る恐る棍棒を手に取り、試しに一振りしてみると、天が吹き飛び空が生まれた。
その衝撃の大きさに、ゼストを奈落の淵に追い詰めていた創造神すらも振り向いてきた。
アーマは直立した獣たちに頭を下げて、棍棒を構えた。
「ありがとう。これなら私でもなんとか使えそうです」
黒胡桃の棍棒を手に、アーマは弟を助けるべく突進した。
それを見て、創造神が叫びをあげた。
「なんだそれは。そのようなもの、私は知らぬぞ」
「はい。私も知りませんでした、お父様」
アーマは父の問いかけに答えると、ぼろぼろになっていた杉の樹へと棍棒を叩きつけた。
その一撃で、樹はバラバラになった。
そして彼女はそのまま棍棒を振るうと、父を激しく打ち据えた。
だがアーマの棍棒は、杉の樹は砕けても、創造神を殺すことは出来なかった。
仕方なく、彼女は棍棒を振るい続けて、父を弟の元から遠ざけることにした。
「おのれ、小賢しい」
予想もしなかった出来事に、創造神が怒り地団太を踏むと大地にひび割れが起こり、アーマの足を挟み動けなくしてしまった。
「これでもう、誰も私の邪魔は出来まい」
高らかに勝利を宣言する創造神の背中に、突如として鋭い痛みが走った。
創造神が背後を振り向くと、そこには杉の樹の破片を握りしめたゼストの姿があった。
「如何な父とて、我が姉を傷つけることは赦さぬ」
そう言うと、ゼストは樹の破片で父の首筋を引き裂いた。
創造神の喉首は、彼自身が創り出した樹の力で容易く真っ二つに裂けて、その返り血がゼストの全身を真っ赤に濡らした。
しかしそれでも、創造神は倒れなかった。
倒れず、よろよろと前に進んでいった先には……棍棒を両手で握りしめた、アーマが待ち構えていた。
「さようなら、お父様。どうか私たちの手が届かぬ、遠くへといってくださいませ」
彼女の祈りと共に創造神は吹き飛ばされ、その巨大な体は天を突き破り、遥か彼方へと消え去っていった。
するとバラバラになった木片が、それを追いかけるようにして空へと舞いあがり、無数の星となった。
こうして世界で初めての争いごとであった、神々の闘いは幕を降ろした。