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93. 貪竜の通り道

 夢を見た。

 

 旅の夢。

 皆で世界を旅して、冒険に繰り出す夢だ。

 多くの仲間と協力して、邪悪な魔物を打ち倒す。  

 そんなひどく子供っぽい夢だった。

 

 すばしっこくて強欲で、しかし気のいい盗賊と抜き抜かれつつ、寒風吹きすさぶ山々を越え。


 物知りで大人びて、でも結構喧嘩っ早い魔術士と、羅針盤を手に荒波しぶく海原を進み。


 優しくて大食いで、だが怒らせると怖い僧侶と、地図を広げて瘴気立ち込める樹海を行き。


 飄々としながらも眼光鋭き、雷を従えた剣士と、背中合わせで古代の迷宮へと踏み入り。

 

 亜麻色の髪を靡かせた少女と共に、赤い翼を優美に羽ばたかせる幻獣の背に跨り、空をどこまでも駆け走り。


 絵本と書物の中でしか知らなかった空想の世界を、大きな羽根つきの幌馬車で何処までも突き進んでゆく。


 やたらと泣き虫な魔女の塔に乗り込み、人形劇の様なノリで成敗したりもする。


 荒唐無稽であべこべ。

 辻褄も合わなければ、事の順序も出鱈目な……そんな子供っぽい夢を、始まりから終わりまで、はらはらワクワクとしながらも。

 

 その日たしかに、俺はそんな未来を夢見ていた。


 


 

「くっそ……」


 窓より燦燦と降り注ぎ、寝台を真っ二つに切り裂く陽光に顔を顰めながらのこと。

 

「昨日の今日で、これかよ……どんだけ未練たらたらなんだよ、俺……!」


 未だ脳裏に甦る夢の一幕を振り払うべく、俺はしわくちゃのシーツを握りしめながら、ブンブンと頭を振り続けていた。

 

 いや、ホントどうなってるんだよ俺の頭の中。

 昨晩あれだけフェレシーラにカッコつけたこと言っておいて、この願望駄々洩れの夢の内容……

 節操なしとは、正にこのことだ。


 しかも最後の、なんだあれ。

 皆して見覚えのある塔に押しかけて、守護者を撃破しながら屋上で大バトルって。

 移動手段あったんだし、最初から飛んでいけよな……!

 

 夢特有のツッコミどころ満載の展開に辟易しつつも、俺は寝床から身を起こす。

 すると、石床の上からこちらを見上げてくる小さな幻獣と目が合った。

 

「ピィ……?」 

「おっす、おはようホムラ。お前も早く、あれぐらいでっかく――じゃない!」


 こちらの顔を見るなり小首を傾げてきたホムラへと、無理難題を吹っ掛けようとしたその途中、


「ヤバい……! 今日は早めに準備しておかないといけないんだった……!」


 俺は一呼吸で寝台から跳ね起きて、荷袋をひっくり返し始めた。

 部屋の中には、フェレシーラの姿は見当たらない。

 愛用の胸甲と戦槌も同様だ。


 いつも早起きな彼女のことだ。

 先に起床して身支度を済ませているのだろうが……

 

 窓から差し込む陽の光を見るに、朝方と呼べる時間帯はとっくに過ぎてしまっている。

 昨日はなんだかんだで疲れていたのに、調子にのって寝る寸前までお喋りを続けていたのだが……

 結果が、この有様とは目も当てられない。


 塔で暮らしていた頃からは、考えられないほどの爆睡ぶりだ。

 生活環境が激変した影響もあるにせよ、寝るのはあんまり好きなほうじゃなかったってのに。

 

 そんなことを考えながらも、俺は出立の準備を急ぐ。

 

 綿製の半袖シャツと、厚手のズボン。

 革製のベストに、膝当てとブーツ。

 

 昨晩の内に汚れを落としておいたそれらに袖を通してから、最後に霊銀盤の仕込まれた手甲と鞘付きの短剣を身に付ける。 

 あとは手荷物を纏めておけば、すぐにでも宿を出ることが出来る。

 殆どの荷物はフレン共々、神殿に預けているのでそこまでの手間はない。

 サンキュー神殿、お世話になりっ放しだ。

 まだ中に入ったことないけど。

 

 なんにしても、馬車のある旅ってのは本当に快適だ。

 俺も御者役が出来るようになれば更に旅脚は早まるはずだし、フェレシーラに教えてもらいながらしっかりやっていこう。

 

「ええと、今日はたしか――」

 

 立つ鳥跡を濁さずの精神で部屋の中を片付けつつ、昨晩の内に決めておいた予定を思い返す。

 

 まずは宿を出て、神殿で荷物と馬車を引き取り、次の町を目指す。

 公都アレイザに到着するまでは、基本はこの繰り返しとなる手筈だ。


 途中、「影人の調査」をやっておく必要はあるが……これはフェレシーラが教会への定期報告を行う為のものなので「フリだけでもやっておく」といった程度に過ぎない。

 そもそも『隠者の森』でしか発見報告のない魔物が相手なのだ。

 フェレシーラにしてみても公都に着き次第、俺が断念したということで依頼を取り下げてもらう予定らしい。

 なのでそこらはさして気にする必要もないだろう。


 そんなことに考えを巡らせていると、部屋の扉が「コンコン、コンココン」と打ち鳴らされてきた。

 このノックの仕方はフェレシーラだ。

 間違いない。


「そろそろ出るわよ、寝坊助さん。準備はいい?」 

「ああ……バッチリだ!」


 扉が押し開かれる寸前に大慌てでベルトを締め付け終えると、俺は威勢のよい返事と共にホムラを肩に乗せて、石作りの宿を後にした。 





「ホムラったら、上手に乗れてるじゃない。そういうところは猫っぽいのね」

「落ちそうになるとすぐバサバサやるけどな。というか、肩に爪喰い込んでちょっと痛いぞ……」 


 町人と商人でごった返す往来に踏み入っても、ホムラは大人しいものだった。

 脱走事件の直後だったのもあり、俺としてはまだナップサックに籠っていて欲しいと思っていたのだが……

 フェレシーラ曰く、「過保護すぎて、たまには外に出たくなったのかも?」とのことだったので、一旦はこの形での移動となっていた。

 

 たしかに旅の途中はある程度自由にさせていたからか、急にどこかに飛んでいったりもしなかったし、一理あるかもしれない。

 元々、成長後は自然に返してやるケースも考えてはいたのだ。

 しかしそれも、あまり猫可愛がりして自力で生きていけなくなっては叶わないだろう。

 

「爪が喰い込むって……それはちょっと困るわね。ホムラって元々脚もぶっといし、体重もどんどん増えてきてるし。どうせなら神殿に行く前に、爪対策に肩当でも買っておく? 革製ならサイズ調整も結構簡単だから、ちゃっちゃと決めれば時間的にも問題ないとおもうのだけど」

「どちらかというと問題なのは、ツケが更に嵩むことかな……でも、ありがたいしお願いするよ。その手の店も一度は覗いてみたかったし」 

「オッケー。それじゃあ、ギルド側から行ってみましょうか。あの辺りの店なら武具の類も扱っているはずよ。ついでに短剣用のホルダーも付けてもらえば、なにかと便利だし」

「おお……そっか。前は一々、懐にしまい込んでいたもんな」

 

 なるほど、それもたしかにフェレシーラの言うとおりだ。

 それなら肩を保護しつつ、短剣の取り回しも格段に良くなるし……なによりカッコよくなりそうだ。

 俺は喜び勇んで、冒険者ギルドのある通りへと足を踏み入れた。



 通りの名称はその名も『貪竜の通り道』。

 立ち並ぶ店も、殆どが『貪竜』の名を冠している。


 例えば武器を取り扱うのであれば『貪竜の牙』。

 防具ならば『鱗』。

 道具は『翼』……といった風に、統一性を打ち出している感じだ。

 昨日は通り過ぎただけだったが、場所が場所だけに道ゆく人々も、厳つい強面の野郎どもが主となっている。


 しかし……こうしてみると、『雷閃士団』の男女比はかなりのレアケースって感じがするな。

 冒険者風の女性もいるにはいるけど、四人に一人もいない感じだ。


 ギルドの酒場の中では、もっと見かけた気がするけど……

 よくよく思い出してみれば、なんか冒険者っぽくない人も結構いた気がするし。

 

「ちょっとフラム。そんなにキョロキョロしてどこ行こうとしてるのよ。革製品なら、ここの店なんだけど」 

「え? あ……ごめん、ついあっちの鎧の看板の方かと思って。あの鱗のヤツのさ」 

「あれはもっと重装備で固める人たち向けの店だもの。だから、貴方はこっちよ。この『貪竜の尻尾』ってお店」 


 フェレシーラの指示した先には、一軒のこぢんまりとした店があった。

 この辺りではあまり見ない、簡素な木造の建物だ。

 窓の類は通り側にないので、立てられた木製の看板に気付かなければ、遠目にはただの民家にも見えることだろう。

 実際、俺も通り過ぎていたし。


 しかし、立て付けの悪そうな扉には「ただいま営業中」との札が吊り下げられていることから、立ち止まってみればそこが商店であることは一目瞭然ではある。

 あるの、だが……

 

「なんか、尻尾ってネーミングがイマイチそうだな……」 

「貴方ねぇ。竜の尻尾を舐めてると、痛い目に合うわよ。種別や体格にもよるけど、あんなのまともに受けたら並の従士や冒険者なんてイチコロよ、イチコロ。それと、店の前でそういうこと言わない」 

「いや、それはそうなんだろうけどさ。字面の問題っていうか、他の店に比べるとどうしても響きがなぁ……」 

 

 ぶつくさと洩らしつつ、俺はそこに踏み入る。

 カラン、という呼子の鳴る音が、水晶灯の光で満たされた店内へと響き渡った。


 ……ん?

 あんなのまともに受けたら、って。

 いまフェレシーラのヤツ、まるで実際に――

 

「はーい。いらっしゃ……のわっ!?」 


 浮かび上がってきた疑問は、店の奥からやってきた男の悲鳴に掻き消された。

 続けて「ガタンッ、ゴトンッ」と、なにかが床に転がる音が巻き起こる。

 

 ……どうやらカウンターの向こうで、人がコケてしまったらしい。

 突然のことに、俺とフェレシーラは顔を見合わせた。



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