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番外編 新たなる門出を前にして 前編

 こちらは過去にサポーター先行限定公開になっていた『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎 大晦日SS』をキミサガ一周年記念で本編に追加したものです。


 サイドストーリーとしてお読みいただければ幸いでした(*ᴗˬᴗ)⁾⁾


・三人称形式 フェレシーラ寄り

・ミストピアの宿を出て、神殿に向かう途中のお話

・10/4『あけおめSS』と合わせて一つのエピソード

・恋愛メイン


 ミストピアの宿を出て、神殿に向かう途中のお話

 それは真昼の活気で賑わう繁華街の、只中でのこと。 

 

「ちょっと、フラム。なんで貴方、またそんなところできょろきょろしてるのよ」


 純白の法衣を纏った神殿従士の少女、フェレシーラが声を発してきた。

 本日都合三度目となる、旅の同行者への呼びかけだ。

 

「あ、いや……ごめん、フェレシーラ。色々初めてみるものが多かったから、つい……」


 やや不満気となった彼女へと、ホムラを肩にのせたフラムが言い訳をしてきた。

 こちらは卸したての走竜の肩当に合革の防具一式に身を包んだ姿だが……

 まだ若干、装備に「着られている」感がある。

 

「そりゃあ貴方からすれば、初めてみるものばかりでしょうけど。一体なにがあるっていうのよ」 

 

 そんな少年の隣へと、少女が亜麻色の髪を靡かせて並んできた。

  

「ん? これって……」 

「あ――わ、わるい、昼までに神殿に行くんだったもんな! 遅れたら色々と不味いだろうし――」 

「いいから。そのまま」


 不意に慌てる様子を見せてきたフラムのベストを片手で軽くふれて、フェレシーラがその動きを制する。

 青い瞳が伏せられて、その鼻先が微かに持ち上がる。


 鼻腔をくすぐるスパイスの刺激的な香り。

小麦と肉の焼ける、芳しい匂い。


 それを確かめて、少女が「ふぅ」と得心の溜息をついてきた。

 

「フラム――貴方、お腹空いてるんでしょ」

「あ、いや……だからさ」

「言い訳しない。さっきからこう足を止められていたら、幾ら時間があっても足りないじゃない」


 言いつつも、フェレシーラの言葉にフラムを責める響きはない。

 ただ厳然たる事実を口にしている。

 そんな調子だ。

 

「ま、そんなところだと思ったけれどね。今朝も妙に朝ごはん遠慮してたし。貴方のことだから、追加で支払いが出るのを気にしてるんでしょ」 

「それは……その通りです。はい」

「いい返事ね。その素直さで普段からしっかりと食べてくれると、私としてはもっと助かるのだけど」


 フェレシーラが、フラムへの要望を口にする。

 可能な限り押し付けがましくならぬように、気を払いながらだが。

 

 彼女にしてみれば、彼が自分に気を使っていることは重々承知はしていた。

 公都アレイザに向かうまでの水先案内人として、頼りにしきっていることも。

 その旅路で嵩んでゆく路銀に、後ろめたさと己の不甲斐なさを感じ続けていることも。

 

 それを感じ取るたびに、フェレシーラは複雑な想いに囚われてしまう。

 

 もっと自分のことを頼って欲しい。

 そう思うと同時に、正反対の気持ちも湧き出でてくるのだ。

 

 そして己にもし、『聖伐教団』という後ろ盾がなかったら、という考えも。

 彼に本当の自分を知られてしまったら、こうして肩を並べていられるのか、という不安もだ。

 

「フェレシーラ……?」

 

 暗澹たる思いに沈んでいたところに、声がやってきた。

 少年の声――フラムの声だ。

 

「え――」 

 

 一瞬、彼女はそれが自分に対して向けられたものだとはわからなかった。

 しかしすぐにそのことに気づき、小さく頭を振る。


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」

 

 そう口にして、自分でも思う。

 考えすぎだ。

 いまは事を荒立てずに、アレイザを目指せばいい。 

 その為に神殿に向かい、彼を鍛えるのが先決なのだ。

 

 フェレシーラとて、強さがすべて、などとは決して思ってはいない。

 それでも道を阻む不条理に立ち向かうためには、修練も必要なのだ。

 目の前のいる少年にとっても、きっと必要なものなのだ。

 

 自分は間違っていない。

 そう念じる。 

 いままで考えもしなかった、必要としなかったことを今更ながらに反芻する。


 そんなフェレシーラを前にして、フラムが「むう」と唸ってきた。


「考えごとはいいけどさ。なんか顔色わるいぞ、お前」

「……大丈夫。少し人ごみの熱気にあてられただけよ。それよりも、貴方お腹空いてるんでしょう? 私も歩いたら、ちょっと減ってきちゃったし。ここでなにか買って一緒に食べていきましょう」


 再びやってきた少年の声には、今度はしっかりと返せていた。 

 フラムの性格からして予期出来ていた言葉だったので、彼女はそうすることが出来た。

 

「一緒に、か。そういうことなら願ってもいないけどさ」 

「ピィ……」

 

 フラムの心配を代弁するかのように、肩の上からホムラが小さく鳴いてきた。

 普段は屋台の前を通り過ぎようとすれば、羽根をパタつかせて催促してくる少年の友人だが……

 どうしたわけか、先ほどから妙に静かにしている。

 まるでフラムの心情に寄り添っているかのような振る舞いだ。

 

「オッケー! なら、早速好きなものを選びましょ! まだ時間はあるし、大丈夫だから!」

 

 フェレシーラが、それまでとは打って変わって明るい口調で声をあげた。

 突然の弾けっぷりに道行く人々が一瞬、ぎょっとした反応を示しながらも通り過ぎてゆく。

 そんな周囲の反応に、当の彼女は気づいた風もない。

 

 フラムはと言えば……これまたどこか上の空で、頬を人差し指でぽりぽりと掻いていた。

 

「好きなもの、か……じゃあ、さっきちょっと気になるのがあったんだけどさ」 

「うんうん。いいわね! なら、それにしましょ! どのお店かしら?」

「ん」 

 

 少女の快諾の声に、少年が頷きで返してきた。

 同時に彼の手が、さっと伸びてくる。

 

「え――」 

「確かこっちだったはずだ。道が混んでるし、急ごう」 

 

 言うなり、フラムが足早になって往来を引き返し始める。

 それにフェレシーラは、ぐんぐんとついて「いかされて」いた。

 

「大きな昇りが出てたから、近くにいけばすぐわかると思う。なんか物凄い人だかりも出来てたし」 

 

 喋る少年の手を、後ろでにされた右手を、フェレシーラが見つめる。

 そこにあるのは、ぎゅっと握りしめられた自分の掌だ。

 

「ピピィ♪」

 

 呆然としていたところに、ホムラの嬉しげな声がやってくる。

 大通りの真ん中をずんずんと進むのは、少年の背中。

 何故だか周囲の景色は不思議なほど目には入ってこない。

 どこかで甲高な口笛の音が鳴り響き、それが一層、彼女の視界を狭めていった。

 

 胸が、心臓が、ばくばくと暴れ回っているのが自分でもわかった。

 

 切迫した戦いの場であっても、感じたことのないほどの鼓動の激しさだ。

 だというのに、息苦しさや疲労感はこれっぽっちもない。

 

 むしろ心は奇妙なまでに浮き立ち、ぐいぐいと引っ張られて踏み出す爪先は、ふわふわとして現実味がなかった。

 

 誰かに手をひかれて歩んだのは、一体いつが最後だっただろうか。

 少しは見慣れたはずの背中は、こんなにも大きかっただろうか。

 握りしめてくる掌はごつごつとしていて、でもあたたかい。

 

「お――あれだ、フェレシーラ!」 

 

 不意に自分の手を引き、先を進んでいた少年が声をあげてきた。

 嬉しそうな声。

 表情までは見えない。けど、よくわかる。

 

「あの昇りだ、間違いないぞ!」 

 

 一瞬、少年が振り向いてきた。


 大きな鳶色の瞳が、陽光を煌めかせて瞬く。

 錆色の髪は、追いぬけに寝台の上で向かい合って丁寧に梳いてあげたばかりだ。

 なのにもう、いつものような蓬髪となってしまっている。

 

 このままどこか、遠いところに行ってしまいたい。

 誰も知らない、なんのしがらみもないところに、連れていって欲しい。

 

 そう思っているところに、ぐんっ、と手を引く力が強まってきた。

 目的の場所についてしまうのだ。

 この瞬間が終わってしまうのだ。

 

 いやだと思った。

 まだ一緒に走っていたい。ずっと走っていられる。

 胸の高鳴りは増していく一方だが、呼吸は然程あがってはいない。


 さきにへばるなら、いつも突然走り出してばかりの少年の方に決まっている。

 でも大丈夫。

 いざとなれば『体力付与』の神術がある。

 走りながらの詠唱は難易度は高いけど、それもきっと大丈夫。

 彼と違ってご飯もしっかり食べて、スタミナもばっちりつけてある。

 例え無詠唱でもサポートしてあげられる。


 彼はまだまだ危なっかしい子供みたいなものなのだから、私がついてあげていないとダメなのだから。

 私の方が年上なのだから。

 助けてあげるべきなのだから。


 そんなことをフェレシーラが考えていると、不意に腕を引っ張ってくる力が弱まった。

 

「あ……」 

「よし。ついたな。相変わらず人の山だけど……同じような店が幾つもあったから、きっとどこか空いてるところがあるはずだ」 

 

 どうやら、フラムが探していた場所に辿り着いたらしい。

 一緒に走るのは、もう終わりだ。

 

「……うん」 


 呟くように返答を行いながら、フェレシーラが視線を落とす。

 そこにあるのは、しっかと握りしめられた自分の掌。

 二人の手は、まだ繋がれたままだった。


 胸の鼓動は、いまだ治まる気配がなかった。

 










 

『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』大晦日記念SS


「新たなる門出を前にして 前編」

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