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番外編 新たなる門出を前にして 後編

 三人称 フラム寄り視点です

 困った。

 彼はここに来て、大いに困っていた。

 

「ここの店もダメか……わるい、フェレシーラ。もうちょっとだけ見させてくれ」 

「うん……」 


 ミストピアの繁華街でも、平日から屋台が多く立ち並ぶ大通りにて。

 旅人フラムは、ほとほと困り果てていた。

 

「くっそ……こんなことなら昨日買った鳥の砂肝、半分にしとくんだったな……」 

「ピピィ……? ピ!」 

「あ、ちょ、おま……! 髪を啄むのはやめろ、髪は!」 

 

 ついついボヤいてしまったところに、肩の上の友人から抗議が飛んでくる。

 それに抗しながらもフラムは次なる店を探しにかかる。 

 

 ミストピア最大の飲食街、『貪竜の胃袋』周りの店先を覗き込むことはや五回。

 串焼きの類が主となる屋台をまた一つ通り過ぎながら、フラムは困り果てていた。

 

 それは何故か。

 答えは簡単、高いのだ。

 彼が手持ちのお金に対して、悲しいほど高いのだ。

 

 財布の中に残されたのは、銀貨が一枚と銅貨が少々。

 それに対して屋台に並ぶ串焼きは、一本あたり銀貨一枚を下回るものは見当たらない。

 というか、その殆どが二本売りのセット販売だった。

 銀貨のみで支払うのであれば、三枚は必要となる。

 

「ここもか……昨日までは銀貨一枚で二本は余裕で買えただろっ。なんで今日に限って、こんなに値上げされてるんだよ……!」 

 

 ぶつくさと文句を言ったところで、それで値段が下がってくれるわけでもない。

 人の入りが少ないのであれば値切り交渉も可能かもしれないが、これだけどこも賑わっているとなるとそれも不可能だろう。

 

 焦りながらも、彼は後ろにいた少女をチラ、と見やる。

 それで一瞬、目と目がかち合った。

 

 だがしかし、彼女はすぐに視線を落として後ろについてくるだけだ。

 普段であれば、ホムラとじゃれあったタイミングで……

 いや。

 目当ての店が見つからずに少年がまごついてる時点で、「なにやってるの、貴方」と呆れ顔で窘めにきているはずが、これまた今日に限って妙に静かなのだ。

 

 しかしそんなフェレシーラの不自然な反応も、いまのフラムには助け船に等しかった。

 

 とはいえ不味い状況であることに変わりはない。

 というのも、今日はミストピアの『神殿』に向かう予定があるだ。

 しかも一度訪れるだけではなく、暫くの間は泊まり込むという話だ。

 

 フェレシーラは大丈夫と言ってくれていたが、前に『教会』での手続きも色々と手間がかかったことを考慮すると、そう悠長に構えていられないだろう。

 見れて、後一軒が限界だろう。

 それでダメなら奥の手に頼るしかない。


「……!」

 

 そう考えているところに、また別の屋台が見えてきた。

 

「しめた……! あそこ、結構空いてるぞ……!」

 

 若者たちでごった返す通りからは外れた、空の植え込みが並ぶその傍。

 そこに小さな屋台が出されていた。

 

 知らず、再び彼は駆け出す。

 その背後で息をのむ声があがる。

 

「ピィ♪」 

 

 肩の上では、小さな友人が上機嫌で翼を広げていた。 

 

「……どうだ!」

 

 ザザッと、無駄に煉瓦の上に滑り込む音を立てながら、フラムがそこに到着する。

 どうだ、とは当然値段のことである。


「――くっそ……!」


 結果はアウト。

 二本で銀貨二枚。これでも、これまでの店と比べたら一番安いのだが。

 

「ここもダメかよ……っ!」 

「らっしゃい」

 

 ガクリと肩を落としてうなだれたフラムを前に、刈り上げの親父が声をかけてきた。

 面と向かってダメなどと言われたのに、中々人間が出来ている。

 

 フラムが顔を上げる。

 鋭い眼光で、親父がそれを迎え撃つ。

 

「あの……実は手持ちが」

「――これでもおらぁ、幼い娘が二人いてな」 

「ぐ……!」


 後はわかるな?

 

 そう言わんばかりの親父の後の先に、フラムが撃沈した。

 

「ええと……フラム?」

「う……!」


 背後からの声に、フラムの肩が今度は上に跳ねる。中々忙しい。


「もしかして貴方。お金、足りないの……? それでさっきから……?」

 

 批難するでもなく、ただただ純粋に気にかけてくれている。

 そんな響きに満たされた少女の声に、少年はついに観念するに至った。

 

「ごめん。ちょっと最近、無計画に使い過ぎちゃって……ほんと、ごめん」 

「それはいいけど」

 

 平身低頭といった感で謝罪してきたフラムに、フェレシーラが続けてくる。

 

「この店がいいのよね。あれだけ探し回ってくれたんだもの」

「それは……」


 少女の言葉に、親父の片眉がわずかに反応を示してきた。

 口元にはお目が高いとばかりのニヒルな笑み。


「……うん。ここに決めようかなって思ってた」

 

 そんな親父を前にして、さすがのフラムも「いや、単純に人気が無さそうなので安いかなって思った」などと口にはしなかった。 

 

「じゃあ、ここにしましょ。湖岸鳥の串焼き、二本……ううん、三本でお願い」

「しゃあしたぁ!」 


 どんな返事だよ、と思いつつも、フラムはフェレシーラの注文に口を挟めずにいた。


「ごめんホムラ……お前もちゃんと食いたいよな」

「ピ」 


 許す、とばかりに羽根をパタつかせてきたホムラの喉元が一撫でされる。

 それを見て、フェレシーラがクスリと小さく笑みをみせてきた。

 

「ごめん、フェレシーラ。結局あちこち引っ張り回しただけで、お金まで使わせて……」

「ううん。いいのよ、気にしなくって。なんとか手持ちで、私の分まで収まるお店を見つけてくれようとしていたんでしょう? その気持ちだけで十分よ。それよりも……その」


 嬉しげにそう口にしてきた少女が、不意に視線を逸らして語尾を濁らせてきた。 

 なにごとだろうかと、フラムは思う。

 

 思いつつ、ふと自分の手が彼女の手を握りしめていたことに、遅まきながら彼は気づいた。

 

「わ、わるい、フェレシーラ!」

「べつに……悪くなんてないけど。一応、人目も」 

「いや、ほんとごめん。ずっと握って引っ張り続けていたから、痛かっただろ? 俺、夢中になって忘れててさ」 

「気にするの、そこ……?」


 本気で自分の手を心配してきたフラムに、フェレシーラが半眼となる。

 そこに香ばしいタレの匂いと、肉汁の弾ける音がやってきた。

 

「おまたっしゃっしたぁ!」

「だから掛け声……お、屋台でも調理術具が使われてるんだな。予め仕込んでおいたヤツを保温用に入れておいて、加熱用で素早く仕上げて出すわけか……なるほど。これなら回転もいいな」 

「おうよ。言っとくがウチは繁盛してねえわけじゃねえからな。とっとと番い焼きは売り切っちまって、夜に備えるって寸法よ」 

 

 フラムの推測に、「てーか、今の昼の分は売り切れだったからな」と親父が勝ち誇ったように腕組みをして答える。 

 屋台のカウンターには、大きめの樹の葉を用いた受け皿が置かれていた。


「おぉ……美味そうだな」 

 

 肉と皮目の間でジュージューと脂身を弾けさせる湖岸鳥の串焼きを前にして、フラムが思わず喉を鳴らす。

 その隣では、フェレシーラが白いポーチから銀貨を取り出していた。

 真新しい卸したての革製のポーチだ。

 

 チラ、とフラムが盗み見るようにして、そこに視線を飛ばす。


「なぁに。じろじろと眺めちゃって」 

「べ、べつにそんなに見てないだろ。なあ、ホムラ」

「ピ? ピイィ……」

 

 二人のやり取りによりも、焼き鳥の方に気がいってたのだろうか。

 ホムラがまるで肩でも竦めるようにして、羽根をヒョイと持ち上げてきた。

 

「あらあとござっしゃったー」


 上機嫌な親父の声を背に受けて、二人と一匹が屋台を後にする。

 そしてそのまま、近くにあった大きな街路樹の根本に腰を降ろした。


 青々と覆い茂った葉が、天然のカーテンとなって初夏の日差しを遮っており、そこから迷い込んでくる木漏れ日が宝石のようにキラキラと輝いている。

 

「熱いうちに食べましょう。せっかくフラムが選んでくれたのだもの」 


 心地よさげに目を細めながら、フェレシーラが促してきた。

 フラムが無言で、しかしコクリと頷きそれに応じる。

 

 二人で一本ずつ、一匹には串から外されたものが、それぞれの口に運ばれてゆく。

 

「ん――おいし」

「うん……」 


 珍しく口数も少なく串焼きを頬張る少年を、少女が「じー」っと見つめてきた。


「……なんだよ。さっきは人のことじろじろ見てきて、って言ったくせにさ」 

「みないで、なんて言ってないもの。それよりも……なにか目的があったんじゃないの? 今回のこれって」 

「あ――!」


 さらりと問いかけてきたフェレシーラに、フラムが声をあげる。


「そうだ……そうだった! フェレシーラ、ちょっと食べるのストップ! ストップだ!」 

「はい、はい。むしろ貴方の方が先に食べ終わりそうだったみたいだけど。そうしましょうか」

「……助かるよ」

 

 からかう様な視線に耐えつつも、彼は言葉の後を続けた。 

 

「最後の一口さ。一緒に食べると良いんだってさ」 

「ふむ? なにかのゲン担ぎかしら。そういえばさっき、屋台の人がツガイヤキ、と言ってたみたいだけど……それと何か関係があるのね?」

「うん。多分、そうだとおもう」

「多分、って」


 歯切れの悪い返事に、フェレシーラが若干呆れ気味となる。

 あれだけ連れ回しておいて――決して迷惑だったわけではないが――理由もハッキリしていないとは、中々に驚きだ。

 

 とはいえ、この少年の突飛さは今に始まったわけではないが。


「自分でもよくわかってないの? あんなに走り回って皆の分買ったのに?」 

「さっき、宿を出る前にさ。会計の人に言われたんだ」 

 

 少々余裕がなかったのか、フラムが不意に出立前の出来事を語り始めた。

 そこにフェレシーラが静かに耳を貸す。

 

 悪気があってのことではないのは、明白なのだ。

 むしろ、その逆なのだろうということも薄々わかっている。


「彼女とツガイヤキを食いに行くのか、って。それでフェレシーラのことだと思って、ちょっと急ぎなんで、って言ったらさ。余所から来たんだろうが、今日は屋台でそのツガイヤキってのを買って、彼女と一緒に食い終われって。絶対に喜ぶからって」 

「んん? ちょっと……っていうか、だいぶ話が見えないけど。それってどんな意味が?」 

「うん。その人が言うにはさ。『末永く幸せになれる』からって。そんな感じのこと言ってた」

「ふぅん……ミストピア特有のお祝い事の一環かしら。そういえば昨日から、妙に人通りが多いものね」


 小首を傾げつつも、フェレシーラが話に納得する様子をみせてきた。

 それを見て、フラムが内心ほっと胸を撫でおろす。


「出来れば誰かに詳しい理由を聞いておきたいけど。さすがにちょっと時間が押してきているから。神殿について落ち着いたら、誰かに聞いてみましょう」 

「わかった。じゃあ――」

「ええ。最後は一緒に……よね?」


 残すところあと一口となった串焼きを手に、二人ともに頷く。

 その直下では、ホムラも律儀に最後の一口を残している。

 

「「ん……」」 

「ピピッー♪」


 夏風に木漏れ日がさざめくなか、二人と一匹がピッタリのタイミングで食事を終えた。

 宿を出てから、三十分ほどが経過している。

 

 本当にこれで効果があるのだろうか。

 自分はまた、彼女を無駄に引っ張り回してしまっただけなのではなかろうか。

 今更ながらにそんなことを考えつつも、フラムが後片付けに取り掛かる。 

 

「あー。そういえば、いまので私……手持ちの銀貨切れちゃったみたい」 


 背後からやってきたその声に、少年が動きを止めた。

 銀貨が切れた。

 それはわかる。買い物をすればそういうこともある。

 

 だが、フェレシーラは十分な金貨を持っているはずだ。

 小さな買い物でそれを使えば、お釣りとして銀貨と銅貨が返ってくるの当たり前だ。

 

「……俺、一枚ならもってるけど」 

「あら、そう? なら頂いちゃおうかしら」 

 

 ダメ元で口にしてみたところ、そんな要求がやってきた。

 若干の気後れをしながらも、フラムが財布から銀貨を一枚取り出す。

 そしてそれをおずおずと差し出すと、彼女は首を横に振ってきた。

 

「ぶっぶー」 

「ええ……なんだよそれ。意味わかんないぞ?」 

「もう、察しがわるいわねぇ。ここよ、ここ」 

「ここって――」 

 

 いいながらフェレシーラが差し出してきたのは、真っ白い新品のポーチだった。

 先日フラムが、日頃の感謝の印として彼女に贈ったものだ。

 フェレシーラが早速それを使ってくれているようで、フラムとしてはそれだけで満足だったのだが……

 

 どうやら彼女は、プレゼントされたポーチをどんどん使っていきたいらしい。

 わざわざ必要のない銀貨を求めてくるあたり、その証左だろう。

 

 特に意味のない行為だ。

 だが、フラムはそれに乗ることにした。

 渡した品を使ってくれるのが嬉しい、ということもあったが……理由は他にもあった。

 

「あー……それじゃ、落とすぞ? 落とすなよ? ちゃんと受け止めろよ?」

「うん」 

 

 何故だか無駄に念押しをしてしまったところに、笑顔で返されてしまった。

 本当になにを考えてるのか、よくわからない。

 戸惑いが顔に出ないように気を払いながら、少年が握り拳をポーチの上へと突き出した。

 

 握り拳が開かれる。

 銀貨が真下にあったポーチの中へと落ちる。


 チン、と硬いもの同士がぶつかり跳ねる音がやってきたかと思うと、少女がすぐにポーチの口を閉じてきた。

 

「はい、これで私の分の串焼きは貴方払いね。ご馳走さまでした」 

「ええ……それってありなのか?」 

「ありよ、大あり。気持ちだけで十分嬉しい、って言っても納得しないでしょ、貴方」 

「それはまあ、あるな……」 

 

 フラムが包みと串を一つにまとめてから、立ち上がって周りを見回す。

 ミストピアの街にはところどころに石材で作られたゴミ箱が置かれているので、不法投棄への罰則が厳しいこともあり、住民の多くがゴミ箱を積極的に利用している。

 

 ゴミ問題を放置すれば放置するほど手に負えなくなることは、フラムも過去に身をもって経験済みだ。

 

「結構、叶っているとおもうけどね」 

 

 そんなことを考えていると、隣から声がしてきた。

 

「叶ってるって……末永く幸せに、ってヤツか?」 

「ええ。飽く迄、結構そこそこって感じだけどね」 

「なんだそりゃ」 

 

 そこそこと言われても、『末永く幸せになれる』という願いが叶う気がしないが……それもまあ、当初の目標を一部でも果たせたと思えば、良しとすべきだろう。

 

 焦らずやっていけばいい。

 相も変わらず彼女の世話になりっ放しだが、焦ってどうなるものでもない。

 ニコニコと微笑む少女を前にして、少年はそう自分に言い聞かせた。


 手近なゴミ箱を利用し終えたところで、フェレシーラが隣に並んできた。

 

「また誘ってくれるんでしょ?」

「ん、あー……まあ、そのうちな」


 人の往来を避けつつ、再び彼らは歩み始める。

 しばしの休息。日常の一コマ。

 銀と銀が打ち合わさる、微かな音色に乗せて――

 

「ピピィーッ♪」 

 

 嬉しげな幻獣の声が、どこまでも晴れ渡る青空へと響き渡っていった。

 



 















 

『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』あけおめ記念SS


「新たなる門出を前にして 後編」 完

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